白日終点   作:てんぞー

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居場所

 バベルに来て最高! 来て良かったぜ! って思えたのはシャワー室に風呂場がオペレーターには提供されていて自由に使えるという事実だった。というか個室が用意されていてそこでは好きに室内を整える事が出来て、個人のシャワールームが用意されているという事実がまずもう強い。圧倒的な強さだ。バベル、福利厚生最強じゃんって言いたくなるレベルで強い。だって今までの生活はスラム生活だったのだ、当然シャワーなんて便利なもんが存在する筈がない。

 

 俺がいくら中身が男とはいえ、流石に体臭や汚れには気を遣う。というか汚いとかテレジアには思われたくはないので、服装以外はそれとなく割と気を使っているのだ。だけどスラムという環境、場所には当然ながら水道なんてものはない。それを遠慮なく利用できるのは貴族連中ばかりだ。だから基本的には井戸か川から汲んだ水を使って水浴びをするか、雨の日に全裸で雨に打たれるぐらいの方法しかない。当然、川で身を清めるなんて手段は貞操がヤバイので出来る筈もない。だから基本は水の節約を兼ねて濡らしたタオルで体を拭くだけとかを割と普通にやってた。

 

 でも一度だけテレジアに連れられて王宮の風呂場を使った事がある。その時は一緒に風呂に入ったのだが、当然ながらそういう場では洗ってくれる侍女とかがやってくるので俺がいる事もバレて、そのまま即座に逃げ出すハメになった事もあった。それ以来風呂に入れたことはない。五右衛門風呂なんて女の身で安全に出来るもんでもないし。そういう訳でスラム住まいは結構辛かったのだがそれもいよいよ卒業という事だ。

 

 ”銀髪”も傭兵デビュー―――Wという名前を戦没者から装備を引き継ぐ事で手に入れ、傭兵団に入ったようで安心した。俺はバベルへ、彼女はサルカズ傭兵に。お互いに進む道が解れた故に離別する事となってしまった。だがこれで永遠に分かれるという訳ではないし、どうせその内戦場で再会するであろうという予感に俺達はあっさりと別れた。そして俺は僅かな家財を手にバベルが用意してくれた新たな家―――いや、修繕途中の《ロドス・アイランド》と呼ばれる陸上型空母に移り住むことになった。

 

 AceやScout達をはじめとするバベルのオペレーターたちも現在はここを住処としており、俺達はレム・ビリトンにあるこの施設を拠点としている。そしてバベルのオペレーターとして登録された俺も、このロドス・アイランドと呼ばれる修繕中の拠点を利用する事となった。なんでもレム・ビリトンにて発掘されたこの施設を現在使える様に修繕、増築、建築中で完成されれば陸上を移動都市規模とはいかなくても走ることが出来るようになる巨大な施設となるそうだ。

 

 ここにはまだ、テレジアはいない。現状テレジアをカズデルから連れ出すのが難しく、色々と準備と手順が必要になるからだ。その代わりに俺は先にバベルへと入居し、

 

 熱い湯でのシャワーを利用させて貰っていた。

 

 これがもう、言葉では言い表せないレベルで気持ちが良い。

 

 まさしく文明の勝利。

 

 これが現代文明。

 

 人類ってやっぱ凄い。

 

 お湯、最高。

 

 焚火を用意せずに暖かいお湯が身近にある生活、その恩恵をきっと普通に暮らしている人々は全く理解できないんだろうなぁ……というのは生まれ直してからの新しい人生で感じ取ってしまったちょっと擦れた感覚なのかもしれない。

 

 そうやって湯を堪能したらバベルから新しく支給された―――と言うにはオーダーメイドなのでまったく安物ではないのだが―――戦闘用の装備と服が用意されたので、それに着替える。これまで使っていた奴は店で購入したものだが大体は古着等だったりするので、ぴっちりぱっしり新しい服に袖を通すという感覚は実に心が踊るものだった。装備も自作する必要がない、プロフェッショナルが作成したものが使用できる。

 

 黒く体のラインが浮き出るインナーの上から男物のズボンとBABELとロゴと共に印字された上着を羽織る。両手の手袋も新調されてよりフィットして指先の感覚が伝わりやすいものが。その他にも戦闘用の小道具にナイフやハチェット、ワイヤーが上着やベルト、全身に装着されているように隠されている。極めつけは銃まで入手できた。この世界に置いて銃とは火薬式ではなく、アーツ式での運用となっているから根本的な活用方法が地球のソレとは違う。だが脳天に鉛弾をぶち込めば人は大体死ぬという事実に変わりはないし、そう言う意味では地球とは何も変わらない。

 

 Scoutが持っていたようなライフル、そこにショットガン、そして二挺のハンドガンをベルトに装着してフル装備の完成になる。バベルは気前よくこれらの装備を全て支給という形で用意してくれたのだから本当に頭が上がらない。何気にバベルのロゴとこの黒と青のデザインのジャケットも格好良く、気に入っている。しかもこの上でちゃんとお給料が出るとかいうのだ。ホワイト企業の極みか?

 

 ―――その正体は秘密結社に近いところがあるらしいが。

 

 まあ、そんな事実は俺には関係ない。

 

 全てはこの大地の病を癒し、感染者の戦いに、サルカズの愚かさに終わりをもたらす為に。

 

「―――さて」

 

 自室、まだ特に装飾もなくて最低限の家具しか運び込んでいない自分の部屋を見渡し、そして壁に掛けてある鏡を見る。

 

 そこには見事な美女の姿が映っている。純血のウェンディゴと純血のブラッドブルード、2種類のサルカズの純血の血を半々受け継ぐ混血の自分は両方の種族の特徴を色濃く受け継いでいる。親はろくでなしだが、遺伝子だけはしっかりとその良点だけを引き継いでくれた。ブラッドブルード特有の僅かに色白い肌。ウェンディゴ特有の身体の強さと角。不思議なグラデーションをした髪の色彩は両種族の特徴が入り混じった結果だ。この髪色は俺は気に入っていた。

 

 何せ、テレジアも不思議なグラデーションが髪色にかかっている。色は違うが、その不思議さはまるで姉妹の様なものを感じさせる。それが俺達は嫌いじゃなかった。

 

「髪型変えてみるか? うーん、変に弄ってもアレか」

 

 何時も通り全部降ろしてるだけでいいか、と結論が出る。細かい所までやるのは面倒だし。肩にかかっている髪を後ろへと流す様に押してから壁を見て、

 

 今度お金が入ったら壁紙でも買うか、なんて事を考えて指定された待ち合わせ場所へと行く。

 

 

 

 

 このロドス・アイランド等という施設は、巨大な陸上空母だ。どこから引っ張り出したかは解らないし、どうやって作ったのかは解らない。だがその外観は既に完成されており、細かい調整や内装などの方に作業の大半は進んでいた。その為、このロドス内部ではちょくちょく通行不可の区域があったりして、これが中々に曲者だ。マップを見て進もうとすればメンテナンス中だったり、コードが剥き出しの状態だったりで進めなかったりする為、遠回りするハメに何度もなる。

 

 だがそれを超えればロドス・アイランド艦橋へと到達することが出来る。

 

 ……少し遅れて。

 

 到着すればそこには医療部門の責任者であるケルシー、そして全身を装備で隠している戦術部門責任者のドクター■■■■の姿があった。ただ、ドクターの足元には患者らしきコータスの少女が一緒に居るようだ。まあ、そんな事よりも今は大事な事がある。

 

 2人の姿を見つけて真っ先に近づきながら頭を下げる。

 

「ごめんなさい、迷ってました」

 

「しっかりしてくれ―――と言いたい所だがまあ、来たばかりでは仕方がないか。ロドス内部もまだ通れない場所も多いしな。ただ早く慣れて貰わないと困る」

 

「そりゃあ、まあ。開いた時間に散歩でもして覚えますわケルシーさん。という訳でこれからバベルの一員として宜しくお願いします。この病を星から根絶させる為なら俺は燃え尽きようとも戦い続ける所存なので」

 

 それが俺の責任の取り方だ。俺がテレジアを焚きつけて、この戦いを始めたのであれば―――俺は死ぬその瞬間まで、全力で戦い続けなければならないだろう。持てる命、力、才能、素質、その全てを120%の効率と能力で発揮させて完全に使いこなす。その上で自分が成し遂げるべき事を全て成し遂げる。それが責任の取り方だ。

 

「ふむ、覚悟と気概の方は問題がなさそうだな……ドクター?」

 

「……」

 

 ドクターは手持ちのクリップボードを確認していた。

 

「名前、無し。非感染者。物理強度・卓越、戦場機動・測定不能、生理的耐性・優秀、戦術立案・標準、戦闘技術・優秀、アーツ適性・優秀……全体の能力が高く纏まっている上に奇襲、隠密、暗殺等の技術に非常に長けている。これが事実なら非常に優秀なオペレーターだな」

 

「いやあ、それほどでもある」

 

 えっへん、と胸を張ってコミカルに空気を和ませてみようとするが、ドクターは無視。クリップボードから此方へと向けた視線をクリップボードに戻し、ケルシーはやれやれと肩を竦めた。もしかしてこの人たちノリの悪い方々だった? 選択肢を間違えたかなぁ……なんて考えていると、コータスの少女が両手の拳をぎゅっと握っていた。

 

「あ、あの、私、凄いと思います」

 

「……ありがとう、嬢ちゃん」

 

 年下の娘に慰められるの、結構きついかもしれない。

 

「この戦場機動、測定不能とはどういう事だ?」

 

「それはこういう事」

 

 目の前に指を持って行き、スナップではじく。ぱちんという音が響くのと同時にケルシーとドクターの意識の虚を歩いて外れる。目の前から消えた事に驚いているコータスの少女の後ろに回り込み、軽く手を振るってワイヤーを伸ばしつつわ、っと驚かしながら脇の下に手を差し込んでその姿を高く持ち上げた。持ち上げられたコータスの少女に、ドクターとケルシーが少女が持ち上げられてから気づいた。

 

「え? あ、でも今前に……あれ?」

 

「……アーツか?」

 

「いや、細々とした技術の集大成。アーツを使わないからサルカズの探知力でもバレない。サーモでサーチされるならアーツで体を冷やせば良い。生命反応で追われるなら生命力を落として隠れれば良い」

 

 前提として技術の塊でアーツ使ってないからアーツ反応から入るとバレない。その後で他の判別方法を使うならそれに対するメタ手段を用意しているから掻い潜れる。最悪、アイスパックとか使って体冷やせば問題は解決するし。アーツは強いし便利だし非現実的な手段を色々と可能にしてくれるだろう。だけどそれに頼ると源石による感染率が高まる。それが俺は嫌だった。だから王宮に忍び込む為だけにこの手の技術を研究、練習、鍛錬し、そして技術として鍛え上げて身に着けたのだ。

 

 まあ、そこには勿論どっかのロイヤルブラッドのご協力があったりする訳だが。

 

 そういう訳で俺の戦場機動は完成された。アーツに頼らない純粋な体術技術による隠密技能。これに関してはその手のアーツを持っている奴にすら負けない自信がある。目の前に立っていても完全に姿を消す事だって出来る覚えがある。それにほら、

 

「後はこう……ね?」

 

 コータスの少女を片手で支えながら右手を持ち上げれば、ケルシーとドクターの視線が指先から伸びるワイヤーが何時の間にか肩に、首筋に沿って伸びているのが見えるだろう。少女を床に降ろしながらワイヤーを回収すればドクターが成程、と頷いた。

 

「優秀だ」

 

「お褒めに預かり光栄」

 

「となると担当は遊撃、奇襲、暗殺……偵察部隊を率いさせるのも良いな」

 

「現状偵察部隊を任せられるエリートはScout、Outcast,後はRadianだけか」

 

「思想と能力を見れば間違いなくエリート採用が行えるだけの物はある。問題は信用できるか否かだ」

 

「それこそ愚問だな。テレジアが心の底から信じているのがその答えだ」

 

「ふーん?」

 

 ケルシーとドクターが顔を突き合わせて難しい話をしている。コータスの少女も話に混ざりたそうにしているが、混ざってはいけないのか気にしない様に頑張っている。その姿が年頃の娘らしく、微笑ましく、思わず笑みを零してしまう。

 

「専攻や分野は? 信用は?」

 

「我々以上に彼女の信頼を受けているんだぞ? 話を聞けば殿下の根本的な考えや知識、思想を支えたのが彼女だ。それだけで既に()()()()()()得難い人材だ。それに彼女の得意とする技能は現状、他のオペレーターでは真似できない領域だ。お前の判断はどうだドクター■■■■」

 

「……」

 

 ドクターはしばし、思案するように無言を貫く。だが最終的には頷く要素を見せる。

 

「隠密能力を任せた偵察、暗殺、奇襲と遊撃能力。特にOutcastやAce等の前線オペレーターと組ませれば凄まじい戦果を叩き出すだろうな。替えの効かない戦力になる」

 

「なら決まりだな」

 

 ケルシーの言葉にドクターが視線を此方へと向けた。

 

「希望するオペレーターネームは?」

 

「特にない」

 

 それに腕を組みながら答えればなら、とケルシーが言葉を続けた。

 

「今日からGrimだ。エリートオペレーターGrim。それが君を示す新しい名だ」

 

 Grim、即ち死神。先ほど見せた技能から導き出された役割に当てはめたオペレーターネームだろう。まあ、確かに姿隠して暗殺してまた消え去ることが出来るのは何をどうあがいても死神としか表現の出来ない技能だがもうちょっとマシなオペレーターネームはなかったのだろうか? まあ、なんにせよ、

 

 コードネームの類とはいえ、初めての名前だ。

 

 その名に恥じない活躍をするとしよう。

 

 

 

 

 バベルでの活動は主にドクターでの指揮下で行う事になった。戦術、戦略面において研究者でありながらドクターを超える存在がバベルにはいなかった。いや、バベルだけじゃなくこの大陸でドクターをこのジャンルで凌駕出来る存在がいないのかもしれない。ケルシーが単純な医療というジャンルに置いて卓越した技量を発揮し、Aceが防衛という点に置いてほぼ無敵に近い性能を証明し、クイックドロウと高速射撃戦に置いてラテラーノの天使を超える腕前を披露するOutcastがいる様に、

 

 バベルはそれぞれの分野の特化型スペシャリストが存在する。その1人1人がバベルに対して、というよりはこの世から鉱石病を失くし、治療し、この星を救う事に魂をささげた人たちだった。そしてその言葉を信頼し、技術をバベルへと捧げた者達をエリートオペレーターと呼ぶ。俺はその一員として活動する事になった。

 

 主にAceやOutcast等の前線を張れるオペレーターと組みつつ、時折ScoutやRaidianなどの偵察部隊組と一緒に仕事をして技術の幅を広げつつ、カズデルの戦線にバレない様に参加し、テレシス側の手勢を削る仕事に従事する。

 

 バベルの目下の目的はテレジアのロドス・アイランドへの移動。

 

 テレシスの影響が届かない場所へと囲う事で安全に力をつけてもらう事が目的だ。その為にはまず、テレジアを迎える為の準備としてテレシスの影響力を削る事から始める必要がある。摂政テレシスと五分の勝負に持ち込んでいるとはいえ、そこからテレシスは未だに揺るがない。このままテレジアを連れ出そうとすればテレシスによって妨害されるのは目に見えている。その為、安全に連れ出す為のルートを構築する必要がある。

 

 無論、そんなものはない。カズデルでの本格的な紛争と内戦が始まった事によりカズデルの全地域で毎日戦争が発生している。この中、テレジアを連れ出すというのは至難の業になる。故に必要なのは安全を確保するように敵を排除する事。

 

 つまりテレジアを連れ出す時だけルートの敵を殲滅するというやり方だ。なのでその布石として戦闘を重ねる必要がある。

 

 つまり別の個所で戦闘を行い、事前にそこに戦力を集中させない様にする事。相手を適度に分散させ、薄くなった時期に一気に殲滅してルートを開拓、そこにテレジアを通してレム・ビリトンまで護衛するという作戦だ。

 

 その為にバベルは複数の傭兵団を雇い、戦闘行動を装備を支給する事によって支援し、その陰で俺達オペレーターが動く。当然新人であろうとなかろうと関係なく俺も出る事になる。実戦は価値を証明するチャンスでもあるし、また同時に成長の機会でもあった。

 

 そうやって戦闘を重ねる事で色々と学ぶ事もあった。

 

 そしてそれ以上に殺した。

 

 これまでなるべく手を汚さない様に生きてきたつもりだった。だがそれまでの人生の全てを覆す様な速度と効率で人を殺してゆく。殺して潰して解体して始末する。

 

 相性が良すぎたのだ、ドクターの求める効率的な戦術と。

 

 ドクターの指揮はまさに神がかっていると評価できる。まるで未来が見えるかのように事前に相手の動きを完璧に予測する。それに合わせて最小で最大の力を発揮できる人員を配置し、あえて敵を呼び込む事で相手をキルゾーンに呼び込み、殲滅する。このスタイルで敵の殲滅を行うのがドクターの戦術として得意な所だった。相手が逃げ出すようであれば? そもそも逃げる方向を予想しているから無駄だ。相手が絶対に突破しなければならない状況を作り出し、追い込み、待ち構え、そして迎え撃つ形で殲滅する。此方が常に防衛に入る形で待ち受けて殲滅する。

 

 そのドクターのスタイルは言ってしまえばある意味、目立つ。特にAceやOutcastの様な華があり、威圧感のあるオペレーターが前線に立つのだから相手からすればどこに敵がいるのか、丸わかりだ。だが逆にそれが自分という存在が動く、付け入る隙を生み出す。意識の隙間があるのなら滑り込んで暗殺するなんて楽だ。特にAceなんて存在感の塊、その防御が鉄壁すぎてまるで城砦を前にしているような堅牢さは誰であろうと突破出来る様なビジョンが生まれない。そんなものが前線でガードを張っているのだ、Aceを突破しようとして意識した瞬間には背後から忍び寄って首を楽々と落とせる。

 

 少なくともそれは必勝戦術の1つだった。

 

 それまではScoutが抑え込まれた駒を狙撃によって散らしていたが、俺が加わった事でドクターの取れる手が増えた。ゲリラ的に戦場に突入しながらサルカズ傭兵―――テレシスの手駒を削る様に奇襲をかけ、抑え込みながら逃がさない様に殲滅する事で情報の拡散を防ぐ。

 

 ドクターの取っている手際はシンプルながら極められたものであり、まるで攻略本を片手に戦場を攻略しているようでミスという概念に欠けていた。オペレーターがドクターの言ったとおりの動きさえ取れば確実に勝利できるというレベルで戦術、戦闘が完成されていた。まるで弟子か子に教える様にコータスの少女・アーミヤを連れて戦場に出るドクターの戦術指揮を例えるなら、

 

 そう、

 

 作業だ。

 

 淡々と作業の様に現れた敵を処理する。

 

 それがドクターのスタイルだ。

 

 いや、はじめはドクターもそうじゃなかったんだ。

 

 ドクターの指揮は完璧だった。完璧な状態で作戦を完了させる。それは良かった。だが戦闘というのは突き詰めてしまえば最小の人数でなるべく多くを殺すという結果に行きつく。ドクターはあまりにも優秀過ぎたんだ。最適解が見えてしまうからその選択肢が見えてしまい、カズデルの内戦が勃発して戦場が激化すればするほどその指揮は巧みに、もっと容赦がなくなって行く。敵が増えれば増える程容赦はなくなって行く。

 

 当然だ。ドクターは顔を見せず、感情を見せようともしない。

 

 だが決して冷血漢じゃない。

 

 心の通っている人間だ。

 

 だが生きる為には、バベルの理念の為には、理想の為には―――たくさん、人を殺さなきゃいけない。生き残らなきゃいけない。そうしなければ此方が死ぬからだ。

 

 だからドクターは更にその指揮を最適化して行く。

 

 もっと容赦なく、無駄を削ぎ落して最小の労力でたくさんの命を奪えるように指揮する。それを突き詰めて行けば戦闘は一方的な虐殺になる。

 

 無感情に、無感動に、心を一切動かす事もなく、肩についた塵を払う様に命を消費する。俺達オペレーターが出撃する度に物言わぬ死体が増えて積み重なって行く。これまで殺したことのない数の命をこの手で始末する度に自分の殺しの業が磨かれて行くのを感じ取れる。これまでの騒がしく少し危険ながらも、血とはどことなく関わらなかった人生はバベルに入った事で変わって行ったのだ。

 

 それが恐ろしくも、()()()()()()()()()()()()。明確に強くなるのを感じた。これまではアーツを使って補助しなければ完璧ではなかったワイヤーの操作もたくさんのサルカズを殺すうちに完全に体に馴染んで自由自在に動かせるようになった。勉強をする事で隠密技術ももはや真似できる領域を超過した怪物的な領域に踏み込んだ。

 

 だがそれは他のオペレーターたちも一緒だった。

 

 本能的に血と闘争を忌避し、それを無感情に処理し続けるドクターをどことなく疎んでいた。だがその才覚、そして手腕は本物だった。故に思う事があっても誰も反発するような事はなかった。当然だ、ここにいる連中は誰もがバベルの理念に対して本気なのだから、多少ドクターが殺戮を突き詰めようと気にする事なんてなかった。それが必要な事であるというのは、理解しているからだ。

 

 だから殺した。一度の戦場で20人処理したら次は50人処理しに行き、次は十数人で400人近く殺した。

 

 出撃しては殺して、また次を殺しに行く。

 

 気づけば返り血で全身が真っ赤に染まっていても気にしなくなるようになった。

 

 

 

 

「ありがとうクロージャ。これで我が家にも潤いが増えるってもんよ」

 

「4Kフルスクリーン、完全オーダーメイドのワイドビジョン型壁紙! これでシエスタの固定された景色もリアルタイムの景色も室内の壁に投影できるよ。いやあ、私も頑張った! 凄い頑張った! おかげで貰った資金の大半使っちゃった」

 

「ははは」

 

 ロドス・アイランドの作業室には同じサルカズ―――だが此方はブラッドブルードの同僚、エンジニアのクロージャから注文していた物を受け取った。バベルで働いて稼いだ金で頼んだのはシエスタ風の家具や壁紙だ。それですっかり財布の中はすっからかんだ。お陰でおやつを購入するお金もないし、ここからしばらくは食堂や購買部でアルバイトする必要があるなんて事実に直面していたりもする。だがその代わりについに、ロドス・アイランド内部での我が個室に個性というものが生まれる。マジで何も入れないと殺風景なメタルの壁なんで寂しいんだよ、個室。それでも今まで住んでいた場所よりも遥かに上等なのだが。

 

「まあ、作業の合間の良い息抜きにもなったしこれぐらいならいつでも請け負うよ。Grimはもうここには慣れた?」

 

 クロージャの言葉に腕を組みながらうーん、と唸る。

 

「だろうなぁ……居心地が良すぎてちょっとむずむずするのはあるな」

 

「居心地が良すぎる?」

 

「うむ」

 

 スラム育ちで劣悪な環境で育ってきただけに、こういう福利厚生の行き届いた環境で生活するというのは中々慣れないものだ―――いや、それこそ前世と呼べるもんでは普通にもっと良い環境で暮らしていたのは事実だ。だけど人間というのは基本的に適応する生き物だし、何年もスラムで暮らしていればそりゃあスラムでの環境に適応しちゃうし、それが普通になってしまう。

 

 まあ、海外出張した人と一緒だ。それまでの生活とは別の環境に行けば適応する奴。俺もそうやってカズデルのスラム環境に適応して、それが普通になってしまったんだ。だから今更こういう場所にやってくると落ち着かない所がある。

 

「まぁ、それもここで働いている内にたぶん慣れるだろうけどさ」

 

「うんうん、どんどん住みやすくしちゃってイイよイイよ! バベルは常に人材不足だからね、Grimみたいに仕事を手伝ってくれる人は大歓迎だよ―――あいたっ」

 

「少しは遠慮を覚えなさい、貴女は」

 

 そう言ってクロージャの後ろでは同じく作業室で素材の選別をおこなっていたWhitesmithの姿があった。弄っていた異鉄を加工して作成した鉄版で軽くクロージャを叩くと、それをケースに保存する。そこから加工素材の選別と再加工はMechanistの仕事だ。Whitesmith、そしてMeachanistもまたエリートオペレーターだ。ただし、俺やAceの様な前線戦闘オペレーターとは違って、戦闘もできる後方支援オペレーターだ。その真の力は特定の分野―――加工や素材の目利き、研究などで発揮される。これで戦闘もできるのだから中々のもんだ。

 

「だってGrim便利なんだもん……鉄骨の上とかワイヤーの上を装備もなしにぶら下がったり歩いたりするんだよ!? 高所作業を何の迷いもなくやってくれるし!」

 

 Whitesmithの視線が此方へと向けられる。それを受けて空っぽの財布をひっくり返した。

 

「バイト代が良いから」

 

「もうちょっと計画的に使いなさいよ?」

 

「せ、生活費は引いてあるから」

 

「という訳でGrimは今暇? また仕事を頼みた―――」

 

 ぱしん、とWhitesmithの一撃がクロージャの頭に炸裂し、クロージャが蹲って頭を抱える。その景色に笑い声を零す。テレジアがこっちにやってきたら、教えたい事がたくさんできてきた。早く、彼女をあの鳥籠から連れ出してここで楽しくやらせて上げられれば良いのだが。

 

 クロージャから受け取った家具や壁紙の類を全て台車の上へと移し、取っ手を掴む。片手をあげて頭を抱えて蹲っているクロージャに手を振る。

 

「改めてありがとうクロージャ、俺は一旦部屋の整理に戻るから」

 

「あ、待って待って! 行く前にこれこれ」

 

 家具を持って部屋へと戻ろうとしたら素早く立ち上がったクロージャが作業室のコンテナの方へと行くと、片っ端から開けては閉めて、それを作業用アームで退けて何かを探し始める。それをWhitesmithと顔を合わせて首を傾げれば、クロージャが何かを見つけたかのように何かを引っ張ってきた。

 

「これこれ、はい! 何時も助けてくれるしちょっとしたお礼ね」

 

 そう言ってクロージャが手渡してきたのはイヤホンと繋がった小さな箱と、なんかのパンフレットだった。パンフレットには”第XX回シエスタ・オブシディアンフェスティバル”と描かれていた。どうやらシエスタで開催される音楽の祭典、オブシディアンフェスティバルのパンフレットらしい。そしてこっちの機械は、

 

「音楽再生機?」

 

「あ、やっぱGrimは解るんだ。そうそう、3年前までのオブフェスの音源を見つけたからそれに録音しておいたから、パンフレットと一緒に気分だけでも味わってみて」

 

 そう言うとサムズアップとウィンクを送ってくる姿に、俺もWhitesmithも苦笑を零すしかなかった。本当に善性の塊というか……良い人が過ぎる。改めてありがとう、とクロージャに声を送ってから作業室を出て自室へと向かう。

 

 徐々に、徐々にとだが俺はこのバベルという場所を好きになっていた。まあ、そりゃあその全てが好きになったという訳じゃないが。それでもあのカズデルよりは数千倍良い。きっと、テレジアもここでは殿下としてではなく、普通の女の子としていられる。

 

 イヤホンを装着してミュージックリストから音楽をランダム再生しつつ、バベルの廊下を歩く。途中、ドクターを探して廊下を歩いていたアーミヤに最後見た場所を教えつつ、

 

 早く、テレジアもここに来れると良いな、と先の事を夢想しつつ部屋へ戻った。




クロージャ
 優しく可愛いクロージャお姉さま。唯一神の愛を受けてLive2Dが実装されているずるい人。ブラッドブルードなので実はサルカズでもある。☆42として履歴書を送りつけてケルシーに叱られている人。ロドス・バベルの最強の良心でぶっちぎりで善い人。悪戯好きでよく怒られている姿が目撃される。

Whitesmith
 エリートオペレーターであり、情報の少ない人物の1人。恐らくはMechanist同様戦闘メインではなく技術タイプのオペレーターで新素材の開発に成功して業界における偉業を打ち立てた人。故人である事を考えるとバベル~ロドス時期に死亡していると思われる。

Outcast
 女性でガンマンのエリートオペレーター。女性であり、ガンマンである事以外の情報はないが恐らくはラテラーノ人。Ace共々チェルノボーグ撤退戦でタルラに灰も残さず焼き尽くされた。この戦いでロドスは3人のバベルから居るエリートオペレーターを失ってる。

ドクター
 戦術と戦略の怪物。戦いに出て指揮を取れば常勝を得るという意味不明な生き物。効率を突き詰めた果てにはただの勝利する機械とさえ思われるほどの冷酷さを見せる。現在のどことなくユーモラスな面を見せるものとは違い、この時期のドクターは恐れられる存在だった。


 ロドス・アイランド建設時期。出所は不明だけどカズデルで作られた訳じゃないし、アーミヤの出身やバックの事を考えると恐らくはレム・ビリトンで建造してたんだよなぁ……と思ってる。アイランドの姿を見れば解るけど明らかに技術力が他の組織と比べれば数段と言えるレベルで上で、バベルの依頼を受ける傭兵達はレベルの違う装備が支給されてたとか。

 追記、レム・ビリトンで発掘されたと指摘されました。発掘……発掘ぅ? あんなでかいもんが前時代に存在してたってどういう事なんだろうなぁ。

 危機契約#1、お疲れさまでした。
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