名無しのナナシ
永遠にエリュシオンにしまっちゃおうね♡ - 名無しのナナシの小説 - pixiv
永遠にエリュシオンにしまっちゃおうね♡ - 名無しのナナシの小説 - pixiv
10,798文字
永遠にエリュシオンにしまっちゃおうね♡
ちょっぴり重めな可愛い女の子に仕上がっております()
幼馴染の共依存関係は大変素晴らしいものだと私はそう考えております。

初めてスタレの小説書いたわ…。
ストーリー見てるとマジでファイノンがいない世界線に突入したから驚きましたわ、黄金裔が都合良くファイノンの記憶を取り戻さない限りこれ結構モヤモヤする展開になるよね。頼みますよ~記憶の運命さん~
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2025年8月17日 23:25

 オンパロスは勝利を掴んだ。
 最後の永劫回帰は無事救世主である開拓者と黄金裔達、そして天外の仲間達の活躍によってハッピーエンドを迎える事が出来た。
 壊滅の使令 絶滅大君【鉄墓】がこの世に誕生し、知恵を壊滅させ、世界に混乱と破滅を齎す前に壊滅の陰謀を阻止し、皆と力を合わせて討伐する事で、この世界は一次的な強大な危機を脱する事が出来たのだ。
 その際、以前の輪廻にて鉄墓によって統合された開拓者の相棒【ファイノン】の存在も無事引きずり出す事に成功し、オンパロスでの開拓の旅は無事円満に終わりを迎える事が出来た。
 世界の命運を賭けた戦場にて誰もが命を賭けて戦い、残酷な運命に抗い続けたが故にようやくオンパロスはこの結末に辿り着くことが出来た。
 誰もが平和を手にした、誰もが逃れられぬ運命に打ち勝つことが出来た、それはこの銀河では大きな偉業となったのだ。

 ───ただ一つ難点がある、ファイノンのデータが鉄墓に統合されてしまっていた事によって彼の存在は一時的にオンパロスから消失し、輪廻の輪から外れてしまった事によって、それ以降の永劫回帰の世界線ではファイノンという存在自体が世界に誕生することはなかったのだ。

 故に今いる時空ではファイノンの存在は元から存在しなかったモノとなっており、その影響で黄金裔や彼の故郷だったエリュシオンに住まう友人や家族も揃って、彼の存在の事は一切覚えてなどいなかった。
 3355万337回目以前の永劫回帰で彼に黄金裔の指導者の任を託した【アグライア】さえも彼の事は覚えておらず、唯一彼の存在を覚えている開拓者や【キュレネ】から聞いた話でしか黄金裔の皆は彼の事を分かっていない状態にあったのだ。

 今は平和そのものになったカイザー【ケリュドラ】の統治するオクヘイマ及びオンパロス全体の都市国家では復興計画が開始されており、使命を果たした黄金裔達も皆参加していた。
 もう誰もが暗黒の潮の脅威に怯えなくて良いようになり、絶滅大君の糧になる残酷な運命も免れた。
 世界はオンパロスをそんな平和へと導いた開拓者を【救世主】の名で呼び、彼の存在はこの世界では一躍人気を博していた。

 だがそれとは反対に、元『救世主』だった彼の存在は今や名も無き黄金裔として誰にも功績を知られぬまま世界の歳月は進んでいく事となる。

 それに対してあの開拓者もファイノンの現状の立場と境遇を案じていたが、時間が残されていなかった為か早々にオンパロスを出ていき、開拓の旅へと向かった。
 キュレネとファイノンの二人はそんな開拓者の旅立ちを見送り、こうしてオンパロスからは救世主が去っていった。

「行っちゃったわね、相棒…ちょっぴり寂しいわ」

「ああ、でも彼女達には彼女達の道がある、僕達の都合で引き止めるわけにはいかないさ」

「だから相棒が次戻ってきた時、復興したオンパロスを見せて驚かせる為に僕達も頑張ろう、キュレネ」

「ええ、頑張りましょうか♪」

 二人はその別れに物寂しそうにしながらも今後のオンパロスの為に前に歩み出す事にした。
 そしてそこに住まう住民も黄金裔も各々が自分達の星 オンパロスの復興をするべく行動を始めた。
 皆が未来という未知に希望を抱き前へと進んでいこうと手を取り合おうとしていた、その筈だったのだが…。

 皆がそれぞれの持ち場に向かう中、ファイノンは暫くの間はキュレネと共に行動していた、その間二人は一緒に復興作業をしていたのだが、その際に通り過ぎる住民達がファイノンの後ろ姿を見るや否や何やらコソコソと話している様子が見えた。
 何を言っているのかまでは聞こえないが、遠くからでも口の動きで大体何を喋っているのかは理解出来た。
 それはきっと彼への罵倒する発言なのだろうとキュレネは察した。

「……薄情な人達」

 キュレネは眉間にシワを寄せ、ギリッと音を立てて歯を食いしばり拳を力強く握る。

「どうしたんだい?キュレネ」

「あっ…ううん、なんでもないの♪」

 ファイノンは不思議そうな表情をしながらキュレネの顔を覗き込んでいた、それに気づいたキュレネは瞬時にいつものような笑顔を浮かべた。
 この時の彼はまだ気づいてなかった、自分が周囲からどのような印象を持たれているのかを、けれどキュレネは前々からその周囲の彼へと向ける感情について気づいており、予め共に行動する事でファイノンを周囲の悪意から遠ざけるように立ち回っていた。
 徐々にゾロゾロと彼に対して敵意や警戒の視線を向ける人が湧いてくる、ここでは場が悪いと考えたキュレネはファイノンを連れ別の場所で復興作業を再開した。

 そう、ファイノンはオクヘイマの住人からは煙たがられていた。
 救世主の肩書きを開拓者に託したことで彼はこの世界ではただの無名の黄金裔となっており、誰からの評価も受けなくなった、そしてこの世界での功績を彼はまだ何も持ってない。
 故にそんな英雄でも何でもない彼という存在が自分達の上の立場に立っている事を誰もが不快に思っていたのだ。

 けれどそれは間違いだ、ファイノンは誰よりも頑張ってきた、それをキュレネは一番よく知っていた。
 だからこそファイノンの数多の徒労を知らない人達が呑気に平和な世を謳歌している、そんな彼らの態度にキュレネはどこか苛立ちを覚えていた。
 ただただ彼らの幸せを願って数百億年以上の時も耐え抜いてきたのに、その頑張りを彼らは知らない、それなのにファイノンの事を蔑み悪意に晒そうとする。
 だが彼はそんな連中に対してもそのような自分の功績を鼻に掛ける事もせず、彼らが幸せに生きているのを見て満足していた。
 けれど、キュレネだけは納得がいっていなかった、彼の苦しみを知っている彼女だけはこの現状に素直に喜ぶことは出来なかったのだ。

 キュレネは紆余曲折を経て本来の肉体を取り戻し、曖昧になっていた長きに渡る永劫回帰の記憶を取り戻したことで、その3000万回以上にも及ぶ壮絶な輪廻がどれだけ地獄のような苦痛に満ち溢れていたのかを理解していた、だからこそ彼のそんな努力を評価しないで軽んじている周りの連中には強い敵対心を覚えていたのだ。

 彼が3000万回を超える永劫回帰を乗り越え時間を稼ぎ続け、開拓者達に救世の使命を託した後も自身は姿を失っても鉄墓の内部から暗黒の潮を抑え続け、陰ながらずっと開拓者の永劫回帰の旅路を支え、手助けをしてくれていたからこそ、これまでの残酷な歴史の数々が好転し、最終的には鉄墓の討伐という悲願が達成されたと言っても過言ではないというのに、誰もその頑張りには気づかない、見ようともしない。
 結局世間で持ち上げられるのは彼以外の黄金裔と、彼から救世主の肩書を貰った開拓者だけで、誰よりも一番頑張ってきたファイノンではなかった。
 皆からすればファイノンは決して救世主などではない、そんな残酷な現実がキュレネ達を悩ませている。
 それがオンパロスの為、皆の幸せの為に人生を捧げたファイノンに対する報いなのかと、キュレネは普段の愛らしい笑顔の裏にはそんなドス黒い感情に満ちた怒りを募らせていた。

 しばらくの時が経ち、一応ファイノンはケリュドラ、アグライアの計らいによってオクヘイマに住居を持つ事は出来たのだが、やはりどうやら本人は居心地が良さそうではない。
 オクヘイマは彼にとっての第二の故郷の筈だった、それなのに彼はどこか虚しい気持ちを抱いていた。

 それは当然だ、誰しもが自分の存在を覚えてなどいないのだから。

 いくら皆が幸せならそれでいいと強がっていても彼も一人の人間だった、誰も自分を覚えてくれていない現状で満足に生きられるわけがない、知っている人達は皆彼の記憶を持ってなどいないのだから。
 彼は生涯皆の事をずっと記憶し続けていたのに、それなのに彼自身が報われる結果では無かった。

 それでも彼は、「これが平和の代償なら僕は受け入れよう」と最初は甘んじてその結果を受け入れていた。
 こういう時でも彼は自分より他人を優先する、決して自分の本心を誰かに明かす事はなく、心の奥底に閉じ込めて、ずっとずっと一人で背負い続ける、そんな幼馴染の痛ましい姿にキュレネは心を痛めていた。

 加えて、しばらく彼と過ごしてみて分かった事があるが、彼は全ての使命を終わらせ平和な世を迎えられたからか、まるで燃え尽き症候群かのように時々無気力になる事が多くなっていた。
 ここはきっと彼にとってある種の地獄なんだろうと、キュレネはそう感じ取った。

 開拓者が旅立ってから暫くが経ち、日に日にファイノンの精神は目に見えて参ってるように見えることが多くなってきた。
 今日はどうやら住民の陰口を聞いてしまったとの事らしい、それは案の定彼に対する事だった。
 「なんの為に存在している黄金裔なのか」と人々は口々にそう言っていた。

 記憶は無くとも彼の事情を知ってる黄金裔達は彼の事を気にかけてくれており、彼との交流を経て徐々に打ち解けてきてはいるものの、本当に何も知らない住民達にとって彼の存在は非常に不気味なものとなっていた。
 何故なら彼らにとってファイノンは世界が平和になった途端に急にポンと現れた素性の知れない黄金裔だからであり、誰も彼の活躍も知りもしない、なのに世界を救った黄金裔達と急に肩を並べ、自分達の上に立っているような奴に見えており、それが彼らの懐疑心を煽っていた。
 その上、住民にもそろそろ話すべきだと彼の境遇を案じていた皆の行動をファイノンは何故だか凄く嫌がっている為、結局この悪循環は続いていく。

 直接彼に害が出る事はないものの、それでも日を跨ぐ毎にどんどん無遠慮に放たれてくる住民の言葉はファイノンの心にどんどん突き刺さっていっていった。

 それからファイノンはより一層復興計画に精を出した、まるで結果を出さないと誰も自分を見てくれなくなるのだと焦るかのように。
 だが肉体的にも精神的にも徐々に擦り切れていった、日々オーバーワーク気味な行動を繰り返しているためか彼の体には限界が来ていたのだ。
 心の中の英雄である開拓者の訪れのおかげで持ち直していたとはいえ、元々彼は長い輪廻による莫大な記憶によって既に心が摩耗していた、そんな彼に死体蹴りをするかのように無慈悲な無知達の言葉が投げかけられる、だがそれでもファイノンは地道に頑張り続けた。

 そして限界を何度迎えても気合で耐えてたファイノンだったが重度の過重労働によって遂に倒れてしまった、復興箇所にいた住人達が黄金裔に連絡した事によって彼は回収され、ヒアンシーの病室に運ばれていった。
 そんな報告をアグライアとヒアンシーから聞かされたキュレネは悪寒を感じ、急遽復興作業を放棄して急いでファイノンのいる病室へと向かい、寝込む彼と話すべく訪れた。

「ん?やぁ…キュレネ、久し振りだね」

「ファイノン…?」

 最近かなり忙しくて中々会えなかった幼馴染の姿を久し振りに見たが、その姿はすっかりやつれており、顔色が悪く目の下には大きな隈が出来ていて目には生気が無いように見えていた、キュレネは彼のそんな姿に唖然としていた。
 それと同時に、「どうして世界は彼をこんなにも追い詰めるの?」「彼が何をしたの?」とキュレネの頭の中ではずっとそんな言葉が延々と駆けめぐっていた。

「は………ハっ……」

 最終的にはそんな彼の虚ろな瞳を見る事で最も危惧していた最悪な想像が頭の中に浮かび上がったのだ、すると段々とキュレネの顔も酷く青ざめていき、動悸が激しくなってくる。
 彼女が想像したのは彼が凄惨な死を遂げる光景。
 彼が住民に虐げられた末に死を選んだ想像だった、それはあまりにも強烈な内容であり、今まさに彼がその状況に最も近い状態である事を直感したキュレネには、普段の明るい顔すらもとりつくろえない程の精神的なダメージが与えられる。
 もう二度とこの世界は回帰する事は出来ない、それはつまり死んでしまった命は決して戻らない蘇らないやり直せない、だからこそそんな世界で彼が死んでしまえばそれは本当の意味での永遠の別れとなる、その恐怖が彼女の脳内を支配していた。
 目の前に映る彼の姿は今にも過労死寸前の状態であり、そんな状態になるまで働いていた事も相まってか彼女はもう既に気が気ではない状態にあった。

 キュレネは今途轍もなく酷い顔をしていたが病室が暗いのが功を奏したのか彼にはその顔は見られておらず、キュレネはなんとか自我を強く持つことで自分を落ち着かせることができた。
 そして彼女はそんな雪崩のように押し寄せる暗い考えを振り払い、無理矢理いつものような笑顔を作ってファイノンに近づき会話を試みる事にした。

「は…はーい、元気にしてた?ファイノン♪」

「うん…僕は元気にやってるよ、キュレネ」

 彼は力なく笑いながら返事を返す。

「ふふ、ならよかったわ、最近どうしてるのかしら?忙しくてなかなか会えなかったものね♪」

「最近か…ずっと復興計画の為に動いてるかな、僕には特別他にやることもないしね」

「もー、ほんとにびっくりしたのよ?エリュシオンの復興を手伝っている時にあなたが倒れたって急にヒアンシーから聞かされたんだから」

「あはは…ごめんキュレネ、僕が至らないばっかりにこんなことに…これじゃあ皆に失望されてしまうな…」

「………」

 頭をポリポリと欠く仕草をしながらファイノンは乾いた笑みで自罰的な発言をする、そんな彼の言葉を聞いたキュレネは少しの間黙り込んだ、その後何かを考える素振りしたのち口を開いた。

「……ねぇ、ファイノン」

「ん?なんだい?」

 無理やり微笑んでキュレネを安心させようと優しい表情を向ける、だが今のキュレネにはその表情はただの痩せ我慢にしか見えていなかった。
 だからこそキュレネはこれまで思っていた事を彼に告げる事を決めた。

「そんなに傷ついてまで、皆の役に立つ必要ってあるのかしら…」

「え…?」

 突然キュレネから放たれたその発言に対しファイノンは呆気に取られた反応をする、だがキュレネは構わずにそのまま言葉を紡ぎ続ける。

「あなたは十分役立ってるわ、それは皆だって理解してくれている、アグライアやケリュドラ、そして他の半神達だってあなたの事を凄く高く評価していたわ、それなのにこれ以上頑張る理由ってあるのかしら…もう世界は何も怯える必要のない平和を手に入れたのに、そんなに身を削って苦しむ必要なんてあるの…?」

「だからもう、そういう事はしなくてもいいのよ?このままじゃあなたが傷つくだけよ…」

 キュレネはこれまで思っていたことを吐露した、そんなキュレネの言葉によってファイノンは暫く沈黙した、けれどどこか彼は何かに対して恐れてるかのように怯えた顔を浮かべながら口を開いた。

「…けど…そうしたら誰も僕の事を見なくなる気がするんだよ、まるで僕をいないものとして扱うんだ、僕はここにいるのに…」

「…はは、きっとこれが僕の罪なんだろうね、どんな理由があれど皆を殺し続けてきたのは事実だからさ…」

「だから僕はそれを甘んじて受け入れて、行動で償っていかないと…」

 彼は過去の永劫回帰で火を盗む者として仲間達を殺してきた経験がある、だからこそファイノンは黄金裔達の受けた苦しみに対して償うようにワザと自分が悪く見える環境にして苦しむ事を選んでいた。
 そんな自罰的な彼の行動を察したキュレネは彼に説得しようと試みる。

「あなたは悪くないわ!だって全部仕方なかったことじゃない…そうでもしなきゃ…!!」

「本来僕は君といる資格すらもない、君の事だって数え切れないほどこの手にかけてきた、君もあの回帰の記憶を取り戻したのなら…僕に剣で貫かれた時の痛みは覚えているはずだ…」

 柄にもなく大きな声を上げて説得するキュレネの言葉を遮るかのようにその上からファイノンは発言する。

「君達の優しさは今の僕にとっては辛すぎる、いっその事皆僕のことを嫌ってくれたほうが良かったんだ…」

「でも、どうも気持ちは複雑でね、嫌われようと思って動いてるはずなのに、いざ嫌われると凄く…心が痛いんだ…苦しいんだ、どうしてなのかな…ははは…」

「ファイノン…」

「はは…辛気臭いことを言ってしまってごめんねキュレネ、心配してくれたのかな?でも僕は大丈夫さ…これでも僕は…」

「【元】救世主だからね…!」

 彼はそう言いながら精一杯の作り笑顔を浮かべた。

「あっ……」

 だが瞬間、その発言がトリガーとなったのかキュレネの中で何かがはじけた音がした。

「………」

 キュレネはその後沈黙したまま急に自身のポーチをあさりだし、何かを取り出そうとしている、その最中彼女はずっとぶつぶつと小さな声で何かをつぶやいていた。

(あたしが守らないとあたしが守らないとあたしが守らないとあたしが守るにはあたしが彼を守るには…)

「え…?」
 
 ファイノンは彼女の様子に困惑していた、そんな時キュレネはお望みの物を取り出したのか一瞬仄暗い笑みを浮かべた後、再びファイノンのほうへと向いた。

「ふ、ふふ…もう、こうするしかないのよね…」

「キュ…レネ……?」

 その時ファイノンが見たのは普段のキュレネとは思えないくらいに険しい顔をした彼女が【羽ペン】のようなものを手に持っており、何かをしようとしていた光景だった。

「なにを、しているんだい…?」

「あたしはもうあなたが傷つく姿は見たくない、だからもう…こうするしかないの」

「あたしはもう、あなたの頑張りが、努力が…報われないのを見たくない」

 普段は宝石のように綺麗だった彼女の瞳は今や生気の伴わない淀んだ暗い瞳となっており、まるで別人のような雰囲気を纏ったキュレネは羽ペンを構えている。
 ファイノンは一瞬そんな彼女の急変した雰囲気に気圧されるものの、彼は過去の輪廻で歳月の火種も受け継いでいたからこそキュレネがその力を使おうとしていることを感知した。
 そう、彼女はどうやら歳月の力を使うことでこの現状を変えるべく強硬手段に出たようだった。
 だがいち早く気づいたファイノンも彼女の突飛な行動によって思考が停止しており、判断が遅れてしまった。
 
 ハッと気づいて動き出そうとするももう遅かった、突如空間全体はまばゆい光に飲み込まれてしまいファイノンは目を閉じてしまう、その間に景色が大きく変化していったのだ。

「ん、んん………え…?」

 ファイノンは目を開けると目の前に広がる光景を見て驚愕した。

「こ、ここは……エリュシオン……?」

 光に飲み込まれたかと思えば今度は、さっきまで病室にいたはずの二人はいつの間にか故郷であるエリュシオンにいたのだ。

「そう、でもただのエリュシオンじゃないわ、ここはあたしが歳月の力を使って作り出したエリュシオン…」

「どう?完成度すっごく高いでしょ?」

「キュレネ…君はいったい何を…」

 キュレネはエリュシオンを再現した空間を記憶と歳月の力を使用する事で顕現させたのだ。
 元からあるエリュシオンには彼の居場所はない、だからこそ彼女は歳月の力を用いて第二のエリュシオンを作り出し、ファイノンをこの世界に閉じ込めてしまおうと考えた。
 こんなにも寂しい思いをさせてしまうならあの時、彼も一緒に星穹列車に乗せてもらえば良かったという後悔がキュレネの中にはあった、けれどそれを考えるにはもう遅い、だからこそキュレネはこのような強硬手段に出たのだ。

「ずーーっとね、考えてたの…あなたを守る方法を…」

「それでね、思いついちゃったんだ、あたしにはこの力があるじゃんって♪」

 キュレネはそう言いながらじりじりとファイノンへと近づいていく。

「ね、ファイノン?一緒にこのエリュシオンで【永遠】に暮らしましょう?」

「あなたが望むなら特別に星も連れてきてもいいわ…でも相棒とはいえそれは流石に妬いちゃうわね」

「きゅ、キュレネ!いったいどうしたんだ!早くここから出してくれ!」

「ダメよ、ここからは出られない」

 慌てるファイノンの頼みをキュレネはバッサリと断る。

「ここはね、残された歳月の権能を全て使って完全に外部との時間を切り離した場所なの、これでもう外から誰も来ないし、あたし達も外へは出られない…でももういいでしょう?世界は平和になった、もう救世主も黄金裔も必要のない時代になりつつある」

「つまりあたし達の役目もこれで本当に終わり、だったらもう…外に出る理由なんてないんじゃないかしら」

「ねぇファイノン、あたし達はここで永遠に暮らすの、あなたに害するものは何もない、あたし達だけの幸せな世界よ…」

「あなたも望んでいたことのはずよ、あの頃のエリュシオンにあたし達は戻ってきた、あたし達がただただ平和な日常を過ごしていたあのエリュシオンに…」

「長い輪廻を超えた先で遂にここまで辿り着いた、それならもうこれでいいじゃない、他の事なんて気にしなくてもいいの」

「どうせ外にいたって周りにいるのは、あなたを苦しめる害虫ばかりよ…」

 普段のキュレネからは想像のできない怒りの篭った低い声で彼女は外にいる人達の事を蔑んだ。

「キュレネ……?」

 その発言にファイノンは驚いていた、まるで博愛を体現したかのような存在である彼女が周りの人間を蔑むような発言をしたことに対し、そしてそれと同時にある種歪んだ感情のようなものキュレネの瞳から感じ取った。

 キュレネは淀んだ瞳をしながら仄暗い笑みを浮かべていた、幾百億年の時を経て全てが解決し、またこうして二人で懐かしい故郷で暮らせることにキュレネはどこか喜んでいた。
 もう何も考えなくていい、もう何も背負わなくていい、戦わなくていい、私達はまたあの時の少年と少女に戻れるのだと彼女は心を踊らせていた。
 誰も邪魔しない、懐かしい故郷で幼馴染の二人で一緒に、子供の時のように…。

 長い長い300億年以上もずっと、キュレネはこの瞬間を待ち望んでいたのだ。
 彼女の望みもファイノンと同じで、昔のエリュシオンに戻る事だったのだから。
 二人で麦畑から大きな湖を眺めたり、カード占いをしたり、お菓子を食べたり、妖精たちと戯れたり…そういう何気ない普通の日常に戻ることを彼女も切望していた。

 二人で永遠の歳月を歩む道を決めた事によりキュレネが周りへと向けていた【博愛】はもう既に消え失せ、この時をもって愛おしい幼馴染一人にのみ向ける、湖のように大きく、そして果てしなく歪んだ…そんな【狂愛】へと変貌していた。

「本当にどうしたんだい…?君は、そんなことを言う子じゃ…」

「あたしはただ、あなたを守りたいだけなの」

「頑張ったのに全部無駄だったの?そんな残酷な結果はあたしが認めない」

「これまで寂しかったわよね?苦しかったわよね?でももう大丈夫だから…」

「あたしは…あたしならそんな思いは絶対にさせない、あたしの愛で貴方を永遠の歳月、守ってあげる」

「あんな薄情な人達なんかの為に生きるよりも、あなたを永遠に覚えていられるあたしと生きる方がずっといいはず…」

「だから……こっちに来て♡」

「あなたの寂しい心は全部、あたしの愛で埋めてあげるから♡」

 紅潮した顔をしながらキュレネは手を広げた、そしておいでと言わんばかりにウインクをして合図をする。
 ファイノンはそんな彼女の生気のない闇を内包したかのような恐ろしさを持ちながらもどこか魅惑的な瞳を見て、まるで吸い込まれるかのように無意識に彼女のもとへ徐々に近寄っていった。

 ファイノンは選択を迫られた、だがその末に折れてしまった、彼は彼女の言うように寂しく、そして苦しんでいた、だからこそ自分を唯一見てくれる、受け入れてくれる存在と一緒にいられるなら、もうそれでいいのではないか?と、彼は本心からそう思ってしまったのだ。
 だからこそ彼は、もうこのままキュレネに自分の全てを捧げてしまってもよいのではないのかと判断し、この流れに身を任せ彼女の身体を抱き締めた。

「キュ、レネ…キュレネ……キュレネ……!!」

「ふふ♡おかえりなさい、カスライナ♡」

「ここが…あたしが、あなたの唯一の帰る場所よ♪」

 キュレネもまたカスライナのすべてを包み込むかのように抱きしめ、優しく愛しそうにその綺麗な白髪の頭を撫でながら彼の額にそっと口付けをした後、最後に耳元へこう言葉を紡いだ。



「───愛してるわ、カスライナ♡」



 そうして波乱万丈で残酷な運命を歩み続けた二人は、ようやくその長い旅路の果てにて安息を得られた。
 やっとの想いで掴み獲った平和な世界で、ある二人は誰も見知らぬ秘匿された愛しき故郷にてこれまで背負ってきた全ての荷を降ろし、長きに渡る輪廻の旅に終わりを告げ、永世とも呼べる無限の歳月と共に二人はお互いの苦しみと寂しさを埋め合いながら過ごしていく。
 もう世を背負わなくてもいい、救世主の使命もない、そんな彼はやっとただエリュシオンで幼馴染と共に生きる少年の頃へと戻った。
 
 その後、愛を誓い夫婦の関係となった二人はまるで互いが互いに強く依存するかのように片時も側を離れる事はなく、たった二人しかいないこの世界で無限に愛を育んでいった。

 この旅の終点にてキュレネとファイノンは大好きな幼馴染と、大好きな故郷で永遠に暮らしていく。

 ただただ、幸せそうに。



─────執筆者の注釈.wav─────

 キュレネもまた、自覚はしていないもののファイノンと同様に、永劫回帰の記憶を取り戻したことでその心には既に亀裂が走っており、彼女の性格面に致命的な影響を与えていた、それが今回こうやって彼に向ける歪んだ愛情として表に現れたのだ。
 誰もを愛する博愛の少女は反転し、ただ一人の幼馴染に歪んだ狂愛を向け、青年もまたその強烈な愛に溺れ、二人は破滅的な共依存関係となっていた。
 だがそれはもうこの際、この二人にとってはどうでも良い事なのだろう。
 何故ならこれこそがこの壊れた二人が最も幸せになれる道でもあったのだから。

終わり。

永遠にエリュシオンにしまっちゃおうね♡
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初めてスタレの小説書いたわ…。
ストーリー見てるとマジでファイノンがいない世界線に突入したから驚きましたわ、黄金裔が都合良くファイノンの記憶を取り戻さない限りこれ結構モヤモヤする展開になるよね。頼みますよ~記憶の運命さん~
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2025年8月17日 23:25
名無しのナナシ
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おさかな
おさかな
3日前
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8月18日

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