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福山雅治でいいのか

福山雅治という存在がずっとわからない。10代の頃はファンクラブにも入っていた。毎年アリーナツアーには参加したし、WOWOWで放送されている年越しライブで10回以上は年を越した。ライフステージが変わって多忙になり、以前のように一挙手一投足すべてをチェックできているわけではないが、今でも気にかかる存在だ。楽曲や出演作に限らず、吹石一恵との結婚から、今回のフジテレビでの「不適切な会食」への出席とその後の対応まで、彼の言動に解釈の不一致はない。でも、いや、だからこそ彼のことがわからない。

家庭環境が悪く一人っ子でふさぎこみがちで内向的だった私に、「社交」を教えてくれたのは福山雅治のオールナイトニッポン サタデースペシャル「魂のラジオ」だった。この番組は、福山雅治のひとり語りではなく、アナウンサーの荘口彰久さんがパートナーとして存在し、軽妙なやりとりを見せる。もちろん昨今取りざたされているどぎつい「下ネタ」もふんだんに登場する。しかし、「下ネタ」なんて平成の女子中高生、女子大生にとっては、コミュニケーションの格好の潤滑油だった。彼らのやりとりは私にとって会話のお手本になった。毎週土曜日の深夜にAMラジオで彼らのやりとりを聞くことで、私は「若者受けの良さそうな会話コード」を習得したのだ。実際、聴取から数ヶ月経った後、クラスメイトから「最近なんか話しやすくなったね!」と声を掛けられてから、この習慣はすっかり定着した。

そしてこのオールナイトニッポンは福山の冠番組だから、合間に福山雅治の曲がかかる。特に「魂リク」と呼ばれるリスナーからのリクエストに応えて生放送で弾き語りを披露するTHE FIRST TAKEもびっくりな贅沢なコーナーは彼の曲に興味をそそるのに十分な舞台だった。カバー曲も秀逸で、泉谷しげる、中島みゆき、浜田省吾など歌謡曲やフォークの名曲も辿ることができた。

ただ、そうやって音楽の興味の幅を広げていくうちに、福山雅治にずば抜けた音楽的才能やカリスマがあるわけではない、というか、いわゆる「音楽好き」とされる人からは微妙に評価されていないアーティストであることもわかってくる。彼が敬愛する沢田研二や玉置浩二、桑田佳祐、同世代のスピッツなんかとは違う、「半笑い」で言及されるアーティストなのだ。ファンクラブ会員(当時)の私から見ても、『Squall』『milk tea』『IT'S ONLY LOVE』『HELLO』『MELODY』『虹』……どれもいいよ、いい曲だよ。名曲。『桜坂』もいい。しかも220万枚以上売れている。誰よりも売れた。でも、音楽の才能に比して顔が良すぎる。顔が良すぎてノイズなのだ。紅白歌合戦に出場時も、シンガーソングライターの中で福山雅治だけが顔しか映らない。顔のドアップが3分間全国に放送され続ける。緩急をつけて曲の臨場感を!みたいな工夫はされない。ただ、顔のドアップ。顔がドアップの時間が長すぎてもはや『羊たちの沈黙』のレクター博士ばりだが、顔が良すぎて圧がない。ただ、顔に視線が吸い込まれていく。

顔が良い男はホモソーシャルからは冷笑の対象になる。平成のサブカルチャーは特にそうだった。顔の良さとラジオで見せる茶目っ気でファンがあぶくのように膨らみ、CM一本で億を稼ぎ出す。「自分の目の前でされた依頼はどんなに小さなものでも断らない」がポリシーで、2019年の紅白司会の内村光良が不用意に発した「スタジオに来てくださいよ!」の一言によって、恒例だった年越しカウントダウンライブをやめてしまうほどの生真面目さで、井上鑑を始めとする超一流のスタジオミュージシャンたちから、一定の信頼を集めていることはうかがえる。しかし本人の音楽の才能は、プロの中で言えば多分めっちゃ普通。そのギャップの分、馬鹿にもされてきた。私もバンド仲間からは何度も「顔ファン」と言われた。いや、顔は好きだよ。でも「顔ファン」って言いきれるほど、才能ないわけじゃないんだよ。でも表立って反論できるほどあるわけでもない。何なんだこの人は。そしてこの冷笑の結果が、どうも過剰にも思える下ネタへの執着やファンですら「席埋まんねぇんじゃ……」と危惧した男性限定ライブの無謀気味な開催などにつながっているのではないか、とすら思える。

また、演技は音楽よりも明らかに、どちらかというとできない部類に入る。できなさすぎる結果、是枝裕和監督は『そして父になる』で演技巧者の俳優陣の中に、たった一人福山雅治を放り込むことで、「その場にまったく馴染めていない、家庭から疎外された男」を描き出す、というウルトラCを叩き出し、カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞してしまった。これがなければ、福山雅治の役者としてのキャリアは『ガリレオ』シリーズ以降2010年代で途切れてしまってもおかしくなかったと思うが、この奇跡のような采配とその後の当人やマネジメントの涙ぐましい努力によって、2020年代のいまでも彼は主演級の俳優であり続けている。キムタクほど味付けも濃くなければ、時代の寵児になることもなかったことも功を奏したかもしれない。

大河ドラマ『龍馬伝』の主演を、香川照之や伊勢谷友介、田中泯ら助演達の圧巻のパフォーマンスで助けられつつ、あまりに微妙すぎる土佐弁と演技でこなしながら、体力と声の張りにも陰りが見えてきた2014年、「魂ラジ」が終了した。残念ではあったが、適切なタイミングだった。彼の下ネタを始めとする「男っぽさ」や学のなさがそろそろ時代の空気と齟齬をきたし始めるだろうという予感が漂い始めた頃の勇退だった。2015年に吹石一恵という、女性ファンが有害なファンダムのノリを非常に発揮しづらい、いやもう納得ですねとこうべを垂れるほかない実力派で成熟した30代の俳優と結婚した。90年代、00年代のアイドル的人気を経て、2010年代には国民的スターの座に実力が伴っているのかいないのか、国民の総意は得たのか得ていないのかわからないがとにかくその座に納まり、立派に勤め上げて、彼もついにキャリアを静かに閉じ始める準備に入ったんだ……今まで本当にお疲れ様でした……これからもたまに観に行くからね……と胸をなでおろしていたところだった。

ただ、所属事務所の株価の暴落などにも配慮をしながら、いよいよというタイミングで家庭を持った福山は、結局休めなかった。風向きが変わってしまったのだ。契機は、直後の2010年代半ばから2020年代にかけての、SMAPの解散と嵐の活動休止だったように思う。これによって、紅白を始めとする大型の歌番組の「トリ」の座がぽっかり空いてしまったのだ。それまでは『世界に一つだけの花』や『Love so sweet』で楽しくにぎやかに締めておけば丸く収まっていたところ、その年イキのいい若手アーティストでしめるのも申し訳が立たないし、という極めて日本的な年功序列の配慮と、とはいえ桑田佳祐などを始めとする「本格派」顔した諸先輩方が出演を出し惜しみしがちという事情が相まって、すっかりベテランアーティストになった福山雅治が『桜坂』を歌って締めなければならなくなってしまった。前述したように『桜坂』は悪い曲ではない。でも、シンガロングするにはしっとり、ねっとりしすぎだ。『SHAKE』のような高揚感が、圧倒的に欠けている。あと、音楽番組って大体真夏か真冬なんだな。季節に合わない。なんだこれ、という雰囲気になる。明らかに福山雅治に「国民的歌手」は荷が重い。

福山雅治の最大の「強み」は、前述のラジオに代表されるような話術とリップサービスの他に、おそらくは「本格派」たちが彼よりは熱心に取り組まないであろう、ドラマやCMのタイアップを丁寧にこなして一定のクオリティーを上げ続けることができる、「勤勉さ」にある。どんなに『ガリレオ』の演技が微妙だろうと、キャッチーなポーズでアイコンになり、共演の柴咲コウへの主題歌の提供し、驚くべきことに耳に残るインスト曲の納品までをこなすことができるのだ。徹底して求められたものを作る。彼の音楽的趣向が明確に感じ取れるのは、これまた微妙なダサさとかっこよさを併せ持つ、デビュー曲『追憶の雨の中』くらいである。

ただし、勤勉さもたびたび裏目に出る。2016年、逃げ恥の大ヒットで飛ぶ鳥落とす勢いだった星野源が『恋』を歌い、後に星野源の妻になる新垣結衣の慎ましい「恋ダンス」と”先進的”な家族観の歌詞に”リベラル”が盛り上がっていた紅白歌合戦。時を経て2020年、その年目立ったヒット曲のなかった福山雅治が披露した曲は――直近での一番のヒット曲はあろうことかその9年前の2011年に発表された『家族になろうよ』だった。「いつかおじいちゃんみたいに無口な強さで おばあちゃんにみたいにかわいい笑顔で」。完璧すぎる男女二元論とジェンダーバイアス、伝統的家族観。これまで”リベラル”に一顧だにされてこなかった(一顧だにする価値すらないと暗黙視されていた)福山雅治がついに見つかってしまった。一方で、同じ事務所のマルチタレントである星野源はコロナ禍の閉塞感を象徴する楽曲として、誰もが認めた『うちで踊ろう』である。TwitterのTLを見るのがつらかった。「『恋』を代表曲に持つ源さんと同じ事務所でもこの落差」。でもさ、これ、違うんだよ。これ、ゼクシィのCM曲なのね。それで、樹木希林と内田裕也っていうヘンテコすぎる夫婦が共演してて、それでこの曲がかかるからなんかまるく納まる絶妙なバランスの曲で……まぁCM放映直後に内田裕也が暴力事件を起こしてすぐに樹木希林がひとりで真っ白な空間に正座して佇んでるだけの、マジで意味不明なCMになっちゃうんだけど……。もちろん歌詞は彼の中から出てきた言葉だ。彼は平凡に保守的な男だろう。でもたとえば長渕剛などのように、うちにある保守性を全面的に誇示してきたパフォーマーとも言い難い。『家族になろうよ』は『恋』と同様、求められ、発注されて作られた曲だ。しかも、恐らく福山当人とマネジメントはこの曲の持つ保守性に自覚がないわけではないのだ。福山雅治の公式Instagramでは、出場の直前に「一緒に過ごす家族、離れて過ごす家族、婚姻や血の繋がりがなくても共に生きる家族。多様な家族の在り方がある2020年の大晦日に、どんなふうにこの楽曲を響かせることが出来るのか。今夜、よろしくお願いします。福」と投稿されている。どういう力学が働いて、この年、この曲が選ばれ、披露されるに至ったのだろうか。なぜ、ここまで悪目立ちする役回りになってしまったのか。

『逃げるは恥だが役に立つ』が最高だった”リベラル”な価値観をお持ちのみなさん、2023年に同じくTBSで放送された『ラストマン』というドラマはご存じでしょうか。福山雅治と大泉洋のダブル主演、全盲のFBI特別捜査官と、警視庁の刑事がバディを組んで事件を解決するというストーリー。この一行で観る気をなくした方も多いかもしれません。わかります。なんかこう不安になる布陣なんですよ。私もそうでした。でもこのドラマ、荒唐無稽なフィクション性をはらみつつも、ディスアビリティを取り扱うエンタメドラマとしては出色の出来だったのだ。障碍者や女性をはじめとする「周縁の人々」に光を当て、エンパワメントする物語。その頃にはすっかりフェミニストになっていた私にも、心の底からぐっとくる展開が何度もあった。監修に「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」も参加しており、福山雅治の所作に細やかなリアリティが付与されている。まぁでもこのドラマが刺さるような視聴者層はおそらくほとんど観ていなかった。保守の牙城、日曜劇場だからね! 火曜ドラマじゃないから!!(涙)

様々な要因が重なって、恐らくは自身の前時代性も才能の限界も理解しているタレントが、「顔(と声)が良い」と「勤勉」という二点だけで大きすぎるものを背負い続けるこの国が、私はずっとうっすら怖い。今年の長崎の平和記念式典では、福山雅治が2014年に発表した原爆を主題とした『クスノキ』が合唱曲として採用された。福山雅治本人も述べていたことだが、長崎で生まれ育った人なら多くの人が被ばく2世であり、3世である。では、さだまさしじゃダメだったんでしょうか。彼は長年、広島原爆の日の8月6日に、「長崎から広島に向かって平和について歌う」無料ライブを開催してきた実績がある。福山、大丈夫ですか。荷が重くありませんか。

そしてついに、35年以上にわたる芸歴で決定打となるような熱愛報道すらひとつも許してこなかった福山雅治最大のスキャンダルが、先日世に出た。中居正広の性暴力に端を発したフジテレビの「不適切な会食」に、福山雅治が出席していた、ということが女性セブンで報じられ、福山本人が同誌の独占インタビューに応じ、その事実を認めたのだ。

ただし、その内容は、第三者委員会による報告書と事務所の見解に若干の差異はあるものの「性暴力」といえるものはなく、まさに「不適切」としかいいようのない、絶妙なラインのものだった。プロデューサーと福山の主催する飲み会に同局の女性アナウンサーが呼ばれることが恒例化しており、その席で下ネタが連発され、不快な思いをした人がいる、というものだ。

福山雅治がこのような飲み会に、『ガリレオ』シリーズが月9として放送されようという2005年頃、30代後半で「有力番組出演者」として参加し、NOとは言わずにむしろ「楽しみ」というLINEを送って、場を盛り上げようと下ネタを連発する……。しかし、20年経った現在、そのことが公表されるとわかるやいなや、すぐさま謝罪し、参加者への誹謗中傷を牽制するという事後の振る舞い。微妙すぎる前時代性と危機管理意識のバランス、誠実とも言えなくはない態度。福山と同世代で、90年代に明確に「時代を創った」と評価され、明確に一線を越えた「性暴力」の報道がされ、その後、二次加害を煽る最悪のコメントを発信した松本人志や中居正広とは対照的だ。この微妙さ、良いとも悪いとも言えないこの感じ。福山雅治すぎる。めちゃくちゃ福山雅治だ。2015年時点で雑誌『SPA!』のコラムで、わざわざ福山からインタビュイーに指名されて面喰いつつも引き受けざるをえなかったという武田砂鉄さんもコメントしづらいだろう、何とも言えないライン。

よくはないし、キモくはある。本件の問題は、フジテレビのなかで女性アナウンサーが”大物”芸能人の接待要員としてかりだされることが常態化しており、女性アナウンサーが抑圧的な立場に置かれ続けていた、という性差別にあり、その延長上に中居正広による性暴力があったと認定されている。しかし、Twitterなどのネット上のコメントは「福山雅治ほどのイケメンでも下ネタが許されない時代が来たのか/下ネタはもはや飲み会で許されない話題なのか」にスライドしていった。ここでも福山雅治の顔が良すぎることがノイズになっている。福山の顔が良すぎるせいで、だれも問題の真ん中を見つめることができない。

恐らくこの結果として、今後、福山雅治は、お茶の間に下ネタとサブカル的ねじれた男性性を持ち込み、そして自らの謝罪によってそれを終わらせた人物、ということになっていくだろう。背負いすぎだ。確かに彼の下ネタは有名ではあった。しかしそれは彼が深夜ラジオで見せる「B面」をときおり出演するテレビで垣間見せることがあった、という程度で、もっと全面的にマッチョイズムと下品さを押し出す芸を主としていたタレントはいたはずだ。彼の音楽家、俳優としての実態、彼の作品やインタビュー記事などから察せられる思想・信条をみるに、キャパシティーを越えているように見えてしまう。一方で、アイドル産業のように、子どもが大人の都合で神輿として担ぎ上げられた末路、とも評価しがたい。彼は自分で曲も詞も書き、自分でギターを弾いて(2010年代に飛躍的に技術が向上した)、自分の声で歌っているのだ。彼のことを誰だって一度も行き先安泰なベルトコンベアに乗せてあげられたことはないまま、でもいつどのタイミングで国民の総意を得たのかもわからないまま、小さな蓄積で今の地位に辿り着いてしまった。

でも彼はずっとこうだった。どこからどこまでが本人が求めたことなのか、マネジメントやクライアントが求めたことなのか、はっきりとしない曖昧なまま、顔の良さと勤勉さでバブル的に膨れ上がった、しかし無から生み出されたわけでもないその価値を、慎重さで乗りこなしてきた。いつか破綻する時が来るのだろうか。恐ろしいような怖いもの見たさのような、複雑な気持ちで心の準備をして備えている。期待できるが、期待しすぎてはいけないタレント。偶像を崇拝することの尊さとしょうもなさをすべて教えてくれた人。だからこそ私がファンクラブに入会するほど熱を上げるのは、恐らく彼が最初で最後の芸能人なのだ。

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コメント

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hide1610
hide1610

上の方へ。中居正広の性暴力は本人が出てきて会見しない時点でもう詰みです。中居ファンの気持ちは福山ファンの気持ちとは違うことはこの文章を読んでいればわかりますよね。

Wonderwall
Wonderwall

武田砂鉄氏の困惑する表情がありありと目に浮かんだ。

Riohei Nagahama
Riohei Nagahama

こんなにしっくりくる福山雅治論は初めてです。唯一無二。2025年のマスターピースと言ってしまいたい

ayos
ayos

長崎の写真ですね
長崎もいろいろと背負わされつつ、誠実にやってきた街なのだと思います

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福山雅治でいいのか|紫藤春香(はるちん)
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