「―――」
今まで休むことなく続けていた逃走と、そして友軍を見つけられたことから”土佐”は自分の意識が落ちていた事を覚醒しつつ、自覚する。少しずつ覚醒して行く意識の中で、”土佐”はゆっくりとだが目を開き、そして自分の状況を受け入れて行く。まず目を開けて入りこんでくるのはまばゆいばかりの光だ。それはつまり夜を抜け、昼になったという事を示している。何度か瞬きをしつつゆっくりと目を光に慣らせてから、”土佐”は目を開けて周りの状況を把握する。
誰かの背中の上で、背負われるように眠っていたらしい。
それに気づいた”土佐”は体を動かす事なく、今の位置から見える事を把握する。視界内に広がるのは広大な海の姿だ。視界の限り海が広がり、そしてそこを数人の艦娘が滑っている。”土佐”を背負っている為か、その速度は緩い。視界に入る範囲にいる艦娘の姿は”土佐”自身を背負っている姿を含め、三つだ。先頭には背の低い緑にオレンジのラインが入った服装に、白のリボンを付けたツインテールの艦娘。その横に付く様のはまた背の低い、黒いセーラー服に色の薄い長髪の艦娘だ。”土佐”を背負っているのはオレンジ色の服装、セミロングの茶髪の艦娘だ。
肌は白くなく、異形の姿をしていない。間違いなく艦娘、つまりは味方である事を理解した”土佐”は安堵から軽く息を欠伸混じりに吐く。それに真っ先に反応を向けてくるのは背負っている茶髪の艦娘だった。首を動かし、”土佐”の目が開いている事を確認し、小さな声で声をかけてくる。
「……ん……起きました?」
「あぁ……どうやら世話になっちまったみたいだな」
そう言って”土佐”は艦娘の背中から降りようとする。それを察してくれた艦娘は掴んでいた足を解放し、”土佐”を降ろす。が、寝起きだからか、それとも燃料を全く補給してないからか、艤装を起動させて海の上に立つ”土佐”の体の動きは鈍く、艤装も最低限の出力しか出していない。やはり二週間の強行軍は体に負担を強いてたんだな、と”土佐”が軽くふらつきながらバランスを保とうとすると、背負ってくれていた艦娘が手を貸してくれる。それを”土佐”は掴む。
「あまり、無茶しないでください。少し調べさせてもらいましたが大破寸前ですし、燃料も弾薬もありませんし……」
「いや、こんな姿で誰かに背負われているのは恥ずかしいからな……えーと」
「あ、私は神通です」
「そして吾輩が利根である!」
神通が己を紹介するのと同時に、先頭にいた艦娘、利根が何時の間にか滑る様に横へとやって来ていた。その動きに合わせて見守っていた他の艦娘も近づいてくる。まずは前から一人、後ろからもう一人同じ黒いセーラー服姿の艦娘が近づいてきた。
「私は白露型駆逐艦夕立よ。よろしくね」
「僕は同じく白露型の時雨だよ」
夕立、時雨共々握手を求めてくるため”土佐”は両手を差し出す。それを握り、白露型の二人と握手したところで最後の一人が出現する。白いセーラー服に右目に眼帯を付けた、緑髪の艦娘だった。その手の中には缶が握られていた。
「軽巡木曾だ。それよりもそれじゃ進むのも難しいだろ。余った分やらを集めておいたから飲んでおけ。本格的な入渠は必要でも、これで少しはマシになるはずだ」
木曾が手に握り、渡してくるものを”土佐”は臭いで判断する。燃料だ。艦娘の体を動かし続けるにはこれが必要となってくる。艤装だけではなく、通常の生活もこの燃料を食事代わりに行っている。故に燃料が足りなくなれば、勿論艦娘は餓死する。人から艦娘に成ったタイプはまた別らしい、とは妖精の言葉だったと”土佐”は思い出しつつ燃料を受け取る。
「助かるわ、ありがとう」
「気にするな。困った同胞を見捨てる訳にはいかない、それだけだ」
ボーイッシュな姿をしているだけあって、木曾の言う事は中々男くさかった。ただこのままでは間違いなく足手まといなのは確実だ。故に”土佐”は迷う事無く好意に甘える事とする。缶の淵に口をつけ、一気にその中の液体を飲み干す。”土佐”の口の中にこの二週間で一気に慣れた燃料の筆舌し難い味が広がる。質が上がれば味も良くなると妖精は言ってはいたが、それでもまだ、”土佐”はこの味を好きになる事は出来なかった。
だが、それと裏腹に燃料が体内に満ちた事で僅かにだが”土佐”の体内に活力が生まれる。艤装が更に出力を上げる。ふらふらしていた体は両足でしっかりと体を支え、水面に立つことができるようになる。漸く一息を入れる事が出来た”土佐”の前にやってきた利根が頭の上に乗せていたものを掴み、そして此方へと手渡してくる。
「うむうむ! 大体の話はこやつから聞いておいたぞ。お主の相棒であろうから返しておくぞ」
そう言って利根が返してくるのはぐでり、とした様子の妖精だった。
「どーもです”とさ”さん。おげんきですかー? ようせいさんはぐだぐだですよ」
「お帰り相棒」
受け取った妖精を”土佐”は定位置である頭の上に乗せると、妖精は気に入る場所で体勢を整える様にもぞもぞと動き、やがて落ち着いてところで頭の上でぐったり、と休む。何もこの強行軍で気を張っていたのは”土佐”だけではなく、妖精の存在もそうだ。やっと安心できる環境に来たのか、妖精は完全に緩み切っていた。
「しかし鉄底海峡で生まれた? だったか。何ともまあ良く生き残ってここまで来たものだ。少し前の作戦で深海棲艦との大規模な衝突があの辺りであったらしいからなぁ……おそらく主はその時に生まれたのであろうなぁ」
しみじみと呟く利根から視線を外し、妖精の方へと視線を見上げる。それに気づいた妖精がゴロゴロと転がりながら頭の上から落ちてきて、そして前へと落ちてくる。それを片手で掴むと、”土佐”は首をかしげる。艦娘という存在、そして各艦の種類や役割、基本的な知識に関してはある程度妖精から教わっている―――が、だからといって複雑な話を知っているわけではない。というよりはそれだけの余裕がなかった。故に”土佐”は確認を取る様に視線を妖精へ向ける。その視線に応える様に妖精は腕を組み、
「あいあーんぼとむしゅっしんですですよ? いっぱいいっぱいかんむすさんたちしにました。いっぱいいっぱいしんかいせいかんもしにました。いっぱいいっぱいしんで、いっぱいいっぱいぎそうがあまりました。とささんはそのときたぶんぐーぜんうまれちゃったかんじでしょうなー。そんなかんじでしょうなー。たまーにてをくわえなくてもぎそうをつかっててんねんのかんむすうまれますねー。とささんきっとそんなかんじですねー。めずらしいけどないわけじゃないです?」
「疑問系っぽい?」
「ぽいぽいです?」
「ぽい?」
「そこ、異界の言語でコミュニケーションはじめない」
ぽい、と呟きながら妖精と夕立が項垂れるが、この二人は割と相性がいいのかもしれない、なんて事を”土佐”は想像した。その後で妖精を再び定位置へと置いた”土佐”は軽く深呼吸をして自分自身を落ち着かせてから、頭の後ろを掻く。
「まあ、妖精さんから既に紹介入っていると思うけど……加賀型未成戦艦土佐、っていうやつらしい。そこらへん、あんまり自信がないから突っ込まないでもらえると助かるわ」
その言葉に時雨が頷く。
「空母の加賀なら存在するけど加賀型戦艦は初めて聞いたね。……妖精さんによると記憶が曖昧だったりするんだよね?」
一瞬だけ、”土佐”は自分の事を話すかどうかを迷う。が、そもそも艦娘という存在を許容したとしても、憑依なんて事は突飛過ぎて信じられないであろうと決断を下す。それに”土佐”の予想が正しければ、自分がこんな体に憑依する事になった原因は一番近い所―――土佐に存在すると思っている。故に時雨の問いに対して”土佐”は頷いて答えると、時雨は納得したような表情を浮かべる。
「たぶん僕達の様に明確に活躍して戦果をあげた艦の艦娘とは違って、軽く記憶から思い出す事で間違っていたら悪いけど……土佐は戦場に出ることは無かったよね? だから艦娘として成る為の概念が弱かったんだと思うんだけど……うん、やっぱり考案は後にしよっか」
「あまり良い顔色をしてないしな」
そうなのか、と呟きながら”土佐”が海面を覗き込む。太陽の光を受けて輝く海面は目を凝らせば鏡の様に使える事もない。そうやって確認する自分自身の表情は木曾が指摘したようにあまり良い色をしていない。明確な疲れとダメージの色が濃い。今まで気にすることもなかったが、”土佐”が軽く着物の下の体を確認すれば、体のいたる所に傷が出来ている。どれも既に出来てから時間が経過している為、痕として体に残っている。鏡代わりの海面を見れば、顔にも結構そういう傷が多いのを確認する。
……土佐さんにこの体を返す予定だし、あんまし傷つけたくないんだよなぁー……。
ただ、これを帰還の為の代償、必要経費と考えると非常に安いのだろう。アイアンボトムというのがどこだかは知らないが、その酷さは身を持って味わっている。故に”土佐”は純粋に自分が運がよく、中破程度で済んでいる事が限りなく不思議であるとも考えていた。
「まあ、安心するが良い。ここは比較的日本に、鎮守府に近い海域じゃ。あと数時間も普段通りのペースで進めば日没までには鎮守府に戻る事は出来よう。そうなれば入渠も改装も検査も出来る、まずは鎮守府に戻る事を優先した方が良いじゃろう。それに提督もそうしろと指示を投げて来たしな」
そう言うと利根は耳元に装着している機器を軽く叩いて見せてくる。おそらくそれが通信機の類なのだろう、提督という存在がいかなるものかは妖精から教わっていない為、”土佐”には判断できない。だが己を助けてくれた存在の指揮官、という事は助ける様に命令したか、許可をしたのが提督に違いあるまい。だとすれば早速感謝すべき相手が増えたな、と”土佐”は感想を抱き、そして海の上を滑り始める。初めはゆっくりと、だが段々とスピードを上げるその動きに、他の艦娘たちも横に並ぶようについてくる。
「大丈夫? あの、その、利根さんはああ言っていますけど、別に少しぐらい速度を落としても問題ありませんよ?」
横に並ぶ神通が心配してくれてかそんな言葉を投げて来るが、”土佐”は問題ないと首を横に振って否定する。
「いや、此処まで面倒見てもらっているからね、これ以上は恥ずかしくなって来るし。一応ここまで生き残ってきた矜持ってものがあるしね」
駄目だったときは駄目だったときで頼もう、と心の中で呟きながら”土佐”は艦列に加わり、艦娘たちと共に海の上を滑って行く。それはようやく、敵に出会っても戦う必要が無い事から得られる安心感だった。その証拠に脳内の土佐は一言も声を零す事なく、眠るかのように静かになっている。ただ”土佐”は鎮守府についてからが本当に辛い事なのかもしれない、とおぼろげにだが先のことを想像しながら思考する。
何故なら、今まで否定してきた現実と向き合わなきゃいけない。
戦いに没頭し、忘れると言う手段が”土佐”には取れなくなる。だから改めて”土佐”は考える。どうしよう。どうするべきだ。これから自分はどうなるのだろうか。どこから来てどこへと行くのか、それは一種の大きな虚無感を生み出す考えだった。言い知れようのない恐怖が一瞬で這い寄る様に”土佐”の胸中に満ちる。それを一切外へと漏らす事なく”土佐”が堪えようとしたところで、軽い感触を頭の上に感じる。
「”とさ”さんおつかれさまでしたー。”とさ”さんと、とささんならきっとだいじょーぶなかんじになるとおもいますっぽい?」
「ぽいぽい?」
「おいそこ、一々言葉に反応するな」
木曾が夕立を襟首で掴んでそのまま前方へと進んで行くその光景を眺め、”土佐”は軽く笑い声を零す。直面しなきゃいけない事、見据えなきゃいけない事は確かにあるが、それを深刻に考え過ぎたって良い事は無い。だったら少しだけ力を抜いて、
「気楽に行きますか……うん、そう思うと少しだけ鎮守府が楽しみになるな」
「ふふふ、何楽しみにするのは悪くない事だ」
”土佐”の声を聞いた利根が反応する様に後ろ向きに滑りながら腕を組み、そしてポーズを決めて”土佐”へと指差す。
「何せ、吾輩らが所属しているのは天下の横須賀鎮守府であるからな! 楽しみにして待っていると良い!」
艦娘たちと交流する様に雑談を交えつつ、”土佐”を交えた六つの姿は、真直ぐ日本誇る鎮守府の一つ、横須賀へと向かった。
想像を超えて利根が使いやすいのじゃ。あとぽいぽいも使いやすいっぽい。キソーはイケメンだキソー。神通さんはガチ勢で、時雨ちゃんは普通の女の子です。いいですね? 男の娘とかそういう事は一切ないんだ。座ってろ。