あ~やっちゃったよこれ。
どうするの? 経験豊富? なんの?
振った経験位しか誇れるものないんだけど……。
早くも後悔の波が津波となって陽乃の
しかし目の前の妹から寄せられてるキラキラとした尊敬の念には代えられない。
いや嬉しいけどね?
嬉しいけど、妹からの小学生ぶりのこんなキラキラした視線がさぁ……彼氏とのシモの話題で出てくるとかおかしいよね? 気が狂いそう。
「姉さん……! 流石姉さんね! 大学ではヤリまくりな姉さん流石!」
「うん、ありがとう雪乃ちゃん。多分褒めてくれてるんだよね? でもちょっと黙ろっか?」
人生で初めて妹に向かって手が出そうになった瞬間だった。
「それで、どうすればいいかしら」
「そうだね。いくつか方法はあると思うよ」
言いながら、候補を絞り出していく。
「まず順当なのが、比企谷君自身にセッ……おセッセの相談をして、回数、時間を減らしてもらうこと。それはどう?」
「それは……そうね。きっと彼の事だから、相談すれば言ったとおりにしてくれると思うのだけれど……」
「けれど?」
続きを促すと、妹はその顔をじわじわと朱色に変えながら、ポショポショと消えそうな声で語りだす。
「その……彼には、我慢をしてほしくないというか、ありのままでいてほしくて……出来るなら、こういう所くらいは満足させてあげたいの……」
「……」
はるの の やる気が がくっと 下がった。
頭の中で聞こえたそんなアナウンスはきっと間違いじゃない。
ええ? なに、もしかしてこれ、自虐風自慢ってやつ?
ウチの妹が昏い喜びを見出し始めてる……?
流石に自覚ありで言ってるわけじゃないだろうが、なんだろうこの内臓を抉る様なダメージは。
とはいえそういう結論が出てるなら根性入れて頑張れや、程度しか言うことはないのだが……。
陽乃はその返答を受けてニコッと笑った。
「……そっか。なら、別の方法がいいね?」
悲しいことに、陽乃は姉バカという種族の生き物だった。
内容はどうあれ妹の一生懸命な姿に胸を打たれ、返す言葉は人工甘味料並の糖度をもって返される。
勿論やるせない気持ちが無いわけではない。
しかしその気持ちはしっかり比企谷八幡への負債として陽乃の中で貯蓄されているため問題はなかった。
「じゃあ、そうだね……雪乃ちゃんが疲れない方法で満足させてあげるのはどうかな?」
「突かれない方法……」
「う~んニュアンスがなぁ……!」
間違ってないけど、昼の11時にその深夜番組みたいなテンションやめてくれない?
妹が良くない方向に変わりつつあることを認識して、これもあとでしっかり憎らしいアンチクショウへのクレームとして、心のノートに書き加えた。
ともかく、と仕切りなおす。
「まぁその、具体的に言えば手淫、口淫と呼ばれる行為なんだけど……そう言うのってどうなの? し、したの?」
いやもうこれほぼそっち系のインタビューシーンみたくなってるじゃん。
私もなにが悲しくて妹の性事情を事細かに聞かなきゃいけないのだろうか。
しかし我が家のポンコツ天使はその問いかけに違和感も抱かずに、思い出したのか相変わらず頬を染めて言った。
「ひ、一通りは……まぁ、えぇ……そう言う技術も必要かと思って修めたわ……」
「そっかぁ……ちなみに、その、どう? その、サイズ的なのは……」
「さ、サイズ……!? そ、そんなの……っ」
恥ずかしがる妹の姿にハッとする。いや、まずいだろ。
妹の彼氏のパオンのサイズを聞き出すのはやばい。分かったからなんなんだ。
あわてて舵を取り直すように手を振ってごまかす。ちょっと淫猥な空気に当てられすぎた。
「じょ、冗談に決まってるじゃんも~! びっくりしたなあ答えられても困るんだから~!」
「そ、そうよね! ね、姉さんもびっくりすること言わないでくれないかしら……っ!」
ははは……、空々しい空笑いが机を挟んで木霊した。
そう言いながら、なぜか雪乃の視線はあらぬ方向を向いていた。
思わず晴乃がその視線を追うと、そこにあったのは食卓机の上に置かれた室内フレグランス用のスプレーボトル。
理解できない視線の動きに疑問符が浮かび上がり、その直後、自分の脳みそが恐ろしい答えを導く。
直接的に表現するのはためらっていた……?
だから何かに例えて伝えようとして、視線をさまよわせていた……?
だとすると――え?
二度見した。
やはりそこにあるのはスプレーボトル。
いや、まさか。それはいくら何でも。
あれ普通にペットボトルくらいのサイズ感あるよ?
えぇ~? それはあれじゃん? もうだめでしょ。三本目の足みたいになるじゃん。
そんな大魔王ゾーマみたいなもの宿してるの? 未来の義弟……。
もう顔見れないんだけど……。気を抜いたらゾーマって呼んじゃいそう……。
「と、ともかく!」
また仕切りなおすように大きな声を張る。
「話を戻すけど、実際どうなの? その、手とか口とかで満足してくれないの……?」
「いえ、彼は多分、そうやっていえば満足してくれると思うのだけれど……」
「……」
その煮え切らない言い方に陽乃は嫌な予感を感じ取った。
もう「けれど?」とは、聞けなかった。
「彼の、その……あ、浴びたり飲んだりしているうちに私が我慢できなくなってしまって……」
「――」
もう言葉もなかった。
浴びたり飲んだり? その慣用句って実用できる類のモノだっけ?
ていうかもう言うけどさ、雪乃ちゃんじゃん?
なんとなくわかってたけど、これ悪いの雪乃ちゃんじゃん?
そんな火に油注いで火事起きてるのに、
「どうしたら火事が起きないですか」って油注ぐのをまず止めようよ!!!!
「その、雪乃ちゃん側で我慢することとかっていうのは……」
聞いてみると、彼女は突然気を悪くしたのか、眉を顰めていった。
「姉さんは由比ヶ浜さんと同じことを言うのね……」
「いやだってってちょっとまってなにこの話ガハマちゃんにもしてるってことぉ!?!?!?」
「えぇ。私たちに隠し事はないから」
「……」
絶句した。
そんな、あまりにもひどすぎる。
驚きのあまりちいかわみたいなテンションで妹を問いただしてしまった。
どうしようこの子。私の手に負えない。
そんな話を女友達にするなよとか、というか同じ男好きな相手に性事情語るなよとか、私が最初じゃないんかとか、色々一瞬で突っ込みが浮かんでは消えていく。そんな常識的な言葉は、既に彼女には届かないのだろう。
モンスターだ。雪ノ下で生まれ雪ノ下で育った純正のモンスター。
拗らせに次ぐ拗らせでいっそ真直ぐに見えるほどこじれてしまった悲しきモンスターが陽乃の目の前にいた。
怪物を見る目で妹を見ながら、念のための確認をする。
「その、ガハマちゃん大丈夫?」
「えぇ、元気よ。親友の私が言うんだから間違いないわ」
「雪乃ちゃんの眼はいつの間にガラス玉になったのかな?」
「そんな、透き通る様だなんて」
無敵かよこの子。皮肉すら通じない。
いやんいやん身もだえる妹をよそにスマートフォンのSNSで「ガハマちゃん」という名前をタップし、チャットルームを立ち上げる。
Hal 11:32 おーいガハマちゃーん。急にごめんね。雪乃ちゃんのお姉ちゃんの陽乃だよ~。
✧*。ゆい✧*。 11:33 あ、はるのさん! おはようございます! どうしたんですか?(˙˘˙*)
Hal 11:33 どもども! あのね、言いにくい事ならいいんだけど、最近ウチの妹とか迷惑かけてないかな? 主に比企谷君関連で!
✧*。ゆい✧*。 11:34 あ
✧*。ゆい✧*。 11:34 あの
✧*。ゆい✧*。 11:34 いや、大丈夫です
Hal 11:35 ごめんねガハマちゃん。本当にごめんね。本当にごめんね
画面から目を放して天を仰いだ。
どう見てもアウトだった。あわや友情の崩壊の音すら聞こえるほどに。
すう、と息を吸って吐く。
そうしてから目の前の悲しきモンスターに向けて厳かに口を開いた。
姉として、これだけは言っておこうと、嫌われてもいい覚悟で言うのだ。
「雪乃ちゃん、もう二度とそれ関係の話をガハマちゃんにしたらダメだよ」
「それはできないわ」
その覚悟を決めた発言は剛速球で却下された。
「そんな即答ある!? 親友絶望の淵に叩き込む趣味でもあったの雪乃ちゃん!?」
「だって由比ヶ浜さんから……シた次の日はどんな風にしたか教えてほしいって言われてるんだもの……」
「おっとぉまた話が変わってきたぞぉ……」
凄いなー奉仕部。掘れば掘るほど地雷が見つかるじゃん。
というか私は何聞かされているの? え? ガハマちゃんはどういう神経してるの?
好きな人と親友の情事を聞くの? ウソでしょ? そこに何の生産性があるんですか……?
陽乃にはもう奉仕部が分からない。
今の所ギリギリ理解できているのが総武校がアレフガルドで比企谷君がゾーマな事だ。
雪乃の独白が続く。
「私も最初は酷かと思ったのだけど……今の話で悩んでるときに何でも言ってほしいって由比ヶ浜さんに詰め寄られて……話してしまったの。比企谷君との情事の話や、内容や、サイズや、回数……。それでも、由比ヶ浜さんは涙を浮かべながら、怒ってもいいのに顔を真っ赤に染めても怒らないで、全部聞いてくれたの。どんなに謝っても足りないわ……」
多分どんなに謝っても足りない相手は、勝手に股間のサイズを複数人に知られている比企谷君だと思う。
そしてガハマちゃんがその状態に陥っているのは間違いなく別の理由だろう。
しかし陽乃はそれを口にしなかった。これ以上奉仕部の闇に足を突っ込むのが怖かったからだ。
どんな顔をしていいかわからない。笑えばいいと思うよ。というあの名言すら今は白々しい。
私と同じ状況でもそのセリフが出てくるものか是非を問いたいところだった。
最初は憎しみしか浮かばなかったのに、こうして話を聞いていればどんどん憐みの念さえ覚えてくる。
不思議だった。今はとても、彼に『お疲れ』と一言いたわりの言葉を掛けたい気持ちだった……。
この奉仕部すごいねちゃねちゃしてる…。