噂や差別に負けないでくれ。
本当に美味しい和菓子に出会ってしまうと普通の和菓子が食べられなくなってしまうし、本当に面白い人に出会ってしまうとつまらない人といられなくなってしまう。だから、今、つまらなさを感じている人は「面白いことが何もない人」なんかじゃなくて「本当に面白いことを知っている人」なんじゃないのかなと思う。好きなことがないから悲しいんじゃなくて、好きなことから離れてしまっているから哀しいんじゃないのかなと思う。
新潟の海岸沿いで育った私は、人間社会になかなか馴染むことができず、学校を抜け出しては松林に逃げ込んだり、毎日のように夕日を見ていた。不思議と、松林や夕日に飽きることはなかった。毎日のように海に行っていると、周囲の人々から「あいつは毎日海に行っている頭のおかしい奴」と言われるようになり、それでも海に行き続けていたら、話したことのない人からもクスクス笑われたり、露骨に避けられるようになった。しまいには「あいつはクスリをやっているから関わらないほうがいい」と言われるようになり、いよいよ居場所を失って、海にばかりいるようになった。
毎日のように海に行っていたら、一人の男性と知り合った。彼もまた、時折一人で海に来ていることを知っていた。だが、新潟の海は広大なので、話しかけることはせず、それなりに相手を認識し合うだけで、お互いのテリトリーを守っていた。ある日、防波堤に座って夕日を眺めていたら、彼から「こんばんは」と声をかけられた。彼は釣竿を背負っていて、今日はキスがたくさん釣れたんだと言って見せてくれた。精悍な顔つきの彼を見て、なんとなく武士みたいだなと思った。表情は柔らかく、哀しみを背負っているように見えた。
やがて私たちは会話をするようになった。年齢も同じ彼は、隣の学校に通っていた。私と同じように、学校にうまく馴染めなくて、釣りをしたり、テントを張って海に暮らしたりしていた。趣味も合い、私は彼に私の好きなものを教え、彼は私に彼の好きなものを教えた。CDを貸し合ったり、本を貸し合ったりした。ある日、彼から借りた本を返すために、私は海に向かった。だが、彼は海に来なかった。そのまま、彼が海に来ることは二度となかった。数ヶ月後、風の噂で、彼は自死を選んでいたことを知った。生まれてはじめて、身近な人間の死に触れることとなり、どのように解釈したらいいのかわからなくて、私は戸惑った。
二十年以上の年月が流れたが、いまだに、彼の優しさと哀しみを思い出す。間違いなく、私は彼の哀しみに惹かれていた。人間を殺すのは簡単で、良くない噂を広めたり、自由な人間をひとでなしだと差別をすればいい。ほとんどの人は、見た目や先入観で人間を判断するかもしれない。だが、時折、彼のように透明なまなざしで、そのままの姿を見てくれる人間に出会うことがある。同じ哀しみに出会う時、その哀しみは温もりに変わる。だから、と言う訳ではないけれど、黄金のままでいてくれと思う。嫌いなものに負けないで、好きなものだけを最後の最後まで歌い続けてくれと思う。そうじゃなければ、出会えなかった。彼が彼のままでいてくれたから、私は私のままでいることができた。噂や差別に負けないでくれと思う。
おおまかな予定
8月22日(金)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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