【売野雅勇 我が道22】「歌わないとダメだよね」 人の心をつかんで離さない矢沢永吉さんの魅力

[ 2025年8月23日 07:00 ]

「SOMEBODY’S NIGHT」は原稿ではサブタイトルでした

 スタジオで待っていた矢沢永吉さんは歌詞を受け取ると回転椅子の背をこちらに向け、コンソールテーブルに置いた原稿をじっと見ていました。沈黙の時間、僕は血の気が引いていく中、ダメだと言われることを覚悟していました。

 5分ほどたったでしょうか。再び椅子を180度回転させこちらを向くと、右手の中指でピシャッと原稿をはじき「これだよね。矢沢、こういうの歌わないとダメだよね」と僕の目を見て言いました。あまりの感激に、ぼうぜんと立ち尽くしていた僕に「よくぞ僕の前に現れてくれました!!感謝します」とまで言ってくれたのです。

 矢沢さんが原稿を見たまま黙っていた時間。矢沢さんはどう歌えばいいのか、どう表現するのか、歌った時に自分の心が感動するか、テンションが上がるか、歌詞から何が伝わってくるのかを確かめていたのでした。

 手書きの原稿を見るまで忘れていたのですが、僕は「刹那の楽園」というタイトルで歌詞を考えようとしていたようです。原稿にはサブタイトルとして「SOMEBODY’S NIGHT」と書いてあります。曲の世界観を明確に伝えるフレーズなので、こちらに決めて良かったなぁって思います。

 数日後、歌詞については、一つだけリクエストがありました。仕事をしていると矢沢さん本人から電話がかかってきて、♪凍(こお)った――と3音で歌う部分を「1音増やして4つの音にしたい」と言われたのです。すぐに理解した僕は、♪凍(こご)えた――でどうでしょう?と提案すると「エッ!凄いね作詞家って。もうできちゃったの?」と驚かれました。電話口の向こうで楽しげに笑う矢沢さんの声を聞いて、本当にピュアな人だなぁって思いました。

 純粋と言えばこの後に、ライブの曲目を考えていたという矢沢さんが突然電話をくれたことがありました。「売野さんが書いてくれた『青空』の歌詞ってさぁ、凄いよね。本当にいい曲だって思うの。それを今の熱い気持ちのまま売野さんに伝えたくてさ」。何げない言葉も矢沢さんが口にするとドラマチックな場面に変えてしまう。人の心をつかんで離さない。人間としての魅力を感じました。矢沢さんの声には聴き手に郷愁、憧れ、悲しみなど、さまざまな感情を呼び起こさせる力があります。僕自身も気づいていなかった行間にある情感を矢沢さんが歌う声に教えていただいたこともありました。

 「自分を売り込まない。しかし、依頼されたら全力を尽くす。期待を絶対に裏切らない」という信念を曲げて自ら売り込みをした結果、矢沢永吉という稀(け)有(う)な表現者とたくさんの楽曲を残すことができました。一緒に作った曲全てが僕の宝物になりました。

 ◇売野 雅勇(うりの・まさお)1951年(昭26)2月22日生まれ、栃木県足利市出身の74歳。企業のコピーライターなどを経て、81年作詞家に。中森明菜「少女A」、チェッカーズ「涙のリクエスト」、郷ひろみ「2億4千万の瞳」などのヒット曲を生み出した。これまでに1500曲以上の歌詞を制作。2026年に活動45年の節目を迎える。

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