───その日、一つの光が天空を貫いた。
それは地下から現れ、地を貫き、天へと至る光の柱。身体を震えさせる程の圧を、只人程度では屈する神威を持って舞い上がる。
人々は悟った。ああ、アレは神が天界へと還る証だと。その神威は何処から現れた? 地下深くからだ。つまりそれは、ダンジョンの禁忌。ダンジョン内に於ける神威の解放。ダンジョンは許さないだろう。自分を戒める神々を。その絶対禁忌は悪魔を、絶望を呼び起こす。
神は悟る。自分らを喰らう天敵が現れたと。人々は思う。一時の平和は破られるのだと。
そして、『絶対悪』は嗤った。
「さあ終焉の刻だ、オラリオ。始めよう。
「偵察隊、報告を」
「ダンジョン27階層、『
「……叩き落とす事は出来ないか。下手すれば此方に被害が及ぶ。アンフィス・バエナを倒したという事は、レベル6のポテンシャルを想定すべきだな。いや、階層主の魔石を喰らった
ダンジョン内での神威発動がキッカケで産まれるモンスター……覚えがある。18階層の時に神様が神威を使って、安全地帯のはずの場所に黒いゴライアスが落ちて来ていた。
多分、今回は意図的だ。神エレン……いや、神エレボスか、或いは他の闇派閥の神様が意図的にダンジョン内から黒いモンスターを産まれさせた。多分、あの時より強力なモンスターを。
「……参ったな、巧妙なタイミングで仕掛けられた。ヤケクソとは言え、工夫はあるみたいだ」
フィンさんは先ほどまで、
僕とアレンさんの脚で闇派閥全員の捕獲をし、他はアルフィアさんを、オッタルさんがザルドさんを……という、シンプルな作戦。万が一の場合はザルドさんにも総当たりで行けるという、最も成功確率の高い作戦だった。
しかし、ここで一つの問題点。更なるレベル7の存在。闇派閥と関連しない筈がない、凶悪モンスターの出現。従わせる事は不可能だとしても、少なくとも利用は考えてる筈だ。となれば、多少なりとも抑えられる人物は必要となる。
もしかしたら、そちら方面にアルフィアさんかザルドさんがいるかもしれない。もし
つまり、作戦変更を余儀なくされるという事。いやそれだけじゃない。
もちろん確率の問題だ。でも二箇所に強大な戦力が存在しているとなると、どう攻めるかは悩みもの。……どころか、下手すればまた地上のオラリオを舞台に戦闘することになる。
「フィンさん」
「……今回の作戦は『奇襲』を掛ける事が前提だった。でも
何処がヤケクソなんだか、完全に作戦を組み立てれてるじゃないかと、フィンさんは溜め息を吐く。
「これだと迂闊に
「あの、フィンさん」
フィンさんが何に悩んでいるのかは分かったし、考えているのは分かる。問題点も把握した。しかし僕にも僕の用事がある訳で……。
「僕、何で呼ばれたんですか?」
迂闊に攻め入る事が出来ないのは分かった。さっきロキ・ファミリアの伝達係の人から
考えている所に水を差すのは悪いと思うけど……一応現状はアストレア・ファミリアの一員な訳で、作戦決行出来ないとなればファミリア内での決まり事を行いたい。現在の状況だと街の巡回とか。
だから用件は早めに済ませて欲しい。そう思って訊いてみれば、フィンさんはハッとして目を伏せる。
「いや、すまない。この期に及んでヴァレッタに踊らされるのは癪でね、つい。……それで君への用件だけど」
フィンさんは机の下に手を伸ばすと、一つの木箱を持って机の上に置いた。……いや一つじゃない。同じ動作を後二回繰り返して、計三つの木箱が置かれている。
「これは……?」
「開けていいよ」
「は、はい」
フィンさんに言われるまま開けてみると、中には水色の刀身をした短剣と鞘が入っていた。もしやと思い他二つの木箱を開けてみれば、一つは赤色の、そして最後の一つは純白の短剣だった。
僕が思わず見入っていると、フィンさんは苦笑して話し始める。
「残念ながら装備依頼が立て込んでて銘を付ける暇はなくてね、付けるなら自分で付けてくれとの事だ。取り敢えず武器性能を軽く説明する。赤色と純白の短剣はどちらも第一等級武装。
「
特殊武装の一種、絶対に壊れない装備。もちろん切れ味とかを保つ為に整備する必要はあるけど、絶対に壊れないというのは防御面に於いてかなり有利になる特性だ。それ故に武器性能が落ちるとは言われてるけど……充分すぎる。
しかもそれに加えて第一等級武装が二つって、神様のナイフが2億ヴァリスだった事を考えると予算的に足りないんじゃ……?
「うん、ぶっちゃけ第一等級武装二つで予算オーバーしたね。幾らかは僕のポケットマネーから出した」
ひえっ……。
「別に返せと言うつもりはないけど……まあそうだね。相応の活躍を期待してる、とだけ言っておこうか」
「……えっと」
「うん、そうだ。その活躍の為の作戦を今練ってる所だった」
「全く厄介な女め、血祭りにしてやろうか」と、普段のフィンさんからでは聴くことのない台詞が耳を差す。聞かなかったフリをした方がいいかな? なんかこの人、あの抗争の後からやたら怖い部分が出てる気がする。
「……オッタルさんがザルドさんを抑えるのは確定、ですよね?」
「ああ、現状ザルドを抑えられるのは【猛者】か君くらいだしね。ただ二人をザルドに当てるとなるとアルフィアや正体不明のモンスターが疎かになる」
「じゃあ、オッタルさんをザルドさんに、正体不明のモンスターは対階層主の様な、数で押す形にするのは……?」
「いや、それだと
え……? 少ない?
「アレはあくまで前座だった。つまり元々この正体不明のモンスターの召喚は確定事項で、恐らく地上で殺した神の送還に合わせてカモフラージュを───いや、それはいいか。過ぎた話だ。要は本来掛けられる人数を減らしていたということ。あの抗争以上の闇派閥の団員……或いは信者が、
……今とんでもなく壮大な「もしもあの時止めていなかったら」の話が聞こえてきた気がするけど、まあいいや。つまりフィンさんの言いたい事は、「正体不明のモンスターに人数を掛けたら
確かに最初の少数精鋭ならば、僕とアレンさんの脚があれば制圧可能だったろうし、仮に別の出入り口から地上へ上がられても大人数の冒険者がいた。しかし正体不明のモンスターに人数を掛けたとなると、元の作戦で埋もれていた筈の穴が現れてしまう……という事か。
確かにそう考えると、フィンさんが悩むのも理解出来る。頭の弱い僕が口出しするものじゃなかったな……。
「……あ、いや。そうか。一つ賭けてみるのもアリだな。ラウル!」
「は、はいっす! 何ですか団長!?」
「
「了解っす!」
対アルフィアさん用の装備……えっと、アリーゼさん達から聞いた『音』に対する耐性だっけ? それがあるなら間違いなく有利に持っていける魔道具の筈なんだけど……。
「たった今作戦は完成された。ベル、君に一つ無茶振りをしよう」
「無茶振り……?」
抗争での自爆装置回収での例があるので分かる。この人の無茶振りは本当の意味で無茶振りだ。一体今度はどんな無茶振りをしてくるのか。
「恐らくアルフィアが誘導するだろう『正体不明のモンスター』の相手を、
……アルフィアさんと正体不明のモンスター、レベル7一人と一体を僕一人だけで相手しろという事でしょうか?
「クラネルさん、お帰りなさい」
「……」
「クラネルさん?」
「あっ、いや、その……装備、新調したんですね……?」
「ええ。……変でしょうか?」
「いえそんな! に、似合ってます! 凄く!」
ホームに帰ると、新しい装備をつけているリューさんが立っていた。この七年前に訪れた時もロングヘアという、七年後とは違う姿だからビックリしたけど、今回はケープで身体を覆う様なスタイルとは全く違う。髪は纏めて、身体は動きやすく、ケープでも酒場の制服姿でもない、新鮮な見た目。思わず見惚れる様な姿だった。
リューさんが「変だろうか」と首を傾げるから慌てて褒めると、はにかむような笑顔でお礼を言う。
「おんやぁ? リオンにばっかり見惚れて隣にいる 美 少 女 に気付かないなんて!」
「アリーゼさんも装備を新調したんですね。似合ってます」
「あれなんか冷たい反応!?」
「でもそれ防御面落ちてません……?」
「しかもダメ出しされた!?」
一番大事な胸部の鎧が無くなってるんだけど……大丈夫なのかな、防御面。
「あ、リューさん。その木刀って」
「ええ、私の故郷の『大聖樹の枝』から作られた武器です」
「二刀も?」
「……本当は一刀だけ、アーディから頂いたものを素材に作る筈だったのですが……どうもアストレア様が大量に、闇派閥から回収した大聖樹の枝をガネーシャ・ファミリアから買い取った様でして」
「なるほど」
ただの木刀とは侮る事が出来ない第二等級武装。……
「……そのアストレア様は?」
「昨日からずっと動き回っているわ。護衛もつけず声も掛けずだから凄く心配してるのだけど」
「前々から思ってたんですけど、アストレア様って実はやんちゃだったりします?」
「……否定は出来ません。かなり無茶をする
行動力が凄いって言い換えた方がいいのだろうか。まあ実際のところ、フレイヤ様からの視線は減ってるし……いきなり攫われるって事態がないし、何よりソワソワとした視線は受けるけど何処か自重した雰囲気の人が僕の周りに多いから、多分アストレア様が注意してくれてるんだろうな。文句は全く言えない。
もう少し自分の身を安全にしてもらった方が安心出来るけど……。
「私としても今朝の神送還の光柱、それと召喚されたモンスターについて聞きたかったから、ちょっともどかしいわ」
確かに、結局ダンジョンと神様の関係性って何なんだろう。最強と呼ばれたゼウス・ファミリアやヘラ・ファミリアでも到達出来なかったダンジョン最下層の攻略。……
うーん……いや、それを知る為のダンジョン攻略だ。フェルズさんが敢えて仄かした意味を察して、考えない様にしないと。
今はただ、この暗黒期を誰も死なない喜劇にする為に自分が出来ることを、考え続けよう。