「・・・・・・眠い」
ぽかぽか陽気の昼下がり。
日課の鍛練とちょっと普段より多めの筋力トレーニングをこなし、お昼ごはんも食べ終わった僕は暖かな日差しの中で日向ぼっこをしながら大きな欠伸をした。
加えて鍛練後の程よい疲労のせいか僕はとてつもない眠気に襲われていた。
いつもだったら
「久しぶりに昼寝でもしようかな・・・・・」
そういいながら僕は立ち上がる。
そしてフカフカの
「んー、むぁー・・・・・」
数分後、いつもよりたっぷりと時間を掛け、自室にたどり着いたベルは、間の抜けた声をあげながらベットに近づく。
そしてそのままベッドに倒れ込む───と思いきやピタリと動きを止めた。
「服・・・・・脱がなきゃ・・・・・」
彼は瞼を擦りながらそう呟くと自らの衣服に手を掛け、徐ろに脱ぎ始めた。
───別に彼が露出癖の持ち主だとか某極東の姫君のせいで妙な癖に目覚めただとかそういう訳では無い。
ただ、彼の寝ぼけた頭は自分が迷宮帰りであり、
故に、寝るためにはそれを脱がなければならない。
無論、その考えは間違いではない───ベルが戦闘衣を着ているのなら。
本拠内でそんなものを着込んでいるはずもなく、今ベルが手をかけているものは彼が部屋着として着ているもの。
そんな状態で更に一枚服を脱げばどうなるかというと───
「ん・・・・・これでよし・・・・・」
そう、
脱ぎ終わった後、ベルは満足そうに頷く。
最早、自分の姿すら正しく認識できていないらしい。
でなければこんなあられもない姿で「これでよし」などと言うことはなかっただろう。
だが、寝ぼけきった
「お休みなさい───Zzzzz・・・・・」
ベルはそのまま寝台へとダイブ。
数秒と経たずに夢の国へと旅立った。
「ベルー?いないのかー?」
ベルが眠ってから数分後。
静まり返っていた本拠にベルを呼ぶ声が響き渡る。
声の主は野暮用で外へ出ていた輝夜である。
「ベルー?・・・・・おかしいな?今日の迷宮探索は休みだったはずなんだが・・・・」
そう呟くと、彼女は持っていた籠に視線を落とす。
そこには【デメテル・ファミリア】の知己から貰った色とりどりの果物が綺麗に入っていた。
あいつは育ち盛りだからいつもより多めに貰ってきたのにと、輝夜は肩を落とす。
(いや、部屋で寝ているという可能性もあるか?)
ベルの性格上、探索が休みだったとしてもいつも行っている自己鍛錬だけは必ずやる筈。
そして時間帯からして鍛錬によって程よく疲労したベルが睡魔に襲われ、眠ってしまうというのは十分あり得る状況だろう。
そう考え、輝夜はベルの自室へと足を向ける。
もし寝ていたのならばあいつの寝顔を見て、後でからかってやろうと考えながら。
「すぅ・・・・・すぅ・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これは召し上がれということでいいのだろうか?」
ベルの自室にて。
あどけない表情で気持ちよさそうに寝るベルを発見した輝夜は長い沈黙の後、真剣な表情でトンチンカンなことを呟いた。
さて、今の状況を第三者視点で見てみよう。
片や半裸同然で寝ている
片やそんな少年の肢体を憚ることもなく見つめる
間違いなく事案である。
(棚ぼたな状況だが───万が一があるし、滅多な事はできないな)
ベルから目を離さず、真剣な顔つきで思案を続ける輝夜。
その端正な顔立ちも合わさってその姿はとても様になっている。
────のだが、如何せん考えている事が些か残念過ぎた。
いい歳をした女性が自分より一回り年下の少年とどう同衾しようかと考えているのだ。その様はあまりに残念過ぎる。
・・・・・話を輝夜のことに戻そう。
今まさにベルを美味しく頂こうとしているように見える彼女だが『一線』を超えるつもりはなかった。
いやどの口が・・・・・と指摘されそうだがしっかり理由がある。
その一つが輝夜の体にある。
彼女の体には彼女の生家───ゴジョウ家伝の毒が蓄積されている。
この状態でベルと男女のアレコレをすれば死んでしまう恐れがあった。
まあベルの場合は彼のスキルで無効化できそうではあるが、万が一ということもあるので、慎重にならざるを得ない。
それに、輝夜とて女である。
どうせするのなら双方合意の上で「かぐやしゃん、しゅきしゅき、だいしゅき〜」と彼の方から自分を求めて欲しいのだ。
「では・・・・・これくらいにしておきますか」
熟考の末。
名案を思いついたのか輝夜は笑みを浮かべる。
そしてベルがすやすやと眠る寝台に近づくと───
背中に手を回し、着物の帯を解いた。
(ん・・・・・・・あれ?)
眠りから覚醒し、感覚が徐々にはっきりしてくる中、僕が最初に感じたのは違和感だった。
甘い匂いがする。僕の苦手な甘い菓子のような匂いではなく、花のような───どこか懐かしい匂いがした。
(・・・・・お義母さん?)
そうだ。お義母さんと添い寝している時の匂いに似ている。でもなんでそんな匂いが?
そんな疑問を抱きつつ、意識を急速に浮上する。
焦点の合っていなかった視界が開けてくるとそこには───
そこには
「・・・・・・・・・・・・・・ナンデ?」
いつもなら赤面し、叫び声でも上げていそうだがあまりに理解不能な状況に間の抜けた声を漏らしてしまう。
視線を上に向ければそこには静かに寝息立てる輝夜さんが。
そして目の前には極東の下着──襦袢というらしい──に包まれた輝夜さんのたわわな胸が。
うん、訳がわからない。
いや、落ち着くんだ
①鍛練後、食事をする。
↓
②眠気に襲われ、お昼寝する。
↓
③輝夜さんが横で寝ている。
・・・・・やっぱり訳がわからない!
どうやったらこんな状況になるのか全然わからない!!
と、というか今さらだけど・・・・・
(なんで!?なんで僕、服脱いでるの!?)
そう、僕自身の状態も訳のわからないことになっていた!
現在、僕が身に付けているのは下着のみであり、半裸と言っていい。一体なんでこんな姿に!?
ま、まずい・・・・・状況を把握したら急に恥ずかしくなってきた。
な、なんとかしてこの状況を脱しないと───
「ん・・・・むぅぅぅ、べるぅ・・・・・」
「ひっ!?」
輝夜さんの声を聞き、思わず背が跳ねる。
慌てて輝夜さんの顔を確認するが、彼女が起きてくる様子はない。どうやら寝言らしい。
・・・・・多分、輝夜さんを起こして状況を確認するのが一番いいんだろうけど───
『ん?事情を説明してください、ですか?逆にどんな事が起こったと思ったんですか?』
『おやおや、まさかとは思いますが、私の体を見てそれはそれは逞しい妄想をしてしまったんですかねぇ~?』
『いえいえ、いくら可愛い顔をしているといっても貴方も年頃の男。そういうことを考えてしまってもしかたがないことでしょう』
『ねぇ───ドすけべ兎様♡』
・・・・・止めておこう。
ぜっっっっっっったいにからかわれる!!!
見える!こんなことを言われて真っ赤になった僕をいじり倒す輝夜さんの姿が!!!
───という訳でここはそーっと寝台から抜けだすことにしよう。触らぬ神になんとやらだ。
「むにゃ・・・・・べるぅ、着物姿も中々良いではないかぁ~」
うん、輝夜さんも気持ちよさそうに眠っているし、そのままにさておこう。眠り姫の眠りを妨げてはいけない。
───というか輝夜さん、夢の中で僕に着物を着せてくれているみたいですけど・・・・・ちゃんと男物ですよね?
「女物でもちゃんと似合っているぞぉ~、ふふふっ」
・・・・・違った。しっかり女物だった。
夢のなかでも僕は玩具にされているらしい。
ま、まぁぐっすり眠ってる分には抜け出しやすいからいいかぁ・・・・・。
輝夜さんの寝言に複雑な思いを抱きつつ、この場を離れるために寝台の縁へと近づく。
『ベルよ。どうせなら乳ぐらい揉んでいったらどうじゃ?』
おっといけない。
駄目だよ。それはしちゃいけない事だよ。
『いや!男と生まれたからには目の前の乳は揉まねばならん!揉めぇいベル!!!』
話聞いてた?
駄目だってば。そんなことしたらお義母さんに顔向けできない。
だって言ってたもん。寝ている女を襲う男は屑野郎だって。
『構わん・・・・・やれ』
しつこいなお祖父ちゃん・・・・・。
無駄にカッコつけた顔で両手を組んで言っても駄目。やりませんからね!!───そんな悔しそうな顔で呻かないでよ・・・・・。
僕が断り続けているとぐぬぬっ、とか言ってお祖父ちゃんが悔しがっている。でも駄目なものは駄目なのだ。
『揉むのがだめなら───吸うのはどうだい?ベル君』
悪魔追加である。
新たな悪魔───ヘルメス様が旅行帽をくいっ、と直しながら囁いてくる。貴方もですかヘルメス様。
『おいおいベル君。誰だって一度はおっぱいを吸ったことはあるんだぜ?これは決していやらしいコトじゃないサ!』
僕は吸ったことありませんよ!!
───じゃなくて!!それ赤ちゃんのときの話ですよね!?
今吸ったら色々とアウトな気がするんですけど!?
『それって赤ちゃんプレイ・・・・・ってコト!?』
お祖父ちゃんも同調しないで!!!
二人ともいい加減にして!!今はこんなことをしてる場合じゃないんだ!!一刻も早くこの場から離れないと!!!
『『うるせェ!!いこう!!!』』
そんな僕の思いを完全無視し、両腕を天高く掲げる二人。
ダメだ!話にならない!!
こんなことをしていたら輝夜さんが起きてしまう!
今のうちに僕は逃げさせてもらう!
二人の声を振り払うように頭を振り、行動を再開しようとする。が─────
「先程から一体何をやっているのですか?」
「─────」
声が聞こえた。
恐る恐る声のしたほうを見る。
そこには案の定しっかりとお目覚めになっている
此方を見るその顔にはからかう気満々の笑みを浮かべている。
どうやら
べ、弁明を・・・・・弁明しなければ・・・・・
「輝夜さん、違うんです・・・・・」
「まぁ、まずは貴方の言い分聞くとしましょうか」
「ぼ、僕はなにもしてません」
「
「僕の意思じゃないんです!!!」
「私が来たときにはすでにそうなっておりましたが?」
「ナンデ!?」
「知りませんよ。私はそんな貴方の横で眠っただけですから」
「それもナンデ!?」
顔を真っ赤にする僕のことを見て輝夜さんは面白そうに笑う。
やっぱり輝夜さんは意地悪だ!!!
目に見えて狼狽する僕を見て、輝夜さんはやれやれとばかりに首を横に振る。
「全く。この程度のことなら幾度もあったでしょうに。まだ慣れないのですか?」
「無茶言わないで下さいよぉ」
「この調子では先が思いやられますねぇ~」
「うぅ~。輝夜さん、いくら同じ【ファミリア】だからってこういう事をするのは・・・・・」
「別にいいだろう?どうせ将来的には【ファミリア】内で囲うつもりなのだからな」
「初耳なんですけど!?」
「初めて言ったからな。─────というか雰囲気で大体察しろこの二ブチンめ」
「ふぐぅ!!」
ジト目の輝夜さんはそう言うと僕の額にデコピンを放つ。
額を撃ち抜かれ、僕が短い悲鳴と共に大きく仰け反る中、輝夜さんはふぁ、と欠伸をしながら大きく伸びをする。
そんな輝夜さんに僕はせめてもの反抗として涙目で恨みがましい視線を彼女に向ける。
すると輝夜さんは「悪い悪い」と言いながら僕の頭に手を伸ばし、髪を梳くように優しく撫で回し始めた。
輝夜さんの予想もしない行動に最初こそ驚き、少し恥ずかしかったりしたが、最終的に可愛がられる
「どうです兎様、お加減の方は?」
「あい・・・・・気持ちいいです」
「それは大変良う御座いました」
僕の返答を聞き、満足そうな笑みを浮かべる輝夜さん。
そんな輝夜さんを見上げつつ、僕は暫くの間膝枕を堪能した。