「―――安全地帯に到達したネ。少し休むヨ」
迷宮区の中でもかなり奥へと進んだ、という感覚はある。もう既に数えきれないほど階段を昇っており、高さとしてもかなり高い所へ来ている筈だ―――それを確認する手段は窓が存在しない為、どうにもならないのだが。ともあれ、迷宮区内には安全地帯が存在し、モンスターが入ってこない空間となっている。そこで迷宮区を探索しているプレイヤーは睡眠を取ったり、食事を取れるようになっているが、
既にこれで五つ目の安全地帯に遭遇している。
「ふぅ、休みか」
そう言いながら通路よりも広い、小部屋の様な安全地帯の床に座り込み、軽く休息をいれる。インベントリにあらかじめ購入して追いたエールとサンドイッチを取り出し、まずはエールを軽く飲んでからサンドイッチにかじりつく。完全に冷えてしまっているが、それでも肉厚のベーコンや、レタスの味はしっかりと伝わってくる。ファンタジー中世特有の濃い目のソースも実に効いており、戦い続けで疲れ切った精神を癒してくれる。
「しっかし残念だな、≪コボルド≫にゃあ食えるドロップがないんだよな」
「食う気満々だったのか」
アルゴが独特のアクセントを忘れる程驚きながら此方へと視線を向けてくるが、何を驚いているのだ、と言い返す。
「戦ってる人間にとって重要な事は”ストレスの抜き方”なんだぞ。どんな風にイカレている連中で、戦う事が趣味の様な連中でも戦闘の緊張から来るストレスや疲れってのは絶対に蓄積してるもんなんだ。それを理解して確実に抜くのがプロってもんよ。まぁ、女を買ったりお金を使ったり思いっきり寝たり、色々とそういうストレスの抜き方があるけど―――」
「なるほど、お前の場合は食べる事がそのストレスの抜き方になるのカ」
「まあな、そんなわけでユウキちゃんも自分に合ったストレスの抜き方を探すといいよ」
そう言いながらもう一つサンドイッチを取り出し、それをユウキへと渡す。この子の事だからこういう事を考えていないだろうと、予め購入しておいて良かった。少しだけ恥ずかしそうな表情をユウキは浮かべてから、そのままサンドイッチを受け取る。
「ありがとう! うーん、考えた事もなかったなぁ……」
「普通は数時間や数日ぶっ通しで戦い続ける事を全く想定しないからな。俺、そこらへんは爺さんが戦時経験者だから体験談と共にコツを教わってるし、親父がそれを聞いて科学的に解説してくれたからな。必要ならある程度の学術的知識を混ぜて説明する事もできるけど……まあ、ユウキちゃんには難しすぎる話だよな」
アルゴがそこらへん詳しく教えろ、なんて視線を向けてくるがそんな事をアルゴに教える義理は……ある。あるが、ビジネスライクな関係だから知りたがっているのであればこれから先はコルを掃ってもらう事にする。それをアルゴも理解しているのか、溜息を吐くと、道中で集めたデータの整理に入る。既にアルゴから聞いている事だが、
微弱ながら≪コボルド≫やその亜種のモンスターに変化が見えている。
全体的にそれはAIの向上、というよりは新モーションの追加らしい。全体的にもっと柔軟に動けるように、プレイヤーに対応する様な動きが追加されているらしい。現状、此方―――というよりは俺限定でそれが意味を成さないのは反撃や反応を許さずそのまま一気に殺す、という確殺精神を働かせる素晴らしいスタイルを駆使しているからに他ならない。だがこういう対応モーションの追加は全体的に攻略の難易度を上げる結果となっているらしい。
なぜなら、耐えて一撃を叩き込めばそれで勝てる、というわけではないのだから。
その他にも新しい≪ソードスキル≫を使っていたりと、元々の≪コボルド≫よりも注意しなくてはならない点が増えているらしい。情報として提供する際、今までのデータだけをベースに迷宮区の攻略情報を売り出していたのであれば、間違いなくアルゴの信頼に響いていただろうと、判断できる。だからこんな最前線にいるのだが。
と、そこで持ち込んだエールの瓶とサンドイッチを食べ終わり、サンドイッチの包み紙を丸めて放り投げ、捨てる。アルゴの方を見ると情報の整理を行っており、進むまでにまだ時間がかかる様に見える。だからアルゴから視線を外して、ユウキの方へと視線を向けると、ユウキの方もどうやらサンドイッチを食べ終わったばかりの様子だった。とりあえず近づいてから頭を軽く撫で、
「んじゃ教えるって約束したし、お兄さんが軽くレクチャーしますか」
「え、本当!? 終わった後じゃないの?」
「食後の運動に丁度いいしね、軽い技の一つでも見せてあげるさ」
「おおー! 終わった後で適当に言い逃れして逃げると思ってたから本気で驚いてるよ!」
「はっはっはっは、お前見た目よりも実は結構黒いな? 逞しいなおい」
立ち上がり、ユウキを二メートルぐらい離れた距離で立たせ、此方も立ち上がって、ユウキを正面から向き合う。とりあえずは武器は必要がない。だから武器を抜いていない状態でユウキと正面から相対する。さて、何から教える、もしくは見せるべきか……と、考えた所で、ユウキは≪コボルド≫戦で背後を取った技術に興味を持っていたな、と思い出す。ともあれまずは、
「最初に言っておくけど基本的に俺が使ってる技術ってのは”基本”の技術なんだ。何の捻りもない基本技術な。剣を振るう動作も相手を投げる動作も全部基本動作だ。剣術剣道を習う時に一番最初に教えられるような動き、それを使ってるだけに過ぎないって事を理解してくれ。んでユウキちゃんが興味を持った裏周りも特別な技術を使っている訳じゃないんだ。視線を動かす、気配を消す、そして相手の意識を意識する。どれも物凄い基本的な事を重ねてやってるだけだ。……オーケイ?」
「つまりは簡単な事を重ねて高等技術を再現してるって事だよね」
「俺が予想してたよりもこの子頭良いのかも」
そんな言い方にユウキがブーブーと言うと、苦笑する他なく、さて、と言葉を置く。
「なんだかんだで基本ってのは軽視しがちだけど、そんな事ぁないんだぜ? 全ては基本に通じる。何事も基本がなってなきゃあ次に進めない。それに基本を極めるって事は全てに至る骨子を極めるって事だ―――つまりは基本に全部詰まってるって事だな。それを理解した上で、今からお前の後ろに回り込むから、しっかり俺に視線を向けて、意識してろよ」
「う、うん」
そう言ってユウキがしっかりと此方へと向かって視線を向けてくる。まるで視界から逃さないように、といわんばかりの強さで此方を見ている―――もう睨んでいる、と言っても良い状態だろう。真剣な彼女の状態に表情に出さないように心の中で笑みを浮かべてから、
気配を完全に消し去り、そして両手を広げ、
叩く。
ぱん、と手を叩く音が空間に響いた瞬間には呼吸を薄めるのでも止めるのではなく、ユウキの呼吸に合わせる。その上で意識もユウキの感覚に合わせ、馴染む様に体を動かす。簡単に言葉として表現すれば、シンクロという状態に近い。相手に同調する。それはなにも難しい技術ではなく、長い間一緒に戦ったことのあるパートナーとかが感じられる一体感、それを此方側から強制的に合わせているだけに過ぎない。
だからユウキに見えるのは敵という遺物ではなく、
自分の一部の様なもので、
たとえそれが歩いて寄ってきたとしても、正しくそれが敵であるとは脳が認識できず、そのままあっさりと背後へと回り込む。そのまま呆然と正面を探す様に視線を向けているユウキの背後から、肩を軽くタップすると、飛び上るように驚きの声を出しながら、ユウキが床に滑り転ぶ。ちょっと派手にやりすぎたかもしれない、と内心ちょっとだけ反省しつつ、片手を伸ばしてユウキを助け起こす。
「い、今ちゃんと前を見ていたのに、いなくなることに気付けなかった……」
「まぁ、基本を極めればざっとこんなもんよ。まぁ、これ自体は種が割れると意識されちゃうから呼吸外しとかで割とあっさり攻略されちまうんだ。だから今の様に完全に種がバレてない状態とか、戦闘中に相手の行動に割り込む為に使うんだよ。一瞬だけ使うならまず絶対にバレないからな。ちなみにこれ、技術としては先の先とかって言われてる。俺はもっぱら”カリキュレイト”とか”サトリ”とかって呼んでるけどなぁ!! ちなみに前の≪コボルド≫戦で見せたのはこれを弱体化させた”手抜き”版な」
「割り込み系の安心感については認めるけど、今時二つとも元ネタを知っている子は少ないと思うヨ。もう少し新しいものをたとえに出したほうが良いと思うヨ」
「うるせぇ! 俺の青春時代の産物をディスるなよ! まだ現役だよ! SAOからログアウトしたらクラインにネットセッションとやらのやり方を教わる予定だったんだよちくしょう!」
なんでも今の時代、オフラインでルールブックを持参する必要はなく、オンラインでキャラクターシートやダイスを振る事の出来る夢のような環境が出来上がっているらしい。SAOからログアウトしたらそれをクラインに教わって、ネットでのセッションを探す予定だったのに、何でリアルじゃなくてネットの世界でまで死狂う必要が出てきているのだろうか。
ともあれ、
「基本を極めるってのはつまりこういう事だ。俺も人生の八割はひたすら基本動作を繰り返し行う事と体力づくりのマラソンしかやってないからな。んでこんな事ができるんだからまず間違いない。幸いSAOの中にいる間は体力づくりをする必要が欠片もないし、ひたすら技術だけを磨けば俺の持ってるネタの一つや二つ覚えられるんじゃないのかなぁ」
そこまで言うとカサカサ、とどこかの黒い生物を思い出させるような動作でユウキが一気に近づき、そして両手で服の裾を握り、輝く目で此方へと視線を向けてくる。
「し、師匠……!」
「メンターと呼ぶのだニュービーよ!」
「だからネタが古いヨ」
「ド田舎に住んでるからダチに送ったもらったもの以外は娯楽品がないんだよこっちは! 次の巻が読みたかったわ!」
アルゴを睨む。アルゴが勝ち誇った笑みを浮かべる。あの女、一度絶対に泣かすべきだと思うが、そうすると激しく話がこじれて、此方だけが不利になるのでやりたくてもできない。辛い。激しく辛い。出来る事なら弱みの三か所か四か所見つけて煽りたい所だが、とりあえず今は全く逆らえない状態なので従順な下っ端でいる。
「まあ、他の注意点は追々教えるとして……アルゴの方もそろそろ終わったようだし、今度は正しい使い方を実践で見せてみるわ」
そう言ってアルゴの方へと視線を向ければ、情報の整理を終わらせて立ち上がる姿を見る事ができる。その近くの床を見れば、何時の間にか食べ終わったのか包み紙らしきものが転がっている。おー、とそれを確認して声を漏らすユウキの頭を軽く撫でてから、吊るしている武器の位置を微調整する。歩き出すアルゴとユウキの背中を眺め、そして改めてユウキを見る。
―――俺があの歳の頃、あんな綺麗な目をしていられたかなぁ……。
自分の子供時代があまりにも不毛でどうしようもなくなると、何故かほかの子供には優しくしてしまう。
それはやはり、修羅にも残された良心というものなのだろうか。
◆
―――安全地帯から旅立ってから更に一時間が経過する。更に迷宮区の奥へと進み続ける事で到達できるのは石でできた巨大な扉。物々しい雰囲気と共に道を閉ざすそれは”いかにも”といった様子で自分達を待ち受けている。そのデザインは初めて見た人間だとしても、一体何のために存在するかは簡単に解る。物々しいデザインは危険を伝える為、そして”挑戦者”を迎えるために存在している。
即ち、ボスの間へと通じる扉だ。この扉の向こう側には一層のボスがその取り巻きと共に存在し、挑戦者たちを―――プレイヤー達を待ち受けている。この部屋の攻略を完了する事で次の層へと行くことが出来、その先に存在する≪転移門≫をアクティベートする事によって層の間でのテレポート移動がアンロックされる。そうすれば誰もがこの迷宮区を突破せずに次の層へ移動することができるのだが、
「ここの層のボスが≪イルファング・ザ・コボルトロード≫だっけか? ”ド”で終わったり”ト”で終わったり、名前が結構いい加減だよな。まあ、一層毎に敵対エネミーが百種類もいるんだったら流石にネーミングで詰まるか」
「≪イルファング≫以外にも取り巻きで普通の≪コボルド≫やその亜種が存在するヨ。攻略する場合はレイドパーティーを組んで取り巻きを引き付けて処理する班と、ボスを直接攻撃するパーティーで分かれる必要があるネ。ただベータ時代の感覚だと10レベル前後で勝負して若干不利、戦闘不能続出で迷宮マラソンが頻発していたヨ」
「という事はもっとレベルを上げて挑戦しないと危ないのかな? 今の僕たちは大体レベルが12、13ぐらいだよね? 道中で上がったし。割と現段階だとトップレベルだって僕聞いてるんだけど、これでもキツイとなると正直あんまり良い予感がしないんだけどなぁ」
そう言ってユウキは虚空に向かって片手長剣をレイピアの様に刺突させ、教えたばかりの基本動作の繰り返しを始める。若いから元気が有り余っていると考えると、実に微笑ましい光景だが、一旦ユウキから視線を外し、大扉とは逆側、通路の方へと出る。インベントリからワイヤーと鈴を取り出し、ワイヤーに鈴をくぐりつけてからテープを取り出す。
壁の端から端にワイヤーを設置させ、簡易的な警報装置の設置を完了する。一応だが、ボス部屋前の空間は決して安全地帯ではない。つまりはエネミーが出現したり、近づいてくる可能性のある空間なのだ。なのでこういう罠の設置は必須だと思っているのだが―――こういう認識、プレイヤー間では割と少ないらしい。
確かに≪索敵≫スキルは便利で、そして頼りになる。だが≪索敵≫スキルは≪隠蔽≫スキルなどで騙すことができる。だとすれば、最終的にスキルは頼るべきものではなく、あくまでも手段の一つとして認識にとどめておく必要がある。それが危険の中で生きる為のリスクコントロールの仕方だが……こういう考え、もう少し広まって欲しい所である。
「さて―――用心棒、いけるカ?」
「んー……」
アルゴの横まで移動してから、扉の向こう側へと気配を探る様に向けてみる。目を閉じて直感的索敵能力に任せ、感じるのは大きな気配、そして小さな複数の気配―――ボスとその取り巻きだろう。まず確実に挑戦者を待って待ち受けている。なので、真面目に冗談なしで話を進める。
「真面目な話するぜ……取り巻きの≪コボルド≫連中に関しては道中で実験してきたけど、探知能力が人間と同じ五感だ。呼吸するし、臭いを嗅ぐし、目で確認して動いてくる。気配も察知して追ってくる―――茅場晶彦が一体何を考えてアインクラッドを創造したかは知らねぇけど、アレは間違いなく世紀の天才だって認めるよ。まだ一層だから? AIが多少ヘボイ事を抜きにすれば間違いなく相手を”リアルに生きている”って表現しても間違いはないぜ。まるで”人間の魂”をそこに詰まってるのを感じさせるさ」
それを踏まえて、とアルゴに言う。
「相手が”人間に近けりゃあ近いほど俺は強くなる”って事だ。俺の技術ってのは元々対人戦で相手をぶっ殺す事を想定して作られてるからな。呼吸を読むのも空間に溶け込むのも、アンブッシュするのも全部”相手が人間である”って事を想定している部分がある。だから相手がシステム的な部分で此方を捉えてくるなら……今までの雑魚はともかく、ボスの相手は辛くなってくる。まぁ、負けない戦い方ってのもある。死なないし負けはしないが、勝てないって戦い方は十分できるぜ。戦うって事に関してはプロフェッショナル名乗れるしな」
≪コボルド≫の様な人間型相手であれば、今までの様に無双して戦えるが―――これがゴーレム系や機械系、アンデッド系の様な敵になってくると話は変わる。呼吸しないし、生物的な気配を持たないから、他のプレイヤーみたいに普通に隙を見て戦う事しか出来なくなるのだ。ただ、今回のボスが今までの敵の上位種である事を考えれば、まず間違いなく生物型のエネミーだ。となるとソロでレベルと人数が足りなくて火力不足である為に絶対に倒せない事を考慮しても、避けて受け流し続ける事でひたすら偵察と観察だけは出来る。
「ふむ……じゃあ一人でボスの間に突っ込んで偵察は出来るかナ」
「可能か不可能で言えば可能だぜ。勿論死なずには」
「じゃあやろうカ」
「えっ」
あまりにもあっさりと、偵察を決定したアルゴの言葉に驚いたのは此方ではなく、ユウキの方だった。ちょっと待って、と言葉を置いて動きと言葉を止めてくる。
「僕が今の話を正しく理解すると、今から師匠が一人でボス部屋に特攻するって話になってるんだけど……その……取り巻きもいるのに大丈夫なの……?」
ユウキの心配する様な言葉に腕を組んで、そしてアルゴと視線を合わせてから、改めてユウキへと視線を戻して―――二人でそろって笑い声を上げる。それをユウキが驚いたような様子で見るが、笑い終わってから呼吸を整えると、アルゴが視線をユウキへと向ける。
「その心配は欠片も必要ないヨ。この馬鹿は今までの調査の時もずっと一人で戦い続けてたんだヨ。それも決して経験値を一人占めする為とか、そういう理由なんじゃないんだヨ」
アルゴの言葉を引き継ぐように話し続ける。
「そりゃあ複数人いた方が安定するぜ? ターゲット分散させたりヘイトを肩代わりしたりさせたり、後は相手の隙を作ったりアルゴリズム崩したりで……まぁ、安定と手札が増えるのが人数増えた時の恩恵だ。その上でバックアップが付くからな。ただ」
俺は、
「―――一人で戦った方が強い。お前が今さっき、師匠って呼んだ男がどれだけ化け物かちぃと見せてあげよう」
ユウキとアルゴに背を向け、蹴りで大扉を一気に開く。
今までの様に気配を殺すことも、相手の意識を縫う様な小細工は一切しない。その代わりにポケットから煙草を取り出し、咥え、そしてそれに火をつける。今までは完全に安全性を取って消臭やら奇襲を警戒していたが、既に初期配置が決まっているボス部屋ではその心配が一切必要ない。口に咥える煙草に火が付くのと同時に、
大広間に光が灯り、そしてその中央に巨大な赤い怪物の姿が見える。その横に浮かぶライフバーの数は普通のモンスターよりも遥かに多く、そして体躯も明らかに二メートルを超える大きさを持っている。左手に盾を、そして右手に片手斧を握り、その周りには鎧を着こんだ≪コボルド≫達の姿が見える。中央で斧を構える怪物―――≪イルファング・ザ・コボルトロード≫はこちらを目視するのと同時に勢い良く吠え、そしてその咆哮に合わせて一斉に取り巻き達が殺到して来る。
その数を素早く数える。
「四……十……十五か―――意外と少ないな」
先頭を走る取り巻き―――≪ルイン・コボルド・センチネル≫が棍棒を持ち上げ、振り下ろしてくる。それを横に体をズラす事で回避しつつ、その頭に触れ―――自分の体を跳躍し、倒立する様に浮かび上がらせる。その動きで追いついて来た取り巻きの攻撃を回避し、そのままマフラーを片手で解放し、倒立に使った≪ルイン・コボルド・センチネル≫の背後へと首にマフラーを引っ掛けながら回り込む。
「肉壁ゲットだぜ」
マフラーを首を絞める様に一気に引き、そのまま背中を上へ―――≪ルイン・コボルド・センチネル≫を盾にする様に上へと向けるのと同時に、五を超える棍棒の振り下ろしが背中、盾に使った≪ルイン・コボルド・センチネル≫の体に集中する。背中の感触が軽くなるのを理解しながら、マフラーを解放し、背中に背負う両手剣へ素早く手を伸ばし、
回転しながら抜き打ちを放つ。
取り囲むように存在していた取り巻き達がその動きで勢いよく、一メートル程吹き飛び、
そしてそれと入れ替わるように恐ろしいほどの身軽さで≪イルファング≫が斧を振り下ろしながら踏み込んできた。
「んっんー、遅いな」
ダンスを踊る様に横ターンをかけて回避し、紙一重で≪イルファング≫の攻撃を回避する。しかし相手の動きは決して≪ソードスキル≫のそれではなく、硬直が存在しない。驚異的な筋力と俊敏さで片手斧の重量から発生する硬直を揉み消し、素早く返しの一撃を放ってくる。それをバク転で回避し、更に始まる連続の追撃を更に後ろへ、後ろへとバク転をする事で回避し、
最後に一回、大きく三回転しながらバク転する事で≪イルファング≫との間に距離を生む。そこで一回深呼吸をし、そして両手剣を背中にしまう。そのままマフラーを首に巻きなおし、左半身を前に出す様に構え、突き出す左手を≪イルファング≫へと向けてくいくい、と挑発する様に動かす。
「かもーん」
≪イルファング≫が吠え、そして此方へと向かって片手斧を向ける。その動作は指示の動きだったのか、見守っていた取り巻き達が一斉に武器を構えて飛びかかってくる。それを一体の≪コボルド≫に接近し、手首を掴んで捻り、他の≪コボルド≫めがけて投げて一角の動きを潰し、次々と同じように掴み投げ、それを飛びかかってくる敵の体へと叩きつけて衝突させ、動きを崩して行く。それ自体のダメージはそうたいしたことではなく、一体か二体、その程度しか倒せてはいないが、床に倒れた相手が復帰するまでは時間がかかる。それまでは、
「遊んでやるぜ」
取り巻きが消える瞬間に飛び上り、斧を振り下ろす様に≪イルファング≫が接近していた。その攻撃を密着する様に回避しつつも、呼吸を整え、
「カリキュレイト―――なんつってな」
硬直の発生する瞬間に潜り込んで≪イルファング≫の行動に割り込む。振り下ろされた片手斧を握る手を両手で握り、そのまま前進の体重をかける様に捻りながら体全体を回転させ、そして≪イルファング≫の腕と体、全体を捻り崩す。体躯と、そしてその体重からはまず考えられない現象が発生する。それは即ち、
≪イルファング・ザ・コボルトロード≫というボスモンスターが投げられるという現象だ。
「―――そのまま武器を破壊するか奪ってくれ! ベータ版じゃ武器を持ち変えるね、そいつは!」
「無茶を要求するなぁ!」
アルゴの声が扉の外から響いてくる。≪イルファング≫を床に叩きつけるのと同時に足を持ち上げる。そして左二の腕に巻いてあるナイフベルトのホルダーを口で解除する。逆さまに装着しているホルダーからナイフが解放され、下へと向かって落ちて行く。
それが手首に突き刺さる様に足で踏み潰す。
≪イルファング≫の手首から片手斧が解放され、そして足の下でナイフが砕ける。開いている両手で自分の背丈を超える片手斧を握って回収し、それを肩に背負う様にバックステップを取るが、
予想をはるかに超えて重い。他の持ち歩きの装備と一緒に持とうとすると、圧倒的に筋力が足りない。≪イルファング≫が床との衝突から復帰している間に素早くインベントリを開き、そこに装備している武器を全部しまい込み、奪った片手斧を両手で持つ。その視線の先で、立ち上がった≪イルファング≫が目の色を赤く変質させながら―――新たに武器を取り出す。
「―――刀か」
≪イルファング≫が新たに取り出したのは片手で握る事の出来る刀だった。勿論、それは≪イルファング≫のサイズに合う為の極大サイズの武器ではあったが、間違いなく形状は刀であった。武器の持ち帰を確認した所で、改めて≪イルファング≫の頭の横にあるライフバーを確認する。
その残量はまだ九割以上残っていた。
「やっぱ生存第一で動いてたら削れなくないけど、気が遠くなりそうな作業だなこりゃ。無理無理、一人じゃ絶対無理。そろそろ撤退を進言する」
「許可」
「きたこれ」
もはや両手斧と表現すべき片手斧、それを両手で回転させながら大きく入口へと向けて、バク転しながら飛ぶ。それに追随する様に≪イルファング≫が、そして取り巻き達の≪ルイン・コボルド・センチネル≫が飛びかかり、襲い掛かってくる。だから片手斧の持ち手を大きく滑らせ、そしてその位置をズラす。それによって発生するのは重量の移動、重心の変化。
飛距離の変化。
「重量が違えば動きも変わるってもんさ」
元々の位置に飛びかかろうとした敵の動きは失敗に終わり、そのまま空中で丸めた体を広げて足を刃の後ろ側にかけ、空中で斧の上に立つように態勢を整える。そのまま体は落下し、床の上に刃を突き立てる様に着地する。柄の方を蹴るように倒し、斧全体を回転させながら飛び上らせてから落ちてきた所を両手でキャッチし、
「返して―――」
体を回転し、スイングする様に片手斧を投擲する。追撃の為に迫ってきた≪ルイン・コボルド・センチネル≫の集団に正面からヒットし、まるでボーリングを遊んでいるような感覚で吹き飛ばす事に成功する。しかしその程度で動じる≪イルファング≫ではなく、片手の盾で衝撃を防いだ≪イルファング≫はそのまま走ってくる。
しかし、その時には既に部屋の入り口に此方の姿は到達している。
「―――はい、さようなら。今度は攻略の時にでも会おうぜ」
部屋の外へと出て、
開けた時の様に蹴って扉を閉ざした。
―――第一層、≪イルファング・ザ・コボルトロード≫の偵察、完了。
アインクラッドのエネミーのリアリティが上昇しました。
ボス部屋の攻略難易度が大きく上昇しました。
このSSでの最大の変化点はプレイヤーが5万に増えた事やシステムが全体的にプレイヤーフレンドリーになったり、リアリティが上昇した事だと思う。先に行ってしまえば、
アリシもALOもGGOも存在させる気ないので、全部ここに混ざってますよ、というお話。本来のイルファング戦は取り巻き3体だけだったとか。
あと最近RWBY一気見しました。ガンサイスに惚れる。
ガンサイスダシタイ……