「・・・『
「今日開かれるお祭りのことよ!」
朝食を食べた後、何やら出掛ける準備をしているアリーゼ達に事情を聞くとそのような答えが返ったきた。
「ベルは半月前に来たばっかりだから初めてよね!怪物祭は年に一回開かれる【ガネーシャ・ファミリア】主催のお祭りなの!」
「【ガネーシャ・ファミリア】って、アーディさんのいるとこですよね。」
「そう!闘技場を貸し切りにして、ダンジョンから引っ張ってきたモンスターを調教するのよ!」
「調教・・・ですか。」
「おやぁ、どうしたのですか兎さん。『調教』と聞いていやらしい想像でもしましたか?モンスター相手に欲情とはお盛んですねぇ。」
「ちっ、違いますよ!ただ……。」
「「「「ただ?」」」」
「『調教』してモンスターを手懐けられたら、
「「「「え?」」」」
「そうすればモンスターを使って、手軽に鍛練できますから!」
「「「「うっわ……。」」」」
一同、ドン引きである。
確かに常日頃から「英雄になるために!」とか言って鍛練するところは見ているがそこまでやるのかと思わずにはいられなかった。
「そ、そんな催しも行われるので今日はいつもよりも早めに
「あ、じゃあ僕もお手伝いします!」
「いや、ベルは初めての怪物祭だし、お祭りを見て回りなよ。」
「そうだわ!ベルはアストレア様とデートしてきたら!?」
「で、デート!?」
「いいですよね、アストレア様?」
「アリーゼさん、デートって……!?」
「私は大丈夫よ。ベルとデートだなんて楽しみね。」
「アストレア様ぁ!?」
「決まりね!ベル、アストレア様をしっかりエスコートするのよ!」
「で、でも……。」
「あらベル、私とデートするのは嫌?」
「うっ!」
嫌だ、なんて絶対に言えないベルは、恥ずかしさと緊張で顔を赤くして「はい……。」と小さく呟いた。
そんなやり取りの後、アリーゼ達は巡回をするために続々と
暫くして、出掛ける準備が完了したアストレアがベルに声を掛ける。
「行きましょ、ベル。」
「は、はいっ!」
ベルがそう言うと二人は連れだって本拠を後にした。
場所は変わって大通りに面する喫茶店の二階。
そこから怪物祭の見物に向かう群衆を銀色の双眸が見下ろしていた。
青い紺色のローブを羽織っている女神の容姿は、神々の中でも郡を抜いて優れていた。
ローブの中から覗く新雪を思わせるきめ細やかな白皙の肌。細長い肢体は見るもの全てを魅惑するような色香を漂わせており、ローブで隠れているとしても直視することが理性的に危うい。
彼女、
そんなフレイヤへ近付いてくる複数の気配があった。
待ち人がきたと察した彼女は、俯瞰するのをやめて気配のする方に向き直った。
「よぉー、待たせたな?」
「いえ、少し前にきたばかりよ。」
フレイヤの待ち人である【ロキ・ファミリア】主神ロキは、手軽に上げて声を掛けてきた。
ロキは欠伸を噛み殺してにへらと笑った後、椅子を引き寄せどかりと座った。
「なぁ、うちまだ朝飯食ってないんや。ここで頼んでもええ?」
「お好きなように。そういえば『神の宴』後、自棄酒をして随分と寝込んでいたそうじゃない。何があったの?」
「オイ、腐れおっぱい。どこでそんなこと聞いたんや。」
「貴方の
「あのヤンチャどもめ、余計なことを……。」
「それで、何があったの?」
「うっさいわ!自分に関係ないやろ!やっぱりおっぱい大きい
「・・・その様子だとヘスティアが原因みたいね。」
数日前の『神の宴』に、ヘスティアが参加するらしいという情報を掴んだロキは、派閥の財政状況からドレスを着れないであろうヘスティアをおちょくるために宴へと向かった。
そこで、宴で出されている食べ物をこそこそとタッパーへ詰めているヘスティアと遭遇し、馬鹿にしていたのだがヘスティアに自らの
取っ組み合いに関してはロキの圧勝と言っていい結果であったが、その際にロキは見てしまったのだ。
―ヘスティアの胸に実った巨峰が体を動かす度に、縦横無尽に『たゆんったゆんっ』と揺れているところを。
その光景に
正に試合に勝って、勝負に負けた者の姿であった。
「それに、そちらの子も紹介して欲しいわ。」
「注文が多いわ自分!ていうか、紹介なんぞいらんやろ!」
「一応、彼女と私は初対面よ。」
フレイヤはロキの側にいる鞘に収めた剣を持つ美しい金髪金眼の少女を見つめた。
「んじゃ、うちのアイズや。これで十分やろ?アイズ、こんな奴でも神やから、挨拶だけはしときぃ。」
「・・・・初めまして。」
「可愛いわね。それに……ええ、ロキがこの子に入れ込む理由よくわかった。」
「せやろ!因みにこの後、アイズたんとフィリア祭デートを堪能するんじゃあ!」
「それじゃあ、早く話を終わらせましょう。こんなところに呼び出した理由は何かしら?」
「―率直に聞く。何やらかす気や。」
ロキは先程までのふざけた態度を消して、細い目を猛禽類のように鋭く構えていた。
「何を言っているのかしら、ロキ?」
「とぼけんな、あほぅ。最近動き過ぎやろう、自分。結局来んかったけど『宴』にも顔を出そうとしとったみたいやし、さっきの口振りからして情報収集も相当しとるやろ?……今度は何を企んどる。」
「企むだなんて、そんな人聞きの悪いこと言わないで?」
「じゃかあしいわ!お前が妙な真似をすると碌なことが起きたためしがないやんけ!」
ロキの文句を最後に両者は黙り込み、視線の応酬が始まる。
目では見えない
そんな永劫続くかと思われた無言のやり取りだが、おもむろにロキが脱力し、確信した口調で言葉を発した。
「男か」
「……」
女神は答えず、ただフードの奥で微かに笑った。
だが、ロキはその笑みを肯定と取り、呆れたように大きな溜息をついた。
「はぁ……つまりどこぞの【ファミリア】の子供を気に入ったちゅうことか。ったく、この色ボケ女神が。年がら年中、誰彼構わず盛りおって。」
「あら、心外だわ。分別くらいあるわよ。」
「よう言うわ、
「彼らと繋がっておくと何かと融通が利いて便利だもの。ロキもやって……ごめんなさい、貴方には無理ね。」
「殺すぞぉ!この腐れおっぱい!!」
ロキの
フレイヤに殴りかかろうとする彼女を、すかさずアイズが押さえ込む。
ロキは「離せぇ、アイズ!その
暫く暴れた後、体力が尽きたのか呼吸荒げ始めたあたりでロキは漸く解放された。
疲れ果てた様子で、椅子の背もたれに体重を掛けたロキは、呼吸を整えた後に再び口を開いた。
「で?」
「?」
「どんな奴なんや、いま自分が惚れ込んどるっちゅう子供は?いつ見つけた?」
「……」
「そんくらい言えや、そっちのせいでうちは余計な気を使わされたんやで、聞く権利くらいあるやろ。」
強引な理由を振りかざすロキに、フレイヤは思い出すように遠い目をした。
「・・・・強くはないわ、
「今は?」
「ええ、あの子は強くなるわ。どんなに辛いことがあっても、どんなに苦しい時があっても最後には立ち上がって、進み続けるだろうから。・・・・そうね、強くないとは言ったけれど、それは肉体的なことであって『心』はとても強いわ。」
それに、と細い唇が震える。
「綺麗だった。透き通っていた。あの子は私が今まで見たことのない色をしていたわ。だから目を奪われた、見惚れてしまったの。」
誰も気付けないほど、フレイヤの声が熱を帯びる。
「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけよ。そう、こんな風に―」
突如、フレイヤの動きが止まる。
その銀の視線の先には少年と女神が仲睦まじく歩いており、フレイヤの視線は『白い髪の少年』に釘付けとなった。
その足は怪物祭の会場である闘技場に向かっており、少年は人混みの中でうまく女神をエスコートしながら、円形の巨大施設に進路を取る。
徐々に遠のいて行く背中を見つめるフレイヤは、気に入った
「ごめんなさい、急用ができたわ。」
「はぁっ?なんやいきなり―」
「またね、ロキ。」
困惑するロキを置いてフレイヤはローブで全身を覆い隠すと、店内を後にした。
「何や、あいつ。いきなり立ち上がりおって。ん、アイズ?どうかしたんか?」
「……あの子。」
そんな事を呟くアイズの視線はフレイヤと同じく、見覚えのある白い髪を追っていた。
「ねぇ、ベル?折角だし、何か食べない?」
「あっ、いいですね。何を食べましょうか?」
「そうね・・・。クレープ何てどうかしら?あっ!ベルは甘いものが苦手だったわね・・・。じゃあ、二人で一緒に食べましょうか。」
そう言うとアストレアはクレープを売っている屋台に行き、クレープを一つ購入するとベルの方へ向き直り―
「ベル、あーん。」
「ほぁっ!?」
「あーん。」
アストレアは満面の笑みを浮かべながら買ったばかりのクレープを差し出してくる。
「ア、アストレア様、一体何をっ!?」
「何をって、デートでは定番の『あーん』よ。ふふっ、アリーゼ達にはやったことがあるけど、ベルには初めてね。」
「!?」
ベルは唐突に起こったことに動揺してしまうが、すぐに気を取り直す。
(落ち着け!ちょっと動揺したけど、『あーん』なら
思い出されるのはベルがまだオラリオに来る前のこと。
アルフィアはことあるごとに
―ある時は修行後、疲れきっている時に
―またある時は珍しくベルが風邪を引いてしまった時に
―というか、特に理由がない時でも
その度にベルは恥ずかしさから拒絶の意を示すのだが、アルフィアが諦めることはなく、結局はベルの方が折れてしまっていた。
そして、アルフィアからの『あーん』を受ける度に「相変わらず、ベルは可愛いな。」だの「
―因みに、
そして現在、不意を打たれたことによる動揺から回復したベルはクレープを差し出しているアストレアの手を右手で包み込むと、クレープをごく自然な流れで食べた。
「えっ?」
「美味しいですね!アストレア様にも食べさせて上げます!」
「え?ええっ!?」
「ほら、あーん。」
ベルはアストレアの手からクレープを受けとると、お返しとばかりにクレープを持った手をアストレアに近付ける。
「あ、あーん・・・。」
ベルからの予想外の
「どうですか?」
「・・・・美味しいわ。」
「よかった!」
ベルが笑顔を向けると、アストレアはうつむきながら「・・・まさかこんなことをベルがするなんて・・・。皆に言ったら羨ましがられそうね・・・。」と呟いていた。
「!」
「?どうかしたの、ベル?」
そんなやり取りの後、何かに気付いたようにベルは足を止めた。
その顔からは先程までの笑顔が消えており、警戒するように辺りを見回していた。
そんな時、突如として大きな声が響きわたった。
「モ、モンスターだぁぁぁぁぁ!?|
「!モンスターですって!?」
その声にアストレアは驚愕する。
『まさか、怪物祭用のモンスターが脱走したの!?』といった考えが頭をよぎるが、そんな思考を遮るように切羽詰まったベルの声があがる。
「アストレア様!
「えっ―」
アストレアは見た。
ベルのが見ている闘技場方面へ向かう通りの奥から、純白の毛並みをしたモンスターが此方に向かって来ているのを。