白日終点   作:てんぞー

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出会い

「終わりだ終わり。サルカズとかいうオワコン種族に未来はないわ。はー、なんでこんな種族に生まれちゃったかなぁ。テラに生まれた時点で罰ゲームなのに更にサルカズだぜ? 罰ゲームに罰ゲーム重ねるとかほんと神様って奴の顔をみてみたい。あ、いや、やっぱいいや。なんか悪意満々の笑顔を見せられそう」

 

「ふふふ」

 

 彼女は―――殿下は美しい笑みを浮かべて正面、腰かけながら笑っていた。サルカズ最後にして唯一の王族。そんな彼女は護衛をつける事もなく―――或いはつけられる事もなくそこで笑っていた。或いはもう、笑う事しか殿下には許されていないのかもしれない。そんな彼女の目の前には俺が、家も名も帰る場所もない、どこにでもいる様なただのサルカズがいる。しいて言うならこれが二度目の人生だって事ぐらいだ。だがそれはこの過酷で絶望的な大地においてはなんのアドバンテージにもならない。

 

 それだけこの大地には何もなかった。

 

 いや、大地というかカズデルだが。

 

 家はある。

 

 土地はある。

 

 交通もある。

 

 店や人だってあれば法もある。

 

 だが街と廃墟が入り混じり、全ての人は倒錯した絶望感に浸りながら惰性で生きている。

 

 このカズデルという都市は死んでいる。すべての人が―――いや、サルカズが生きながら死んでいる。世界最大の感染都市。世界最大のパンデミックが常態化した奈落。それがここ、カズデルというサルカズの故郷だ。もはや感染者も寄り付かず、サルカズだけがここに残っている。去って行くサルカズばかり、戻ってくる者はいない。半内戦状態にあるこのカズデルに残ろうとする奴は頭のおかしい奴か、或いは出ていくことの出来ない奴の二種類になっていた。

 

 そして殿下は出て行けない人。

 

 俺は頭のおかしい方。

 

 俺達はそういう関係だった。それがなんだって話? まあ、どうでもいい話だ。つまりは俺みたいな頭のおかしい奴でも簡単に城内に潜り込める、テレジア殿下に会いに行ける、話が出来る。それぐらい今の殿下の周りは壊滅的だった。テレジアというサルカズの味方はもはや、このカズデルでは数える程しかいなかった。

 

 彼女は全てのサルカズの顔と名前を憶えているのに。

 

 まあ、俺に名前なんてないんだが。

 

 だから俺はテレジアの部屋にいた。他に邪魔をする様な奴はどこにもいない。そんな興味を持つ人は限られているからだ。だからテレジアのベッド上に家無し、名前無し、宿無しで仕事無しのロクデナシが転がっていようが咎める様な人は来ない。この土地は本当の王族に対してはあまりにも残酷で意味のない土地になってしまった。それでも彼女は一人、最後の王族としてここに残されている。

 

 外から見ても、この王国は既に摂政が支配しているというのが見えていても。

 

 あー、もー、終わりだよこの国は。どうしてこんなところに転生したんだ俺は???

 

「カズデルもさー、どうしようもないよなぁ」

 

「そうは言いますけど、”あなた”はカズデルを出て行きませんよね」

 

「テレジアがカズデルに残ってるじゃん。テレジアがここを出て行く気がないのに俺だけ出て行く訳にはいかないだろ? ほら、俺が出て行けばテレジアなんて友達もいなくなってしまうし哀れだろう?」

 

「哀れなのは否定しませんが、酷くありませんか?」

 

「事実だから酷くない」

 

 少しだけ怒る様に、テレジアが頬を膨らませる。既に胴体に発露した結晶からテレジアが重度の鉱石病感染者であるのが解っている。それを隠す気もないし、治療する気も彼女にはなかった。だがそれをアーツと気合だけで抑え込めるのがサルカズの王族という怪物だった。その姿はまるで真夏の降る雪の様に儚そうで、触れば折れそうだ。

 

 だけどこの女、素のパンチがメガトンパンチで突進で家を突き抜けてキックがゼロ距離ショットガンよりも凶悪とかいう全身凶器のサルカズ・ファイナルウェポンだったりする。その儚いビジュアルで最終兵器っぷりは反則じゃない? 病弱じゃねぇのかお前。そう言いたくなるレベルで見た目と性能の乖離っぷりは激しい。それが王族の特権と言ってしまえばそれだけの事だが。

 

 そんな究極生物であっても友達は俺1人しかいない。

 

 それが地味に自尊心を満たす―――絶妙に醜い感情だ。

 

「それに”あなた”だって他に誰か友達がいるようには見えませんよ」

 

「あー! 言うのか!? それ言っちゃうのか!? 言ってしまうか―――!」

 

 うがー、と起き上がったテレジアへと襲い掛かろうと両手を上げるとテレジアが笑いながら対応してくる。襲い掛かろうと手を伸ばすけど片手でぺしぺしと全部はたかれてしまう。うわ、王女殿下滅茶苦茶強い。それでひとしきり茶番を楽しんだら再びテレジアのベッドを占拠するように転がり、適応にベッドサイドに積まれている本に手を伸ばし、開いてみる。

 

 中身は少女小説……なんてものではなく、哲学書や政治本の類だった。実権を全て奪われてもテレジアは王族として自分を磨く事を止めてはいなかった。

 

「”あなた”」

 

「うん?」

 

「サルカズは、カズデルは病んでいると思いますか」

 

「病んでるだろ。末期癌レベルで。転移しまくってる。もうどうしようもない」

 

 癌って概念はあるのだろうか? 文明レベルがバラバラすぎて全く解らんね。そもそも今の俺はスラム生まれのスラム育ちだ。まともな書物なんてこの部屋で手に入るものしかないから、カズデルの外の世界の事は人づてではないと解らない。だけどきっと、テレジアは賢いしなんとなくそこらへんを察してくれるだろう。だから言葉を続けて言う。

 

「終わりだよ。カズデルは。後はもう灰になるしかない」

 

 そしてそれも、

 

「カズデルから溢れたサルカズはこのテラの大地に病として蔓延する。この世界も何時か終わるよ」

 

 それはもう断言できる。

 

 鉱石病。源石という神秘の鉱石から生み出されたエネルギーは今の技術の中核を担っている。だがその活用は鉱石病という不治の病を生み出す側面もあった。鉱石病の感染者は肉体を源石に寄生され、体に巣食った源石を排除しても臓器と源石は融合し、血中にも粒子の形で混ざって除去が不可能なレベルにまで混ざる―――感染すれば最後、絶対に助かる事のない病となる。

 

 だが鉱石病は感染者の本質を歪め、変異させる能力がある。サルカズ達はアーツ適性の高い生き物であり、それゆえに感染からの変異をどこか祝福とさえみなして喜ぶ所がある。実際、サルカズの中で非感染者はマイナーと言えるほどに少なく、9割9分のサルカズは感染者だ。しかも自分から望んで感染した愚か者ばかりだ。

 

 鉱石病は感染すれば治療できない。死ねば源石の塊となり、破片となり、拡散して周辺の人を鉱石病で侵す。それでいて末期の鉱石病感染者は精神に異常をきたす為に行動や思考が狂いまでする。

 

 悪夢だ。悪夢の病だ。

 

 なのにサルカズはそれを祝福として受け入れ、誉として感染する。

 

 糞キチガイ種族だ。

 

 そして俺もそんなキチガイ種族の生まれだ。そしてカズデルにはサルカズしかいない。つまり周囲に存在するのは感染者ばかりで、日に日に頭のおかしい奴が増えて行く。かつてはこの都もちゃんとした姿があったのだろう。

 

 だが果たして、貴族と呼べるような連中はどれだけ残っている?

 

 民と呼べるような人はどれだけ形をしている?

 

 一体、どれだけこのカズデルは荒廃してしまったのだろうか……ここはもう、滅びの運命にある。緩やかに、確かに滅びつつある。サルカズ達でさえここを離れて行き、年々ここにとどまる者達が減って行く。そして新たに傭兵となったサルカズが血と源石と鉱石病をこの大地にばらまく。

 

 癌細胞―――サルカズという種が、このテラの癌細胞だ。

 

「なら」

 

 なら、とテレジアが言う。

 

「どうすれば、カズデルが……この大地が救われると思いますか」

 

 無理だろ。咄嗟にそう言おうとして、真面目に此方を見てくるテレジアの姿を見て溜息を吐いた。このお姫様は今でもまともに何かをどうしようと考えているらしい。いや、或いはそういう年齢になってきたからこそ考える様になったのだろうか。現実が見えているのか、見えていないのか。なんにせよ、茶化す事が出来る様な空気ではない。

 

「ラブ&ピース」

 

「らぶ・あんど・ぴーす」

 

 ブイサインを浮かべてテレジアに笑顔を向ける。襤褸を纏ったこんなサルカズだが、それでもピースと笑みを浮かべれば見てくれはまあ、良いだろう。だからぶいぶい。

 

「愛と平和の精神が足りない」

 

「”あなた”……」

 

 いやあ、真面目な話ですよ……? そもそも原因は源石と鉱石病にあるが。

 

「源石と鉱石病を発端とする差別がすべての原因なんだよね。鉱石病も影響を生み出す形がある以上、何らかの方法で干渉が可能なんだろうし頭の良い連中が集まって治療方法を探せば良いんだ。それで治療が可能になれば頭のおかしい鉱石病感染者はいなくなるし、鉱石病で死ぬ事がなくなるから怖がる奴もいなくなる」

 

 そうすれば争いも減ってほら、

 

「ラブ&ピース」

 

「ぴ、ぴーす」

 

 そうそう、そんな感じ。テレジアはもうちょっと笑ってくれれば良いと思う。美人さんなんだから張り付けた笑みを浮かべるだけではもったいないと思う。彼女がもっとちゃんと、本当に笑ったり笑みを浮かべる事が出来るようになればもっと素敵なんだろうと思う。だけど今の状況、環境を考えるとそれは難しい。俺を前に、何も考えずにいられる時間を作れば笑えるのかもしれないが―――この人が普通の女である事を望むような事は、ないだろう。

 

「誰も鉱石病を知ろうとしない。誰も治そうとしない。だから怖いままなんだよテレジア。誰かが治す意思を見せて、不治の病である事を過去にすればまだ……って話なんだけどね。誰もそれをやりたがらない。だから鉱石病は不治の病なんだよ」

 

 そう、

 

「病が癒えれば心も癒える筈なんだ」

 

 少なくともこのカズデルを、或いはテラを飲み込む感染者の恐怖は終わる。そうすればこの世はもう少しまともになるんじゃないだろうか? そう思っているとテレジアが考える様に手を合わせて俯いた。今の話を聞いて何か思う所があるらしい。俺は寧ろなぜこの大陸の人間がその事に思い至らないのかが解らなかった。

 

 インフルエンザやSARSをはじめとする病を地球では犠牲を払ってでも研究し、そして特効薬を生み出してきた。積み重ねてきた犠牲の上に生まれた結果はその後、多大な成果を見せて人を救っている。その考えがまるでテラには存在しない。いや、それとも単純な話誰も自分が最初の犠牲者になりたくないのかもしれない。ある程度の話は傭兵に金を出すか芸を披露すれば教えてもらえる。

 

「……まあ、その為には研究する為の金も人員も才能も必要だし、個人でできる事でもない。テレジアじゃ無理だよ」

 

「そう、思いますか?」

 

「無理。摂政が実権握ってて外に出る事もつなぎを作る事もできないテレジアじゃ絶対無理」

 

 その言葉にテレジアは不満げな表情を浮かべた。何かをしたい、どうにかしたいという意思が見れる。だけど無理なものは無理だ。テレジアは現状、籠の鳥だ。彼女の支援者は存在していても、その大半は摂政によって切り離されている。見た目上は穏便な形にもなっている。本当の意味でテレジアの味方になろうとする者はいない。こんな状況でどうやって鉱石病を根絶する為に動くというのだろうか?

 

 無理だ、無理。

 

 諦めたほうが早い。

 

 鉱石病とはもはやそういうものだ、と諦めて自分だけ感染しない様に気を付けるしかない。その陰で俺だってこの歳にもなったまだ未感染者だ。感染経路さえ気を付ければサルカズであっても感染者にならずに済む。

 

 ……一番なのはそもそもカズデルから離れる事なのだろうが。

 

「あー! シエスタにでも行きたいなぁ」

 

「シエスタですか。”あなた”なら1人で行けそうですけど」

 

「俺1人で向かった所でつまらないし寂しいよ。旅行ってのは友達と一緒に行くから意味があるもんなんだぜ?」

 

 ポーズを決めながらちら、ちら、とテレジアへと視線を向ければ、上品に口元を隠すように手をもって行き、笑ってくれる。

 

「もう、私はここを出られないんだからそんな事を気にせずに行けば良いのに」

 

「まあ、その内。その内な? その時は土産物を持ってくるよ」

 

「えぇ、楽しみに待っています」

 

 くすり、と笑うテレジアから視線を外して窓の外を見れば何時の間にか日が暮れ始めていた。まだ王宮付近は比較的に整っていて綺麗に見える。だがその向こう側に広がる市街は王宮から離れれば離れる程荒廃して行く。そしてその周囲に広がるのは広大なスラム区だ。そしてそのスラムは年々広がり続けている―――市街地を蝕む様に。

 

「日が暮れるからそろそろ帰らなきゃ」

 

 日が完全に暮れる前に寝床に戻りたい。

 

「泊まって……行きませんか?」

 

 テレジアのその言葉に苦笑を零し、頭を横に振って否定する。彼女はサルカズの王族で、最後のお姫様だ。そして俺は名もないスラムの住人。住む世界が違いすぎるし、泊まるなんて事をしたらそれこそ本当に摂政に目を付けられてしまう。そうなると俺も殺されてしまうだろう。だからごめん、と意思だけを込めてテレジアを閉じ込めているこの部屋の窓を開け、窓枠に足を乗せた。

 

「じゃ、また来るね」

 

「えぇ、また」

 

 別れを告げ、窓から飛び降りる。

 

 

 

 

 カズデルの夜は恐ろしい。

 

 感染者で常に溢れ、昼間は身を隠している傭兵や異常者共が活気づく。傭兵が肌に合わず単純な殺人鬼にジョブチェンジしたサルカズだって夜になると徘徊し、スラムでは安全な寝床や食料を奪い合う為に誰かがまた殺されている。なのでスラムの寝床に戻る時はなるべく日のあるうちの方が良い。だが今日はちょっとセンシティブな内容をテレジアと話していたせいか、帰りが遅れてしまった。

 

 スラムに到達する事には既に暗くなっていた。

 

「参ったなぁ」

 

 街灯なんて便利なものは当然ない。スラム―――元都市の廃墟は既に都市としての役割を放棄されていてライフラインなんてものは通ってない。だから水が必要なら川へと汲みに行く必要があるし、エネルギーが欲しいならそこら辺のサルカズの死体から源石を採取して加工しなくちゃならない。生活する上ではこの上なく不便な場所だ。だけど大半のサルカズはこういう劣悪な環境で生きる事に慣れている。ここで生まれ育ったのが大半だからだ。

 

 そして俺もまた、この劣悪なスラム環境で十数年の年月を生き抜いてきた。

 

 両親なんてものはとっくの昔に感染者として死んでいる。家財なんてものは残らないし、教えられたのはどれだけこの世に救いがないかという話だけだった。いや、だからこそだろう。両親の死を通して俺はどれだけ鉱石病が恐ろしいのかを知った。だからこそサルカズの誉だとか誇りだとか言われる狂った感染思想に背を向け、感染しない様に細心の注意を払って生きてきた。

 

 そのおかげか俺は未だに源石にその体を蝕まれる事もなく生きてこれた。

 

 だが、果たしてこの奇跡はどれだけ続くのだろうか? 一体いつまで俺は源石に蝕まれる事無く生き続けられるのだろうか? この世に救いがない事なんてよくわかっている。テレジアを見てみろ! 彼女は既に重度の感染者だ! サルカズの王族がどれだけ化け物でどれだけ凄まじかろうが、彼女が30まで生きる事はないだろう。彼女が鉱石病によって全身を源石に貫かれて絶命する事は既に定められた運命だ。

 

 俺は嫌だ。そんな風に死にたくない。

 

 せめて人間として死にたい。

 

 だからサルカズはクソで頭がおかしいんだ。

 

「はあ……さっさと戻って寝るか」

 

 ねぐらにしている廃墟へと向かって暗闇の中を歩く。道しるべとなるとは夜空に浮かぶ月と星々だけだ。その明かりだけを頼りにこのスラムを抜けて行かないとならない。都市部とスラムの境は人の気配が多い。スラムの浅い部分では浮浪者たちが身を寄せ合って互いを守っているからだ。サルカズの男共は屈強で、力強い。更に感染してればアーツも強化されていてボディガードとしては安心できる存在だ。

 

 ただし、女なら体を要求される事も珍しくはないが。

 

 それを嫌がる奴、群れる事を嫌がる奴はスラムの奥へと―――頭のおかしい連中が多い方へと向かう。人が少なければ少ない程、悲鳴や血の匂いは闇の中へと消える。自分の身可愛さで奥へと進んだ奴はそういう連中に命を奪われる。

 

 そして俺も何時かそういう連中の仲間入りをするかもしれない。スラムの表層を抜けて深層へと入り込めば、今日もどこかで血に酔った笑い声や無言で闇の中に蠢く影を見る。現実に希望を見出せなくなったサルカズが源石を麻薬代わりに血管に突き刺して痛みから生じる一時期の快楽と幻覚に未来を破滅させている。

 

 生きる希望というものを誰もが持っていない。

 

 摂政―――テレシスが示す破滅へと向かってサルカズ達は流されているだけだ。

 

 俺もそうだ。テレジアにどうすれば良くなるのか。それを口にしておきながら何もしない。本質的に俺が他のサルカズ共と何も変わらないからだ。個人で鉱石病を何とかする、なんて事が出来るようには思えない。そしてカズデルを出て行った所で何かを変えられるとも、変わるとも思っていない。だから俺もカズデルのスラムに身を潜めている。ひそめて、テレジアというサルカズの王冠を見て夢を見る。

 

 サルカズとして生まれて、それ以外の希望がこの命に見いだせないからだ。

 

 ―――と、そこで闇の中で此方へと向かって歩いてくる姿が見えた。

 

 足取りはしっかりしている。廃墟の影にある姿は闇に紛れて良く見えないが、背丈からするとサルカズの男だろう。此方を視認して真っすぐ歩いてくる姿は何の迷いもなく、狙っているように見える。いや、直感的に相手が此方をしっかりと捉えているのを理解する。尾けられていた? いや、それにしては殺意がない。

 

「発狂者かぁー」

 

 鉱石病の症状が重症化し、脳にまで影響が及んだ者。明るいうちだったら陽の光でも嫌がって引きこもってくれるのだが、暗くなると夜行性なのか行動が活発になって徘徊してくる。俺を見て襲いたいと思ったのか、それとも単純にそういう趣向か。どっちにせよこの手の相手はまともに対応する必要もない。

 

 襤褸の下から手を出し、装着しているグローブに付随する鋼糸をアーツによって操作する。オリジニウムアーツの使用はサルカズのアーツ適性の高さと合わさり、源石による鉱石病の発症を誘発する。その為、アーツユニットを装備してのアーツ使用による鉱石病発症率はかなり高い。少なくともアーツをでたらめに使い続け感染するサルカズは多い。

 

 だからこそ、俺はなるべくアーツを使わない様にしている。アーツの使用には源石かアーツユニットを使用する必要がある。だがそのどちらも使用は少しずつ人体に負荷をかけ、鉱石病の感染率を上げて行く。しかも恐ろしい事にこれは不可逆だと言われている。恐ろしすぎる事実に吐きそうになるだろう。だからアーツは使えない、使いたくない。だが護身のためには必要な時だってある。ワイヤーを最大のスペックで運用するにはアーツが必要だ。その為のおんぼろアーツユニットは持ち歩いている。

 

 感染なんかしたくはない。

 

 鋼糸を足元に張り、闇の中から出てきたサルカズが距離を詰める為に一気に踏み込んできた。丁度その前足が張られた鋼糸を踏み、勢いのまま体を転ばす様にこっちへと飛んでくる。

 

「よ」

 

 前のめりに倒れ込んでくる姿の顔面を踏んで、それを足場にそのまま後ろへと向かって跳躍。鋼糸をワイヤーの様に近くの廃墟にひっかけ、跳躍によって得た慣性で鋼糸からぶら下がる様に大きくスイングする。

 

 振り子の様に放り投げられた体を丸めて鋼糸を廃墟から外して上へと飛ばし、そのまま身近な廃墟の壁、その出っ張りに掴まる。そしてそこからそのまま登攀して一気に廃墟の屋上まで登る。

 

「ラブ&ピースの精神だぜサルカズ。その命をもっと大事にしようぜ」

 

 鋼糸をアーツで収納しながらピースサインを大地に転んだサルカズへと送り、廃墟から降りることなくそのまま屋上から屋上へと移動する。追いかけてくるかどうかは解らないんだが―――いや、まあ、殺しちゃえばそれで問題は解決するんだが。

 

 結局の所、殺すだけの度胸と動機がないだけって話でもあるんだけどね……?

 

「月夜ーのー、おっさんぽー」

 

 声が響かない様に小さな声で歌いながら廃墟の上から上へと移動する。やがて見えてくるのは侵入を拒む様に入口が埋没し、大きく上へと延びる建造物だ。窓の類も全て内側から閉ざされており、地上から侵入する方法はない場所だ。

 

 だが登って上から侵入すれば話は別だ。

 

 登れる様に工夫してある訳じゃないが、登れるルートはちゃんと把握している。だから廃墟の屋上から壁へと向かって跳躍して突き出た凸凹に握力で掴む様に壁に引っ付き、そのままするすると壁をよじ登っててっぺんまで登る。

 

 ここの天井は既に崩落していて、空を遮るものはない。つまり上に到達してしまえば簡単に入る事が出来てしまう。これが俺のねぐらの入り口だった。

 

 ポイントは侵入が面倒って点。出来なくはない。だけど面倒。面倒を犯してまで襲い掛かろうとする連中はここにはいない。本当に殺したい暴れたいだけならスラムにはもっと楽しい場所がある。そっちの方へと向かうだろう。

 

 だからここは俺がスラムに作った自分専用の聖域だった。他に入ってくるような奴はなく、入ってくるような奴がいれば追い出せば良い。それこそ殺さないでも苦しめる手段であれば腐る程あるのだから。恐怖を覚えれば二度と迷い込んでくる事もないだろう。

 

 ……まあ、物事には例外があるが。

 

「ただいま―――ん?」

 

 外壁を超えて半ばから焼け落ちた階段の上に着地し、降りて行こうとすれば人の気配があるのを感じ取った。これが鉱石病感染者のものであれば源石の気配から直ぐに解るだろう。だけど感染者特有の気配もない。その事実がちょっとした興味を沸かせる。果たしてこのカズデルで自分の様に源石に触れず、潔癖に生きてきたやつはどれだけいるのだろうか? 俺以外に存在―――或いは実在するなんて事実、あまりにも面白すぎる。

 

 確実に侵入者がいるであろうという事実を理解しながらも階段を下りて1階へと向かえばくたびれたソファの上に背を預けるぼろぼろのサルカズの女の姿が見えた。ぼろぼろの服装に血の跡と傷だらけの体は満身創痍でスラムを抜けてきた様に見える。

 

「こんばんわサルカズ。そこ、俺のベッドなんだけど」

 

「……」

 

 話かけてみても反応はない。いや、してはいる。だが声を出す事はしていない。ぼろぼろの服装を纏った銀髪のサルカズは視線を此方へと向けてくるも、何かをしようとするようには見えない―――或いは疲れているのかもしれない。その姿を見れば漸くここへとたどり着いたようにも思える。

 

 その姿を見て、昔このスラムに迷い込んできた人物を思い出す。

 

 場所も、時も、年齢も違う。

 

 だけど彼女は、あの時このスラムに何か新しい物を求めて迷い込んでいた。場違いすぎる雰囲気に恰好。見たことのない世界に目を輝かせながらもギラギラとした視線を向けられていた。あまりに無防備すぎるその姿に不安を抱いた俺は思わず彼女を当時のねぐらへと連れ込んで、かくまってしまった。

 

 ……そのあとで聴罪師に見つかって派手に怒られたけど。

 

 姿も違えば格好も全然違う。彼女はもっと優雅で希望に満ち溢れている姿をしていた。それと比べれば俺のみすぼらしいベッドを占領する彼女は何とも絶望に溢れた姿をしているだろうか。だけど突然俺の人生にノックして入り込んできた姿には覚えがあり、思わず苦笑を零してしまう。

 

「大丈夫か? 傷を見せてみろ。治療系のアーツは使えないから包帯を巻く程度の事しかできないけどな」

 

「……」

 

 近づくと僅かに反応するが、逃げるだけの気力がないようだ。近づいて確認してみれば本当に服がぼろぼろで、最低限の仕事しかしていない。これじゃあほとんど着ていないのも一緒だ。救急箱から包帯とガーゼを取り出すとソファの上のサルカズの服を脱がして、傷口を軽く水で拭いてから包帯を巻いて治療する。消毒液なんて豪華なもん、ここには置いていないのでこれぐらいしかできないのだ。

 

 それが終わったらまだ無事なクローゼットから着替えを取り出し、それをサルカズの女に投げ渡す。

 

「それ、やるから着替えておけ」

 

「……」

 

 サルカズの女は答えない。

 

「名前はない?」

 

「……」

 

「ない、か。俺と一緒だな」

 

 サルカズに名前なんてものはない。あった所で意味がない。それこそテレジア程特別だったり、腕のある戦士にでもならない限りは名を得る事はないだろう。それがサルカズという生き物だ。だから俺も、この子も名前がない事なんてそう珍しくはない。

 

 だけど、こういう時呼び名に困るな。

 

 そんな事を考えながら晩飯を取る事もなくぼろぼろの椅子に座り込む。クッションの中の綿が半ば抜けているから座り心地はまあ、良くないのだが何もケツの下に入れないよりはマシだ。明日の朝、起きたら殺されてない事を祈りつつ正面のサルカズが服を手にしたのを見て、腕を組んで目を閉じる。

 

 もしかして寝ている間に殺されるかもしれない。

 

 もしかしたら寝ている間に何もかも奪われるかもしれない。

 

 だが不思議とそういう敵意を目の前のサルカズからは感じられなかった。だから俺も俺の直感に従ってそのまま、夜を終わらせる為に意識を落とした。




テレジア
 サルカズ最後の王族。カズデルのお姫様。サルカズ最強の怪物。本気になれば政権を奪取している摂政と現状から盛り返して五分の勝負にまで持ち込めると言われている人物。見て出会ったすべてのサルカズ、臣民を覚えている。

”あなた”
 サルカズ転生者。原作知識はない。多くのサルカズ同様名前なんて豪華なものは持ってない。カズデルのサルカズはそんなものらしい。スラムで育ち、スラムで生き、テレジアと出会って心を狂わされた。スラム生活に馴染んでるけど鉱石病が怖くて原石やアーツユニットを遠ざけて生きてる。合言葉はラブ&ピース。

サルカズ
 銀髪赤角のサルカズ。この時はまだ名を持たない。推し。


 ロドスが生まれる前の話。まだバベルという組織だった頃の話。レユニオンが誕生する前の出来事。
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