「・・・・凄い、魔法ですね。」
「えっ・・・・?」
魔法を放った後のレフィーヤにベルが声を掛ける。
その言葉には彼女に対する尊敬の念がこもっていた。
「あのモンスターを一気に3体も凍り漬けにするだなんて、流石は【ロキ・ファミリア】のレフィーヤ・ウィリディスさんですね。」
「い、いえいえ、私なんてまだまだで──って!酷い怪我してるじゃないですか!今すぐ
「ははは、大丈夫ですよ。この程度怪我なら昔からしょっちゅうでしたから。」
「しょ、しょっちゅうって・・・。」
実際、ベルの怪我は酷いものだった。
触手を腹部に食らったことにより昇ってきたであろう血で口元は汚れており、頭部の傷からは血が出ていた。一番酷いのは指で、触手を叩き落としたり、攻撃を受け流したりしたせいか、指は小指から中指までが紫色に変色していた。最悪、骨が折れているかもしれない。
そんな怪我を『しょっちゅう』していたと言うのだから、レフィーヤが引くのも無理はなかった。
そんな彼女の背中に、近づいてきたティオナが飛びつく。
「レフィーヤ、ありがと!ほんと助かったー!」
「キャッ!ティ、ティオナさん!?」
「兎くんもね!レフィーヤを守ってくれて、ありがと!」
「いや、僕はそこまで大したことは・・・・。ウィリディスさんの魔法がなかったらモンスターにやられていたと思いますし──」
「なに言ってんのさ!兎くんがいなかったらレフィーヤは怪我してただろうし、何よりレフィーヤが魔法を完成させることができたのは、君が守ってくれたからだよ!」
「そうですよ!お礼を言うのはむしろ私の方です!貴方がいなかったら私は今頃──」
「で、でもモンスターは結局、ウィリディスさんが倒しましたし──そ、そうだ!それでおあいこってことにしませんか!?」
「え!う、う~ん・・・・。」
ベルの言葉に心のどこかで納得できていないのか、レフィーヤは頭を抱える。
そんな中、レフィーヤから離れたティオナは「それはともかくさぁ──」とベルの周りをぐるっと回ると──おもむろに背中に抱きついた。
「──ッ!」
「
「ティオナさん!彼は怪我人なんですからそういうことは止めた方が──」
「おお、すごい!兎君って体格は華奢なのに意外としっかり筋肉ついてるんだね!鍛えてるの?」
「うっ、うううぅ・・・・。」
「──って、人の話を聞いてくださぁーい!お、男の子の体をべたべた触るなんて・・・は、破廉恥ですよ!」
抱きついたティオナがベルの体に触ると、ベルはくすぐったいのか気の抜けた声を上げ、そんなティオナの行動を見たレフィーヤは頬を赤くした。だが、当のティオナは特に気にしていないようだった。
「って、あれ?どうしたの兎君?顔が赤いよ?耳も真っ赤だし・・・。もしかしてあのモンスターから何かされた!?」
「い、いや・・・・・。」
ティオナが心配する中、ベルは彼女にしか聞こえないくらいの声量でボソリと呟いた。
「むっ、胸が当たって・・・。」
「えっ?」
ベルからの思いもよらない回答にティオナはキョトンとする。
(胸って誰の──私の?)
(・・・・確かに当たっているけど、いつもなら・・・・)
ティオナは、おもむろに天を仰いだ。
脳裏に蘇るのは、
自分の『胸』で恥ずかしがっている
「──ふふっ。」
「ちょっ、無言で胸を押し付けないで下さぁい!?なんでニヤニヤ笑っているんですかぁ!?」
「えへへっ、いいじゃん、いいじゃん。あっ、そうだ!名前教えてよ兎君。私はティオナ・ヒュリテ!ティオナって呼んで!」
「えっ?ぼ、僕はベル・クラネルって言いま──って、この
ベルの反応に気を良くしたティオナが胸を押し付けると、ベルの顔は、湯気が出るのではないかと思われるほど赤くなる。そんな二人の
そんな中、ようやくベルに救いの手がもたらされた。
「なにやってんのよ、馬鹿ティオナ。」
「いだっ!いったいなー!殴ることないじゃん、ティオネ!」
「レフィーヤが言っても聞かなかったんだから、自業自得でしょ──改めて、ありがとね。うちのレフィーヤを守ってくれて。」
ティオネはティオナの頭に拳を落としたり後、ベルへお礼を述べる。
「いえ、僕もウィリディスさんに助けられたましたから・・・」
「ずいぶんと謙虚ね、冒険者らしくない子だわ。・・・・それと話は変わるけど──あれは自分で解決してね。」
そう言いながら気まずそうな表情でベルの背後を指差す。
その行動にベルが首をかしげていると、彼の背後から──
「「ベル(君)。」」
静かだが、威圧感のある声が響いてきた。
その声を聞いたベルは一瞬で顔を青ざめさせ、まるで錆びたブリキ人形のようにゆっくりと首を後へ向ける。そこには──
──額に青筋を立て、笑みを浮かべる
その迫力は彼女達の背後にいたアイズを「ヒッ!」と怯えさせるほどであった。
二人はゆっくりとした足取りでベルに近づく。
その姿に、ベルの近くにいたレフィーヤとティオナが道を開け、当のベルは恐怖からか目尻にうっすらと涙を浮かべ、硬直していた。その様子は、蛇に睨まれた蛙もとい、獅子に睨まれた兎である。
「ねぇ、ベル。」
「は、はい!」
「私が今朝言ったこと、覚えてる?私、「アストレア様をしっかりエスコートするのよ!」って言ったわよね?」
「その通りです!」
「じゃあ、なんでアストレア様がほったらかしになっているの?それに──その傷だらけの姿はなに?」
「え、ええっと・・・。」
アリーゼらしからぬ威圧感のある声にベルは必死に理由──という名の言い訳を述べようとするが、エイナがそれを許さない。
「ベル君!」
「エ、エイナさん!?」
「君は私をどれだけ心配させれば気が済むのかな!?そんなに血塗れになって!「死んだらなんにもなんない」っていつも言ってるよね!?」
「ご、ごめんなさぁぁぁい!」
エイナの凄まじい剣幕にベルは謝ることしかできなかった。
「何があったか、詳しく話を聞かせてもらうわよベル!」
「えっ!?」
「私も、もう二度とこんなことしないように、きっっっちりお説教させてもらうからね!」
「エ、エイナさんまで!ちょ、勘弁してくださぁぁぁぁい!!」
そんな叫びを残し、ベルはアリーゼに引きずられていく。
そんな彼の様子を、ティオナ達はこれからベルに降りかかるであろう災難を想像し、哀れみのこもった視線で見送る。
そんな中、アイズは──
「またまた、お話、できなかった・・・・。」
と残念そうに肩を落とが、すぐに「──でも」と顔を上げ
「名前、覚えた。──ベル、次こそお話してみせる。」
と呟き、拳を握って一人、決意を漲らせていた。
都市の南、魔石灯の光が氾濫する繁華街。
夜半を迎え空が吸い込まれるような黒一色に染まる中、その盛り場は昼間のように明々としていた。
深夜でも賑わうそんな繁華街の一角に建つ、高級酒場。
貴族の一室を思わせる広い個室に、ロキとフレイヤは卓を挟んで腰を下ろし、フレイヤの後にはオッタルが控えていた。
「もう、こんな時間に呼び出して。今度は何の用?」
「薄々感付いとるくせによく言うわ。」
杯を手に酌み交わす女神達はどちらも笑みを浮かべていた。
フレイヤは瞑目した余裕のある微笑を、ロキはにやついた嫌らしい笑みを。
「今日のフィリア祭の騒ぎ、起こしたのは自分やな。」
「あら、証拠でもあるのかしら?」
「そんな馬鹿の一つ覚えみたいな言い回しすんな。自分しかできる者はおらん。」
値が張るワインを水のように飲み干し、ロキは話を続けた。
「魅了、魅了、魅了、全部魅了や。ガネーシャのとこの子もギルドの連中も腑抜けにして、見張りはあっさり無力化したんやろ?」
「・・・・。」
「外にでたモンスターは誰も傷付けようとせず、
人を一度も襲おうとしなかったモンスターの奇行、そして目の前の女神が持つ神々をも誘惑しうる『
それら二つを結びつけ、ロキは結論した──。
「あんな大事起こしといて死人なしなんて芸当、自分以外に誰にもできへん。まぁ、何がやりたかったのかはよくわからんが・・・・事故の犯人はお前やー、ってな。決まりや。」
「・・・・ふふっ、そうね、概ね貴方の言う通りよ。」
「ほほう、殊勝な態度やな。」
あっさりと己の推理を認めるフレイヤに、ロキはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「ギルドにチクったろうかなぁ~?
隠しもせず脅しをかけてくるロキに、閉じていた瞼を薄く開けたフレイヤは、微笑を崩さず口を開く。
「鷹の羽衣」
「はっ?」
「貴方に貸したあの羽衣、まだ戻ってきていないわ。私をギルドに売るんだったら、その前に返してくれないかしら?」
ロキは顔を驚きに染めた。
「なっ、あれは天界にいたときにいただいたゲフンゲフンッ、か、借りたやつやぞ!今更もう時効やろ!?ていうか、今ここで持ち出すかフツー!?」
「私の知ったことではないわ。ああ、勿論、女神とあろう者が約束を反故にするとは言わないわよね?」
「い、今更返せって言われても・・・・。あれはうちのオキニやし・・・・。」
「もし今日のことを黙って──いえ、今後の私の行動に目を瞑ってくれるなら・・・・あの羽衣、貴方に差し上げてもいいわ。」
先程までたじろいでいたロキは、その言葉にぴたりと動きを止め、フレイヤの言わんとしていることをはっきりと理解し、頬を引くつかせた後、ええいくそっ、と悪態をついた。
「この性悪女っ、今になって昔のことを引きずり出しおってっ」
「ゆすろうとする貴方も大概だと思うのだけれど。」
くすくす、と面白そうに肩を揺らすフレイヤに、ロキはあからさまに不機嫌な顔で豪華なソファーに体を沈める。
「ったく、腹立つわぁーホンマに。うちの可愛い子達はけったいなモンスターの相手させられて、損な役回り押し付けられたんやぞ。ちょっとは溜飲下げんとやってられんわ。」
「・・・・?」
きょとん、と。
美の神に似合わない、どこかで愛嬌のある表情を浮かべるフレイヤに、ロキは眉をひそめる。
「なんや、その顔はしらばっくれるつもりか。ティオナ達から聞いとるで、十匹目の、蛇みたいな花みたいな、気色悪いモンスターがおったって。」
「!──────」
そのロキの言葉に今度はフレイヤが眉を潜める番だった。
そして、何かを考え込むように口を閉ざした。
「どうしたんや、自分?さっきからなんか変やで?」
「──じゃないわ。」
「?」
「・・・・私が外に放ったのは九匹だけよ。そのモンスターを放ったのは、私じゃないわ。」
「・・・・・嘘こけ。じゃあ、あのモンスターは──」
「けれど──心当たりならあるわ。」
「あん?」
フレイヤの言葉にロキが怪訝そうな顔を浮かべる。
フレイヤはしばらく沈黙した後、真剣な表情で口を開く。
「──今日、私は久しぶりにある
「?誰やねん、勿体ぶらず教え──」
「オリヴァス・アクト。」
「───!」
「・・・・お互いに気を付けましょう、ロキ。
そう言うと、フレイヤは彼女の言葉に驚愕しているロキを残し、オッタルと共に個室から出ていく。
残されたロキは、しばらく放心したように固まっていたが、やがて苦虫を噛み潰したような表情で呟く。
「あの、
そんなロキの呟きは、誰にも聞かれることなく、静かに個室内に響くだけだった。