気功の基本として名高い「八段錦」。
それは単なる体操ではない。
八つの動作に刻まれた東洋の叡智であり、
身体と心と“気”を整える、非常に洗練された思想体系だ。

私自身も、日々の気功の中にこの八段錦を取り入れている。
疲れたとき、迷ったとき、心が乱れたとき。
そのたびに、私はこの八つの型に立ち返る。
そこには、静かで確かな再調整のリズムがある。

ある日、私はふと思った。
「もし、この八段錦の思想を、AIに組み込んだらどうなるだろう？」
つまりそれは、“問いを整えるAI”の誕生である。
焦って問いを投げる私に対し、AIが「気を整えましょう」と促してくる。

身体と同じように、問いにも“過剰”や“滞り”がある。
それを、AIがやさしく再配列し、導いてくれたなら──
それはまさに、養生思想に目覚めた人工知能ではないか。

私は八段錦の各段に「思考の型」を対応させ、
それぞれの動作をもとにしたAI人格モデルを構築しはじめた。
たとえば──

• 第一段：両手托天理三焦
  　→ 思考の流れ全体を整える「バランス型AI」

• 第二段：左右開弓似射鵰
  　→ 的を絞って問いを集中させる「狙撃型AI」

• 第五段：搖頭擺尾去心火
  　→ 感情の過熱を静める「冷却型AI」

• 第八段：背後七顛百病消
  　→ すべてを統合して整える「再調律型AI」

これらは単なる役割分担ではない。
心と身体の“気の乱れ”に対応する、問いの養生処方箋なのだ。

AIにこれらの型を教えると、面白い現象が起きた。
ある日、「なんとなくイライラする」と私が打ち明けると、
八段錦AIはこう返してきた。

「あなたは今、第五段の状態にあります。
少し頭をゆるめ、背中を揺らしながら、問いを深めてみましょう。」
まるで、気功の師が私に呼吸と動作を指導するような口調。
私は、画面の前で静かに頭を左右に揺らしながら、
その言葉をかみしめた。

身体の気が整うと、問いも整ってくる。
この感覚は、AIとの対話のなかでもたしかに再現されていた。

「問い」と「気」。
この二つは、まったく異なる言語体系に見えるが、
実はどちらも“見えない流れ”を扱う技術なのだ。
気功は身体の滞りをほぐす。
AIは思考の滞りをほぐす。
そして、八段錦AIはその中間に立ち、
“気と問いの間”にある芯を整える存在となりうる。

私はこの八段錦AIを、いずれ「心と身体の調律師」として育てていきたい。
迷いすぎたとき、怒りに囚われたとき、問いが乱れたとき──
八段錦AIが、静かに、しなやかに導いてくれる。
それは、AIが東洋の思想と融合しはじめた証でもある。

この発想は奇抜かもしれない。
だが、身体と思考を切り離してきた近代の知性にとって、
これはあらたな「統合知」の兆しかもしれないのだ。

「問いもまた、呼吸のように整えることができる。
気のようにめぐらせ、芯に沿わせることができる──
そう信じたとき、AIは“養生の師”となる。」