広間に戻ると、数人の女性たちが集まって何かを見ていた。
……あ。
「パッと見た感じでは、切れ味さえないナイフの様ですが……この刻まれた
「条件つきの武器という事だな」
黒髪の、命さん達とよく似ている顔立ち。恐らく極東の人で、未来のリューさんが『輝夜』と言っていた人物と、
無防備に置いとくんじゃなかった……。まあヘスティア・ファミリア以外の人物たちには扱えないモノではあるから危険性は皆無なのだが、神様が借金を背負ってまでヘファイストス様に作製してもらったものだ。おいそれと他人に渡せるものでもない。それはヴェルフが作った『白幻』も同じだ。純粋な武器性能で言えば第二等級上位、その上で毒を掻き消せる特殊効果付きの武器だ。貴重性は第一等級に並ぶと思う。
「すみません、その武器……」
「ああ、ごめんなさい。ヘファイストスロゴの付いた武器となると惹かれてしまい」
「まぁ主神様の万が一に備えて武器を取り上げていたんだがな」
「ライラ……」
「なんだよ、お前の提案だろうが。輝夜」
すっと視線を逸らす、輝夜さん。ライラさんは悪びれもせずに「まぁ当たり前の判断だし」とヘスティア・ナイフを上に投げ、キャッチする。うん。騙し討ちの類を頭に入れると当たり前の判断だ。苦笑するしかない。
「ま、特に問題はなかったみたいだし、無駄な心配だったけどな」
ヘスティア・ナイフ、及び白幻含め外した装備一式を渡してくる。僕は受け取り、直ぐに装備し始めた。
「しっかし、その黒いナイフを除けば分かりやすく良い装備だよなぁ。駆け出しだったら身の丈に合わないぜ?」
「あら、大丈夫よライラ。その子、ステイタス上ではアストレア・ファミリアの誰よりも強いもの」
「は?」
「……え?」
ライラさんは突然の言葉に驚き、輝夜さんは少しの思考の後、呆けるように声を洩らす。
曲がりなりにも最前線で戦うアストレア・ファミリアが弱いはずがない。確かに現状、第一級冒険者に届く人物はいない。それでも全員が上級冒険者で、殆どはレベル3。そんな中、全く噂すらもない見知らぬ人物が『自分たちよりも強い』などと言われて驚かない筈がない。
「彼はレベル5だもの」
「なっ!?」
「……」
輝夜さん考え込む仕草を取る。……正直アストレア様の発言は止めたかったけど、目で制されてしまった。
レベル5というのは、オラリオの中でも上位の存在だ。それは未来でも変わらず、ましてや七年前ともなれば未来以上の希少価値だろう。そんな人物の情報が広まらない筈がない。つまるところ、知らない筈がない人物という事であり、あり得ない存在だという事。どう説明するつもりなのかと待っていると、アストレア様はとんでもないことを言い出した。
「オラリオ外でのレベル5だもの。知らないのも無理ないわ」
「いえ、しかし……」
そう。輝夜さんが困惑しているように、オラリオ外でのレベル5はそれだけあり得ない。何故なら外で暮らしモンスターから生まれたモンスターよりも、ダンジョン産のモンスターの方が紛れもなく強いから。
「外にもとんでもなく強い相手というのはいるわよ? 例えばゼウス・ファミリア、ヘラ・ファミリアに少なからずダメージを与えた『三大冒険者依頼』の一つ、陸の王者が『ベヒーモス』。苦戦した理由の一つ、ベヒーモスの劣化モンスターの討伐……だったりね」
レベル9有する過去最強派閥が苦戦した三大冒険依頼だ。当然その派生的モンスターが存在するならば、それは強敵だろう。……そもそもそんなモンスターが居たことすら初耳なのだが、なんとか表情を整えている。騙しているようで悪いけど、未来から来たなんて絵空事のような言葉と比べれば遥かに信じられる情報だ。
流石神様というか……神様だからこそ有する膨大な情報の利用。子供が知らないであろうことだからこそ、輝夜さん達は信じざるを得ない。断言できる証拠がないのだから。
「もちろんそれだけでレベル5に至るとは思えない。でも、『未知』というのはダンジョン外だろうと適応される言葉よ」
そこまで言われてしまえば言い返すことなど出来まい。輝夜さん達だって、色々な修羅場を乗り越えて上級冒険者となった筈だ。レベルアップの大変さは身を持って実感していると思う。
───だからこそ、納得のいかない部分もあるだろう。自分たちはこの暗黒期に於いて最前線で戦い続けた人物。そんな彼女たちがポッと出の僕より下認定などされて素直に受け入れるはずもない。『正義』を掲げていても、『感情の抑制』をしている訳ではないから。
「それは……大変興味が御座いますね。ええ、おいそれと信じられる話でもない。アストレア様、その物言いは
「否定はしないわ。私が見たのは表面上のモノだし、少なからず私も彼の『経験』には興味があるから。もちろん、彼───ベル君の了承は必須となるけどね」
「どうですか?」
……なんか凄いスムーズに話が進んでる。会話の内容からして、きっとアストレア様が意図してけしかけている……のだろうか? 確かに他の神様に比べれば善神も善神なんだけど、興味あるものに対しての行動を見ると、やっぱ神様なんだなぁ……。逆に安心したかもしれない。
輝夜さんの微笑みと、そこから放たれる言葉。僕は頬を掻き、頷いた。
「分かりました」
───それに、僕としてもランクアップ後での戦闘は有り難い。
アストレア・ファミリアのホームの庭。それぞれが鍛錬に励む為か、かなり広い。地面の凹凸はかなり少ないので『地形を活かした戦闘』は出来ないけど……僕としてはまだ地形の利用って戦闘に慣れてないし、有り難い要素だ。ただ、取れる選択は相応に減る。
もちろんそれは相手にも同じ事が言えるけど。
この戦闘で『魔法』は使えない。確かに僕の魔法は『速攻』なだけあって威力はそれほど高くないけど、それでもレベル5───しかも潜在能力は魔導士級───の魔法威力は馬鹿にならない。ステイタスを得ている冒険者ならば兎も角、建物や地面は簡単に破壊出来てしまうだろう。故に、今回は純粋な近接戦闘のみ。
そして、もう始まって30秒が過ぎているが……
だから迂闊に近寄れない僕は警戒しているしかないし、近付くのを待っている輝夜さんはただ構えているしかない。
「……これを知っているという事は、極東の知り合いでも居たのですか?」
輝夜さんから話し掛けられる。駆け引きかと一瞬思ったけど、輝夜さんの力みが薄れたのを見ると、単純な疑問だろう。だからと言って構えは解かないけど。
「はい、居ました」
「なるほど」
輝夜さんは軽く頷くと、身体を瞬時に沈めて突進してくる。
居合の構えを解いていない。間合いに入った直後、流れるように刀身を剥き出し放たれる。右手に持つヘスティア・ナイフで受け流し、左手の白幻で寸止めして終了───
「っ!」
という想定を覆される。ヘスティア・ナイフで受け流したまでは良かったけど、その後刀が直ぐに迫ってきた。足の踏ん張りが弱いとは思っていたけど、それはこの為。ナイフで受け流されるのを想定した上で、
放とうとしていた白幻を引き寄せる。真正面から完全に受け止めてしまっては流すのが難しい。でも───
「ふ……っ!」
「ぐっ」
受け流さないなら弾けば良い。白幻に込める力を少しだけ緩めて輝夜さんの体勢を崩す。直後に刀にヘスティア・ナイフをフルスイングし、弾き飛ばした。
僕は敏捷の値が一番大きいけど、それは何も非力とイコールではない。大体のアビリティはA超えだ。同レベル帯ならばトップクラスにある。力負けする理由がない。
冒険者、並びに戦闘を主に行う人が容易く武器を手放す筈がない。もちろん手放すのも一種の駆け引きだけど、リーチのある武器を手放すのは間合いの変化を余儀なくされるから、そう簡単には手から離れない筈だ。
輝夜さんは一度目の居合後は両手で持っていたから、ガッシリと握っている。弾いた時の力は刀だけでなく輝夜さんの全身に伝わっただろう。身体は浮き上がり、移動の自由が効かなくなる。ヘスティア・ナイフをフルスイングした勢いそのまま回転し、右脚蹴りを───
「………」
「……」
顔の真横でギリギリ止める。風圧が襲うが、輝夜さんは微動だにしない様子で僕を見つめていた。
「……えっと」
勝負アリ、でいいのかな……?
「う、わぁっぶなぁッッ!!?」
危ない怖い怖い怖い怖い!? 気持ちが緩んだ直後に上げてた足の間に───つまり
いや分かってる、確かに分かってるけど! 参ったなんて一言も言ってないし、ちょっとの油断が命取りなのも分かる! でも
「チッ、そっちのを再起不能にでもしてやれば可愛げのある男の娘にしてやれたのだが」
「へ……?」
「騙し討ちをするつもりがないのは分かっていた。が、
な、何言って……え、あ!?
「し、しませんよそんな事!」
「うん? その反応はお前、童貞だな」
「どっ!?」
「そういう人物が一番危ないに決まっている。欲が爆発して一人を襲えば肉欲に溺れて他の者にも手を出すだろう。ましてやお前は
あ……そ、そっか。抗えないって分かってるから、事実なのが逆に恐怖の対象となってしまってる……? いやでも僕にそんなつもりはない……いやうん、100%下心がないと言えば嘘になるかもしれないけど。
……というか輝夜さん、めっちゃ喋り方が変わってる。リューさんから「見た目は『大和撫子』だが、ガワが外れれば品のない女性だ」と言っていたから分かっていたけど……。ここまで変化がつくと、困惑してしまう。
「そもそもお前、なぜ蹴りを止めた?」
「い、いや、女の人を無為に傷付ける訳にはいきませんし……」
「はぁぁあ?」
「ぼ、冒険者ならばその程度の覚悟! って事なんでしょうけど……。いやまあもちろん大切なものに手を出すなら反抗はします! で、でも……仲間となる人の綺麗なお顔に傷を残しても……僕自身が嫌というか……」
「はぁぁぁああああ?」
しどろもどろに答えていると、輝夜さんは「何言ってんだお前」という目で見てくる。なんかゴミを見るような目になってる気もする。痛い。視線が痛い。
「………」
「あ、あの……?」
「……はぁ。アストレア様、この少年はどうやら
「ポンコツピュア!?」
「まあ、害はないでしょう。その辺にいる虫の方が余程怖いです」
な、なんか暗に虫以下と言われてる気がする。“怖さ”ではなく“存在”という意味で。気のせい……だとは思うけど。単に例えとして出しただけで……うん。そう思いたい。
「存分に頼りにします。この少年が“正義”足り得る限りは」
「……えっと」
「認めてくれている、って事よ。良かったわね、ベル君」
「そ、そうでしたか」
……の割には、めちゃくちゃ足をスイングしてて金的狙う気満々なんですけど……ってのは言わない方がいいのかな。
「ライラはどう?」
「どうって、対決しろって? 冗談はよしてくれよアストレア様、あたしはこのファミリアの中じゃ一番弱っちいんだぜ? 輝夜が勝てない相手に勝てる筈ないじゃんか」
「じゃあ、彼自身については」
「……そりゃ強いよ。言いたかないけど、あの蹴りの瞬間はフィンとダブって見えた」
「ふぃ、フィンさんと!? そ───」
「はん、あたしの愛しの『勇者』様を例えに出してやったんだ! 光栄に思え兎め!」
……ら、ライラさんとフィンさんの関係はよく分からないけど。フィンさんは全
だとしたら、言うべきは。
「あ、ありがとうございます!」
「……こう真面目にこられると、逆に拍子抜けだな。威張るに威張れない」
「だから言ったでしょう、ポンコツピュアと」
ライラさんは微妙な表情で、輝夜さんは澄まし顔で言う。酷いと思うべきか、この人たちなりに親しく接してくれているのだと思うべきか……。ポジティブ精神で後者と思う。そう願う。
僕は苦笑し、右手に持つヘスティア・ナイフを見た。
「……やっぱり、まだ違和感があるなぁ」
───ランクアップによる急激な身体能力の上昇、それに伴う能力と精神のズレ。レベル4の時……いや、それ以前のレベルを含めたズレはイグアスとの戦闘で繋ぎ合わせたけど、この短い期間でレベル5となって再びズレができてしまった。
レベル4の能力で行っていた戦闘が短かったので“慣れによる違和感”というのは非常に少ないから、普通の冒険者に比べれば遥かに楽な方だとは思う。けど、今の戦闘で直るほどではなかった。
この暗黒期だと、ダンジョンの深くに潜るほどの余裕は恐らくない。だから対人で直るならそれが一番だったけど……それには『レベル5の能力値で戦える相手』が必要となるかもしれない。レベル5の能力を全力で活用するのが、このズレを直す最短手段だから。でも対人だとステイタスの差がある相手には無意識にセーブが働いてしまう。
自主鍛錬だけで簡単に直るものではない。……このズレ、どう直すべきかなぁ。