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時が輝いた熱戦の一つひとつが、勝敗を超えた歴史を刻んできた。第86回全国高校野球選手権広島大会(朝日新聞社、県高野連、県教委主催)が14日、開幕する。広島野球の戦後をたどる。
戦前、春夏合わせて6度の全国制覇を成し遂げた広島野球も、日中戦争、太平洋戦争の戦況悪化に伴って5年間、夏の大会の球音が途絶えた。
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戦争の傷跡が深かった呉。野球評論家の広岡達朗(72)は、デコボコのグラウンドを駆け、ぼろ布をあてたグラブで白球を追っていた。呉三津田の三塁手として、戦後再開して4回目の大会に出場した。
毎年、夏の大会が来ると、半世紀以上も前のプレーを思い出す。
49年8月1日。甲子園出場をかけ、西中国大会決勝で柳井(山口)と対戦した。1点リードで迎えた4回裏。2死二、三塁。平凡なゴロだった。ところが、送球はジャンプした一塁手のミットのはるか上を越え、逆転を許した。「味方投手が泣き出して、ストライクが入らなくなってね。負けたよ」
その後、早大、巨人と華麗な守備でファンをうならせた。6人の孫がいる。ただ一人の男の子は中学校の野球部。来春、高校生になる。「野球は辛抱と粘りだと教えたい」
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60年~70年代。広島商と広陵ががっぷり四つに組み、崇徳、広島工などが懸命に追った。2強は「厚い壁」だった。
「無名だけど、大型チームをつくりたい。来ないか」。野球評論家の村田兆治(54)は先輩から誘われ、65年に福山電波工(近大福山)へ進んだ。足腰を鍛えるためにつま先歩きで通学し、帰宅後も晩の9時まで独りで走り込んだ。3年の夏、3回戦でサヨナラ負け。甲子園は遠かった。
東京オリオンズ(千葉ロッテマリーンズ)に入団して、通算215勝。「プロは楽しいことはない。苦しみだけ。高校野球は心から楽しめた」
外食業「サッポロライオン」の社員寮の寮長を務める小川邦和(57)は尾道商の主戦として、64年の選抜大会で準優勝した。夏の広島大会も勢いに乗って決勝まで進んだが、広陵に2度目の甲子園を阻まれた。「あの負けがなかったら、鼻持ちならない人間になっていたかもしれないな」と苦笑する。
読売ジャイアンツ退団後、米国マイナーリーグで4年間プレーした。いま、日大通信教育部に通って高校教諭を目指している。来春は教育実習で教壇に立つ予定だ。「目標があれば人生を楽しむことができる」。野球を通じて学んだ人生哲学だ。
木製バットを使う最後の大会だった73年、「広島野球」が燦然(さんぜん)と輝いた。夏の甲子園決勝の9回裏。広島商は鮮やかなスリーバントスクイズで全国優勝をつかんだ。
9回裏、1死満塁。その回表から左翼に入った大利裕二(49)=JR西日本=は打席に入る前、監督から「スリーバンドスクイズでいくぞ」と告げられた。カウント2-2。監督の左手がメガホンを握った。「いよいよだ」。三塁前に転がした。
「成功したから言えるんでしょうが、無の境地でした」。毎夏、一度は甲子園のスタンドに足を運ぶ。
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「平成」に入り、近大福山や西条農業、山陽、高陽東などが相次いで台頭。広島野球は「戦国時代」の様相を見せる。
97年から如水館が広島大会3連覇。県西部のチーム以外では初の連覇だった。同校チアリーダー部キャプテンの新田綾(あや)(22)=スポーツインストラクター=は3年続けてスタンドからその瞬間を見届けた。頭がぼうっとなるほどの暑さ。試合が終わる頃には声がかすれた。「スタンドが一体になるあの感覚は今も忘れません」
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今夏、出場96校。
最年長監督の如水館の迫田穆成(よしあき)(65)は「『甲子園で勝つ』練習をして、チームの基礎はできた」。山陽監督の中道崇志(23)は春に就任した最年少監督。「チャレンジャー精神で挑みたい」(敬称略)
●戦後の地方大会決勝
◆山陽大会◆
優勝校 準優勝校
第28回 46年 (県勢出場なし)
第29回 47年 下関商 広島工
◆西中国大会◆
第30回 48年 (県勢出場なし)
第31回 49年 柳井 呉三津田
第32回 50年 呉阿賀(呉工) 三原
第33回 51年 下関西 尾道西(尾道商)
第34回 52年 柳井商工 三原
第35回 53年 (県勢出場なし)
第36回 54年 三原 広陵
第37回 55年 岩国工 三原
第38回 56年 広島商 忠海
第39回 57年 広島商 広陵
◆広島大会◆
第40回 58年 尾道商 広島商
第41回 59年 広陵 盈進商(盈進)
第42回 60年 盈進商 尾道商
第43回 61年 崇徳 広陵
第44回 62年 広陵 三次
第45回 63年 広陵 福山工
第46回 64年 広陵 尾道商
第47回 65年 広陵 福山電波工(近大福山)
第48回 66年 広島商 北川工(府中東)
第49回 67年 広陵 広島商
第50回 68年 広陵 広島商
第51回 69年 広陵 誠之館
第52回 70年 広島商 広陵
第53回 71年 広陵 盈進
第54回 72年 広陵 福山工
第55回 73年 広島商 崇徳
第56回 74年 盈進 竹原
第57回 75年 広島商 崇徳
第58回 76年 崇徳 尾道商
第59回 77年 広島商 広島工
第60回 78年 広島工 盈進
第61回 79年 広島商 府中東
第62回 80年 広陵 広島商
第63回 81年 広島商 近大福山
第64回 82年 広島商 崇徳
第65回 83年 広島商 近大福山
第66回 84年 広島商 尾道商
第67回 85年 広島工 広陵
第68回 86年 広島工 広島商
第69回 87年 広島商 広島工
第70回 88年 広島商 広島電大付(国際学院)
第71回 89年 近大福山 大柿
第72回 90年 山陽 崇徳
第73回 91年 西条農 広島工
第74回 92年 広島工 広島商
第75回 93年 西条農 崇徳
第76回 94年 山陽 広島商
第77回 95年 宮島工 崇徳
第78回 96年 高陽東 如水館
第79回 97年 如水館 崇徳
第80回 98年 如水館 広島商
第81回 99年 如水館 高陽東
第82回 2000年 瀬戸内 広島商
第83回 01年 如水館 広島工
第84回 02年 広陵 広島商
第85回 03年 広陵 高陽東
(07/15)
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