東映の知られざる収益源「ショービジネス」——映画が当たらない時代の勝ち筋

アニメを見て、日本に憧れた——。そんな声を聞くことも多い。今やコンテンツ産業は日本の主要な輸出産業の一つであり、世界中でその存在感を示している。その一角を担うのが、日本を代表するアニメ製作会社の一つ、東映だ。

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昭和100年にあたる2025年。日本アニメのビジネスモデルと東映の戦略について、ノンフィクション作家の野地秩嘉氏が独自取材を重ね、書籍『東映の仁義なき戦い』を上梓した。前回の記事に続き、著書より、東映のIPビジネスがいかにして生まれたのか、その秘話を紹介する。

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仮面ライダーは20億稼いだ

東映で版権ビジネス、キャラクターショーというふたつのビジネスを作ったのは当時テレビ企画営業部長を務めていた渡邊亮徳なのだが、銀座好きの彼は金の使い方が荒かった。怪文書が出て、ずいぶんと叩かれた。

しかし、本人は意に介さずこううそぶいた。

「今まで体を張って東映を儲けさせてきた。このやり方で40年間うまくいってるんだから、カネの使い方は変えようがない。『仮面ライダー』は日本で20億円儲けた。『パワーレンジャー』はアメリカで50億円儲けた。だから怪文書なんてゴミみたいな話をするな! 私は最後の活動屋だよ。今の若い官僚みたいな社員にはわからないかもしれないが、私のやり方を岡田茂会長は理解してくれてる」

しかし、岡田茂はそこまで甘くなかった。渡邊亮徳を自主的に退職させたのである。

わたしは退職後の渡邊と面識を得て、何度か会ったが、銀座のクラブではなく、彼の個人事務所だった。噂に聞く豪快な人ではなく、繊細で慎重な人だった。自身が酒を飲まないにもかかわらず銀座の高級クラブへ行ったのは自分のためというよりも、興行界の人をもてなすためだったのだろう。それがいつの間にか趣味と日課になってしまった。気の小さな、真面目な人だった。

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銀座の夜
(写真はイメージです)
kazuhiro / Shutterstock.com

ただし、仕事の話よりも銀座の話ばかりしていた。仮面ライダーやスーパー戦隊に愛着があったわけではなかった。銀座のクラブでの遊び方についてだけ熱弁をふるい、東映での仕事については「ぜんぶ、終わったこと」とだけしか言わなかった。東映を退社してからでも毎晩、必ず銀座のクラブを5軒から6軒は回ると静かにつぶやいていた。

「酒やホステスが目当てじゃないんですよ。僕が行って金を払うとみんなが喜んでくれる。ママだけじゃなく、常連の仲間も喜んでくれる。だって、1軒に5分かそのくらいしかいないんだよ。まったく、毎晩、ほんと疲れるんだ」

せっかく話を聞きに来てくれたんだから、これから行こうかと誘われたけれど、すでに金を持っていない雰囲気だったので、遠慮しておいた。すると、「そうか。オレ、まだツケで飲めるんだけどね」と寂しそうだったのは覚えている。渡邊亮徳はまわりのみんなを喜ばせることが好きだった。

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映画は当たらない

現社長の吉村が入社した1988年は昭和の最後の年だ。東映の作品としては深作欣二が監督して、吉永小百合、松田優作が主演した『華の乱』が公開された。企画は岡田茂の息子の岡田裕介。話題にはなったが、ヒットしたという記録はない。その頃、東映で当たっていたのはテレビ番組の『ドラゴンボール』『聖闘士星矢』といったところで、実写映画でヒットしたのは『ビー・バップ・ハイスクール』『あぶない刑事』である。

さて、入社したのち、吉村は関西支社のイベント事業部に配属されキャラクターショーの担当になった。吉村はのちに上司となる草薙修平から「吉村くん、うちは映画会社だ。だが、映画はヒットしないもんだ。法に触れるようなことは困るが、君の仕事は映画以外のことで何でもいいから金を稼ぐことだ」といわれたことがある。

草薙は真面目な顔で「映画は当たらない」と言った。草薙自身もまた映画が好きだからこそ東映に入ったのだが、入社して働いてみたら、映画製作が一種の賭けであり、ヒットする映画を作るのは難しいとわかった。それも実写映画だけではない。東映が得意としていたアニメにしても、すべてが当たるわけではない。

キャラクターショーはなぜ儲かるか

百貨店
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かつて大川博が始めていたボウリング、タクシーもその頃にはほとんど撤退していた。当たりハズレの多い映画ビジネスをヒットしたアニメ、仮面ライダー、スーパー戦隊の版権収入、そして、キャラクターショーで支えていたのである。草薙の指導の下、吉村たちは営業に励み、キャラクターショーを全国津々浦々のデパート、スーパー、屋上広場、神社や寺の境内でも開催して金を稼いでいた。

その最盛期、キャラクターショーは東映の売り上げ、利益に大きく貢献していた。東映は全国にキャラクターショーの代理店を擁していた。都心のデパートで行うような大きな公演の場合は東映の社員が営業に行き、現場にも立ち会う。

公演の形式は次のようなものだ。仮面ライダーショーにせよ、スーパー戦隊ショーにせよ、キャラクターの出演者は8人と決まっていた。加えて司会役の女性がひとりと照明と音響のスタッフがつく。

ストーリーやアクションの演出は東映のオリジナルだ。場所を提供してもらったら、そこを舞台に見立てて、30分のショーを1日に2回やるのがワンパッケージである。アクターが着るスーツや着ぐるみは東映が製作する。なかに入るのは劇団員だったり、体育会系の学生アルバイトが多い。

だが、まるっきりの素人に演技はできない。着ぐるみを身にまとってアクション演技をするのは簡単なことではない。真夏に跳んだり蹴ったりするのはそれなりに練習していないとできないのである。東映の担当者は年に数回、全国からスーツアクターを集めて、新しいショーの講習会を行うようにしていた。スーツアクターの研修会である。

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土日で100万円、それを年間8000本
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