人生なんとかなる~漆黒企業との戦い
新年度が始まり、
新元号「令和」がいよいよ明日から施行され、
新しい生活が始まった方も多いと思いますが、
希望の進路に進めましたでしょうか。
それとも
別のところで妥協をして進路を決めてしまったでしょうか。
それでも大丈夫。
これから先の長い人生、
自分さえ諦めなければ
必ず自分のしたいことができます。
なんというか、
向こうから来てくれるという感じがします。
今は自分がずっと興味を持っていた
国際協力分野で働いていますが、
大学卒業してからの一年は
漆黒企業との戦いでした。
大学の最終年に急遽就活をすることになり、
就活の情報戦に完全に出遅れ、
皆が続々と決まる中
私はひたすら松山ー東京の移動の繰り返し。
最終的に内定を得ることができたのは
その年の暮でした。
その時は内定がもらえただけで大喜びでした。
今を振り返ればその会社が漆黒企業というサインは出ていたにも関わらず、自分がそれに気づけなかったことがかなり悔しいです。
今回は企業に入って
「あれ?おかしいな?」というサインを3点、
お伝えしたいと思います。
まず1点目のサイン。
社会人生活が始まるとすぐに私を襲ったのは、
熊本・大分地震でした。
当時大分市に在住していましたが、地震から1日経過しても続く余震で全く眠れず、ひたすら恐怖と戦っていました。
そしてさらなる悪夢は、
大分県内で最も強い揺れを観測した別府市に、
地震の2日後に
「営業に行け」
と所長がいうのです。
正気の沙汰ではありません。
無論、別府在住の方の多くは
その当時避難所へと避難されていた状況で
話を聞いていただける状況ではありませんでした。
そして2点目。
別府の市場での営業が終了して、
次の市場は大分県南部の「佐伯市」に移るときです。
**「次の市場では自転車が要るからな。
初任給で買っとけよ!!!」**
というのです。そうです。2点目は
「あらゆる会社で必要なものが経費で落ちない」
ということです。
自転車にはじまり、ロゴマーク付きのポロシャツやウィンドブレーカー、
果ては文房具やボードまで…。
ということで、初任給の最初の使いみちは自転車へと消えました(泣)
そして3点目は、退社時間の遅さです。
もちろん、どれだけ遅く退社しようが
残業代が付きませんでした。
しかしながら、所長やリーダーが
仕事しているのに退社しようとすると
「え?俺らは仕事しているのになんでお前は帰るの?」
というような職場でしたので
仕事がないにも関わらず
居ざるを得ませんでした。
その結果、退社時間が早くて24:30、
遅いときには26:00をまわるときも
ありました。
ここで、
「そんなこと無視して帰ればいいじゃん!」
とか、
「なんでいたの?」
っていう声が聞こえてきたのですが
(気のせい)、
私の上司にあたる人は
力でねじ伏せてきたので、
全く意見を言えずじまいでした。。。
以上3点。
平成の最後に伝えておきたいポイントでした。


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