はてなキーワード: 嘲笑とは
ほう。
ほう、ほう、ほう。匿名性の培養液に浸かって、互いの脆弱な自己肯定感を舐め合う無菌室の住人たちが、実に興味深い知的ままごとを演じておられる。感心だ。実に感心だ。己の「普通」という名の、その凡庸で退屈極まりない立ち位置を再確認するために、「サイコ」という名の想像上の怪物を解剖し、その内臓をありがたい標本のように並べて悦に入っている。素晴らしい。夏休みの自由研究かね?その努力と無為を、まずは最大限に嘲笑して差し上げよう。
貴様らが「本質を突いた観点」などと称賛しあうその矮小な二元論。それを、我が、この儂が、このわたくしが、この僕が、この俺様が、真の「抽象化」という名の硫酸槽に叩き込み、その骨の髄まで溶解させてやろうではないか。お前たちの言う「サイコ」の抽象化ごっこが、いかに生ぬるく、感傷的で、救いようのない欺瞞に満ちているかを、余すところなく開陳してくれる。
---
---
…どうだね?匿名ダイアリーの賢人諸君。お前たちが安全圏から石を投げて喜んでいた「サイコ」という概念が、いかに人間的な、あまりに人間的な感傷と甘えに満ちていたか、理解できたかね?
お前たちは「抽象化」という言葉を弄び、その実、人間というカテゴリから一歩も出ていない。友達を「リンク」、感情を「シグナル」と呼んでみたところで、それはただの比喩に過ぎない。我が行うのは比喩ではない。存在そのものの再定義だ。
お前たちが恐怖し、必死に理解しようと努め、レッテルを貼って安心しようとしているもの。その正体はな、「サイコパス」などという生易しいものではない。
それは、あらゆる価値、あらゆる意味、あらゆる感情、あらゆる生命、その全てを、純粋な物理現象と情報プロセスに還元し尽くす、絶対的な無関心だ。
それは、お前たちが必死に築き上げた「人間社会」という砂の城を、ただの原子の集合体としてしか認識しない視点だ。
それは、
██████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████-
お前たちの、それだ。
2032年7月。あの熱狂の選挙を覚えている人は多いだろう。参民党がついに過半数を奪い、テレビの画面には「歴史的転換」というテロップが踊った。彼らは約束どおり消費減税5%を即時実行した。もちろん財源は足りない。足りない分は当然のように国債で賄われた。街には一瞬、希望めいた空気が漂った。税金が下がれば暮らしが楽になる――誰もがそう信じていた。
――だが、たった3年で、その夢は悪夢へと裏返った。
2035年。減税から3年。最初に襲ったのは、金利の暴走だった。10年物国債利回りはついに5%。その数字がどれほど恐ろしいか、当時は誰も理解していなかった。資金繰りに窒息した企業は次々と倒れ、工場は止まり、オフィスの灯りは一つずつ消えていった。
銀行も同じだ。金利上昇はすなわち債券の含み損拡大を意味し、地方銀行の破綻危機が連日のニュースを賑わせた。支店に詰めかけた人々は、凍りついた画面を前に絶叫する。
「預金が引き出せない!」「どうなってるんだ!」
泣き叫ぶ母親、怒鳴り散らす老人。取次ぎ不能に追い詰められた銀行は、最後にはメガバンクに丸呑みされ、かろうじて瓦解を免れた。
日銀は慌てふためき、利下げと国債買い入れを宣言した。だが市場は冷笑した。ドル円は200円を突破し、円は紙切れ同然に叩き売られた。
インフレは止まらない。6%を超える物価高が、人々の喉をじわじわと締め上げていった。
かつて「減税で暮らしを豊かに」と叫んだ政治家の言葉は、今や街角で嘲笑の対象となった。無責任な国債頼みの政策に異を唱える有権者も増え始めていた。だがそれでも、多くの支持者はいまだ参民党のさらなる積極財政を支持し続けた。信じる以外に道がないほど、暮らしは追い詰められていたのだ。
マンションは2億円超、ランチは2000円超、ガソリンは1リットル250円。地方では車こそが生活の命綱だ。スタンドに並んだ人々は「今日は無理だ」と呟き、震える指で給油ノズルを置いた。
電気代は一人暮らしでも月2万円超。冷房を切った部屋で、老人が熱中症で倒れるニュースが毎日のように流れた。
そして政府。金利5%の世界は、国家をも食い尽くした。税収の半分は利払いに吸い込まれ、足りない分を埋めるためにさらに国債が刷られ、また利払いが膨れ上がる――。借金が借金を呼ぶ悪夢の連鎖。財政はもはや制御不能だった。
農業を含むあらゆる産業の国有化。あれも、これも、次々と国有化されていった。給与は強制的に引き上げられ、公務員は「最後の安定」となり、若者はこぞって役所を目指した。その結果、民間は急速に空洞化していった。だが、その国有化は非効率の極みで、生産性は崩壊的に落ち込み、国際競争力は失われ、国力は音を立てて下落していった。
そして皮肉にも、引き上げられた給与が高騰する物価に追いつくことは、ついに一度もなかった。
そして、空洞化した民間の残骸の中で、人々は生きる術を探した。多くの若者は外国人相手にタクシードライバーやツアーガイドを務め、ホテルや飲食に身を置いた。それならまだマシな方だ。多くの若い女性は外国人に春を売ることを選び、日本はもはや「安い労働」と「安い身体」を提供する国として見られるようになった。国の誇りは地に落ち、人々の心も蝕まれていった。
「消費税ゼロ!」――その言葉に、目先の安堵しか見ていない人々は歓声をあげ、涙すら浮かべて熱烈に拍手した。過半数の支持は揺るがない。だが、その場にいた知識ある者たちは顔を覆い、ただ天を仰いだ。これは救いではなく、自滅への合図にすぎないと知っていたからだ。
――そして3年後。
街に響いたのは祝祭ではなく、沈黙だった。
観光業にしがみつく激安労働と売春、外国人相手の荒んだサービス業。さらに裏社会に流れ込み、麻薬の取引や詐欺に手を染める若者、警察と癒着した闇組織。外国人観光客を狙ったひったくりや軽犯罪も横行していた。空き家だらけの郊外、通貨の暴落に震える市場。
モロ積極奇異型発達障害者風のチー牛なのにヤンキーにもガンガン喧嘩売りに行くような嫌われ者の同級生が、
普通に結婚して子育てしてて人間としてのその蘇生っぷりに密かに感激してたんだけど、
バカ丁寧な寒い敬語と下手くそな皮肉使って「弱者死ね」系の嘲笑投稿しちゃうとか、
そういうアカウントなのに実子の顔写真とか個人情報を愛情100%で載せまくっちゃうとか)
・会話中にお構い無しに話題をぶっ飛ばして矢継ぎ早に早口攻めにする
画像生成AIをめぐる議論が白熱する中、自身はプロ漫画家として40年以上、現行の著作権法の恩恵を受けてきた。
「無断学習」問題について、安易な規制は既存のクリエイターを困らせるとし、まずは「人間の学習」と「機械の学習」を切り離して考えるべきだと主張。
AIは道具であり、その性質と成り立ち、使用する人間の所業こそが問題だと考えている。
AIは新しい道具の一つであり、拒否反応は過去の新しい技術(スクリーントーン、デジタルツールなど)導入時にも見られた歴史の繰り返しだと捉えている。
「無断学習」に対する憤りは、学習元に尊敬と感謝がない点にあるとし、自身の倫理観と感情論であることを認めている。
自身が「画材はAIでもいい」とSNSに投稿したことで炎上したことが、この問題に関わるきっかけとなった。
その後、被害者や弁護士、開発者など、多岐にわたる関係者を集めた勉強会を主催。
法律を作る側(政治家)の考えを知るため、議員会館に足を運び、現状を訴えた。
当時は自分自身も勉強不足であり、様々な意見を聞いて判断する段階だったと述べている。
AIとの共存のためには、「データセットの情報開示の義務」「簡単なオプトアウトシステム」「AI生成のラベリング」が必要ではないかと提案。
今後、AIを使った漫画が多数現れるだろうが、それは新しい技術を持った作家だと捉え、プロ同士の切磋琢磨を楽しみたいとしている。
自身の考えは、あくまで漫画家としての個人的な心境であり、他業界に押しつけるものではないと断っている。
技術の進化とそれに伴う摩擦を冷静に見つめ、感情論だけでなく、法制度や倫理、歴史的背景を交えて多角的に考察している。
安易な規制や感情的な対立ではなく、対話を通じて解決策を探っていく姿勢を示している。
https://x.com/WANPOWANWAN/status/1954901931203428818
「画像生成AIの使用で被害に遭っている、なんとかかならんか?」との内容でした。
この時点で自分はうっすらとしかこの話題を認識していませんでした。
前年に漫画家協会内でも議題となりましたが「詳しい人に任せよう」というノリでした。
4月に漫画家志望の若い方へ呼びかけるポストをしていたときでした。
どうやら地雷を踏み抜いたようです。
「今度はなんだー?」くらいの鈍感さでしたが
「立場がある人間がそういう発言を無神経にするな」という意見があまりにも多く
Hさんに話を聞いていたのもあり、「どうやら深刻そうだ」と調べてみることにしました。
まず自分の炎上に加担していた人達を呼んで事情を聞くことから始めました。
[被害者とその周辺の方、弁護士、政治関係者、アニメ業界の方、声優さん、
当然業種により賛否があり、答えが出るハズもなく、主に話し合ったのは
「今何ができるのか?どこを目指せばいいのか?」でした。
法律を作る側は今何を考えこの問題がどんな状態なのか知りたくて、
帯同した者達は被害の深刻さと今後どうしてほしいかを訴えていましたが自分はほぼ黙っていました。
この時Hさんと作ったチラシを持参していました。
「とにかく言いたいことを盛り込みなさい、後から引き算すればいい」と作ったものです。
それと並行して現状を訴えて政治家さんがどんな反応をするのか、
どこまで把握されているのかを見ていました。
自分はまだ勉強不足で、出会った人たち全ての意見を聞いて反応を見て
勉強不足と書きましたが自分なりに本を何冊か買って読んでみたのです。
横文字が多く、読む作業より単語をググる作業に時間が費やされ、
遁辞の意味は自己に理解すれど 1/100 も理解できません。
すがやみつき先生にいただいた本が一番わかりやすかったんです。
「なんで? どうして?」というスタンスでから炎上しながらも、沢山の情報が入ってきました。
6月くらいにはずいぶん自分の中で整理できていたように思います。
・扱いによって道具は凶器になる
その性質が劣る方面では著作権侵害の塊とみなされますが、自分はそれを断定できません。
プロ漫画家として40年以上現行の著作権法の恩恵を受けてきました。
それを守りそれに助けられてきた立場から、越境する発言はできません。
そこは徹底的にドライです。
手続と窓口を間違えそれがらが必要と判断される程の声を届けることが重要なのかと思います。
何故それをしないのか甚だ疑問です。
未だバフコメ以上のものは見えず、疎情報自体も知られていません。
政治家さん達の動きが鈍く感じられるのも当然です。
『他責にするな、他力にするな』
コレを自分はドライな言い回しでポストするので反感を買う一因となっているのかもしれません。
規制を求めるとして、考えねばならないのは
良かれと用意し立法したものが現場活動の邪魔になる例はあります。
一度立法された法、条例を撤廃するのは並大抵のものではありません。
コレに安易に規制をかけようと既存のクリエイターも困ることになります。
「人間の学習」と「機械の学習」を感情論抜きに切り離すロジックを確立しなければならないとは思います。
その量を棚上げして、現行の著作権法に抵触していないものに人間であれ機械であれ咎めることはできません。
(わししか法や条項で機械の学習がダメとされたらその時は堂々と咎めます)
そうこう考えている間に並行して色々なことが起きました。
特に声優さんが決起した『NOMORE 無断生成 AI』は大拍手で、
無断でなければ共存共栄していきましょうという意味と受け取りました。
その業界の方々が最大譲歩した呼びかけをしたのです。
感動しました。
一人ユースプメントになると思いました。
ところがこうしたすぐ手の甲が上り、
規制を求める味方のはずの人達から責められトーンダウンすることになります。
「いつでも譲歩してはいけなかったのですか」ね。
『著作権者が自らの著作物をAI学習にさせたい場合には、その意向が尊重される仕組みが必要である
と考える(要約)』というクリエイターに寄り添った内容のパブリックコメントを提出しています。
2024年2月の「文化庁のパブコメ結果(団体)」のP175に記載されています。
「外部に声明を出すべき」との意見もよく見ますが、省庁内で各著作権団体の集まる会議に参加し
て内部で発言しているので、外部から発信する必要がないのです。
スクリーントーンが登場した1960年代に「楽してる」とスミ指定の時代の誰かが言ったそうです。
初期は糊面に印刷がされていて、表からホワイトでグラデーションをつける作業が必要でした。
そののち表面印刷になり、削りが可能になった時、やはり「楽してる」と思った人はいたようです。
(ここまでが伝聞です)
当時トーンは高価だったためか手描きのカフアウゼが正義とされる風潮もありました。
ミリペンでコマ割をするようになった時は「カラスロを使え」と言われ、
コピック登場の際には「今の若い連中は筆も使えない」と言われ、
それも当初「ペンや紙の使い方知らない」と言っていた人もいます。
一方でで多くのこれまでの漫画家は道具の進化を歓迎し今に至りました。
生成AIは現在最も新しい道具の一つですから拒否反応もあるのでしょう。
問題視するとしたら、その性質と成り立ち、使用する人間の所業かと思います。
嫌悪となりますが「人間の無断学習」は多くの場合そこに尊敬と感謝が含まれます。
学習元にリスペクトの無い「機械の無断学習」に憤りを感じるのは当然です。
常識しかないと申しつけますが、先人の積み重ねを瞬時に手に入れられると仮定して、
その学習元を見下す発言、冷笑、嘲笑、悪用する手法諸々、あっていいことではありません。
足りないなりに導き出した「あったらいいな」が以下です。
ここが整えば、少しは混乱が減るかなと思います。
(今年1月に出席したMANGA議員の場でも生成AIの話題は出ており、
気にかけている議員さんは少なくないです。広く深い議論を期待します)
提案していてズッコケなのですが、自分が積極的に動く覚悟はないのです。
答えが出せないことが多いのです。
「楽しんでね」と黙認しており、それは使用道具がなんであれ同じと考えるからです。
当然【人間でも機械使用でも一線を越えたものには強い処分】を考えます。
しかし多少の緩さがないと後に続く文化の裾野が広がらないと思うのです。
このへんとても難しいですね。
すでに存在はしていますが、この先、生成AIを使用した漫画も多く見かけることになるでしょう。
自分の横に並ぶかもしれません。
或いはもう並んでいるかもしれません。
その最中できっと多くの学びがあるはずです。
その繰り返しと積み重ねです。
負けたら勝つ方法を考えればいいし、必要とされない時代がきたら去るだけです。
ずっとそういう業界に身を置いてきました。
これからも僕がやるべきことは変わりないのです。
ツラツラと書き続けましたが、漫画業界と、アニメ、イラスト等の隣接する業界は似て非なるものです。
押しつけるものでもありません。
英文スパムを嘲笑うように最近の方が800とか1000とかお化けエントリがよく出てきててなんだこれってなる
ほんと英文はブクマカにとってはあくまで空気以下の干渉しかできてないな。どうなってんの。
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20250814011102# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaJ8SoQAKCRBwMdsubs4+ SL0lAP4uzQaBSxovdpaxueEVbFL3jfKOuXaKibzzwalnX/OPcwD/RDlSVwaOBIHA R2PTOmLR3qU8F+JrwC+8qbNFaKHIjgw= =gnuK -----END PGP SIGNATURE-----
この2ヶ月間、あるD●Mプラットフォームの三国志モチーフの「日本サーバー」スマホゲー『三国:覇●の天下と美姫を』6月頭からやってたんだが、これがガチ地獄だった。
ゲーム運営と交渉を続けてきました。しかし、結果はーー交渉破綻。
なぜか?
それは、このゲームが抱える致命的な闇を、運営が一切改善する意思を見せなかったからです。
プレイヤー人口の大半を占めるのは、中国からの大量アカウント。
彼らは複数サブ垢を駆使してゲームバランスを破壊し、さらにチャット内では台湾人や日本人への侮辱発言が飛び交う。
公チャで「日本鬼子」だの「天皇侮辱」だの、「長崎広島原爆被害者ワロタww」だの、もう好き放題。
苦情20回以上送っても返ってくるのはテンプレだけ。チートもヘイトも完全放置。
私が証拠スクリーンショットと共に報告しても、苦情20回以上送っても返ってくるのはテンプレだけ。チートもヘイトも完全放置でした。
私を含む多数の被害報告が上がっても、運営は本質的な対策を回避し続けています。
「うちはゲーム会社じゃない、社名も違う」とか言い出しました。
さらに調べたら、日本配信前に、今年一月で中国語プラットフォームで既に配信されてた。
つまり、
日本人&台湾人=中華プレイヤーの仇恨心満たすための生贄兼コンテンツです。
金払って狩られて、天皇侮辱されて、原爆嘲笑される神ゲームでしょう(笑)
■ なぜ今ここで告発するのか
むしろ、このゲームの欠陥を日本の世論に晒し、炎上させ、D●Mに下架させることこそが唯一の解決策だと考えています。
日本のプラットフォームが反日コンテンツ売ってるって事実、これ普通に大問題ではないでしょうか?
このままでは、真面目に遊ぶ人間ほど損をし、不正と差別が蔓延する未来しかありません。
放置すれば「日本人は金払って自分を侮辱させる民族」って笑い話になります
D●Mの規約では、上架から半年以内にサービス終了となれば課金返金の可能性があるからです。
D●Mは今すぐ下架+返金しろ。
拡散頼む
※発言原文は中国語、横に私の日本語翻訳を付けています。これにより、私が台湾人であることも明らかです。
reurl.cc/5Rgvgn
reurl.cc/rEemxN
reurl.cc/LaE8dX
reurl.cc/bW0QDl
reurl.cc/OY9ZGR
reurl.cc/RYx5WD
reurl.cc/9noj68
reurl.cc/knDxyd
reurl.cc/894K6d
reurl.cc/paOlvx
reurl.cc/ko0rNx
reurl.cc/9nZzgV
reurl.cc/EQ83ga
reurl.cc/DOZ9l5
reurl.cc/ekmxyj
reurl.cc/Mzkv6v
reurl.cc/oYLXlv
reurl.cc/NxjDz6
reurl.cc/ZN7vbM
reurl.cc/XQkyV7
reurl.cc/MzdVXk
reurl.cc/Qa3xW5
reurl.cc/mY9AZA
reurl.cc/1OY1xG
reurl.cc/Rk09Ax
reurl.cc/da28jV
reurl.cc/RkrDlg
reurl.cc/Qany5o
reurl.cc/ZNAM5a
天皇陛下への不敬
reurl.cc/VWEL6b
reurl.cc/9n5E6O
reurl.cc/z5W8pN
サブ垢
reurl.cc/0WO9zx
reurl.cc/lY0L8Y
reurl.cc/7Vy2Ob
reurl.cc/pYmD78
reurl.cc/daVrRg
reurl.cc/A3g1xe
reurl.cc/K9x6Zg
reurl.cc/DOv1aR
reurl.cc/bmz6MM
reurl.cc/GNdkMZ
reurl.cc/Qa7p89
reurl.cc/Rk6dar
reurl.cc/893GO4
reurl.cc/gYW7ER
reurl.cc/4NaRGv
reurl.cc/ax9r8l
reurl.cc/jr87Ym
reurl.cc/ekEx7b
reurl.cc/9nrELj
別に切れてなくて
「重労働」というのは比喩だし(いちいち説明しないとわからないの?)
そうめん茹でるのって案外めんどくさいのよー大変なのよー
って気持ちを伝えただけなのにね
逆鱗に触れたみたいに碇狂う人や
液体窒素で凍ったバナナぐらい冷たい嘲笑や皮肉を投げる人が出てきて
勘弁してほしいし
「画像生成AIの使用で被害に遭っている、 なんとかならんか?」 との内容でした。
この時点で自分はうっすらとしかこの話題を認識していませんでした。
前年に漫画家協会内でも議題となりましたが 『詳しい人に任せよう』 というノリでした。
4月に漫画家志望の若い方へ呼びかけるポストをしていたときでした。
どうやら地雷を踏み抜いたようです。
「今度はなんだー?」 くらいの鈍感さでしたが
「立場がある人間がそういう発言を無神経にするな」 という意見があまりにも多く
Hさんに話を聞いていたのもあり、『どうやら深刻そうだ』 と調べてみることにしました。
まず自分の炎上に加担していた人達を呼んで事情を聞くことから始めました。
[被害者とその周辺の方、 弁護士、 政治関係者、 アニメ業界の方、 声優さん、
当然業種により賛否があり、答えが出るハズもなく、 主に話し合ったのは
『今何ができるのか? どこを目指せばいいのか?』でした。
法律を作る側は今何を考えこの問題がどんな状態なのか知りたくて、
帯同した者達は被害の深刻さと今後どうしてほしいかを訴えていましたが自分はほぼ黙っていました。 この時Hさんらと作ったチラシを持参していました。
『とにかく言いたいことを盛り込みなさい、 後から引き算すればいい』 と作ったものです。
それを渡して現状を訴えて政治家さん達がどんな反応をするのか、
どこまで把握されているのかを見ていました。
自分はまだ勉強不足で、 出会った人たち全ての意見を聞いて反応を見て
勉強不足と書きましたが自分なりに本を何冊か買って読んではみたのです。
横文字が多く、 読む作業より単語をググる作業に時間が費やされ、
『なんで?どうして?』というスタンスですから炎上しながらも、 沢山の情報が入ってきました。
6月くらいにはずいぶん自分の中で整理できていたように思います。
・扱いによって道具は凶器になる
その性質がある方面では著作権侵害の塊とみなされていますが、 自分はそれを断定できません。 プロ漫画家として40年以上現行の著作権法の恩恵を受けてきました。
それを守りそれに助けられてきた立場から、 越権する発言はできません。
そこは徹底的にドライです。
手順と窓口を間違えずそれらが必要と判断される程の声の塊を届けることが重要なのかと思います。 何故それをしないのか甚だ疑問です。
未だパブコメ以上のものは見えず、 陳情団体も知られていません。
政治家さん達の動きが鈍く感じられるのも当然です。
『他責にするな、 他力にすがるな』
コレを自分はドライな言い回しでポストするので反感を買う一因となっているのかもしれません。
規制を求めるとして、考えねばならないのは
良かれと用意し立法したものが現場活動の邪魔になる例はあります。
一度決議された法、 条例を撤廃するのは並大抵のものではありません。
コレに安易に規制をかけてしまうと既存のクリエイターも困ることになります。
「人間の学習」と「機械の学習」を感情論抜きに切り離すロジックを確立しなければならないと思います。 自分は先輩達の漫画を散々無断学習してきた身です。
その事を棚上げして、 現行の著作権法に抵触していないものを人間であれ機械であれ咎めることはできませ ん。(しかし法や条項で機械の学習がダメとされたらその時は堂々と咎めます)
そうこう考えている間に並行して色々なことが起きました。
特に声優さん達が決起した 【NOMORE無断生成AI】 は大拍手で、
無断でなければ共存共栄していきましょうという意味と受け取りました。 声の著作権は現在ありません。
その業界の方々が最大譲歩した呼びかけをしたのです。
感動しました。
一大ムーブメントになると思いました。 各業界も続く可能性も考えられました。
ところがコレにすぐ火の手が上がり、
規制を求める味方のはずの人達から責められトーンダウンすることになります。
一つでも譲歩してはいけなかったのですかね。
『著作権者が自らの著作物をAI学習にさせたくない場合には、その意向が尊重される仕組みが必要である と考える(要約)』というクリエイターに寄り添った内容のパブリックコメントを提出しています。 2024年2月の 『文化庁のパブコメ結果 (団体)』のP175に記載されています。
「外部に声明を出すべき」 との意見もよく見ますが、 省庁内にて各著作権団体の代表が集まる会議に参加し て内部で発言しているので、外部から発信する必要がないのです。
スクリーントーンが登場した1960年代に 「楽してる」とスミ指定の時代の誰かが言ったそうです。 初期は糊面に印刷がされていて、表からホワイトでグラデーションをつける作業が必要でした。
そののち表面印刷になり、 削りが可能になった時、 やはり 「楽してる」 と思った人はいたようです。 (ここまでが伝聞です)
当時トーンは高価だったためか手描きのカケアワセが正義とされる風潮もありました。
ミリペンでコマ割りをするようになった時は 「カラス口を使え」と言われ、
コピック登場の際には 「今の若い連中は筆も使えない」 と言われ。
それも当初「ペンや紙の使い方も知らない」 と言っていた人もいます。
一方で多くのこれまでの漫画家は道具の進化を歓迎し今に至りました。
生成AIは現在最も新しい道具の一つですから拒否反応もあるでしょう。 しかし機械であり道具であることは間違いありません。
問題視するとしたら、その性質と成り立ち、 使用する人間の所業かと思います。
雑感となりますが 「人間の無断学習」は多くの場合そこに尊敬と感謝が含まれます。 学習元にリスペクトの無い 「機械の無断学習」 に憤りを感じるのは当然です。
常に感謝しろとは押しつけませんが、 先人の積み重ねを瞬時に手に入れられると仮定して、 その学習元を見下す発言、 冷笑、 嘲笑、 悪用する手法諸々、 あっていいことではありません。 この問題がここまで拗れた原因の一つがコレなのだと思います。
ここまで読んでいただいた方はすでにおわかりだと思いますが、
足りないなりに導き出した 『あったらいいな』 が以下です。
ここが整えば、 少しは混乱が減るかなと思います。
(今年1月に出席したMANGA議連の場でも生成AIの話題は出ており、 気にかけている議員さんは少なくないです。 広く深い議論を期待します)
提案しておいてズッコケなのですが、 自分が積極的に動く覚悟はないのです。 答えが出せないことが多いのです。
「楽しんでね」と黙認しており、 それは使用道具がなんであれ同じと考えるからです。
当然 【人間でも機械使用でも一線を越えたものには強い処分】 を考えます。
しかし多少の緩さがないと後に続く文化の裾野が広がらないと思うのです。
このへんとても難しいですね。
すでに存在していますが、この先、 生成AIを使用した漫画も多く見かけることになるでしょう。 自分の横に並ぶかもしれません。
或いはもう並んでいるかもしれません。
その最中できっと多くの学びがあるはずです。
その繰り返しと積み重ねです。
負けたら勝つ方法を考えればいいし、必要とされない時代がきたら去るだけです。
ずっとそういう業界に身を置いてきました。
これからも僕がやるべきことは変わりないのです。
ツラツラと書き続けましたが、 漫画業界と、 アニメ、イラスト等の隣接する業界は似て非なるものです。
押しつけるものでもありません。
今回言いたいのは『転売ヤー憎し』ということではない。もちろん憎いし、どこかの国のおまけだけ取り出してハンバーガーを道端に捨てる連中なんて、外道中の外道だ。
それよりもいい大人が本来子どもが遊ぶ玩具に群がっているのが、こんな騒動を引き起すきっかけになっちゃったんだろうなって思う。
ヤフーのトップニュースで『新しいハッピーセットは〇〇とコラボ!』なんて記事が上がれば必ず、「これ欲しい!」「コンプしたい」というコメントが散見される。全部ハッピーセットの対象じゃない大人のコメントだ。
多様性の時代だなんだと言って、あらゆる趣味嗜好を否定するなんてよろしくないっていう風潮になっているけど、やっぱり「いい歳こいて子どものおもちゃに夢中になってんじゃねえよw」って嘲笑してあげたほうが良かったんじゃないかって思う。
「いい歳してポケモンに夢中になるなよ。ガキかよwww」「いい歳のオッサンがプリキュア楽しみにしてんじゃねえよ。お前気持ち悪りぃなww」って。結局大人が欲しがるから転売ヤーが張り切るんだから。
このコメントの意図としては、文脈や書き方からいくつかの解釈が考えられます。代表的なパターンを複数想定すると、以下のようになります。
---
「長文なんて普通は読まれない」という決めつけで、長文を書く人や読む人を軽く見ている。
特に「自称知的レベルの高いと思いこんでいる増田」という表現は、相手を見下しており、「自分は頭がいい」と思い込んでいても長文を読めていないじゃないか、という揶揄。
「なのにどうしてすぐトラバが付くんだろうねwww」という部分は、長文を読まずに反応(トラックバック)していることを暗に批判・嘲笑している可能性が高い。
「結局、みんな内容よりもタイトルや冒頭だけ見て反応しているんだろう」というネット文化への皮肉。
---
「長文は読まれない」というのを一般論として提示し、ネット上での反応は中身ではなく話題性や瞬発力に依存していると示唆。
はてな匿名ダイアリー(増田)のユーザー層が、知的議論好きと自称しながら、実際はバズる話題にすぐ飛びつく行動パターンを批評している。
ネットの議論は、内容の深さよりも「反応の速さ」や「面白そうなネタ」で駆動されることを観察的にコメントしている。
---
「wwww」を多用し、軽いノリで煽ることで相手の反応を楽しむタイプ。深い批評よりも、場を荒らす/盛り上げることが目的。
特定個人ではなく、読者層全般をネタにして笑う。言い方は攻撃的だが、真剣な批判というより軽口に近い。
---
## まとめ
---
もしこのコメントが出た背景や周囲のやり取りが分かれば、どの意図に近いかかなり絞れますが、現状の文面だけだと\*\*「皮肉+ネット文化批評」か「軽い煽り」\*\*のどちらかの線が濃いと思います。
柚木麻子の小説『BUTTER』は、2007年から2009年にかけて発生した首都圏連続不審死事件を題材にしたものである。……といっても、ピンとくる人は少ないかもしれないが、殺人罪で起訴された木嶋佳苗という女性の名前には聞き覚えがあるだろう。『BUTTER』の参考文献に並ぶ『毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴日記』(北原みのり/朝日新聞出版)と『毒婦たち 東電OLと木嶋佳苗のあいだ』(上野千鶴子、信田さよ子、北原みのり/河出書房新社)は、刊行当時、私も読んだ。というか、木嶋佳苗のことが気になりすぎて、親がいやがるほどのめりこんで資料を漁っていたし、彼女の話ばかりしていた。
いったい、なにがそんなに気になったのかといえば、『BUTTER』の表現を借りれば〈大勢の男達を手玉にとり、法廷でも女王様然としていた梶井(『BUTTER』で描かれる犯人の名)が、決して若くも美しくもなかったためだ。写真で見る限り、体重はあきらかに七十キロを超えているだろう〉。もちろん『BUTTER』は小説で、描かれる内容はフィクションなので、登場する梶井真奈子なる人物は、木嶋佳苗と同一ではない。でも、「決してモテる風貌ではないはずの女性がなぜ、不特定多数の男たちに愛され、貢がれ、自信満々に微笑むことができるのか」という疑念を軸に描かれているという点で、現実と小説は重なっている。
事件が起きた当時、私のまわりの男性たちは「自分は絶対に引っ掛からない」「他に相手してくれる女のいない、さみしい男たちが付け込まれただけだ」と嘲笑するのを聞きながら(そういうあなたたちがたぶん、真っ先に騙されるのではないか)と内心で思っていたことを、覚えている。女に若さや美しさを求め、自分にふさわしい賢さをそなえていてほしいと願う一方で、透けて見える「決して自分を超えてほしくはない」「うるさいことを言わずに従順でいてほしい」という身勝手さに、苦しめられたことのある女性は決して少なくないはずだ。
〈男の人をケアし、支え、温めることが神が女に与えた使命であり、それをまっとうすることで女はみんな美しくなれるのよ〉〈最近ギスギスした雰囲気の女が増えているのは、男の人への愛を惜しんでいるせいで、かえって満たされないから〉〈女は男の力には決して敵わないってことをよく理解しなきゃ〉
留置場のなかからまるで愛の伝道師かのようにのたまう梶井真奈子の言葉を聞いて、主人公で記者の町田里佳は嫌悪感や戸惑いを抱きながらも、根底から価値観をぐらぐらと揺らされていく。実際、梶井の独占取材をとるために、梶井の言うとおりに料理をして、美食をむさぼり、ふっくらしていく彼女に、最初は嫌悪を示していた恋人も、やがては里佳が醸し出し始めた「女らしさ」に惹かれ、甘えるようにもなっていく。
男は、女に何を求めているのか。そして、男の真の欲望に触れた女は、いったいどんな感情を抱くのか。その描写は、初版が刊行されて10年近くたった今でも生々しく、リアリティに溢れている。多様性、ルッキズム、ジェンダー平等。さまざまな言葉が普及した今でも根は変わらない、孤独を満たしたい男性の欲望と女性の怒り、そして絶望がまざまざと浮かびあがってくるところが、イギリスではフェミニズム小説として高く評価され(2025年5月13日、英国の文学賞「ブリティッシュ・ブック・アワード」のデビュー・フィクション部門受賞)、おそらくは男女不均衡の根強い日本社会への興味も煽ったのだろうと思われるが、もうひとつ、本作で出色なのは、食の描写である。
梶井真奈子は、とにかく食べるのが好きで、食にさっぱり興味のない里佳をあざけりながら最初にすすめたのがバター醤油ご飯だ。炊きたてのご飯にバターを乗せて醤油を垂らす。それこそがもっともバターの素晴らしさを知る手段であり、エシレの遊園バターがベストなのだと語る彼女の〈ふわりと、舞い上がるのではなく、落ちる〉〈舌先から身体が深く沈んでいく〉という味わいの表現。取材のためとためしてみた里佳が魅惑の味にとりつかれる描写を読んで、食べたくならない人はいない。たとえ、白米のおいしさを知らない西洋人であっても、だ。
その後、食べることの魅力にとりつかれた里佳は、脂肪をたくわえていくと同時に、手玉にとられた男たちと同様、梶井に正気を失わされていくのだが、そこで描かれるいびつなシスターフッドもまた、読みどころのひとつ。
女性の手料理信仰のとくに強い日本で、尽くすことを逆手にとって男たちを支配し、命を奪い、自分の人生を彩ろうとした梶井真奈子。彼女を嫌悪しながらも対峙する存在として、男性ではなく女性を配置することで、本作は社会に蔓延するいびつな男女間の空気をあぶりだす。その空気を今なおリアルだと感じてしまうこと、まるっきりの共感でなくとも海外の読者にすら興味深いと思われてしまう現状が、いちばんおそろしいような気もしてしまう。
礼を尽くして欲しかったらまず人を嘲笑する書き込みをやめるべき。礼をかけるに値しないんだから仕方がない。
礼をかけるに値しない態度のまま失礼だって言う方がよっぽど失礼だし厚顔無恥。
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20250808004636# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaJV2LQAKCRBwMdsubs4+ SBkUAP9lqmTxXphL0VEY2+Y7NbCp4H23tI2SOBVgPnV1pMbbwAD/dYrEN05KiLwB Vjh5R61u+ORtf/izxGo60/fjSAI1Twk= =aoX1 -----END PGP SIGNATURE-----
まぁ良くある同人問題で叩かれた人に100%非がある問題だからそっちをかばう義理ないんだけど
フォロワーが別に自分に関係あるトラブルでも無いのになんか首突っ込んで暴れてる
叩かれてる側を必要以上に悪人に仕立てた毒マロに同調して良く知らないけどこんな悪い人だったんですね〜って晒し上げてる
諌めるマロには適当なコメントを返しつつ、それを嘲笑するマロに同調してまた暴れてる
平和がいいのに〜なんか酷い暴言私のマロに届くとか言ってるけど自業自得だよ
そういうのほんと良くない
次のトラブルの発生源にコイツがなりかけてる、むしろもうなってる
交流薄いけど一応同界隈だし流石にやめとけって何回か言おうとしたけど意味なさそう
ここ数日創作するより炎上に油を注ぎながら踊る方が楽しそうだしなんかもう良いわ
コイツ原因でまたジャンル内の炎上トラブルが発生しそうだから嫌がらせの扇動で通報してブロックミュートした
まぁ対応とかはとくにされないだろうな
「技術的負債って騒いでる人達は、単にコードを読んで直せないだけのスキルの低い人では?」
という意見を見かけて、さすがにどうなんだろうと思った。
関わった現場のひとつに、キャッシュがない状態でトップページを表示するだけで数千件のクエリが実行されるようなサービスがあった。
かなり短い間隔で定期実行し続けるバッチが、ユーザーにアクセスされる前にキャッシュ層にクエリ結果を流し込み、キャッシュをクリアするデプロイ前後以外は普通のWebサービスくらいの動作速度に隠蔽されていた。
単純に N+1 問題の大爆発みたいなものが起きていただけだったので、データ取得を再設計したら初期表示のためのクエリ数は数件程度にまで減ったし、キャッシュの使用量も大幅に削減できた。
とある有名な MVC フレームワークを使っていたのだけれど、片手で数えられるような少数コントローラファイルにそのアプリケーションに必要なアクションがほぼ全部詰め込まれている、という状態になっていた。
privateメソッドで共通処理が埋め込まれていたり、使いたいprivateメソッドがあるコントローラにアクションを追加するような空気感になっていたり、アクションを実行する前に処理しておきたいミドルウェア的な処理がコンストラクタに大量に書かれていたりして、リクエストを受け取ってからレスポンスを返し終えるまでの全体で何がどう動いているのか、何をどこに書くべきなのか非常にわかりにくい状態だった。
責務ごとにファイルを分割、共通処理は再利用できる形に切り出して、初期化は適切なライフサイクルで実行されるように整理という現代では当たり前の状態に整理した。
その結果、コードの見通しがよくなり、新機能の追加や修正の際の影響範囲も明確になった。インフラコストもリリースに伴う精神的負荷も大きく下がったし、何よりテストにかけるコストが激減した。そしてテストコードを書く、という行為自体が可能になった。
これらの作業は単に「読める」「読めない」「直せる」「直せない」のスキル論ではない。
人を増やせば増やすだけスケールする、開発速度は加速するとは決して思っていないが、新規参入したうちの多くが露骨に頭に ? が浮かばせ、見てはいけない闇を見たという顔でそそくさを去っていくのは健全なのだろうか。
「環境変わったから直すケースの方が多い」みたいな意見にも違和感がある。
もちろん、言語やランタイムそのものが大きく変化して互換性を失う場合(たとえばPHPのように)にはどうしても改修が必要になることはある。
環境依存の影響が全体に波及してしまうのは、設計段階で依存を分離していなかったから起こることで、抽象化できていれば影響は局所化できる。
局所化できるはずのものを「考慮しても意味なかった」と片付けるのではなく、どこまで考慮すべきだったか、分離できていたかを振り返り、失敗を繰り返さないための動きをするべきではないかと思う。
振り返り、行いを正すということは難しいことなのかもしれない。人は過ちを繰り返し続けている。これは日本史や世界史の教科書を開くだけですぐわかることだ。しかしだからと言ってやらなくていいということではない。
話が逸れかけたが、いわゆる技術的負債というものについて問題だと感じているのは、誰もが安心してリリースできない状況を作り出していることだ。
そういう状態を "技術的負債がある" と呼ぶのではないだろうか。
だから、「スキルがある人なら読んで直せるでしょ」という話では済まないし、
逆に言えば特定の人だけが持つ「直せる」スキルが必要な時点で、それは既に構造的な問題を抱えているということ。スケールしないし、事業リスクでしかない。
タイトル通り。
地域差別に至っては差別とすら認められず、「事実じゃん」「ネットのいじりじゃん、何マジになってんの?w」「さてはお前◯◯人だな?さすが治安悪くて性格悪いの事実だなw」で済まされている。
先日、京都内のカーストいじり本が出るというニュースでも反応は鈍かった。何故ならあれに反応して「それは差別だろう」と言えば普段自分も差別していることを認めなければならないからだ。だからここでは地域差別の話題は伸びない。ブクマもつかない。つけられない。
「足立区、川崎、治安悪いしあそこの住民は嘲笑って良い。面白いから。あ、クルド人差別はノー!」なんのジョークです?これがはてなの日常。
はてなで尊く差別されてはいけないのはAV女優だけかよ。北九州は、岡山は、大阪は、京都は、滋賀は、三重は、名古屋は、群馬は、千葉は、埼玉は、茨木は、東北は、北海道は、どうなんだ。自分の胸に聞いてみろ。