「今の音は……?」
体力は未だに尽きる寸前。
「ベル、避けろ!」
……ッ、気を取られた一瞬、ヴァレッタさんは唾を吐く様に口の中から何かを飛ばす。咄嗟に躱したけど、思わず拘束を解いてしまった。その一瞬でヴァレッタさんは逃げてしまう。
今、光が反射する輝きが見えた。という事は針……刺さると毒系の液が流れるタイプ。対異常があってもどれだけ防げるか分からない。避けたのは正解だったけど、ヴァレッタさんの拘束を解くべきではなかった。
「すみませ───」
「謝罪はいらない、すぐに
……ヴァレッタさん、
今の音が関係しているのか? 今の破壊音が爆発の類ではなく、破壊の類である事は僕にも分かった。振動ともなれば、地に叩きつけた様な音……が合ってるはず。
……僕に同じ事が出来るか?
───もう一度、大きな破壊音が鳴り響く。先程の音から30秒も経たない間に、先程よりも大きな音が。それと同時に聴こえた、剣と剣が重なる音。
今聴こえたのは紛れもない、
───更にもう一度、大きな音が鳴り響く。それは二回目の剣戟混じりの破壊音よりも大きく、そして大きく揺れ、今この場所の天井にすら亀裂が走るほどの破壊。
もしオッタルさんが止めたのであれば、
つまり今のは、オッタルさん以外の人物が、オッタルさんを倒した後に続けて出した攻撃……ッ!?
「フィンさんっ!?」
「ああ、分かってる! ここにいる全員耳を傾けろ! レベル3以上の者は僕の後について来い! ベルは単独先行、リヴェリア、ガレスは彼の後に! レベル2以下は住民の避難誘導をガネーシャ・ファミリア達と共に! 数名はアストレア・ファミリア達第二級冒険者を連れて来い! 避難誘導の指揮はシャクティに預ける!」
フィンさんが指示を出している間に、僕は
急ぐべきか、余裕を残してスキルの使用は避けるべきか……この時点で悩むけれど、相手は三回目以降の破壊をするつもりはないようだ。当たり前か。あんな力を振る舞えば、自分の足場すら壊す。となれば、僕の素の
相手は、同レベルではないんだ。
「敵はバロール相当、レベル7と判断! 今の僕達に戦力を余す余裕はない!
───一瞬だった。幹部を除く、この場にいる全ての冒険者の顔が絶望に染まったのは。
当たり前だ。確かに階層主ならば最低条件を達成している数を重ねる事で倒す事は可能。でも地上にいるという事は、そのレベル7が人種という事だ。数の暴力で押し切れるほど甘くはないし、経験の差が歴然としている。
冒険者が折れるのはダメだ。守るべき人達が絶望に染まるのは、守るべき者達の不安となる。なら、僕がすべき事は……。
リン、と。3秒間の間、鐘の音が流れる。多くの視線は僕へと向いた。偽りでいい、装いでいい。表情を整えろ。笑みとまでは言わない。でも弱気な姿は見せるな。全てを救うと豪語した自分を思い出せ、強気な表情を見せつけろ。
味方を鼓舞する僕の姿を、曝け出せ。
「──────」
僕は地を蹴った。跳躍する。後の激励はフィンさんに任せよう。僕は僕のやれる事を。今のはあくまで鼓舞だ。これ以降は移動を補正する
「リヴェリア、ガレス! 置いて行かれるなよッ!」
「そりゃちと無茶な相談じゃ……っ!」
「一体どれだけの貯金があるんだ、あの少年は……!」
僕は跳躍し、誰かが空けたであろう天井から屋外へと出る。フレイヤ・ファミリアが担当していた拠点方角は身体を向け、被害が及ばない程度に足場を蹴った。
誰も死んでいない未来を、祈る。
───じゃ駄目だろ! 祈るんじゃない、叶える! 僕がこの身で! 弱気になるな! レベル7だろうと倒す気でいろ! 僕なら、僕達なら出来ると信じろ! 偉大な英雄へと至った彼らを信じろ!
「ベル・クラネル!」
っ、アスフィさんから何かを投げ渡される。恐らく頼んでいた自爆装置の切り離し、火炎石が幾つか入った袋だ。闇派閥の残存兵力を一掃する為に頼んだ物だったけど……いや、使い方次第ではレベル7だろうと驚異になるだろう。
タイミングを誤るな。
「ありがとうございます!」
「───何があったか把握しきれませんが、頼みます!」
朧げだろうが、アスフィさんも振動を感じて『驚異』を認識したのだろう。僕の役割を理解して、託してくれた。
加速する。もうアスフィさんの姿は見えない。破壊音もないから地上が壊されている感覚もない。相手は移動中か、それとも止まっているのか。止まっているのだとしたら、何か理由が?
……いや、今考えている余裕はない。移動速度を緩めるな。速く、もっと速く走れ。
リン───リン、と。鳴り続ける事数十秒。やがて見えてきた黒い影と、その側で倒れる巨躯。そして向かい合う数人の冒険者。
今ならやれる。死に至る致命傷は避けて、腹部への一撃をかませば、幾らどれだけ頑丈でも決定的なダメージとなる。
姿勢は低く。相手の視界から外れる様に。身軽さを持つ。鐘の音が鳴らないタイミングを見計らって……疾走。意識外からのレベル5の一撃は容易に防げるものではない。絶対に入った───
瞬間鳴り響く、金切り音。音の発生源は爆風が吹き荒れる。僕は目を見張った。確かに防がれることは想定していた。想定していたけど……一歩の後退すらせずに受け止めるなんて、思えないだろ……!?
「……甘いな。喰らうには甘すぎる」
鳥肌が立つ。寒気に襲われる。レベル7の眼光。その巨躯以上の強大な威圧を目の当たりにして、思わず喉を鳴らした。
「殺す気で放てば、吹き飛ばす程度は出来ただろう」
殺す気で放って尚、吹き飛ばす程度に抑えられる……? まずい、判断を見誤った。今の一撃で英雄願望を使ったのは下策だ。威力よりも速さを重視すべきだった。体力は高等回復薬のお陰で余裕はあるけど、
大剣とナイフを重ね合う現状、如何すべきかを悩む。刃を離して離脱する。駄目だ離した瞬間に殺される。蹴りを入れる。潰されるだけだ。もう一本の刃で攻め入る。腕を破壊されるだろう。
死、死、死───僕の出来る手段が悉く死へと直結する。今せめぎ合えているのは、相手が対話を望んでいるからか。……考える余裕を持たす為にも対話に応じるしかない。
「……か、駆け引きだとしたら?」
「ほう、
一瞬で神様のナイフが弾かれる。体勢が崩れた。後ろのめりに倒れていく僕の身体を貫く為に、その大剣は振り下ろされる。駄目だ、踏ん張りが効かない。受け流せない。───想定内。会話に応じた一瞬で判断はついた。
左手は腰に回され短剣を取る。白幻の軽さは振り回す際の最速を披露する。でも防御には向かない。
腕を振るだけの猶予はない為、手首のスナップと指の力だけで白幻を投擲。最大速度ではないがただ振るうよりも圧倒的に早く攻撃が到達する。が、相手は体勢を崩しながらも首を捻って躱し、そのまま大剣は僕の方に向かってくる。
想定内。体勢は崩していても、攻撃を止めないのは分かっていた。だからこの攻撃の目的は、あくまで込められた力を減らすこと。踏ん張る力が甘くなれば、“技”で逸らせ───
「っづぅ……ッ!?」
おも、い……!? 体勢を崩して、踏ん張りが甘くなって……
……ギリギリだ。相手が体勢を崩したから、こちらの体勢も整えられた。こっちは万全。相手は不完全。それで尚ギリギリで捌ける威力。あまりにも馬鹿げている。こっちは速度重視の装備で相手は重さの大剣だから、一度捌けた後には離れる余裕が出来る。でも相手はレベル7。例え特化でなくても、全体のステイタスは軒並み高い。
用心しろ。相手の移動速度はジャガーノート並、攻撃力はジャガーノート以上、経験値や駆け引きは格上だ。ジャガーノートの時は威力というより斬撃能力が高くて、だからこそゴライアスのマフラーでも受け流せた。でもこの相手は、完全な威力型。マフラーで受けようが構わず破壊する、そんな能力。
───アステリオスさんよりも、強い?
ああ、間違いない。少なくとも僕が戦った
だから強く思え。
冒険への覚悟を、決めろ。
武器を一つ失った。不完全な状態ですら僕を圧倒する威力。経験は明らかに上。勝てる要素は何一つ無い。
……リヴェリアさん達はまだ来ないか? あの人達が来てくれれば、この人の対応する幅が広くなる。モンスターの様にはいかないだろうけど、少なくとも対応するための脳の活用が多くなり、ダメージを与えられる可能性は増える筈だ。
それまでの時間稼ぎ……。
「───」
「っ!」
突如、槍が飛来する。僕ではなく相手に。彼は難なく大剣で弾いたけど、その瞬間に人影が、アレンさんが近付き、弾かれた槍を掴んで猛攻を仕掛ける。
攻撃には転じさせない、流れる様な素早い攻撃。恐らく僕の事を警戒してるのもあるのだろう。相手は防御だけをして、アレンさんを攻撃しようとはしない。
「チッ、警戒すんのはあの糞兎だけかよスカシ野郎!」
「……あの淫縦女神に付き纏う得体の知れたクソガキに向ける警戒はない。貴様もそうだろう、
「あぁッ? 大した皮肉だな、よく言うぜ! 既に居ない存在とされたゼウス・ファミリアの眷属がよ! なぁ、『
───ゼウス・ファミリア……? ヘルメス様から聴いた、
いや待て、そうじゃない。存在してるのは問題じゃない。問題なのは、なんで元オラリオの冒険者がオラリオに仇なす闇派閥としてここにいる?
「一つ訂正だ。ゼウス・ファミリアだけではない」
「ア……?」
「ヘラ・ファミリアもだ」
ザルド……と呼ばれた男性が『元最強派閥のもう一角』の名を出すと同時に、遠くから膨れ上がる魔力を感じる。方角的には、僕が走ってきた場所……つまりロキ・ファミリア達のいる場所からだ。
そして魔力から発せられる、強大な冷温。凍結系統の音。流石に僕でも知っている、リヴェリアさんの第一階位攻撃魔法だ。仕留め損なった残党に放たれた……?
そんな疑問を抱いた瞬間、リヴェリアさん以上の膨れ上がる魔力を感じた。それはリヴェリアさんの魔法を飲み込む様に放たれて、やがてリヴェリアさんの魔力は消え去る。
僕は目を見張る。一瞬にして消え去ったリヴェリアさんの魔法に、そして感じた事のある気配に。名前は知らない。でもこの時代に訪れて三日とせずに、未来のヘスティア・ファミリアの住処である教会にいた……あの女性。
あの時は凄く印象的で、何か強迫観念みたいなものもあり、記憶の中に残っていた。
───なんで
「……なんで、オラリオを?」
「……」
「なんで自分が育った都市を、そう簡単に壊せるんですか!?」
「……おい糞兎」
そんな事を話してる場合かと言わんばかりに、アレンさんは苛立ちを隠さず僕の事をそう呼ぶ。アレンさんがアレンさんなりに事を終わらせようとしているのは分かるけど、これは僕がなんとしても聴きたい事だ。かつて都市最強派閥の名を有し、オラリオの為に尽力したファミリアの堕ちた理由。話して貰わなければ納得できない。
いや、話したところで納得はいかないだろう。それでも、覚悟は決められる。『救う』か、願いを『打破』するか。
「今のオラリオに絶望した。オレが、そしてアルフィアが。他ならぬオレ達の意思。誰に定められ訳でもない、自分自身の意思だ」
「……貴方に考えがあっての事かもしれない。でも如何なる理由があったとしてもッ! それが僕たちを脅かすなら、その意思を僕は壊す!」
───他の正義を打ち砕く覚悟。リューさんにはアレだけ偉そうな事は言ったけど、僕は無闇矢鱈と敵を倒す事は出来ない。それが人相手だと、その人の考えを聴いてしまうから。もしかして洗脳されてるんじゃないか? 彼、彼女の意思ではないのではないか?
そんな想いがあるから、問い掛ける。全てを助ける覚悟は出来ても、全てを倒す覚悟が出来ないから。
でもここで定まる。ああ、この人は紛れもなく自分の意思で破滅を齎してるのだと。誑かされた訳でもない。ただ自分の意思で。
なら覚悟は決まった。僕は、この人を倒す。
「一応言っておくが、アルフィアもレベル7だ。道化の眷属の手助けは来ない」
「……」
「ふ、関係ないか。その覚悟、本気と身受けよう」
ここからは、
リン───1秒。白き光が僕の足を包み、地を蹴ると同時に放出される。その勢いは今までの比ではない。が、この人は僕のこの移動速度を知っている。ならば対応されるだろう。
だから次は加速ではなく、威力へと纏わせる。ナイフに白い光が収束。放たれた高速の斬撃は、されど受け止められる。直後に弾こうとした動きを見て、僕は再び足に光を収束。弾きに合わせて跳躍し、再びナイフにチャージ。最早1秒すら経たぬチャージの攻撃。短時間で繰り返される加速と攻撃の英雄願望。春姫さんが居ない今、擬似的な再現として披露できる強制階位昇華。
その動きに、慣れさせる。僕も、
僕の基礎能力はあくまでもレベル5だ。それはザルドさんも分かっている。だからこそ、現状の疑似レベル6の動きに対応する事しかできない。何せ決定的な場面で僕が英雄願望の使用をしなければ、一気に推測がズレる。そうすれば今度こそアレンさん達はザルドさんに止めを刺すだろう。
───けど、ザルドさんも分かってる。これがどれだけ無茶な行動かを。僕が基礎能力を強制的に引き上げてるのは、そうしなきゃ対抗のしようがないからだ。そうでもしなきゃ一瞬で叩き潰されるから。確かに未知、だが対応はできる。慌てる必要がない。ザルドさんはそれをわかって、ただ対応し続けている。攻撃に転じない。いずれ限界が来るのは目に見えている事だから。
なんて冷静さ……未知への対応力の次元がまるで違う。ヤバい。既に体力は限界に近づいてきている。幾ら1秒程度のチャージでも、それを数十回と繰り返せば当然底は見えてしまう。寧ろ動き回る回数が多い分、こっちの方が体力消耗は激しい。
そんな焦りも出て、僕は2秒のチャージを選択。白い光がリン───と鐘を鳴らした直後。
「まあ、粘った方だな。そこのクソガキとは違うと称賛してやる」
───あれ、そういえば白幻は何処に消えた? 投げ飛ばしたあの短剣は、建物の何処かに突き刺さっているものだと判断していた。でも視界の限りを見渡しても見つからない。
一つの疑問を覚えた直後、僕の目の前は───暗闇で満たされる。