「BL無罪」はもう通らない──上手くズルく生きて楽しいのか?
1. なぜこの話を書くのか──たとえ心傷つけたとしても
先日、とあるゲームがSNS上で女性層からの強い批判を受け、炎上した。
しかし、その批判をしていた女性がBL(ボーイズラブ)作家であったことから、今度はBLそのものが批判対象となり、「ならBLも規制されるべきだ」という声が上がるようになった。
「BLの規制」が腐女子でフェミニスト傾向のある連中へのカウンター機能として求められるようになったのだ。
(前略)
その意味でBL規制論…女性向けポルノも男性向けポルノと同様の規制を求める…は単なる報復や表現の自由の焦土化ではなく、「何が許されて何が許されない表現か決める権利」を巡る権力闘争や反差別運動に他ならない。悲しい事であるが、人間は交渉する必要のない脅威とならない相手とは交渉しない生物なのだ。
…この展開を、私はとても悲しく、やるせなく思っている。しかし、同時に「ここまで来るのは当然だった」とも思っています。
男性向け表現への規制や非難は、これまで何度も繰り返されてきた。それこそ「レイプレイ騒動」や「コンビニからの成人向け雑誌撤廃運動」など枚挙にいとまがない。
しかし一方で"BLや女性向けはスルーされている"という状況に、私は不公平感を抱いてきた。
最近になって、というよりこの一連の流れが切っ掛けでより活発に、BL作家や女性オタクの一部が「表現の自由を守れ」と声を上げるようになりました。
けれど、その姿勢に不信感や違和感を抱いている自分もいるのです。
怒り、諦め、呆れ──
この感情を、きちんと形にして残しておきたくて、この記事を書きました。
2. “表現で食う者”が他人の表現を断罪する矛盾──近寄るのは偽善者の甘い罠
まず私の立場として、炎上のきっかけとなったゲーム『いちばん美味しいゴミだけ食べさせて』には、特に問題はないと思っている。
確かに一見すると尖った内容ではあるのだけど、既に様々な人が述べるとおり、これは哲学的な問いと葛藤を想起させる。
まだ発売前のゲームであるのため、実際の内容は不明ではあるが、単語にだけ反応してスタンピードを起こしてる愚か者には、「落ち着け」と言いたい。
またBLについても、不当や理不尽な規制をかけられるべきではないと思ってはいる。
思ってはいるが、それはBLファン、腐女子の想定する「規制のない状態」ではない。
現行の状態を良しとも思っていないのである。
そして、今回の延焼(炎上ではなく延焼)を引き起こしたBL作家については、そのスタンスにははっきりと嫌悪を感じる。
自身も性を扱ったフィクション──ポルノ──で生計を立てながら、他者のポルノだけを「気持ち悪い」と断罪するのは、あまりに身勝手ではないか。
自分だけは「綺麗で、美しく、正しい、ポルノを描いてる」とでも思っているのだろうか?
さらにSNS上で「男子児童が性的に加害されるのってたまらない」といった発言をしていたことが明らかになった。
…嗜好を咎める気はないが、それをSNS上で開陳するのは
「一般の感覚と乖離してるのではないか?」
このダブルスタンダードに、私は怒りと呆れを感じている。
まあ、これは心理学で言う「認知的不協和」や「モラル・ライセンシング(道徳的免罪)」にあたる行動であろう。
先日話題になった「ラオスの児童買春反対の署名発起人が、実は児童買春をしていた」と同じ機序かもしれない。
3. 無視される"性欲" ──夢や愛なんて都合のいい幻想
今回の件に限らずだが、ファンの間では長年、BLにはある種の「免罪符」が与えられているかのような振る舞いが散見されてきた。
そしてそれは「書店の売り場」も同様だった。
BLはその内容に関係なく「一般書籍」として書店に並び、成人向け扱いされることは少ない。ひどい時には児童書の隣にコーナーが配置されてることもあるようだ。
よく腐女子の方々が、自身がBLに目覚めた切っ掛けを投稿してるが、「(有名アニメの)BLアンソロジーを、子供の時にそれと知らず読んでしまった」というパターンは少なくはない。
オタク的には笑い話であるが、実際は笑い話ではすまない。
「未成年がそれと知らずに手に取れる」
それは即ちゾーニングが出来ていないということになるからだ。
コンビニから成人向け雑誌の撤去が求められた時の理屈は「子供が見て悪影響を受けたらどうする!?」だった。
同じ理屈が(実例として影響が出ている)BLに適用されないのはどういうことであろうか。
こうした話題で、よくある擁護の"セリフ"として
「BLにはちゃんと"愛"がある」
「BLにはちゃんと"物語"がある」
だから、男性向けのポルノとは違うのだと…
ひどい話だ。
男性向けの作品にだって「物語」も「愛」もある。
だがそもそも、それらの有無に関係なく「性描写がある」のであれば、未成年が意図せず読んでしまうことは歓迎されないだろう。
男性向けのポルノは描写が控えめでもレーティングの対象になりやすい。どちらもフィクションであるが、社会からの扱いには明らかな差がある。
それは“女性が読むBLは安全”という思い込みと、“男が読むエロは害悪”という偏見が蔓延してる。というより社会の不文律にされているからだろう。
ただ、これはBLに限らず「女性向けのポルノ」全体に言える事だ。未だにコンビニでは「anan」といった男性の半裸を表紙に据える雑誌が並んでいる。「子供が見て悪影響を受けたらどうする!?」という理屈は、これに適用されていない。
あまりに女性の性欲は"野放し"にされている。
個人的にだが、こうした事態の背景には、
「女性達自身の、性欲に対する無自覚、無理解」があると思っている。
それは肉体構造的に、性欲の方向性と集団(社会)への影響度の差、妊孕性ゆえの包摂されやすさ、といった社会的な側面も当然あるのだろう。
だがそれ以上に、自らの欲求(欲望)に対する自問、自省する機会の無さが、女性達自身の性欲に対する「無自覚と無理解」を育てているように思えてならない。
結局、このような不均衡が続いている限り、「BLも規制しろ」という反発が出るのは、ある意味当然だったのかもしれない。
4. 女性オタク全体への不信感──傷つくのが怖いのか?
もちろん、すべての女性オタクやBL作家が問題発言をしているわけではない。
「全員が表現規制に賛同してるわけではない」「BL作家や女性と、一括りにすべきではない」
その意見は、まったくそのとおりだと思う。
だが一方で、過激な発言が繰り返されるなかで、沈黙を選び続けた人たちにも、全く責任がないとは言い切れないのではないか?
大概、こういう時に言われる"セリフ"は決まっている。
「本当は反対だったけど、怖くて言えなかった」「空気を読んで、黙っていた」
…その姿勢は、加担と紙一重ではないか?
「いじめ」に直接手を下さなくても、見て見ぬふりをしていたら、同じ穴のムジナだと思われても仕方がないだろう。
仮に「反対」だとしても、意見しないのであればそれは無いの同じだ。
賛成が"10"いても、反対が"100"いれば、簡単には通らない規制も、反対が"0"であれば、いとも簡単に通ってしまう。
こんな事は、作品に対するクレームへのアンチとして声を上げてきたオタクなら、よくわかる話だと思っている。
5. 「声を上げたのに叩かれた」は本当か?──いい加減なプライドなら灰になれ
最近、「私も規制に反対したのに、反規制派から叩かれた」という主張をSNSで見かけた。
そうした意見では「フェミよりもアンチフェミ(アンフェ)からの攻撃の方が辛かった」と語られている。
事実であるなら、その悔しさと、やるせなさには同情する。
…だが、それは本当に“攻撃”だったのだろうか。
これまで黙っていたことへの不信感があるなかで、冷静な問いや、率直な戸惑いも“叩き”として雑に処理されていなかっただろうか?
それらすべてを「後ろから撃たれた」と捉え、「私は可哀想」と言ってしまっているのであれば、それはあまりに身勝手ではないか。
まさかと思うが
「表現の自由を守るために立ち上がった私は、当然歓迎され、称賛されるべきだったのに」
そんな自分が歓迎される立場にあると、無意識に信じていたのだろうか…
歴史的にも、社会的にも、どんな正しい主張にも賛否はあった。
歓迎一色を期待していたのなら、その発想自体が非現実的だろう。
誤解しないでほしいのだが、歓迎されなかった人に「我慢しろ」と言うつもりはない。しかし「正しいことを言えば感謝され、拍手喝采される」前提で飛び込んだのなら、それは少し楽観的すぎるだろう。
そしてそれで愛想を尽かして、離脱したとして…
状況は良くはならない
決して
6. 私の提案:SNSではなく、noteで書こう──絶望、失望に打ちのめされても
ここまで書いてみたが、「黙っていた人を責めるだけで終わっていいのか」と、どこかで自問もしている。
けれど、今この瞬間も、表現をめぐる無数の声が、SNS上で空転しているのは事実です。
レスバと誤爆で埋もれていく意見ではなく、もっと深く、静かに、説得力のある言葉を──。
だから私は、Twitter(X)で感情的に言い争うより、noteのような場所で文章として残すことを強く勧めたい。
とは言え、文章を書くことに抵抗のある方もいる事でしょう。上手く主張を纏められるか不安もあると思います。
ですが、文才などなくても構わないのです。
一度、自分の気持ちを吐き出して、書き殴って、それをAIにまとめてもらえば良いのです。
実際、私もChatGPTを利用してnoteの記事を書いています。
整った形にして発信することで、「どうせ女だから」「どうせ男だから」と決めつけられることから、少しでも距離を置けると思うのです。
黙っていたことを悔やんでいる人も、
どこかで「でも怖かった」と思っている人も、
今から書けばいい。今から声を上げればいい。
「今から声を上げても遅い」なんてことはない。
むしろ今こそが、そのタイミングだと私は思っています。
おわりに──そう大胆に 魂に火をつけろ
誰もが自由に創作し、発言し、表現できる──
そんな当たり前を守るために、私はこれを書いています。
誰かが攻撃された時に、見て見ぬふりをしてきたこと。
それをなかったことには、もうできません。
でも、もし「変わりたい」と思うのでしたら、
まずは、自分の言葉で発信してほしい。
「遅すぎた言葉」なんて、きっとないのですから。
※本記事はChatGPTを活用して執筆しました



コメント
2腐連中、アリバイ作りであろうとも、多少なりとも、男向けエロの規制は反対だと言っておけばいいのに、あれやこれやとガチャガチャ醜い言い訳を並べ立て、自分はイノセント気取りするところが、邪悪な女らしさの典型例。
BL規制されて困る人達って、日本にいるか?
BL規制して喜ぶ人達のほうが圧倒的に多い