第17話 拠点をゲット

 金貨の重みは、計画の重みだ。



 この世界にはまだまだ俺が成り上がるために悪事を働いてくれる奴らがいる。



 そいつらを排除することで、俺が成り替わる。



 三人を連れて、商人ギルドで土地と店舗の権利書を確認し、スライム街から、商店街の近く。貴族街からは遥かに遠くではあるが、冒険者や平民たちの暮らしに寄り添うには十分な場所に建っていた。



 寂れた路地にある潰れかけの雑貨屋を丸ごと買い叩いた。



「ここを拠点にする一階は店舗と倉庫。あと、奥にはアイテムを作る鍛冶場もある」

「作る?」

「おう、これからまだまだ奴隷を増やすつもりだからな、料理やアイテム、なんでも売るし作るぞ」



 そうだ。自分専用の鍛冶師、薬剤師、調合師などを連れてくれば、手間賃なども安く済む。



 看板の文字は俺が書いた。

 


 なんでも家:月影交換所(取扱:薬草・回復薬/魔物素材/中古装備買い取り)



 看板の裏側には、誰にも読めない盗賊符で合言葉・三つ叩いて二つ待てと刻む。



 これはプレイヤーだけが知っている暗号であり、高値の裏取引を行う時の合言葉だ。



 改装は手早く、安く、堅く。


 大工を雇うより早い手がある。



 昼も夜も、軽業で梁を、 気配断ちで近所の耳目を殺し、軋む床板を総取り替え。



 リナは樽を抱えて運搬、ウルは店内の導線を糸で張って測り、ミアは図面に魔法で実寸を書き戻していく。



 このために、器用さを高めておいた。



「ここに棚。ここは通路。非常口は……ここに壁の形をした扉」



 隠し部屋には回転棚を据えた。



 正面からは古びた本棚。右下の三冊目を引けば、静かに半回転する。中は保管庫兼、非常退避の隠れ穴。



 床下には細い逃げ道。市場の井戸の裏に口が出る。盗賊の家は“いつでも消える”のが条件だ。



 昼過ぎ、品出しの練習。



「リナ、客が来たら先に水を出せ」

「お水のお金は取らないの?」

「ああ、サービスだ。代わりに何か買うまでは帰さないけどな」



 人は施されれば、何か返さなければならないと思う。


 この世界では綺麗な飲み水は、購入しなければならない。



 それがサービスで出されるだけで後ろめたい気持ちになる。


「喉を潤せば財布も緩む。男の相手はリナがしてくれ」

「はいですワン!」

「ウル、女性の客がきたら、お前が相手をしろ。笑顔と上目遣いな行動は忘れるな」

「が、頑張ります!」

「ミアは、裏方だ。会計と帳簿の管理。帳簿は二冊。表帳と黒帳。間違えるなよ」

「こ、ころ……心得たにゃ」



 開店準備中に、近所の顔役がやってきた。


 つやつや頭のチンピラ二人。いかにもな笑みで。



「新しい店か。ここらのみかじめ料を受け取りにきたぜ」



 俺はカウンターを拭きながら、首だけ振る。



「風は読めるが、押し売りは読めない。表の札が見えないか?」



 入口に吊った小札には、押し売り・大道芸・みかじめお断りと雑に墨書。


 笑いが起きたが、二人は気を悪くした。



「調子に乗るなよ、兄ちゃんよォ」



 俺は一歩前に出て、二人の死角へ滑り込む。


 抜き足。気配断ち。気配察知。



 三拍子揃うと、人は居ないはずの位置の声にビクリと震える。



「乗ってるのは段取りだ。ここは月影。日陰を荒らすなら、影が噛む」



 笑顔のまま、裏口のかんぬきにカチッと音を立てる指。


 天井の梁に仕込んだ小さな鐘が、わずかに鳴る。


 次の瞬間、梁の上からリナがいつの間にか逆さでぶら下がっていた。



「いらっしゃいませですワン」(にこっ)



 二人は悲鳴を飲み込み、そのまま退散した。


 脅し? 違う、演出だ。昼の盗賊は面白くて、ちょっと怖いくらいがいい。



 あいつらは角笛亭からやってきている。


 このあたりの商店をまとめている者として……。



 午後、最初の客は旅の薬師。



 リナが接客をして、ウルが練習通りに水を運ぶ。


 ミアは帳場で表帳にサラサラ。

 

 値切りは歓迎、ただしこちらの主導で。



「では回復薬は三本で銀貨十二枚。……おまけに足裏冷え防止の小粉をサービス」

「おお、気が利くねぇ!」



 欲しいものを先に出す。



 人心掌握の基本だ。



 三人は売り子として、相手の求める者を店に入って来た時から、観察して相手の視線で求める物を推測している。



 客は笑って帰り、釣り銭はぴたり。



 リナが尻尾を振って小さくガッツポーズ。うむ、教育が生きてる。



 夕刻、店を半分閉める。



 新しい店が開いて、最初の一日。


 寂れた路地にあった古びた雑貨屋は、板を張り替え、壁を塗り直し、棚を並べ直して……それなりに小綺麗な店へと生まれ変わった。



 リナは尻尾を揺らしながら元気よく「いらっしゃいませですワン!」と声を張り上げる。まだ声が裏返る時もあるが、その愛嬌に客は思わず笑顔になる。



 ウルは慣れない手つきで水差しを持ち、女性客へ丁寧にグラスを差し出していた。


 顔は緊張で強張っているが、耳がぴょこぴょこと動いて、まるで必死に“失敗しないぞ”と宣言しているみたいだ。



「えっと……こちら、お水です。どうぞ……」

「ありがとう。あら、かわいい子ね」

「かっ……かわ……!?」



 ウルの顔が真っ赤になり、尻尾がブンブン揺れた。


 ミアは帳場で小さな背中を丸め、真剣な表情で帳簿にペンを走らせている。


 時おり金貨を指で弾きながら、二冊の帳簿を見比べる。


 表と裏、どちらもきちんと整っているか確認する様子はまるで小さな女商人だ。



「……ふふ。釣り銭ぴったりにゃ。リナもウルも頑張ってるにゃ」



 夕暮れ時、三人は初めての売り上げに目を丸くした。



「こ、こんなに!?」

「わあ! お金がいっぱいですワン!」

「うへへ……」



 リナは小躍りして尻尾をブンブン振り、ウルは胸を張って「やったぞ!」と叫び、ミアはにんまり笑いながら帳簿を抱きしめる。



 俺はその様子を見て、鼻で笑った。



「……まあ、最初にしちゃ上出来だな。だが浮かれるのはまだ早ぇぞ」

「でも……すごく楽しいですワン!」

「うん……働くの、こんなに嬉しいの初めてだ……」

「主様、もっともっと儲けられるにゃ」



 三人の目は、輝いていた。


 奴隷として連れてきた彼らが、こうして店を楽しそうに回す姿。


 俺は心の中でにやりと笑った。


 楽しいと思わせるほど、よく働く。



 店の灯りが路地を照らし、夜風に小さく看板が揺れていた。

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2025年8月23日 12:00

ゲーム世界に転生したので、知識チートで悪党商売したら、なぜか救世主扱いされてます イコ @fhail

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