「胸に刻め。これは犠牲なくして終わる戦だ」
「理想を叶える英雄であれ」
「僕の指揮下で死ぬ事は許されない」
「───ここに紡ぐぞ、英雄譚を!」
その上で召喚したモンスターという存在を大っぴらにする事で、防衛と討伐の二つに意識を向けさせる。階層主を喰らった正体不明のモンスター、存在を知るからこそ強烈に意識する。
となれば後のシナリオは簡単。召喚したモンスターに対する討伐隊と防衛に回された戦力のバラつきを考えれば、ただ攻め入るだけでジ・エンド。何せレベル7のモンスターを倒せる戦力と考えれば都市にいる第一級冒険者の大部分を必要とするし、ザルドという存在を抑えるのにも人数がいる。ベル・クラネルという存在が“悪”にとってのイレギュラーであれ、ザルド一人を抑えるのに気絶する現状を見る限り同等存在の連戦は不可能。
つまり、敢えて情報を与える事でその対応をさせる。発覚した情報に対応するだけで、オラリオは終わるのだ。無論策は講じるが。
全勢力を掛けた正真正銘の決戦だ。さてどう行動してくる───そうやって考えを巡らせる
「……都市中に配置されてる?」
可笑しい。召喚されたモンスターに対応するなら、都市中に冒険者を配置出来るほどの数を置く事は出来ない。つまり召喚されたモンスターに対しての戦力がないという事?
いやそんな筈はない。レベル7というイレギュラーを放置する判断など
仮に地上での対応を済ませてから怪物の相手を出来ると思ってるなら───見通しが甘い。
「……予定通りに進めるぞ。ザルドをバベルの塔に送れ」
「はっ!」
ザルドを相手にするならば、取れる手段は二つ。対階層主の様に一定以上の質の冒険者を数十人集めるか、或いはかの抗争でザルドを退けた張本人のベル・クラネルに対応させるか。だが後者ならば愚行。レベル7が同じ格下に二度も手間取るとは思えないし、よしんば対応出来たとしても倒す事は絶対不可能。何せ今のザルドは、
人造迷宮に用意していたモンスターの幾らかを喰らい、能力値を上昇させている。抗争時に結局倒せなかったベル・クラネルでは、勝つ事は出来ない。少なくともヴァレッタはそう思う。
───いや、どうかな。あのイレギュラーはやりかねない。喰らってなかったとしても、不可能だと考えていたレベル7の退けを単身で行った奴だ。この短期間に対応策を考えていれば結果はわからないだろう。
もしもの可能性を考えた。でもやる事は変わるまい。ベル・クラネルという少年がザルドの対応をしたならば、予定通りに事を進めるだけだ。
この時代に於ける冒険者の最大の弱点は
「───団長、バベルの塔にザルドが単身で向かっています!」
「ああ、
神の排除───オラリオにいる冒険者にとっての致命傷は、当然フィンも読んでいる。それについての対応は二通りあった。
まず一つは、相手が人数を掛けて仕掛けてくる可能性。これはバベル付近に配置した冒険者に時間稼ぎをさせ、第一級冒険者を何人か集めさせて侵入を防ぐ手段。どれだけの人数を掛けてくるかは未知数のため、フィンとしてはこちらの方が嫌な策ではあった。
そしてもう一つが───
「頼んだよ、オッタル」
オッタルの要望とフィンの作戦が噛み合ったので成り立つ、【猛者】によるザルドとの一対一の戦闘。
「ヴァレッタ様! バベルの塔に一人の冒険者が!」
「あ? 一人だと? ……あの糞兎か?」
「い、いえ。その……【猛者】が」
「ァア? は、ははは! フィンの野郎勝機をぶん投げたか!? あの抗争時に一撃で叩き潰された奴に相手させんのかよ! はは、いいぜ。このまま作戦を進めろ。都市中に配置されてんなら寧ろ都合がいい。
「それともう一つ!」
遮られる形で放たれた言葉にヴァレッタは顔を顰めるが、それどころじゃないと焦った風に闇派閥の一員は言葉を紡いだ。
「例の白髪の男が、たった一人でダンジョンの下層へと向かっています!」
「……は? 何考えてんだフィンの野郎。召喚されたモンスターが神を狙ってんのは知ってる筈だろうが。その制御の為に【静寂】が居るのも承知してる……マジで勝機をぶん投げたか?」
嗤い、狂い、ただ絶望を放つヴァレッタでさえ、この時ばかりは真顔となった。そう、それだけこの選択はあり得ない。確かに時間稼ぎを目的として対応させるのは判断としては間違っていない。だがこの選択はそれ以前の問題だ。
レベル7一人と一体。その両方を相手取るのに配置された戦力は、レベル5が一人。確かにそのレベル5はレベル5の枠に当てはめてはいけないイレギュラーではあるものの、厄介さで言えばザルドよりも上なアルフィアと、同じくイレギュラーと呼ぶべきレベル7のモンスターを相手にさせるなど、正気の沙汰じゃない。
一体何が目的か───そうやって指揮を放棄して思考するヴァレッタの答えは、遠くで指揮を取るフィンが口にする。
「全体の動きが遅くなった。ベルの行動に考えを巡らせているかな? ……ヴァレッタ、君は優秀な指揮官だと認めるが……仲間の“状態”と“考え”を頭に入れた上で策を講じるべきだったな」
「あの、団長。そろそろ教えてもらってもいいっすか? 正直自分もレベル5一人だけじゃ、団長達を含め第二級冒険者の殆どを単身で相手していた【静寂】と、それに加えた未知のモンスターを同時に相手だなんて、勝てるとはとても……」
「ンー? そうだね、ぶっちゃけこれは唯の賭けだ。確証はない。ただ可能性としては充分にあり得るから下した判断だ」
フィンはアルフィアが口にした『失望』の正体と、彼女が求めているモノを推測し、口に出す。
「アルフィアが【
「……はぁ。参った。人工の英雄などと断じたが……
唸る咆哮。揺れる迷宮。身体を震えさせる圧。そんな中、銀髪の女性……アルフィアさんは、僕を見つめながら溜め息を吐く。
「まさか的確に私を抑える手段を取れるとは思わなんだ。ああ、その英断を称賛してやる……
「……フィンさんの考えは、正しかった……んですね?」
全てのモンスターを無視して、ダンジョンの正式な下りる道ではなく下の層に繋がる穴から飛び降りて、最短で
アルフィアさんが魔法を放とうとすれば、同等以上の速度で放てる僕の魔法で牽制しようとする為に構えていたけど……魔法を放つ事にはならなそうだ。
「……なあ英雄、参考までに聞かせてくれ。【
「えっと……第一に挙げられたのが、アルフィアさんの持病です。二日前の朝から一定間隔を保ちながらでも
「ふむ」
「ただそれは建前で、一番の理由は……僕がアルフィアさん
……求めている人物。その詳細はフィンさんから聴かされなかったけど、ザルドさんと直接戦った僕なら分かる。ザルドさんは僕を鍛え上げる様な素振りを見せていた。いや正確には、直接鍛えるのではなく、強くなってほしいという意思だ。
つまり彼らが求めているのは、脅威を退けられる人物。もっと踏み込んで言うなら……【英雄】の様な人物である。自分で言うのはアレだけど。
「はは、結構見破られてるなぁ。その神すら超えるような推測と勘には参るぜ、
「え」
「アルフィアは個人的にお前を気に入ってるだけだ。まあザルドも気に入ってるっちゃ気に入ってるが……アプローチの仕方は別物だな」
……つまり、
思わず顔が引き攣ってしまった。そうだとしてもなんとかする……という気概は見せたいけど、流石に無茶が過ぎる……。良かった。アルフィアさんで本当に良かった。
「……別に気に入ってるわけではない」
「はは、照れるな照れるな。「あの大鐘楼が耳に残る。アレを雑音とは判断できない」って言ってたのはお前だろ? いやぁ、遅れてやってきた思春期って奴か? ヘラとゼウスの時代では体験出来なかった乙女の感覚が───」
「……【
「おい待て、悪特有の弄りすぎは謝る。反省はしないが」
……空気感。どうしよう、もっと重い空気を想定してたんだけど……神様の存在って凄い。一瞬で肩の力が抜ける。ヘルメス様でも真面目な時は真面目なのに。
い、いや。ちゃんと警戒はしとかないと。
「まあ
「……それを乗り越えるからこそ、英雄は英雄と呼ばれるんでしょう」
「ああ、違いない。ではその真価を見届けるとしよう」
神に反応するモンスター。その特性を利用してか、エレボス様は『神威』を機能させる。神の力には届かない、神という存在を示すための威光を、召喚したモンスターに反応させる為に。
再び地面が揺れる。咆哮が轟き、
───それは、“竜”と呼ぶにはあまりにも醜悪だった。黒く光る鱗を背に、そこから広がる蝶々の様な四つの羽。四つの脚と腹の至る所に現れている、無数の口。
無数の口から垂れ流れる液は水を蒸発させ、動かす羽は水を割る風を発生させ、前脚の爪がダンジョンの地へ振り下ろされると───この
一度相対した事のある神威に反応して召喚されるモンスター、黒いゴライアスとは格の違う風格を纏う竜に、僕は息を呑んだ。
「さあ、