最強と最凶に育てられた白兎は英雄の道を行く


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作:れもねぃど
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第十話 兎と美神(かみ)



今回も「そのキャラはそんなこと言わねぇよ」というセリフが多々あると思いますが、ご勘弁下さい。



 

光源が心もとない、暗く湿った場所。

そこは今まさに、怪物祭(モンスターフィリア)が行われている闘技場の地下部に設けられた大部屋。

闘技場の舞台裏、いわゆるモンスターの控え室になっていた。

 

「何をしている、次の演目が始まるぞ!?どうしてモンスターを上げない!」

 

鋭い足音と共に大部屋の扉が開かれ、【ガネーシャ・ファミリア】の女性構成員が激しい形相を作って入室してくる。

出番が近付いているにも関わらず、一向に運ばれてこないモンスターに業を煮やし、様子を見に来た彼女の声は怒気を孕んでいた。

しかし部屋の中に広がっていた光景を目にした瞬間、彼女は言葉を失った。

 

───部屋の中では仲間達が床にへたり込んでいたのだ。

 

驚愕に見舞われながら慌てて一番近い者に駆け寄る。

状態を確認すると呼吸は正常、外傷もなかった。

ただ糸の切れた人形のように、力という力が全身から抜けていた。

 

(なんなんだこれは・・・!?)

 

ここで何が起きたのかと、彼女はその場で立ち上がり周りを見回す。

 

「───」

 

突然、背後の空気が揺れた。

害意の欠片も感じられない動き。故に、反応が遅れた。

 

「動かないで?」

「───ぁ」

 

その言葉を最後に、彼女の意識は断線した。

 

「ごめんなさいね。」

 

フレイヤは崩れ落ちた女性を置いて奥に進む。

彼女は、ギルド職員や【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者を無力化して、ここまで侵入していた。

下界にいる限り、全知零能の神である彼女に戦う力は皆無だ。

だが、彼女には異常なまでの美があった。いや彼女自身が『美』そのものだった。

下界の人々(こどもたち)はおろか神々にさえ及ぶその支配力は圧倒的で、意識が定まらないほどに人を骨抜きにすることなどわけなかった。

 

「・・・・貴方がいいわ。」

 

その『美』によって、捕らわれていたモンスター達ですら静まりかえる中、先程手に入れた鍵を使って檻の錠を解く。

出てきたのは全身を真っ白な体毛に覆われ、フレイヤと同じ銀色の頭髪をした野猿のモンスター『シルバーバック』

シルバーバックはフレイヤに従うように一歩前へ歩み出た。

モンスターを解き放つ、ともすれば危険な行為。

自由奔放な女神の傍迷惑過ぎる気まぐれ。

目的は、たった一つ。

 

(あの子も、ここに来ている・・・・。)

 

フレイヤは想う。少年、ベル・クラネルのことを。

 

(・・・・ああ、ダメね。暫くはあの子の成長を見守るつもりだったのに・・・・。)

 

フレイヤは知っていた。

ベルが凄まじい速度で成長していることを。

理由は定かではないが、常識破りの速さで今も『飛躍』し続けていることを。

女神(フレイヤ)の眼にはそれが見えていた。

 

(・・・・ちょっかい(・・・・・)を、出したくなってしまった)

 

まるで、愛しい相手にイタズラをする子供のようだとフレイヤは笑う。

けれど、フレイヤは止まれなかった。見初めた相手に対する衝動が、体を火照らせる胸の奥の疼きが、愛が、彼女を突き動かす。

少年の困った顔を、少年の泣く顔を──そして何より彼の『勇姿』を見たい。

 

(それに・・・・あんなもの(・・・・・)を見せられたらね。)

 

フレイヤは浮かべていた笑みを消し、不機嫌そうに少し頬を膨らませた。

つい先程、ここへ来る前にもう一度ベルを見ておこうと彼の方を見たフレイヤは、見てしまったのだ。

 

───アストレアから『あーん』されているベルの姿を。

 

それを見たフレイヤは泥棒猫(アストレア)を突き飛ばしたい衝動に駆られた。

 

───何てはしたないの(うらやましいの)

 

───今すぐ止めるべきよ(そこを変わりなさい)

 

自分のことを棚に上げた指摘──本心丸出し──をしたくなったが、その気持ちを胸に押し込んで足早にここまできたのだった。

 

「・・・・」

『フッ、フーッ・・・・!?』

 

暫く不機嫌そうな顔でシルバーバックの頬を撫でていたが、やがて笑みを浮かべ、両手で頬を包み込んだシルバーバックに顔を寄せると、モンスターの額に唇を落とした。

次の瞬間、咆哮が響いた。

 


 

「・・・・べ、ベル。」

「アストレア様、僕の後ろに。」

 

ベルはアストレアの手を取ると、自分の後ろに来るように促す。

それと同時に護身用に持っていたナイフを抜き、構えた。

それを見たアストレアは焦燥に駆られた。

 

(まずいわ・・・。ベルがいつも使っているのは大剣。ナイフでは本領が発揮できない・・・。)

 

ひとまずは逃げるべきだ、とベルに言おうとしたがその間にもシルバーバックはこちらへ向かって荒々しく突き進んでくる。

その光景にアストレアは顔を更に険しくした。

しかし、ベルは迫り来るモンスターを一瞥すると口を開いた。

 

「いきます!」

「ちょっ、ベル───!?」

 

発走体勢(クラウチングスタート)からの突貫。

Lv.1とは思えない程の超加速はアストレアの言葉を置き去りにして、ぐんぐんとシルバーバックに迫る。

凝縮された時間の中で、ベルのスピードに対応できていない敵は、目を見開いて硬直していた。

背後に溜めた短刀による渾身の刺突。正に一撃必殺といっても過言ではない攻撃を敵の胸目に叩き込む。

 

『ガァッッ!!』

 

ナイフがモンスターの胸部中央に突き刺さる。

肉を穿つ感触に次いで、硬質な何かを砕いた手応え。

シルバーバックは両眼を限界まで見開き、背中から地面に倒れ込む。

一方で、ベルは凄まじい速度で突貫したにも関わらず、華麗な体さばきで勢いを殺すと、綺麗な体勢で着地し、素早く後方を振り返る。

通路の真ん中で大の字に転がったシルバーバック。魔石が砕かれたモンスターは体の一部がぼろりと崩れ、灰に変わった。

そこから大した時間もかからず全ての肉体が灰になり、風に乗って跡形もなく消えた。

 

『──────ッッ!!』

 

歓喜の声が迸った。

 


 

「・・・・・」

 

周りがベルを称える喝采に包まれる中、アストレアは驚愕に染まった表情でベルを見ていた。

 

(た、確かに本拠(ホーム)でとても熱心に鍛練しているのは見ていたけど・・・・。)

 

アストレアはベルが本拠の庭で熱心に鍛練しているを知っているし、見てもいた。───なんならその様子を生唾を「ゴクリ」と飲んで見ている危ないお姉さん達(自らの眷属たち)のことも。

だが、それを差し引いたとしても───

 

(なる!?Lv.1で、そこまで!?)

 

アストレアはキャラ崩壊気味に心の中で叫んでいた。

 

(USOだろ・・・。)

 

そして別の場所でも───

とある人家の屋上で一部始終を見ていたフレイヤは、自分のキャラも忘れて心の中で呟いていた。

確かに急激に成長していることはわかっていたが、シルバーバックを秒殺するほどだとはフレイヤですら予想できなかった。

だが彼女は驚愕すると同時に期待に胸を高鳴らせていた。

 

(彼なら本当に私の伴侶(オーズ)に・・・。)

 

何より彼は──私の『真の望み』を叶えてくれるだろうか。

そんな思いを抱きつつ、アストレアの方に歩いていくベルを熱く見つめながら、フレイヤは目を細める。

──だが、その時間は長くは続かなかった。

 

「ここにいたか──神フレイヤ。」

 

明らかに悪意の籠った声が彼女に掛けられたからだ。

 

「・・・・。」

 

少年(ベル)の事を考えていた時間に水を差された形になったフレイヤは不機嫌そうに声のした方へ向き直る。

そして、そこにいた人物を見て軽く目を見張る。

 

「まさか、本当にいるとはな・・・。あの神(・・・)の読みは正しかったということか。」

「【白髪鬼(ヴェンデッタ)】・・・オリヴァス・アクト。」

 

そこいたのは暗黒期に迷宮都市(オラリオ)に悪を成した闇派閥(イヴィルス)の幹部であった。

 

「・・・何の用?折角の時間に水を差されて、私は少し不愉快なのだけれど?」

「それは大変失礼したな、では簡潔に。──お前の身柄を拘束させてもらう。」

 

そう、と目を閉じながら彼女は小さく呟く。

そして次の瞬間、その体から異様な『神威』を解放した。

 

『ひれ伏しなさい。』

 

その『神の声』に、その場にいた『悪』の眷属達の体がびくりと痙攣し、立ち尽くす。フレイヤの『魅了』によって彼らは堕ちた(・・・)

──が、何が砕ける音と共に彼らは正気を取り戻した。

 

「──────ッ!?」

「ふふふっ、ははははは・・・!馬鹿め、我々が何の対策も取らずに『美の女神(おまえ)』の前に立つ訳がないだろう!」

 

驚きの表情を浮かべるフレイヤを嘲笑うかのようにオリヴァスは腰についていた魔道具(マジックアイテム)を掲げる。

そこには紫に怪しく輝く宝石が4つ──内一つは罅が入っており、輝きを失っている──はまった首飾りのような魔道具が握られていた。恐らく、その魔道具の力で『魅了』を解除したのだろう。

 

「─────ッ。」

「おっと、逃がさんよ。」

「クッ───!?」

「逃げられるとでも思ったか?【猛者(おうじゃ)】達を護衛に付けていなかったのは失敗だったなぁ?」

 

腕を捕まれ、後ろから拘束されたフレイヤは、痛みに顔を歪めながら自らの『甘さ』を悟った。

 

(────甘かった。あの子(ベル)を一人で楽しむ為に秘密裏にここへ来たのが裏目に出た。)

 

フレイヤはオッタル等の護衛をつけず、一人でバベルから抜け出してここまで来ていた。そのため、この非常事態に気付けているのは侍従頭(ヘルン)くらいだろう。

 

「『都市最大派閥』の一つである【フレイヤ・ファミリア】の消滅・・・それにより闇派閥(われわれ)の悲願である『オラリオ崩壊』のシナリオは更に進展するだろう!」

「!」

「だが【フレイヤ・ファミリア】の消滅は、まだ始まりに過ぎない!これよりももっと大きな絶望を、オラリオに見せつけてやる!はははははははっ─────!なに奴ッ!?」

 

まるで酔いしれるように独白を続けていたオリヴァスだが、不意に後ろに現れた気配に気付き、素早く後ろを向く。

 

───そこには白い髪の少年が立っていた。

 


 

シルバーバックを討伐したベルはアストレアの元にいく最中、怪しげな集団が女性を囲んでいるのを目撃した。

最初こそ怪訝な表情で見ていたベルだったが、男の一人が女性の腕を乱暴に掴んだところで、ただ事でないと考えた彼はアストレアに断りを入れ、急ぎ足でここまで来たのだ。

 

「なんだ、貴様ぁぁ!?」

「───ッ!?ふぅッッ!!」

「なっ!?が、ぁぁぁぁっ!?」

 

いきなり現れた少年(ベル)にオリヴァスは殴りかかる。

ベルはいきなり殴りかかって来た(オリヴァス)に驚きつつも冷静にかわすと、少しの罪悪感を抱きながらも反撃(カウンター)として胸に蹴りを叩き込む。

まさか避けられた上に反撃されるとは思っていなかったオリヴァスは、蹴りをまともに食らってしまう。

蹴りを食らったオリヴァスは吹き飛んだ後、人家の屋上を転がっていった。

周りの男達が「オ、オリヴァス様!?」「ば、馬鹿な!?」と動揺するなか、ベルは表情を曇らせた。

 

(手応えはあった、でも仕留めきれていない・・・。)

 

ベルは今の攻撃の手応えから、オリヴァスを仕留めきれていないと判断した。

しかもこちらの戦力はベル一人であり、女性──女神(フレイヤ)を庇いながら戦わなければいけない為、かなり不利な状況である。

そんな状況を素早く判断したベルは、すぐさま行動を開始した。

 

「女神様、失礼します!!」

「えっ?え、えぇぇぇぇぇ!?」

 

ベルは不躾だと理解しつつも、フレイヤをお姫様抱っこで抱えあげ、全力で逃走を開始する。

またベルの判断は正しかったらしく、背後から「くそぉぉぉぉ!!同志達よ、何をしている!?早く奴を追えぇぇぇぇ!!」

とオリヴァスが怒りを滲ませた声で叫んでいた。

だが、オリヴァスがその指示を出した時にはベルとオリヴァス達の距離はかなり離れており、ベルも必死で逃走しているため、オリヴァス達はすぐにベル達を見失ってしまった。───因みにフレイヤはというと、ベルの胸の中で顔を朱色に染めて「嘘ッ!まさかこんなに早くお姫様抱っこだなんて・・・。」「ああっ、ごめんなさいオッタル・・・。今わたし、下界に下りてから一番の幸せを感じているわ・・・・!」などとうわ言のように呟いていたが必死なベルには一切聞こえていなかった。

暫く逃走を続けていたベルだが、大通りに出たため安全だと感じたのかそこで足を止め、フレイヤを下ろした。

当のフレイヤはというと頬を上気させて、呆然と立ち尽くしていた。───まるで自分が『魅了』した人々のように。

 

「女神様、大丈夫ですか?」

「・・・・・。」

「大変不躾な真似をしたことをお許し下さい。ですが、非常時故の行いだということをご理解頂けないでしょうか?」

「・・・・・。」

「あ、あのぉ~女神様?」

「・・・・・。」

 

まさかどこか怪我でも!?と考えたベルだったが、その思考は別方向から聞こえて来た悲鳴によって中断させられた。

 

(悲鳴!?まさかまだどこかにモンスターが!?)

 

そう判断したベルはフレイヤの手を握って──その時フレイヤの肩がビクリと痙攣した──怪我がないこと確認したり、ローブに血や汚れがないことを確認すると「何かあれば、【アストレア・ファミリア】まで連絡をお願いします。」と言い残し、悲鳴のした方向へと走っていった。

フレイヤは暫くの間、変わらず呆然と立ち尽くしていた。

───そんな彼女へ素早く近づく人影があった。

 

「フレイヤ様!!」

 

その人影の正体は【フレイヤ・ファミリア】の団長であり、都市最強の冒険者であるオッタルであった。

 

「・・・・・。」

「ヘルンから御身に危険が迫っていると聞き、馳せ参じました!御身に最も近い場所にいながらこのような失態を犯してしまい、大変申し訳ございません!」

「・・・・・。」

「つきましては、どのような厳罰でも謹んで受ける所存でこざいます・・・・!」

「・・・・・。」

「・・・・フレイヤ様、いかがなさいましたか?」

 

自分の言葉に全く反応を示さない主神(あるじ)に疑問を覚えたオッタルが疑問を投げ掛ける。

すると、先程まで黙っていたフレイヤが口を開いた。

 

「・・・・すごいわ。」

「・・・・は?」

「すごい、すごいわ、ベル!こんなに胸が高鳴ったのは始めてよ!ああ、決まりよ!貴方こそ私が探し求めていた伴侶(オーズ)だわ!」

「フ、フレイヤ様?」

「暫くは成長を見守るとしても、絶対に私のものにしてみせるわ!」

 

そんな言葉を紡ぎつつ、フレイヤの体はぞくぞくと打ち震え、下腹部が疼き、喉からは恍惚の吐息が溢れ出してくる。

少年(ベル)を自分のモノにしたいと、醜くも子供のような望みが彼女の胸中に渦巻いていた。

そんなフレイヤの様子を事情を全く知らないオッタルは頭の中を疑問符で一杯にして見つめていた。

 





オリヴァスの登場です。
まあ、完全な噛ませ役ですけどね。
そしてすまないアストレア様、この世界線でのお姫様抱っこ役はフレイヤ様になりました。許して。
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