第弐拾弐話
―――早朝、”土佐”と加賀が同じ時間に起きて自身の身嗜みを整える。これはもう慣れたもので、一言交わす訳でもなく互いに息の合う様に準備を進める。片方がヘアブラシを求めればもう片方が渡し、もう片方がヘアゴムを探すのであればそれを口に出す前に手渡し、そうやって短い時間に身嗜みを整え終る。”土佐”も、己の役割がしっかりしてきた事から、意外と身嗜みに気を使う事は多くなった。というよりもそういう事に関する知識が増えた、と言ってもいい。元々土佐の為であれば”土佐”はそう言う類の事を躊躇しないつもりであった。何故なら”土佐”の中心とは常に土佐と共にあるからだ。だから知識が増えれば、それを良くするための手際も良くする。
シャンプーやリンスは気にするし、肌の面倒だって見るし、目の下に隈を残さない様に気を使うし、体調管理だって行う。”土佐”は自分に対しては間違いなくズボラだろうが、ある意味完璧主義と言ってもいい部分がある。少なくとも”やる”と決めたら徹底的にやる部分がある。
最後に長く、床にまで届く髪を梳いて整えたら、その一部を持ち上げる様にサイドポニーにまとめ上げる。これで全体が少し持ち上がり、床に付かない程度になり、チャームポイントのサイドポニーが完成し―――”土佐”の準備が完了する。既に一回主機を起動させて完全に意識を覚醒させている”土佐”は部屋の外まで加賀と共に向かい、そこで二手に分かれる。
「それではいってきます」
「此方もいってきます、加賀さん」
逢えたら今夜、と軽く別れの挨拶を交わし合ってから”土佐”は真直ぐ加賀が向かった出口とは違う方の出口へと艦娘の寮を抜けて行く。扉から眠そうな顔をしながら着替え終った島風が出てくるのが見える。その姿を見て、”土佐”は苦笑しながら軽く近づき、そして島風の頭を軽く撫でながら横切る。
「おはよう島風! 眠気が酷いなら一回主機を起動させた方がいいぞー」
「おはよー……そうすりゅー……」
そう言いつつ段々と島風の目が閉じて行くのが見える。そんな島風がしっかりとルームメイトの天津風に回収されて行く姿を少しだけ心配そうに眺めてから、”土佐”は階段を下り、寮の外へと出る。鎮守府全体に霧の様なもやがかかっているが、艦娘に搭載されているセンサーが詳細に”土佐”に居場所と、そして地形を把握させている。寮から出た所で軽く体を伸ばす。
「んー! うっし、カモン妖精さん!」
指をスナップしながら空へと向けて手を伸ばせば、上空から唐突に妖精が出現し、そして回転しながら”土佐”の手の上へと着地する。それは何時も、”土佐”の頭の上を日常生活でも出撃中でも占領している、”土佐”専用の妖精だ。それを何時も通り頭の上へと乗せた”土佐”は、目的地へと向かって歩き出す。
「おはよーございます”とさ”さん。けさはちょっととおでをしてみました」
「ほう、どんなかんじだった?」
「まみやさんのつくってくれたぱいがべりーでりしゃすでしたわー」
そっかー、と”土佐”は明るく会話を交わしつつ、そのまま執務室のある建造物へと入る。まだ朝日が完全に入ってこない早朝という事もあって、全体的に寒く、そして人気は少ない。それでも”土佐”以外の艦娘の姿もそこにはあった。目の下に隈を浮かべながら”土佐”が入って来たばかりの入り口へと向かおうとするのは、響の姿だった。その姿に苦笑しつつ”土佐”は片手をあげて挨拶する。
「徹夜?」
「うん……提督が……書類を投げっぱなしにしてて……今朝までだったから―――ふぁぁ……」
「お疲れ様」
「うん、眠って来るよ……」
艦娘と言えど、出力を入れる事で誤魔化せる眠りにも限界はある。やはり上質な睡眠をとる事が機能を維持するために大事な事である為、響はこのまま普通に自室で眠る事になるだろう。眠そうにふらふらと去って行く響の姿に軽くご愁傷様、と声をかけ、頭の上の妖精の位置を手で軽く整える。そのまま建造物内の階段を上り、知った道を進んだ先で、扉の前に立つ。触れる扉には鍵がかかっている―――つまり、まだ提督が来ていない、という事になる。本来であれば提督が持ち歩く鍵か、スペアキーが必要になるだろうが、
「妖精さんタッチ」
「ぱぁうわぁー!」
頭の上の妖精を掴み、そしてそれを扉に触れさせる。カチャ、と音を立てて扉の鍵が外れる。再び妖精を頭の上へと戻した”土佐”はそのまま遠慮することなく執務室内へと入り、扉を開けたままで止める。
「まずは部屋の空気を換気しなきゃな、っと」
執務室内の窓を二つ共テキパキと開け、部屋の中の空気が循環する様に流れを作る。次に部屋の中に置いてある観葉植物に水を与える為に部屋に置いてある如雨露に水が入っているのかを確認する。その中にまだ水が入っているのを確認すると、それを使って部屋の中の植物たちに水を与える。それが終わった所で如雨露を”土佐”が片付けると、足音が近づいてくるのを耳で捕らえる。その足音から、誰が近づいてくるのを把握したため、”土佐”は振り返る。
「おはよう提督」
「おはよう土佐。しかし早いな。加賀に起きる時間を合わせているのであればもう少しゆっくりしていても別に問題はないぞ。あの加賀は少々こういう所に厳しい所があるからな」
「いや、提督は気にしないでくれ。何だかんだで加賀さん正しいし。それにもう加賀さんとどれぐらい同室でやってきたと思ってるんだよ。もう生活リズム完全に合わせちゃって変える方が大変になっちまったよ」
「俺としては加賀の様に早く起きるやつが出てくるとそれに時間を合わせないといけなくなるから色んな意味で辛くなるから嫌なんだがなぁ……」
「おう、自分本位じゃねぇかコイツ」
呆れの溜息を苦笑交じりに”土佐”が吐くと、その横を抜けて清十郎が執務机の裏へと周り、そして椅子に座る。それを確認した”土佐”が軽く背筋を伸ばし、そして清十郎の前に立つ。
「さて、俺が秘書艦である以上、さっさと面倒な事をぜんぶ終わらせて遊べる時間を何とか作るぞ提督。やっぱり遊ぶなら最後にみんな一緒に、まとまった時間で作りたいもんだからな」
「全くだ―――他の連中がやって来る前にではできる事をやってしまおうか」
現在の秘書艦である”土佐”がそう言うと、清十郎が少しだけ笑みを零しながら同意する。こういう性格的な部分、やはり元の部分もあって、二人は割と同意しやすい。故に悪ノリをする時もどこまでも調子に乗る部分があるのだが―――こういう真面目な所は、先にキチンと全て終わらす、と言う性質も持っている。それ故に厄介だとも言える。ふざけるにしてもちゃんとふざける為の場を作り上げてからふざけているのだ。それが仕事のない自由時間に行われるからこそ、はしゃぎ過ぎという事以外で怒るに怒れないのだ。
”土佐”が軽く手を横に持ち上げると、どこからともなく妖精が書類を手に、床を走って、跳躍と共に書類を”土佐”の手に置く。完全に妖精を操っている様な光景にもはや清十郎は慣れている―――”土佐”は着任した時から既に妖精とは仲が良かった、そしてそれは鎮守府で暮らす内に更に加速している。大抵の事であれば、口に出さずとも妖精は察してくれる程に。
「相変わらず便利に使っているな」
「妖精さんの事か? まあ……ギブアンドテイクの関係にわりかし近いんだぞこれでも? オフの時は妖精さんの遊び相手したり、一緒にお菓子作りしたり、鎮守府内を散歩して回ったりで一緒に色々と遊び回る必要あるし」
その言葉に”土佐”の頭の上の妖精が反応する。
「ようせいさんたのしけりゃあもんだいねーですわー。そして”とさ”さんはそこらへん、よーくわかってるのでつきあいやすいですわ。”とさ”さんとのあそぶじかんはちけっとでまわってますわ」
「知らない所で経済が回っていたようだな―――ともあれ、土佐」
うっす、と”土佐”は声を出す。
「本日司令部からの任務は―――イチヨン海域の間引き作戦。イチヨン海域でのル級の目撃が確認されている。近々イチヨン海域に挑む提督が出るから、その前にル級だけを全滅させて帰投せよ、ってのがまず一つ。次に南西諸島への物資輸送遠征―――通称鼠輸送作戦だな。こっちはニイヨン海域最深部で殲滅作戦実行中の部隊に対しての補給物資を届けるやつだなこりゃ。基本的に駆逐艦を中心に軽巡を旗艦として繰り出すのがオススメされてる。んで最後にニイサン海域……東部オリョール海攻略任務だな。此方に関しては―――」
だだだだ、と音を立てながら別に書類を妖精が運んでくる。それを受け取った”土佐”が使ってたものを妖精へと渡し、新たな書類の方を覗く。
「えーと……重巡や戦艦にフラグシップ級とエリート級の深海棲艦の目撃情報が多数存在しているな。本来のニイサン海域よりも若干物騒さが全体的に上がっているらしくオリョールの資源発掘艦隊から多数の被害が出てる。オリョール海つったら鎮守府の資源調達先の一つだから、早期にこの問題を解決する事ができれば上に対して顔を売る事も出来るな」
「なるほどな……ふむ、土佐よ。編成はどうするべきだと貴様は思う?」
清十郎が目を閉じながら”土佐”に問いかけてくる。その姿に”土佐”は軽い笑い声を零す。これは清十郎が秘書艦に対して行う軽い”テスト”の様なものだ。秘書艦となると見えてくるのは全体の艦隊の様子等ではなく、適性や能力、何をどうすべきか―――言ってしまえば艦隊を率いる”旗艦”が必要とすべき能力を秘書艦は前線だけではなく、鎮守府内でも常時発揮させておく必要がある。それを育てる為の問いかけだ―――勿論、清十郎は経験と知識から正しい答えを理解している。故に”土佐”はそうだな、と言葉を置き、間を作る。
「まずは遠征任務の方は旗艦を天龍にして、卯月、時雨、不知火、電と綾波にすれば問題ないだろう。基本的に天龍は燃費がいいし、戦闘力的にも途中でぶち当たったとしても問題なく作戦続けられるだろうし。イチヨン間引きはおそらく他の艦隊とも途中で合流してやることになるだろうから、それを予想して少し未熟な連中を組んでやればいい実戦訓練にもなる。こういう場合は利根よりも木曾旗艦の方が色々やりやすいだろう―――木曾、那珂、北上、大井、鳳翔、利根辺りでも大丈夫だと思う」
「で、最後に―――」
「戦艦三、駆逐一、空母一軽巡一、って組み合わせだな。俺と夕立は組慣れているし、霧島も改になったおかげで前以上に高い火力を出せるようになっている。長門は建造されてまだ数ヶ月だけど将来的には前線に引っ張りだこになるから今のうちに色々経験させておきたいし、制空権の確保はもはや必須だから空母……飛竜は入れておかないとな。川内? アレは夜戦夜戦五月蠅いから外に連れてって黙らせる。アイツ腹パンしても夜戦とか呟きながら倒れるんだけどなんなんだアレ……まあ、とりあえずこんな感じで」
うむ、と清十郎は答え、
「大鯨は」
「ニート安定」
清十郎と視線を合わせ、”土佐”と同時に頷く。清十郎の艦隊に置いて大鯨を最前線へと連れて行くという発想は存在しなかった。潜水母艦というレア艦娘が戦いに向いていないとかそういう問題ではなくて、出撃から帰ってきた時に待っている美味しいご飯を大鯨を出撃させたために食べられないという事態を回避する為に全員そろって大鯨を出撃させる事を却下している。一回大鯨が改造をし、龍鳳へと成ろうと話をしたときは、軽い暴動が起きかけた。
「ふむ、形としては火力が高い艦娘をニイサンへと回す感じになったか。そして一番練度の高い初期の第一艦隊をそれぞれの補佐や引率に……ふむ、悪くはないな。今回はその案で行こう。一提督ポイントを進呈しよう」
なんだそのポイントは、と”土佐”が呆れていると、窓の外の光景が段々と晴れて行くのが解り、秋の空が綺麗に広がって行くのが見え始める。空は青く広がっており、真直ぐと向ける視線の先では空と海がくっつき、そして一つの線となっている。それをしばし、無言で眺めてから清十郎は”土佐”へと言葉を向ける。
「……土佐、貴様の練度はいくつだったか」
「妖精さんによると昨日の出撃から帰還時点で四十四、らしいな」
「ついにそこまで行くか……おそらくニイサン海域で活躍する艦娘でお前ほど、そして我が艦隊ほど育っている艦隊も少ないだろう」
「この半年間、じっくりみっちり昇進を焦らずゆっくりと艦隊全体の練度を上げる事だけに集中してきたからな。おかげで提督の同期連中は皆サンイチ海域に行っちまってるぞ」
「無駄に被害が出ない分私は此方の方が好みだ―――だがどうだ、土佐。まだ駄目か」
「……あぁ」
”土佐”は軽く自分の手を持ち上げ、そして見つめる。
「―――駄目だなぁ、あと少しってのは解るけど、今は改造できねぇわ」
”土佐”が横須賀鎮守府へと着任してから約五か月が経過した。
当初の予定通り清十郎は攻略を、昇進を狙わずに艦隊を育てる事を選んだため、艦娘達の多くが改造を果たして改となっていた。
が、未だに”土佐”が改となることは無かった。
”土佐”さんレベル44、まだ改造が来ない(
”土佐”さん描いて貰ったりで人生充実しまくってるてんぞーですが、とりあえず章分けを始めました。なんでも12~4万文字でラノベ1冊レベルらしいよ! 1話5000文字だから大体24話書けばラノベ分量か……
読者的に読みやすいのが5000文字だと思ってるから大体5000文字前後にしてるんだよなぁ。