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Conversation

では、戦前の「北海・道アイヌ協会」とは何だったのか、実態をもった組織なのか、いろいろ疑問がわいてきますよね。喜多もとにかくキャリア役人でもあったし、自分がアイヌ政策を「解決」した功績をアピールしたかったでしょう。少なくとも完全にアイヌ指導の動きだったとは言い難いところがあります。