白日終点   作:てんぞー

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テレジア

 退院した。

 

 病室に拘束されている間にカズデルの内戦は終息していた。その一因には俺がテレジアの幻覚を見る様になったという事実が起因する。そもそもテレジアは感染者で、俺は非感染者だ。Rosmontisという例が既にあるが、非感染者に対する感染者の臓器移植という技術は非常に不安定であり、未知の領域でもあった。その結果Rosmontisが特異なアーツに目覚めたのは既に理解されている話だし、俺も感染している臓器を移植された事で特異な感染者となった。その影響で発芽したのがこの異常だったのだろう。その検査と安全確認の為に治療が終わってからもしばらくは病室に囚われていた。だが悲しい事にバベルに人材を遊ばせている余裕なんてない。一通りデータ収集とテストを終わらせたら病室を開ける為にも漸く解放された。

 

 そうして帰ってきた自分の部屋にはもう、誰もいなかった。

 

 テレジアの死体は焼却された。そうしなければ源石となって拡散するから。このロドス・アイランドには超高熱で遺体を一瞬で焼き尽くす為の装置がある―――それが感染者の今の末路。新たな感染者を生み出さないための墓所。だからテレジアはもう人のベッドを占拠するような事はしないだろう。

 

 そしてWもバベルを去った。俺が意識不明の間の出来事だった。引っ提げられるだけの武装を抱えた彼女は僅かな連絡先だけをバベルに残し、定期的な連絡を入れるのみでカズデルへと向かった。カズデルの状況の変化、そしてテレシスの完全支配。そこから始まるテレシスの干渉に関する報告はWが行っている。そのおかげでバベルは現状、カズデルに人員を送り込む事もなく済んでいる。彼女が自分の意思でバベルへと戻ってくるかどうかは……今の所、不明だった。

 

 だからこの部屋に残されたのは俺1人だけだった。3人で狭い部屋をシェアリングする必要はない。皆、個室を使えるというのにここに集まって一緒に転がって眠っていたのに……身を寄せ合って一緒に眠る様な暖かさを感じる事はもうないのかもしれない。テレジアの死によって何もかもが変わってしまったような、そんな気がしていた。いや、実際は何も変わっていないのだろう。バベルはこれまでと何の変りもなく動き続けている。それはつまり、テレジアが生み出した思想が、願いが、人々に行き渡っているという事なのだ。もはや指導者がいなくてもバベルでは理想を自分の為に追求する人たちで溢れている。

 

 それはまさしく、テレジアが望んだ事なのだろう。

 

 望んだ事なのだろう、が。

 

「俺を、置いていくなよ……」

 

 部屋に飾られている鏡を見た。そこに反射して映るのは俺の姿―――ではなく、俺と同じ格好をしたテレジアの姿だった。彼女は俺と同じ服装、髪型、恰好はしているけどその体も顔も全部、最後に見た感染者としての彼女の姿だった。体表を這う鉱石の姿もそのまま。それが俺が着ているインナーを突き破る様に姿を見せている。だけど違うのは表情も、動きもだ。申し訳なさそうな表情を浮かべている。悲しそうな表情を浮かべている。

 

 結局、俺の脳がおかしくなってしまったのか、それとも感染して何かが変異したのか、その答えは出ていない。或いは俺の心が見せた何らかの幻影なのかもしれない。

 

 だがそれをLogosとTouchは否定していた。

 

 心臓、それもサルカズの女王の心臓を身に受け入れたのだ。通常の生物であればこんな事は不可能だ。死の間際にテレジアが何らかの特殊なアーツを使用する事でこの移植は成立したのだと神秘を担当する二人のエリートオペレーターは解釈していた。俺がテレジアを見るのも、きっとこの心臓を由来した先天性か変異性のアーツによるものだという事を。この心臓こそがアーツユニットとなって何かを起こしているのだ、と。

 

 俺にはもう、LogosとTouchが正しいのかどうかなんて良く解らなかった。これが本物であれ、偽物であれ、俺の心の内は絶望と希望が織り交ぜられてぐちゃぐちゃになっていた。それでも自暴自棄にならなかったのは俺が単純にこの世を理解しすぎていたからかもしれない。或いは、俺が死という概念に触れて近づきすぎたからかもしれない。生きながら死んでいる、そんな感覚が自分の中にはあった。だが生き残ってしまった。心臓は今でも命を伝える様に熱を全身に送り込んでいる。それが己の命の暖かさだった。

 

「ふぅ……寂しいなぁ」

 

 鏡から視線を外し、ごろりとベッドの上へと転がる。3人で眠る為に用意したベッドはこうなってしまうと大きすぎた。1人で手を広げて転がってもまだまだスペースが余る。それが余計自分の心に寂しさを感じさせた。今まで誰かを、何かを恋しいと感じた事はなかった。だが今は無性に人肌が恋しく感じられた。Wは……Wはもう戻ってきてくれないのだろうか?

 

「寂しいなぁ……」

 

 呟き、視線をベッドからテーブルの上へと移した。そこに残されていたのはオブシディアン・フェスティバルのパンフレットだった。

 

「……」

 

 転がっていたベッドから起き上がり、テーブルの上に置いてあるパンフレットを手に取る。これはずっと前に、部屋の家具をクロージャに注文した時にオマケで貰ったものだ。シエスタで毎年開催している音楽の祭典。そのパンフレットには出場アーティストや曲、出身や経歴が書いてあった。これを眺めているだけでも楽しかった。3人で、並んでパンフレットを覗き込みながらこのお店に行きたい、この曲を生で聞きたい。そんなとりとめのない未来の話をしながら毎日を過ごしていた。

 

 たまには部屋に置いてあるアコースティックのギターを手に取って、演奏する事もあった。これがまたバベルの仲間にも結構人気があって、時折食堂で披露してくれと頼まれた事もある。そこにはドクターを連れてくるアーミヤの姿もあって、人混みから外れた場所で腕を組んでオーディエンスに徹してたりもした。思えばあのドクターだって完全に冷血だったわけじゃないんだ。カズデルという戦場がドクターから心の熱を奪っていったんだ。だけど奥底ではまだ、人らしさを残していた。だからこそアーミヤが傍に居られたんだろう。

 

 パンフレットを持ち上げると、そこから紙片が落ちてきた。

 

「なんだ、これ」

 

 入れた覚えのない紙片。それを持ち上げて確認してみればテレジアの筆跡で書いてあった。

 

 ―――ごめんなさい。

 

 ただ一言。それだけ。それだけが書かれていた。たったそれだけで全てを理解してしまった。この暗殺は全てテレジアが仕込んだであろう事実を。疑いようもなかった。この文字は、この書き方には、彼女の心の現れ方の全てが描かれていた。この一言だけで全てを理解できてしまう。少なくともそれだけ俺達は一緒だった。彼女もそれだけ俺を理解しているし、俺もそれだけ彼女を理解できた。だからその小さな紙片を手に握り、ぽろぽろと涙が流れ出す。

 

「馬鹿だなぁ、恨んじゃいないよ……馬鹿だなぁ……」

 

 これを書いた時は凄い迷ったんだろう。凄く怖かったんだろう。普段は綺麗に文字を書くのに、この言葉だけは文字が所々、揺れる様に汚さを感じた。彼女の心を表す様に書かれた短い文字に耐えきれずに涙がこぼれ続ける。声を出して泣くような事はみっともなくてできない。だって解るんだ、あの子は託して逝ったんだ。そして今も、この心臓と共にここにある。だったら恥ずかしい姿を見せる事なんてできないだろう。

 

「何がごめんなさいだ……俺とお前の仲だろ……」

 

 涙が止まらない。それを止めようと袖で拭っても止まらない。だけど声だけが出るのを我慢するように必死に堪えて、涙を流す。思えば涙を流すなんて、初めての事だったかもしれない。俺にも人らしい心がまだあった。そうだ、俺はこの地で生きるサルカズの一人なんだと再確認できた。

 

 生きている、生き残ってしまって託されてしまった。

 

「ならやるさ」

 

 俺が、俺の見たい未来の為に。

 

 この大地から病を根絶する。その覚悟は誰かの物ではない。俺自身のものだ。だから俺が足を止める事はない。その意思を再確認したところで、とんとん、と控えめに扉を叩く音がした。誰だろうか、と一瞬首を傾げるが気持ちを切り替える為に目元を拭う。

 

「はいはい、退院したばかりのGrimさんだよ。誰かな」

 

「あの、私です」

 

 聞き覚えのある幼い声は、アーミヤのものだった。彼女が態々訪ねてくる事実に驚きつつも、パンフレットをテーブルの上に戻してから扉を開けに行く。涙の後は残っているかもしれないが、少なくともこれで涙は隠す事が出来た。だから扉を開けた先にアーミヤの姿を、笑みで迎えた。その両手は小さな体で何とか抱えている細長い包みの姿があった。

 

「アレ? もしかしてケルシーから今日退院だって聞いてた? 悪いなぁ、態々挨拶に来させちゃって」

 

「あぁ、いえ、その、わ、私もGrimさんには絶対に言わなくちゃいけない事があるのでっ!」

 

 頭をわしゃわしゃと撫でる。その頭の上に輝くサルカズの王冠を幻視する。やっぱりテレジアは死ぬ前に、心臓を俺へと渡す前にアーミヤへと自分の力を継承している。或いはこれは妙手なのかもしれない。テレシスからすれば邪魔なテレジアが消えただけではなく、一番恐ろしいサルカズの王冠さえも消えたように見えるだろう。理想はその確保だろうが、確保できないのであれば排除がベストだ。だが排除したはずの力と権利はこうやって、才ある他種族の娘へと継承された……これをテレシスは読む事も理解する事も出来ないだろう。

 

 初めてテレシスの前にこの力を晒す瞬間が最大の奇襲になる。

 

 ……まあ、その力をどうするかはこの少女次第だ。願わくば血塗られた道を選ばない事だ。

 

「あの! Grimさん!」

 

「あぁ、なんだアーミヤ」

 

 視線を合わせる為に片膝を突けば、アーミヤが勢いよく頭を下げてきた。

 

「ありがとうございました! あの時、あの時もしもGrimさんがいなければきっと、テレジアさんも私も死んでいました……何も出来ず、何も残せず終わっていたんだと思います。だからありがとうございます……そして何も出来なくてごめんなさい」

 

 それでいいんだ。

 

「子供は守られているもんなんだ。俺のモラトリアムは終わったんだ。殺しもすれば殺されもする。それは生きるって選択肢を選んだうえでは当然のリスクなんだ」

 

 そう、俺はたくさん殺してきた。殺しやすい様に業を磨いた。その効率化させた殺戮技巧はドクターの指揮と相性が良すぎた。だから殺した分だけ、殺される覚悟はできていた。

 

「あの時俺が殺されても動けたのは単純に殺される覚悟を日常的に備えていたからなんだ。そしてそれを決してありがたいと思っちゃ駄目だ」

 

「どう、してですか……?」

 

「こんなの、普通ではないし、普通であるべき事じゃないんだ」

 

 殺し殺される覚悟を抱くのが普通となる日常があって良い筈がない。だから可能なら俺の様な覚悟を抱いて欲しくはないんだ。だけどきっと無理だろう。その頭上の冠がきっとこの子を戦場へといざなうだろう。サルカズの王族たちの意思と、そして残されてしまったテレジアの夢をこの子は敏感に感じ取ってしまうから。それを封じるための指輪は既にアーミヤの手の中にあった―――テレジアがしていた物と、同一のものだ。

 

「俺も、あまり良い人でいられた覚えはないから。だからアーミヤ、君は……いや、これは俺の言うべき事じゃないな。ごめんごめん、ちょっとセンチメンタルになってて俺らしくもない言葉ばかりだったな」

 

 小さく笑いながらアーミヤの頭をもう一度撫でて立ち上がろうとすると、

 

「ま、待ってください」

 

 アーミヤの声が引き留めた。その手の中にあった包みを此方へと向けて持ち上げていた。

 

「これを、受け取ってください」

 

 差し出す様にアーミヤの手からそれを受け取り、まだ包みの中にあるそれを感触だけでなんであるかを理解する。そっと、持ち上げながらアーミヤから離れて包みを取って中身を確認する。

 

 その中にあるのは1本の軍刀だ。

 

 柄から刀身までの全てが黒く染まった、源石によって生み出されたサルカズの軍刀。だがその中でも特に特別を極めるテレジアの軍刀だった。テレジアが帯刀していた唯一の武器であったものであり……サルカズの文化に従って彼女が保有しているものだった。それをなぜか、アーミヤが持っていた。

 

「その、テレジアさんは……Grimさんにそれを受け取って欲しかったみたいなんです」

 

「それは……」

 

「名前を持たないのは、寂しいから。きっと呼ばれる為の名前じゃなくて……本当の名前を持てば、家族の様な暖かさを持てる筈だから、って」

 

「―――」

 

 果たして、本当に縛ろうとしていたのはどっちなのか。俺が恋という名の鎖で彼女を縛ろうとしていたのか。それとも先に彼女が俺を縛ろうとしていたのか。その答えは今となってはもう出てこないのだろう。だが刃に反射するテレジアの表情は少し恥ずかしそうに笑みを浮かべていた。だから、まぁ、俺も、お前も結局は同じ気持ちで同じ事を考えていたのかもしれない。だがそれを口にする事もなく俺達は終わってしまった。

 

 だが何もかも終わった訳でもなかった。

 

「サルカズには、文化がある」

 

「はい」

 

「戦没者の遺品を手にする事、それはその人の名を継ぐ事でもあるんだ」

 

「なら、Grimさんは」

 

 あぁ、恐れ多くもあるかもしれない。だけどそれ以上にこの身を満たす高揚感は別のものだろうと思う。彼女の名前―――俺の、名前。重く感じるか? いや、そんな事はないだろう。結局最後まで彼女は自分の立場に縛られる事なく自由にやり切ったのだから。そう、最初から最後まで彼女は籠の鳥の様に見えてずっと自由だった。

 

 たぶん、この大地の誰よりも。

 

 刃を引き抜いて軽く回してから逆手握り、良し、と声に出す。

 

「こうしちゃあいられねぇな。作業室に行くか!」

 

「はい?」

 

 ぽかーんとするアーミヤを笑いながら置いて歩き出すと、アーミヤが小走りで追いかけてくる。可愛らしい姿にドクターの事は良いのかと思ったが―――そう言えばこの数日、ドクターもドクターで中々厳しい状況にある事を思い出す。ミッション的には次はウルサスへと向かう予定だったか? まあ、なんにせよその前にやるべき事がある。

 

「あ、あの! Grimさん! あ、いえ、テレジアさん! どうしたんですか?」

 

「やる事がある」

 

 アーミヤの首を傾げる姿が可愛らしく、面白いのでその姿を片腕で持ち上げ、抱き上げる。片腕に収まるアーミヤは腕を首に回して運ばれる。だから疑問の答えを教えるかのようにアーミヤを連れて作業室へとたどり着く。

 

 そこには予想通りWhitesmithやMechanistの姿があり、退院した此方の姿を見て驚いたような表情を見せる。だがその前に作業台の上にテレジアの軍刀を突き刺した。

 

「こいつを俺用に再加工を頼むわ。ぶっちゃけ軍刀じゃ使いにくいから槍か斧辺りにしたいんだけど」

 

 突然の登場からの要求に面を喰らった様子を見せてから、質問する事もなくWhitesmithは苦笑した。

 

「それ、殿下のでしょ。良いの?」

 

「もう俺のもんだ。そして永劫不変のものはないんだWhitesmith」

 

 世の中は変わり続ける。永遠に見えたテレジアとの日常だってこんな簡単に壊れてしまった。だけど変わらないものだってある。目に見えるものだけが全てじゃないし、サルカズはいい加減その悪習を変えるべきなんだ。だったらまず変えるべきなのは自分から。Wが服装を変えて心機一転したように俺もまた、これからを見据えて引きずるだけじゃなくて前に進まなくちゃならないんだ。

 

 テレジアの事を忘れるなんて絶対にできないけど。

 

 それでも形を変えて、俺は俺の願いの為に前に進んで行く。

 

 WhitesmithとMechanistに再加工を頼むのはそれが理由だ。俺の決意の証明とも言えるかもしれない。ワルファリン辺りは発狂しそうなもんだけど……まあ、そこはそこだ。甘んじて怒られるとしよう。

 

 何せよ、バベルはこれで変わるだろう。

 

 バベルからロドスへ。バベルのエリートオペレーターからロドスのエリートオペレーターへ。テレジアが死に、ドクターは治療が必要。人材は不足していて、テレシスにはカズデルを取られた。状況は最悪に近い状況だった。だけど不思議と弱気になる気がしなかった。或いは今も磨かれた鋼材に映る彼女の姿が俺に勇気を分けてくれているのかもしれない。

 

 だけど解るのは、俺達に負ける気なんてないって事だった。

 

 Whitesmithはしょうがないという顔をしているし、Mechanistは楽しそうに素材の選定に入っているし、やっている事を聞きつけてクロージャやLogosだって飛び込んでくるだろう。そう、誰の心もまだ死んではいない。

 

 なら戦える。まだ進める。俺達はまだ始まったばかりでしかないのだ。

 

 黒夜から白日へと向かう俺達の歩みは、まだ。




激重感情両片思い心臓移植死別百合
 今回のジャンル。

呪い
 にはならなかった。Grimが精神的に成熟してた。呪われるにはお互いを知りすぎてた。呪うにはお互いを尊重し合っていた。全てを背負うには皆を良く知っていた。だから決して呪いにはならなかった。

シエスタ
 本編のイベントで、未来で滅ぶ事が約束されたリゾート地。泣け。アイツを絶対に許すな。セイロンとシュヴァルツを見れば解るが百合の聖地になっている。

ケルシー
 今回の件で一番痩せた。

ワルファリン
 二番目に痩せた。

ドクター
 時期的にそろそろ石棺に出荷したい頃。

Grim/テレジア
 スラム生まれの雑種サルカズ/王宮生まれの純血サルカズ。コインの裏と表。祝福されない者と祝福された者。自由な者と自由ではなかった者。

W
 このお話は彼女の始点から語られる事で本当に終わる。

 これにて完結。
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