白日終点   作:てんぞー

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現実

 大方の予測通り、カズデルの内戦が収束する事はなかった。あの日、あの時、テレジアがカズデルを出た日。多くのサルカズが初めてテレジアの姿を目にした。流石ロイヤルブラッドのカリスマか、それに魅入られたサルカズ達はテレジアの為にと謡って内戦を更に加速させた。殺し合いと逃亡でカズデルからサルカズは減って行く。だが同時に血の匂いに誘われた殺人鬼や傭兵、感染者たちが居場所を求めて参戦する。それによってカズデルの様子は更に混沌を極めていた。もはやテレシスかテレジア、どちらかの完全なる敗北でしかこの内戦が終わる事はないのを示すかのように。

 

 一時的にカズデルへの干渉を止めたバベルはそんなカズデルの状況を前に、判断に困っていた。

 

 テレシスの斬首作戦を行うか否か、という点で。テレシスがカズデル外の感染者組織に接触して支援する流れも発見されている。あの闘争の怪物をいよいよ殺さない限りはこの大陸から戦火を消し去る事は出来ないのでは? という疑いもあった。だが斬首行動に出た場合バベルは少なからず感染者を救う為に暗殺を行うという汚名を被る事になる。いや、違う。

 

 テレシスと対応する為にテレジアを擁立し、テレシスを排除してテレジアを女王に据える。

 

 そういう風にとられかねないのだ。そうなった場合、バベルはフリーの組織ではなくテレジアの支配する組織であり、カズデルの一部として取られかねない。

 

 これもまたこれで、大きな問題となる。

 

 そういう事でバベルはいまいち、行動に踏み切れずに停滞の時を過ごしていた。

 

「どうしたもんかなぁ」

 

 ロドス・アイランドの甲板、その最も高い所に座りながら足をおろし、周囲の景色を眺めながらそんな事を呟く。普段からクロージャやMechanistの手伝いでアイランドの修復作業を手伝っている時、俺に求められるのは高所作業や危険環境での作業ばかりだ。二人はそこまで身体能力の高いタイプではないので必然的に俺がこういう事をやらされている。ワイヤー無しでも壁歩きぐらいは出来るし、そうじゃなくても落下しても即座にワイヤーで復帰できる。その事を考えたら外壁や高所作業周りは俺に仕事が回されるのも当然と言えば当然だろう。流石に足場を外壁に構築して作業するのはアイランドが大きすぎて論外だし、吊り下げ型のゴンドラを使おうにも作業箇所が多くて移動の手間が大きい。

 

 となると自由にあちこち歩き回れる奴が重要になってくる。

 

 結局、使いやすい技能のある奴が酷使される。

 

 バベルは今日も人材不足が凄まじかった。

 

「テレシスを解りやすく殺すかー……?」

 

 バベルとは無関係を証明するように別の組織の恰好をして殺しに行くのはどうだろうか? ”剣聖”が私の剣はこの戦いで穢れてしまった、とか言ってカジミエーシュへと流れたおかげで今は鬼の様に強い戦士が1人減っている。アレはマジで怖かったから離れてくれただけ嬉しい部分ある。剣を捨てたという話をバベル経由で聞いた時はちょっとショッキングだったが。”剣聖”の剣は見るだけで見惚れる程の洗練された美しさがあったのだ……それが失われるのは非常に勿体なく感じる。

 

 でも直感で完全隠密決めてた身に壁越し30メートル斬撃叩き込んで認知もできないのに存在するのを確信するのはやめて欲しい。隠密概念壊れる。やっぱ剣を捨ててくれ”剣聖”。

 

「ふぅー……俺の脳内もだいぶ愉快になったな」

 

 余裕の出てきた証拠だろう。

 

 昔はどうやって生き延びるのか、どうやって明日の糧を得るか、夢はどうするのか……そんな事ばかり考えていた。だけど最近は脳内がちょっとファンタジー……というか、遊びが出てきた。バベルの状況がそこまで良いという訳ではないのだが。それでも俺個人に関してはそこそこ余裕が出てきた、という事の証でもあるのだろう。少なくとも冗談を浮かべることが出来る程度には余裕が出てきたという事なのだろう。これも俺が力をつけて、あのカズデルを去った事にあるんだろう。

 

「あー、風が気持ち良いな……」

 

 レム・ビリトンはカズデルと違い、自然が色濃く残っている。カズデルは度重なるサルカズの死と血の積み重ねによって大地が天災後の荒廃した状態になっている。つまり土地として既に死んでいるのだ、あの場所は。あそこはテラで最も荒廃して、そして死にゆく大地となってしまっているのだから。だがそんなカズデルから離れればこのレム・ビリトンの様にまだ美しい景色が残されているのが解る。あのカズデルは呪われている―――サルカズという種によって呪われているのだ。

 

 自分の頭の横から前へと曲がってから上へと向かう様に生える角に触れる。サルカズの証であるこの角を折ったら俺はサルカズという種の運命から逃れる事が出来るのだろうか? いや、無理だろう。この体にサルカズの血が流れる限り永劫に呪い染みたサルカズの宿命からは逃れられないのだろう。

 

 まあ、角はサルカズとしての大事なチャームポイントだから定期的に汚れを気にして洗ったりしてるんだけど、これケア方法とかどうなんだろ? 他のサルカズって角のケアしてるんだろうか? Wは俺の真似してちょくちょく角のケアしてるけど、そう言えばWが同僚の傭兵がサルカズのフリをする為に角を削ったやつがいるとか言ってたな。

 

 つんつん、と角を触って手を放す。これ、骨格的には頭蓋骨と一体化してるからショックが直接脳に届くんだよな。サルカズの露出している弱点だったりする。でも間違いなくチャームポイントだから綺麗にはしておきたいし、自慢もしてみたい。

 

 複雑な乙女心である。

 

「やっほGrim」

 

「ん? Wじゃん。どうしたんだよ」

 

 下の方から届けられた声に視線を向ければ、衣装を一新したWの姿があった。Wが所属していたヘドリー傭兵隊はバベルでの仕事を引き続き受ける事もなく、次の戦場へと移動した。だがその時にWだけはバベルに残って仕事を受ける事を選んでいた。その時、俺がちょい金を出してWのコーデを整えたのだ。今までの傭兵用のタクティカルベストの恰好も悪くはないが、バベル―――というかWhitesmithが業界に色々と激震を走らせるレベルで新素材を作成してたりする。その影響でバベルには面白特性素材があったりする。なのでWhitesmithに頼んでWの服を発注したのだ。その結果、傭兵でありながらかなりガーリィなスタイルが出来上がった。それでいて防御力も機能性も失っていないのだから、やはりバベルの技術は中々に謎だ。

 

 俺もそろそろ、装備を更新するかどうかを考えるべきだろうか?

 

「何、って用事もなくちゃ会っちゃダメなの?」

 

「そんな事はないぞ。ほら、ならこっちに来いよ」

 

 半分スペースを空ける様に横にズレると下からWが外壁をよじ登ってくる。手を伸ばして上がるのを手伝いながら横に座れば、並んでレム・ビリトンの景色を眺める。可能ならここで寝転がって眺めたい所だが流石にそれだけのスペースはない。それでもこのアンテナ塔の頂上は自分の様に身軽なオペレーターでしか到達できない1つの秘密スポットだった。

 

 ……最近はクロージャがドローンを使ってここからの景色を堪能してるらしいが。

 

「んー、良い景色ね。まさか自分がこんな景色を拝めるようになるとは思わなかったわ」

 

「そりゃまたどうして」

 

「サルカズなんて大体傭兵になってカズデルで死ぬもんでしょ。そうでなくても感染者になって鉱石病で死ぬか。どっちにしろカズデルから出ないサルカズの運命なんて決まったものよ」

 

「あー」

 

 サルカズは戦か鉱石病で死ぬ。それが普通だ。その中で感染せず、戦いを回避して生きてきた俺は異端だった。今ではどっぷりと殺人技巧に浸かっている。だがそれがなければ争いを避けて、感染を回避し、平穏な生活を望んでいただろう。だが基本的なサルカズの運命は変わらない。サルカズは感染し、戦う事しか生きる手段がないのだ。

 

「だけどそのサルカズらしさをテレジアは変えたいんだよ」

 

「テレジア、ねぇ」

 

 Wは引っかかる様に言葉を口にした。

 

「どこまで本気なのかしらね。あんな甘い理想、本当に叶えられると思ってるのかしら? だとすれば正気の沙汰じゃないわ。サルカズ全てを変えるだなんて」

 

「どうだろうな……そこは俺の責任かもしれないな」

 

 溜息を吐き、片手で顔を抑える。

 

「”姉さん”の責任?」

 

「あぁ……そもそも俺とテレジアの出会いはテレジアがまだ幼い頃、スラムに迷い込んできた事が原因なんだよ」

 

「お転婆の頃があったのね」

 

 今でも割とお転婆だぞ。自分の部屋を使わずに俺の部屋で寝泊まりしてるし。おかげで部屋のベッドを特注のキングサイズの物にしなくちゃならんかったし。これでWまで部屋に居ついているんだからもうどうしようもない。これ以上人の部屋に入り浸るというのなら壁を壊して二部屋分のスペースを貰う事にするんだが? ……まあ、今はその話は良いだろう。

 

「当時のテレジアは無知だったよ。で、スラムから送り返すついでにアレコレ俺が教えてな。すっげぇ別れを寂しがってたから後日王宮に忍び込んで逢ってやったらすっげぇ喜んでさ」

 

「当時からそんな事してたの……良く見つからなかったわね」

 

「ははは、たぶんバレてたよ」

 

 あの頃はまだし始めの頃だし。ただ見つかった所でどうでも良かったんだ。テレジアが殺されようが、生きようが。死ねばその王族の血を引く体に素材としての凄まじい価値が出るだろう。それだけでもテレシスは良いと思うだろう。そうじゃなければテレジアの威光を利用してサルカズを統べれば良いのだ。最終的にはテレシスとテレジアで婚姻を結べばカズデルは完全に統一されるだろう。たぶん、テレジアが王宮に居た頃のプランがこれだろう。一番損が少ない。

 

「まあ、あまりにも冷遇っぷりにちょっと悲しくなってな。ここは心優しいサルカズの代表として優しくするべきだろう?」

 

「”姉さん”って雨の日に濡れた猫を見つけると絶対に拾うタイプよね」

 

「呆れた?」

 

「拾われた1人としては感心してるわ」

 

「そりゃあ良かった」

 

 苦笑しながら空を見上げる。ここの青空はこんなにも透き通って明るく、そして綺麗だ。空気が地球の汚染されたものとは違って、肺にいっぱい酸素を送り込むとそれだけで活力が満ちる様な気さえする。たぶん、俺がこの世界で犯した罪があるとすれば……それは間違いなく、俺がテレジアに知を授けた事にあるだろう。

 

「俺はな、ちょっと特別なサルカズなんだ」

 

「ふーん?」

 

「人よりも生まれつきから色々と知っててな、おかげで育児放棄されても1人で生きていけたんだ。サルカズに芸とか文化って概念は薄いのに酒は良く飲むからな。酒場に言って歌ったり踊ったり、おだてたりすればおひねりはもらえた。そうやって小さい頃は金を稼いで生きてたんだけど―――まあ、人よりもちょーっと賢いから、他人に教える事も出来たんだ」

 

 だから俺はテレジアに施したんだ。地球で言う義務教育を。

 

「まずは簡単な算術から始めた。恐ろしいぐらいに早く理解してく姿に間違いなく天才だと思ったね。1つ教えればその応用方法にまで気づくんだから。教えれば教える程に楽しそうにする姿を見ればもっと教えたくなる」

 

 それで算術から言語、言語から物理、化学、人の心の機微、自分で調べてきた歴史なんてのも教えた。

 

「一通り基本的な事を教えれば学習意欲が上がってきた王宮の図書館から本を引っ張り出す様になって自分で調べて学ぶようになったなぁ。成長が早いもんで、15を過ぎる頃にはもう基本的な事を教える必要はなかったわ……だから勘違いしたのかもな」

 

「何を?」

 

「これだけ頭が良いなら無茶はしないって」

 

 そっから俺が教えたもんはとても簡単だ。

 

「社会学と哲学を教えた」

 

 義務教育を終えて、俺が通ったのはリベラル制の大学で。自分で授業を選択し、そこで単位を取得する事で卒業するというカリキュラムだ。その中にいくつか必修と呼べる科目があったりしたのだが―――その中には社会や歴史というものもあった。俺個人はそういう系統のが好きだったんで進んで取得していたが、選択した講義の中には論理学や哲学の授業もあった。地球に存在した哲学者の思想等を追い、それが社会に対してどういう影響を与えたのかを調べる講義とかよくあったもんだ。

 

「それってつまり―――テレジアの根本的な思想を構築したのが”姉さん”って事?」

 

「そゆこと」

 

 つまり俺が余計な事を教えてしまったのだ、テレジアに。彼女に哲学や社会学なんてものを教えなければ、人がどういう風にするべきか、人はどういう風に生きるのが普通なのか。そういう事を考える為の根本的な知識や思想を与えなければテレジアが”サルカズはどういう風に生きるべきなのか?”という事に考えを巡らせる事もなかったのだろう。テレジアは理解してしまったのだ、感染して鉱石病を患いながら戦いに身を投じるるサルカズの姿が異常だという事が。彼女は理解してしまったのだ、これが生物として根本的に間違っている姿なのだと。テレジアは理解したのだ、これはサルカズという種を決して幸せにしないのだ、と。

 

 両手で顔を抑える。

 

「俺だ、俺がこの内戦を始めたんだ」

 

「……」

 

「引き金を引いたんじゃない。それでもこの内戦の始まり、その対立構造は俺が生み出したんだ」

 

 偵察任務の時、一度だけテレシスと会った事がある。いや、違う。テレシスに歓迎されたんだ。アイツは力のあるサルカズを尊重する部分がある。だから今、死神(グリムリーパー)なんて異名を持つ俺に対して興味を持つのは当然の事だった。姿が見えない、認知できないのに玉座に座って待っていたのだ、奴は。その上で言ったのだ。

 

「なんて?」

 

「ありがとう、って。理解の出来ない怪物に直面した気がしたよ」

 

 きっとそれはサルカズとして強くなってありがとう、テレジアを教育してくれてありがとう、この状況を生み出すに至るまでありがとう。そういう意味が混じっているのだろうが、認知できないであろう相手に対してノーガードで待ち構えながら言い放つような言葉じゃない。俺がブチキレたらそのまま殺される可能性だってあるだろうに、その心配をする事もなくテレシスは対面してきたのだ。理解の出来ない怪物の恐怖というものを味わった。アレは内戦で血に染まったドクターを超える狂気の化け物だ。

 

 ある意味、サルカズの歴史が生んだ究極の怪物だろう。

 

「じゃあ、今戦ってるのは」

 

「罪滅ぼしだよ。始めたものは終わらせなきゃならん。俺が始めた事は俺で終わらせなくちゃならない。テレジアはその自覚はないだろうし、思いもしないだろう。だけど根本的な原因は俺にある……」

 

 調子に乗って教えずに、あのまま王宮から連れ去ればよかったんだ。彼女をもっと広く、自由な世界に。だけど気づけばテレジアはバベルを生み出していた。この大陸に希望を生み出す為の箱庭を。

 

「まあ……これが全部終わったら」

 

 無事にカズデルの内戦が終わったら、の話だ。

 

「休暇を取ってシエスタに遊びに行きたいなぁ、とは思ってる」

 

「部屋をあんなシエスタ風にしてるのにまだ満足してないの?」

 

「だってリゾート地だぞ!? 海だぞ海! 夢にまで見る青く透き通った海! こりゃあ一生に一度は行かなきゃ損だろ」

 

 全部終わったらシエスタの海に行きたい。陸上の楽園だと言われる場所なんだ―――きっと、そこはカズデルとは正反対の場所に違いない。多くの人々が笑って、遊んで、音楽を流して踊りながらも暮らしている。ビーチでは日光浴や泳いでいる観光客で溢れ、毎日が平穏で楽しいんだろうと思う。全部終わったら、カズデルとは正反対の園場所へと向かって遊びたい。きっと、テレジアに一番必要なのはそういう場所なんだ。王族の義務や権利は全て毒だ。

 

 そういうものから全部切り離して、彼女は生きるべきなんだ。

 

 だからシエスタに行きたい。

 

 あの青い海を、前世で見た海の美しさをもう一度見たい。そうすれば波が心の汚れも罪も何もかも全部洗い流してくれるような、そんな気がするから。

 

「……」

 

 片足を縁にかけるように抱き込み、空の果てへと視線を向ける。世界はこんなにも広いのに俺達はこの狭い世界に縛られている。バカみたいだ。バカみたいだけどこのカズデルは呪われている。俺達は全員、カズデルとサルカズという呪いに苦しめられているんだ。

 

「馬鹿みたい」

 

「そう思う?」

 

「そう思うわ。貴女もテレジアもほんと馬鹿みたいにお人好しで救いがないわ」

 

「知ってる」

 

 Wのストレートな罵倒に苦笑しながら目を閉じた。

 

 この苦しみが―――何もかも、夢であれば良かったのに。

 

 

 

 

「Grim、最近の調子はどうだ?」

 

「ん、どうしたんだケルシーいきなりそんな事を聞いて」

 

「いや、な」

 

 カズデルの内戦に変化がなく更に時間が過ぎ去って行く中で、ケルシーと歩いているとそんな事を横から聞かれる。ケルシーとしては中々に珍しい話の切り出し方の様に思える。ただケルシー自身、心を許した相手にはそこまでつんけんしない。ただ単純にそのラインが非常に高いというのと、露骨に優しくするという訳でもないのだ。だから勘違いされやすいだけでケルシー自身はかなり良い人だ。

 

「基本的にテレジアの相手はお前に任せているだろう? だから負担になっていないかと思ってな」

 

「今更な話だろう、そりゃ。もうちょい人材不足が解消されるようなら俺の方も助かるんだがなあ」

 

「その件で今はカジミエーシュの騎士に話を持ち掛けている。上手く行けばカジミエーシュに見切りをつけた騎士をバベル……いや、ロドスに引き込めそうだ。それを契機にライン生命などの組織とも契約を行う予定だ。そうすれば人材不足の現状も多少はマシになるだろう」

 

「マジで? ならもう少し休日返上で頑張るかなぁ」

 

 けらけらと笑いながらケルシーに答えると、ケルシーは言葉を選ぶように沈黙を作った。通路の奥、二方向へと別れる行き止まりの前で足を止めながらケルシーはゆっくりと言葉を続ける。

 

「Grim、テレジアは……」

 

「解ってる。その為に俺が傍にいる」

 

「……そうか、そうだったな。彼女のケアと対応に関してはすまなく思ってる」

 

「気にするな。持ちつ持たれつつってもんだろ、こういうのは」

 

 ケルシーに背を向けるように通路で分かれ、軽く背中越しに手を振って歩く。ケルシーもケルシーで、実際のところは休みがないレベルで忙しい。管理職とはまた別に医療部門のトップを務めているのが彼女の立場だ。日々鉱石病という不治の病と格闘しているのを見れば、余裕なんてものが理解できるだろう。その中でちゃんと他人を気遣うだけの時間を作ってるんだから俺は偉いと思う。

 

 偉さの話で言えばこのバベルに集った者達全員そうだが。

 

 報われるとは限らない、最初の一歩を踏み出す事を決意した者達だけがここに集まっている。ここにいる連中は最悪、全滅する事さえも想定してこのバベルという組織に入ったのだから。己の命を礎に、ロドスへとつなげて鉱石病のない世界を生み出す。その理想の為に自分の命を燃やし尽くす覚悟がここにはある。

 

 だからと言って意識高い系で集まっているという訳じゃないのが凄いと思う。誰もが本気で未来に向かって頑張っている。

 

 だがここしばらく、それが手詰まりとなっているのも事実だ。テレジアとテレシスの対立はサルカズの暴走という形で激化している。その事に対してテレジアは一切表情に変化を見せようとはしないが、それこそテレジアがカズデルの事を気に病んでいるという事の証拠であると俺は理解していた。だからこそ最近はテレジアの心に負担をかけないように一緒に居る時間をなるべく確保している。

 

 そんな中、今日は議長室での集まりがあった。

 

 ここはバベル内部でも特別な部屋だ。

 

 入れるのはドクター、テレジア、そして俺だけ。時折ドクターが連れてくるアーミヤという例外を除けばケルシーでさえ中に入る事の出来ない場所だった。アーミヤは実質的なドクターの継承者、弟子として見られているし、俺はテレジアの生活関連をほぼ全て背負っている。テレジアの実質的な世話係兼護衛という形で見られている為、議長室の入室が許されている。

 

 そうじゃなければあそこに入れるのはドクターとテレジアだけだ。いや、そうじゃなくても戦略の事でドクターとテレジアは2人だけでいる時間がちょくちょく増えている。

 

 それこそがテレジアの現状に対する、隠しきれない不安だろうと思っている。

 

「パスは……っと」

 

 議長室前にまで辿り着いたら扉横のパネルにパスコードを入力し、扉を開ける。中に入れば既にテレジアとアーミヤの姿があり、ドクター待ちという状態になっているようだった。片手をあげて挨拶するように入室すると、アーミヤがぺこりと頭を下げた。

 

「あ、こんにちわGrimさん」

 

「よお、アーミヤちゃん。少しは大きくなったかぁ? んー?」

 

「あ、わ、わ、お、降ろしてくださいGrimさん!」

 

「はーっはっはっは、軽い軽い! 食い足りないんじゃないかぁ? んー?」

 

 小さなアーミヤの姿を持ち上げて振り回すと前髪に隠れた目を回しながら小さな悲鳴を巻き起こしている。可愛らしいその姿に笑い声を零しながらアーミヤをおろし、テレジアへと視線を向ければテレジアが手を広げている姿が見えた。

 

「さあ、Grim私にも是非」

 

「流石にお前は歳を考えろ」

 

「大丈夫です、大丈夫! Grimなら絶対やれます!」

 

「俺を何だと思ってるんだ……?」

 

 いや、まあ、やってみるけどさ。

 

 無理があるんじゃないかなぁ、と思いながら手を広げているテレジアを持ち上げようと手を伸ばし、軽く脇の下に手を突っ込もうとして、これはちょっと難しいなぁ、と思う。なので予定を変えて腰に手を回し、ダンスでやる様に腰を抱き寄せて軽く持ち上げるように体をスイングする。驚いたような、楽しそうな、嬉しそうな、そんな表情を浮かべて解放するとテレジアが恥ずかしそうに一歩身を引いて両手で顔を覆った。

 

「やっぱりやめておくべきでした」

 

「せやろなぁ」

 

「Grimはそういう所本当に無頓着というか……もっと気を付けるべきです」

 

「俺は一度遠慮したんだが……?」

 

 完全にテレジアの爆死なんだよなぁ。まあ、楽しい時間が過ごせたのならそれでよかった。俺もテレジアが楽しいならそれで大体幸せだ。俺もだいぶ安くなったもんだ。カメラがあればこのテレジアの姿も撮ってるんだがなぁ、とは思うけど今手元には端末がない。機密性を考えて議長室にその手の物は持ち込まないようにしているのだ。

 

 と、そこで議長室の扉が開く。

 

 最後の入室者であるドクターがやってくる。これで議長室には揃うべき人物が全員揃う。片手をあげてドクターに挨拶しながら部屋に迎える。

 

「よう、ドクター。今日は遅かったじゃ―――」

 

 そこまで言葉を口にした所でドクターの()()()()()()()()()()()。体の揺れ方が違う。明らかに戦える人間の揺れ方だ。

 

 ヤバイ、こいつドクターじゃねぇ。

 

 どうして議長室に入れた? どうやってバベルの目を欺けた? その考えを頭の中から完全に消し去り、超高速の思考で反応する。だがアクションの始動が遅すぎた。此方がドクターが偽物であると気づく瞬間には相手は既に踏み込んでいた。ドクターの特徴的な姿の下から刃を引き抜き、それを踏み込みと共に、

 

 刃が吸い込まれるように心臓を貫通した。

 

 それで勢いの止まらない刃は心臓を貫通し背中を突き抜けて背後でまだわずかな抵抗と共に人体を貫き、二つの肉体を貫通して押し込む。その感触は背面にある壁に衝突するまで暗殺者によって押し込まれ、

 

 刃を動かしやすくするために僅かに刃を捻り、刃を滑らせる隙間を作り、

 

 ―――肉体を引き裂く様に体内から横に斬り払われた。




議長室
 ドクターとテレジアしか入れない筈の場所。テレジアの暗殺はここで行われたとの話。この時テレジアとドクターは2人きりだったらしいんだからそりゃ誰もがドクターの裏切りを疑う。

 後1~2話で完結。
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