中国“辛さ分布”の裏にある歴史と経済格差
中国は広大な国土を持ち、その地域差は気候や方言だけでなく、食文化にも色濃く表れています。なかでも「辛さ」の好みは、地域ごとに大きく異なる特徴の一つです。
中国の辛さMAP
これは中国各地の辛さMAPです。
微辣区🟧=普通がピリ辛
中辣区🩷=普通が辛い
重辣区🟥=普通が激辛
地獄辣🟫=普通がヤバい
私の経験上、重辣区(普通が激辛)以上の場所で微辣(ピリ辛)を頼んで失敗したことが多いです。
このように、中国でも一般的に沿海部は辛くありません。
しかし、少し内陸部の江西省・湖南省が地獄辛、更に内陸の湖北省・重慶・貴州・四川省が重辛になっています。
なぜこのような分布になっているのでしょうか。
この記事では地域による辛さの違いを、気候・歴史・経済的要因から整理して解説します。そして最後に各地の辛さ文化を紹介します。
気候がもたらす辛さの役割
一般的によく言われるのが気候説です。
「このように中国の他の地方の料理に比べて香辛料を多用するが、辛い料理が多い理由として、四川の成都は盆地で湿気が多く、唐辛子に含まれるカプサイシンの効果によって発汗を促すことで健康を保つためだという説がある。スパイスを多く使うインド料理やタイ料理と同様、高温多湿の地域ならではの食の工夫がみられる」
雲南・貴州・四川・湖南などの地域は、夏は湿潤で湿気が多く、冬は寒冷で底冷えする気候が特徴です。唐辛子は身体を温め、湿気を取り除く作用があるとされ、健康の知恵として食卓に定着しました。その結果、日常的に辛さを好む食習慣が根づいたとされています。
一方で広東・福建など南東沿岸部は一年を通じて蒸し暑く、辛いものを食べると体内の「熱」がこもりやすいと考えられています。そのため清淡であっさりした味付けを好む傾向が強く、海鮮など素材の持ち味を重視する料理文化が発展したとされています。
また、江西省を代表とする内陸の山岳地帯では唐辛子の栽培が容易であり、冬場の野菜不足を補うために漬物の材料として多用されました。逆に広東省などの沿海地域では海産物が豊富にあり、素材を生かすため唐辛子は控えめに使われる傾向がありました。
歴史と経済の影響
対して別の解釈もあります。実際に広東・広西の夏は湿気が多く、江蘇・浙江などの冬も同じように寒冷で底冷えする気候なのですが、これらの地方では辛いものを好む習慣は育ちませんでした。
この章では、辛さが西南(湖南・湖北・江西・貴州など)に根付いた本当の理由は、清代の「官塩管制」にあるという論説を紹介します。
塩は中国で2600年以上も専売制が続き、国家財政の「金袋子(財布)」でした。食塩専売が完全に廃止されたのは実は2017年と、つい最近のことです。
塩路の不合理と高騰
清代の塩の専売は現在の煙草のように専売制で、産地ごとに供給ルートを決め、越境は禁止されていました。沿海部の塩は比較的に安価でしたが、湖南・湖北・江西・貴州の4省の塩は高額でした。
四川省は歴史的に知られる塩の産地でした。
そして地理的に湖南・湖北・江西・貴州は四川省が近いのに、あえて江蘇・安徽からの塩の供給ルートに組み込まれていたのです。
輸送は長江を遡る必要があり、コストが高く、塩価は全国でも突出して高騰。塩代が生活を圧迫し、地方官僚すら不満をもらしていました。
なぜ四川を避けたのか
この不合理は清政府の財政政策のためでした。江蘇・安徽の塩は管理しやすく、税収も大きかったのです。乾隆帝の時代にはこのルートによる収入が年間700万両に達し、明代2年分の国家歳入に匹敵していました。これを守るために遠回りでも塩を売らねばならなかったのです。
一方で、四川省で取れる塩は密売が盛んで統制が困難だったのです。塩枭と呼ばれた武装密売組織が存在し、地方政府も手出しできない状態でした。四川産の塩の越境流出を恐れた清政府は四川産の塩をほぼ省内専売とし、周辺でも数地域にしか出さなかったのです。
塩価と唐辛子の普及
乾隆帝の時代、戦費等の様々な歳費を賄うため、湖南・湖北・江西・貴州の塩価は40~50文/斤に達し、価格は豚肉の2倍以上に達しました。庶民は塩を満足に買えず、史料には「百姓淡食」(庶民は塩っけが少ないものを食べる)と記録されています。
このとき、明末に海路で広東に入っていた唐辛子が「観賞用」から「食用」へ転じ、最初に活用されたのが貴州でした。塩が高すぎて使えないため、強烈な刺激を持つ唐辛子を代替調味料として利用し始めたのです。
「以辣代盐」(辣味をもって塩に代える)。これが辣味文化の起点となり、湖南・江西など他の塩の高騰地域に波及しはじめました。
実は「後発」の四川料理
四川は「辣の本場」と思われがちですが、実際に四川人が辣味を嗜む文化はむしろ遅かったとされています。上で取り上げたように四川は塩も豊かで、清代の料理は辛くなかったとされています。
辣味が一般化したのは1912年の中華民国の成立以降で、特に建国後の労働者階層での江西料理、湖南料理の流行によって広がったとされています。四川の「麻辣大国」イメージは大衆料理の流行によって伝わった、比較的新しい形成だったのです。
ここでは辛さの文化が気候ではなく歴史的な経済環境によって形づくられた論説を取り上げました。内陸部で塩価が唐辛子普及を加速したという分析は、沿海部で辛い料理が普及していない理由をうまく説明できます。
次の章では貧しい人ほど辛い物好きという研究を紹介します。
貧しい人ほど辛いもの好き?研究
辛さの好みは文化か、それとも経済か
この章では中国社会科学院社会学研究所が主催する学術誌 The Journal of Chinese Sociology に掲載された論文「Accounting for Tastes: Do Low-Income Populations Have a Higher Preference for Spicy Foods?」を紹介します。
結論から言えば、低所得者ほど辛いものを好む傾向がある。しかもその背景は文化や習俗ではなく、経済力的に説明できるというのです。
理論の枠組み
研究の出発点は経済学の「合理的中毒の理論(Theory of Rational Addiction, TORA)」です。これは嗜好が習慣化・依存化する過程も、個人がコスパ最大化を考えた合理的選択の結果だとする考え方です。
論文では、辛味を 「中毒性をもつ消費財」 と位置づけ、特に低所得層は
健康意識が低い
食生活の選択肢が限られる
ために、辛さに「ハマる」確率が高いと説明しています。
この論文では、2009年に行われた中国の大規模な健康と栄養に関する調査データを使い、さまざまな統計的な分析方法を組み合わせて、収入と辛さの好みの関係を丁寧に検証しました。その結果、
家庭収入が低いほど、辛味嗜好は強い
性別/年齢/地域を変化させても結果は同じ
同じ省内でも、所得差によって辛味嗜好に差がある
つまり「地理や文化ではなく、経済が辛さを分ける」ということがデータで示されました。
歴史上、「以辣代盐」の始まった貴州は清朝で最も貧しい地域の一つでした。また湖北料理が他の地域に比べて辛くないのも、当時の湖北の経済は他地域に比べてよかったからとされています。
味覚を超えた辛さの意味
この研究の意義は「辛さ=文化」という説明を覆した点にあります。
これは筆者の経験ですが、たしかに湖南や四川のような「全員辛党」と見られる地域でも、高級料理はそんなに辛くなく、街の食堂は激辛という傾向はあります。
辛さの好みは文化や土地柄の問題だけではなく、収入という経済条件が生み出す一面もあるのです。
中国の「ご当地辛さ」の紹介
この章では各省の辛味の特徴を紹介します。
四川=麻辣(痺れ辛さ)
特徴:花椒(山椒の一種)が決め手。辛さに麻(しびれ)が加わる
辛味:柔らかい辛さが中心。ヒリヒリした辛さにならない
調理法:葱、姜、大蒜、砂糖や蜂蜜を組み合わせ、辛さに奥行きを出す
四川は「麻辣」が有名ですが、それだけでなく、多彩な辛さのバリエーションを誇ります。「百菜百味」という多様性が四川料理の真髄でしょう。
湖南=香辣(香る辛さ)
特徴:唐辛子を「野菜」として大量に食べる
辛味:全国トップクラス。年間1人当たりの唐辛子消費量は10kgとも
調理法:「香り+辛味」。ただ辛いだけではなく、香りと食欲を引き出す辛さ
一般的な辛さ好きの最高段階に到達しているのが湖南料理といえるでしょう。辣椒炒肉(小炒肉)は全国的な家庭料理なのですが、湖南で食べると異常な辛さがあります。
江西=瞎辣(でたらめな辛さ)
特徴:規則性を超えた圧倒的な唐辛子の量。異常な量の唐辛子が使用されていたら大体が江西料理
辛味: 「江西の微辣=他省の激辛」であり、誤って普通を注文すると文字通り痛い目を見る
調理法:江西の家庭料理の基本公式は「赤唐辛子+青唐辛子+何かの材料」。材料は脇役で、唐辛子が主役。
江西の辛さは、四川の麻辣や、湖南の香辣のような調和を求めません。そこにあるのは「辛さに限界はない」という思想です。全く辛くない料理も多いので、できればそっちを選ぶのがおすすめです。
湖北:辣卤(煮込んだ辛さ)
特徴:香辛料を何十種類も含んだ「卤水(煮込みタレ)」に辛さを仕込む
辛味:表面的な刺激ではなく、じわじわ染み込む「複合的な辛さ」
調理法:食材を「卤水」に煮込むのが特徴
湖北の辣卤はクセになる辛さです。おつまみにも合います。
贵州:酸辣(酸っぱ辛い)
特徴:糟辣椒と呼ばれる、酸っぱさと辛さを兼ね備えた独特の風味を持つ伝統調味料を使う
辛味:酸っぱ辛い。「無酸無辣不贵州(酸っぱ辛くなければ貴州料理ではない)」と言われるほど
調理法:糟辣椒を炒め物、蒸し物、火鍋など何にでも入れる
糟辣椒は単なる調味料ではなく、貴州の気候と生活に根ざした知恵の結晶です。湿潤な気候に合った保存技術であり、同時に酸辣という刺激が食欲を増進させる役割を果たしています。
中国の「辛さ文化」は、気候や土地柄だけでは説明しきれません。清代の塩専売制度のように歴史的な経済環境が唐辛子普及を後押ししましたし、現代においても低所得層が辛さを好む傾向はデータで裏づけられています。
辛い料理は単なる味覚の問題ではなく、社会の構造や人々の暮らしのあり方を映し出す鏡でもある、と言えるでしょう。
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コメント
7あなたの記事のおかげで、北京で四川料理を中国人2人と食ったのを思い出しました。一人は四川出身、もう一人は湖北出身。私は貧民なので四川でも物足りなく湖南の毛沢東が好んで食っていた地獄激辛が大好きなので、四川出身のやつと同じく、っま、こんなもんかと食ってました。ところが、湖北出身者はかわいそうに辛過ぎて食えない。せっかく奢ってやるんだから残さず食えって言ったら、勘弁してくださいって言われました。良い時代でしたね。もう中国に行くことはないでしょう。。。。。。
あの地図から記事書かれたのですね!
私も!🤣私は全く違う視点のお役立ち系記事を思いついて書きました。
https://note.com/chotelsommelier/n/n0b663c0f4190
>TOSHIさま
湖南省にお住まいなのですか。湖南料理は味が濃い料理が多く、ご飯がとてもすすむことを思い出しました。上海の湖南料理はあまり辛くないことが多く、少し物足りない思いをすることもあります
>小笠原功雄・正恵さま
当時のことは私もよく分からないのですが、物資が不足していると自然と味付けで代用しようとするのかもしれません
>ドンカンオさま
面白い体験談を教えていただき、ありがとうございました。中国人も地域によって全然辛さの好みが違います。私も以前は広州に住んでいたのですが、地元の人は辛いのが苦手な人が多く、周りの省から来た人は辛いのが好きな人が多く、両極端でした
>明明東京@中国を鉄道で旅する日本人さま
記事を拝見させていただきました。全く逆の発想になるのが面白かったです
>yumi_kisyouさま
この文章は以前から温めておいたネタに色々な知識を補足していて、基本となる知識は中国の人と雑談するなかで色々と教えてもらっています。高級料理は本当に辛くない料理が多いです。辛い料理はどちらかというとB級グルメ、家庭料理という位置づけなのだと思っています