(どうする……どうする。着実にモンスターは減ってきている。だが徐々に上がっていく基礎能力が厄介だ。現在対応出来たとしても次の攻撃を防げる保証がない。どのタイミングで離脱すべきか、本来ならば戦う中で見つけられる攻略法が見つからないんだ)
誰も彼もが格上殺しの術を持っている訳ではない。ましてや全てがモンスターとの対一なんて状況でもないこの乱戦で、目の前だけに対応しては思わぬところから不意打ちがかまされる。
それは何もモンスターに限った話ではなく───
(モンスターが減るという事は、ヴァレッタ達からしてもイレギュラーが排除されている事になる。モンスターが減れば減るほど、
「モンスターを倒しても決して警戒は解くな! 常に次の最悪を想定しろ!」
とは言え、モンスターを倒さない訳にもいかない。放置すれば自分の首を絞める事になる。
殺しを許可すれば楽になるぞ?───黙れ
犠牲を是とすれば確実な勝利が掴める───黙れ
最高の希望を夢見るから最悪の絶望が訪れる───黙れ
この期に及んで、『愚者として名を残す』事への忌避感が誘惑を囁く。ああ、仕方あるまい。後十分程度でこの神の力を止めなければ、必ず死者が訪れる。冒険者が逃げ出せば市民から。市民を守ろうとすれば冒険者から。この神の力の事をヴァレッタが知らなかったのは唯一の救いだ。でも最悪に変わりない。
どうする、どうする───見つからない。作戦ならば潰せているが、これは純粋な能力による暴力。ヤケクソだ。対抗策は同等レベルの冒険者が担当する事。でも少なくともレベル2以上と化しているモンスター達を相手にするとなると、数が足りない。一体を倒す為に使い過ぎれば、他に被害が及ぶだろう。
「……ッ、しまった、オッタル!?」
最初はバベルに被害が及ばないよう、そしてモンスターを近づけさせないように、多数の魔導師を集めて結界を張らせていた。だがモンスターが強化されていく現状戦力を余らせる余裕はなく、結界を解かせてモンスターの殲滅に当てた。
ザルドとオッタルが互いに万全の状態ならばモンスターを近付かせたところで塵を払う様に倒せただろう。でも十分以上続く格上との戦闘で万全などあり得ない。
傷だらけになりながらザルドの攻撃を受けて膝を着いたオッタルの下へ、一体のバグベアーが突進を繰り出す。普通に考えればレベル2のポテンシャル程度の攻撃、食らったとしても大きなダメージにはならない。
だが強化種であり、同時に神の権能で強化されているあのモンスターは、フィンが遠目で見る限りでもレベル4のポテンシャルはある。ボロボロのオッタルがそれをくらえば、流石に───
───衝突音。吹き飛ばされるのではなく、受け止めるかのような音。だがバグベアーの受け止められた場所は、オッタルから少し離れている。受け止めたのはオッタルではない。
じゃあ誰が。バグベアーの身体に隠れて姿が見えない。一体誰だ。その答えは、ラウルからの報告で察する事になる。
「団長っ、ノアールさん達が飛び出してっ!? 危険に陥ってるパーティーを助けて───」
ノアール、及び何人かの中堅冒険者には、市民達の周辺を担当する様に伝えた筈だ。バグベアーの突進を止めたのがノアールだとしたら、一体バベル付近に辿り着くまでにどれだけのモンスターを狩ってきた?
幾ら熟練の冒険者でも、本来の能力値とは異なった強化種を疲弊した状態で倒すのは無理がある。レベルが下であれば倒せただろうが、同等レベルとなると……。
「ッ……」
槍を手に取る。もう動くしかない。ノアールの意図は察している、アレは『勝手に指揮官の命令を無視して特攻した結果、フィンの意思とは関係なく死んだ老兵』を演じるのだろう。フィンは誰一人として犠牲者を出したくない願いを諦めないまま、ノアールが勝手に死んだだけ。
───ふざけるな。僕の指揮下にある内は死者を出さないと言ったが、指揮下から外れて死ぬ者を許容するなんて言った覚えはない。
届くか? いや届かせる。ラウル達に槍を大量に用意させれば、ノアールと同じ様に自らを犠牲にしようと動く老兵全てを救える……筈だ。その後どう攻め込んでくるか、そしてその対応はどうするのか。それを暫く考えられなくなるが、駄目だと察して諦める結果だけは認めたくない。
「ラウル、槍を大量に用意しろ! 【魔槍よ、血を捧げし───」
詠唱。戦意向上魔法。強力なステイタス補正。理性や思考を対価にしてレベルブーストに等しい力を掛けるそれは、モンスターを倒す意識を持って発動される。ただモンスターを殺戮する為の獣として発動させれば、例え理性を失っても狙い撃つ事は出来るだろう。穿った後はどうなるか分からないが。
二つの槍を直ぐにでも放てる様構えを取って詠唱を完成させようとし、やがて───その瞳に、灰色と青を映す。詠唱は止まり、振りかぶっていた腕を停止させた。
「【
「おいロキ・ファミリアの爺っ、あまり無茶すんな!?」
「するとも。今守るべきは次に繋げる命。安心しろ、フィンの名声に傷をつける死に方はせん」
指揮下にある内は───ならばその指揮から外れて死ねば、フィンの誓約の反故とはならない。だから大丈夫だと伝えるノアールに、助けられた冒険者は苦い顔となる。
そうじゃない、
「儂らに残された時は後三年程度! 奴らが成りたい者になるには遅すぎた! ならばここで使い果たす!」
そうやって再び駆け出すノアールを、冒険者は見送る事しか出来ない。ポーションもアイテムも尽きた今では、その補助すら出来ないのだ。
歯軋りする冒険者。呆然と立ち尽くすそんな彼の頬が、やがて叩かれる様に両手で挟まれる。
「ぅぐっ……?」
「ノアールさん、何処に行った!?」
「ぇ……ば、バベルの方に……」
息切れしながらも問う、その青みの入った灰色の髪をした少女の姿に気圧されて、冒険者は答える。灰色の髪の少女───アーディはお礼を言うと、アイテムポーチに仕舞った
「諦めないで、戦い続けて! この絶望の連鎖は必ず終わる! 英雄の一撃が、必ずそれを終わらせてくれるから!」
そう告げて、アーディはノアールを目指して駆け出した。
そうしてバベルに着いて目にしたのは、細くも直剣とは呼べない、頭身の長い両手剣でバグベアーの攻撃を抑えるノアールの姿。その背後ではオッタルがボロボロになりながら、ザルドと戦っている。
疲弊してるとは言え、レベル4にも至っているノアールに反撃の余地を残さないバグベアーの力。まず間違いなくアーディが相手を出来る様な能力ではない事は確かだろう。
しかし、一切の躊躇なく切り掛かった。
「───シャクティの妹、か?」
バグベアーはノアールを押さえ込んでいた腕を振るい、その剣を弾く。持っていればアーディは吹き飛んでいただろう。その手を離し、剣を上空に飛ばし、アーディは装備していた予備の短剣でその腕を斬り裂く。
溢れる血。青の服を汚しながら、アーディは身軽さを利用して果敢に攻める。とは言え、バグベアーは元々俊敏性に優れたモンスター。三撃も入れば、それ以降の攻撃は通らない。
やがて爪で防がれ、アーディは弾かれる。
「う、ぐ……っ!」
身体は地を転がり、ノアールの横まで移動すると停止。目の前に弾かれた剣が突き刺さる。直ぐに立ち上がると、ノアールは両手剣でアーディの前を塞ぎ、睨み付けた。
「何のつもりじゃ、若い才能。何の為に儂らが動いていると思っている?」
「……皆を、英雄の資格を持つ人達を生かす為……だよね。分かってるよ」
分かってる。でも「はい分かりました」と従う程利口じゃない生意気な人達というのを、ノアールも理解している筈だ。
「でもそれは、自分を、そして他人の心を傷付ける。確かに人はいつか死ぬよ。でもさ、死んで託すのは駄目だよ。世界の記録に残らず誰かの心に傷を付けるなら、世界の記録に残して誰かの勇気となろうよ」
「……」
「三年? 未来に終わりがあるのは、誰もが平等に持つものだよ。まだあるじゃん。それは目指す理由には充分過ぎる!」
アーディは目の前に突きつけられた剣を掴み、手から血を流しながらそれを退かす。
「正義は巡る! 英雄の意思は途絶えない! でも全ての人が成れるわけじゃないと、知ってる。もし心の底から諦めたのなら───」
託したから諦める。死んで終わらせる。そうしたもっともらしい理由で終わりではなく、ただ自分には無理だと、そう諦めたのであれば。
「その時は“傷跡”じゃなくて、
「……ッ」
「私達は冒険者。戦いに身を投じ、冒険する者。命を賭しても、決して命を投げ打つ事はしない、未知を求める者。成れるか分からない者を求め続ける私達が、短い未来を理由にそれを諦めるなんて……さいっこーにカッコ悪いと思わない?」
目の前に突き刺さっている剣を引き抜き、構えを取る。言葉を終えると、満面の笑顔をノアールに見せ、駆け出した。
ノアールから見れば、時折稚拙な行動がある。予想外への対応が少々甘い。視野が狭くなっている。間違いなき負け戦───でも時としてノアールの予想を上回る様な駆け引きを演じ、希望を持たす。
視界を遮るための煙幕を放出する魔道具をバグベアーの口の中に突っ込んで呼吸を乱したり、ノアールの刃に触れて出た血を目潰しに使い。そしてその華奢な両手で剣を支え───バグベアーの首を切り落とした。
「私は正義の味方じゃないし、英雄でもない。けど冒険者。英雄譚の物語に憧れて、その
───貴方はどうですか? たった一人でレベルが一つ上のモンスターを倒す偉業を成した事を意にも返さず、生きるのだから乗り越えて当然だと、そう言わんばかりの眼を向けるアーディに、ノアールは息を飲む。
「だが……老兵共に発破を掛けたのは儂だ。一人生き残る様な真似は───」
「問題なし!」
「……?」
「そういう時こそ、【正義の味方】の出番でしょっ?」
───くたばるなら面倒残さず片付けてからくたばりやがれ。
───誰一人死なない物語にするのだと英雄が言ってるのだから従え、戯け。
───清く正しく、そして我儘に欲張って死者なし! これぞ私達の正義よ、ふふーん!
本当に正義かと言わんばかりの真顔で振り返るノアールに、アーディは思わず苦笑。
「あはは、彼女達はまあ……でも、うん。誰かを助けるのに、もっともらしい理由なんて飾りに過ぎないから。それなら、自分たちの心に従って誰かを助ける。巡る正義だもん。自分自身を拠り所にしてる方が、自分にも出来るんだって勇気が湧くよ。それに」
───悪を討ち、正義の道へ誘おう。英雄が100を救うのであれば、それを支え、取り零した一を救える様に。理想を叶える正義で在りたい。それが今の私の願いだ。
「ああいう純粋な正義と、ちょっと捻くれた正義。その両方があっても良いんじゃないかな?」
ノアールは眼を大きく開き、細め、思考し、己の懐に手を入れて闇派閥が持っていた自爆装置を取り出す。アーディはギョッと眼を剥いて驚いた。持っていた意図を察してジト目になるアーディを見て、ノアールは首を横に振り投げ捨てる。
バグベアーに勝てないと察した瞬間に腹の中にでも入って爆発してやろうと思っていたけど、これを聞いては『逃げ』を意味する人生の諦めなんて出来はしない。
「はっ、違いない。在り方なぞ個人で違うからの。……この短い三年、英雄への道に賭けてやるぞ」
「じゃあノアールさんの英雄人生は、私が語り継いであげる」
───今からでも遅くない。
───悪を討ち、正義の道へと誘おう。
直ぐそばで聞こえた正義の語りに、ザルドは動揺した。無論その動揺は隙となる。絶対的に力量差が有りながらも食らいつくオッタルは、その隙を見逃さずに二刀を振るった。
舌打ち一つ。剣を盾にして直撃は避けたが、やはりレベル差があるにしてもレベル6の全力を受けるのは危険だ。ザルドは手の痺れを感じながら歩幅五歩程度の距離をとって一息吐いた。
「随分と動揺しているな、ザルド」
「……」
「安心しろ、俺は悪の貴様を生かす気など更々ない。それともわざと手を抜いて負けるつもりか? ならば貴様なぞ糧にもならん。さっさと尻尾巻いて逃げろ」
鼻笑い一つ。挑発的に言葉を零すオッタルに対し、ザルドは大剣を構えながら挑発を返す。
「はっ、挑発など似合わん真似をする。俺が逃げて、それで自分が勝ったと誇るつもりか?」
「勝ち続けてきた相手に逃げた臆病者と言いふらす程度はするかもしれんな」
「ははは」
「ははは」
「ははははははっ」
「「ぶっ殺すッ!!」」
二刀と大剣は重なる。衝撃波は地下と化している地上全体に揺れ渡り、ザルドは押しながら。オッタルは片膝を着きながらなんとか受け止め、一刀を離れさせ首を狙う。両手で抑えてやっとの力を片手で防ぐのは難しいが、一瞬ならば耐えれる。その一瞬があれば片手剣はその首に届くだろう。
ザルドはベルと戦った時と同じように首を逸らして躱しつつも、決して力は緩めない。だが力の入り方は別だ。オッタルは受け止めている片手に力を込めて大剣を逸らし、すぐに立ち上がる。
再び交える。もう一度。更にもう一度。何度も、何度も。
「一つ訊かせろ、クソガキ」
「なんだ」
「英雄とは孤独な存在ではない。英雄が言ったとお前は言ったな。その意味はなんだ?」
「……下らん結論だぞ?」
まあ主観に過ぎないか。そう判断し、ザルドの質問に答える。
「
「……なに?」
「関わった存在、倒したモンスター、あらゆる装備。英雄とは
どんな怪物でもやっつけ、沢山の人々を笑顔にして、悲劇のヒロインなんて居ない。それは孤独な存在では決して成し遂げられない、喜劇の英雄譚。故に孤独ではない。
「そして、一人では倒せない敵を二人で。二人で無理ならば三人で。他人に頼り、協力して倒す。そんな当たり前の意味に過ぎない」
「───はは、はははっ……そうか。当たり前の人間か……! 特別強い訳ではなく、その英雄願望を背に駆け上がり資格を手にしただけの、
「……?」
何がツボに入ったのか分からない。オッタルは困惑を見せ、ザルドは笑い続ける。
そんな笑い声と重なる様に───
大鐘楼が、鳴り響いた。