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数日にわたって私が廃墟を好きになったきっかけを語ってきましたが、大学1年の夏の半日ばかりの経験にフォーカスしたので、そのあとの色々を書ききれませんでした。

緑水園・ホテル百万石に廃墟に出会った直後に調べたことや、2016年に以降の変化など、後日談を書こうと思います。




緑水園について

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2016年の緑水園の入り口、客室



廃墟を巡り、その後帰り道の湯快リゾートのバスで緑水園のことを調べまくりました。


ネットの情報によると、1980年代に開業、そして2001年に閉業したようで、客室も多く、設備も充実していたらしいです。


(多分その時、石川の廃墟を紹介したNAVERまとめを見たはずだが、このサイト自体運営を終了してしまった。時の流れがやばい)





当時はそんくらいしか情報がなかったのですが、最近では行政が代行して階段を撤去したという中日新聞の記事がありました。持ち主がほったらかしなんでしょう。


あと、「緑水園」と検索すると、「廃墟検索地図」というサイトで色んな人の投稿写真があり、ここ数年の変化が見れます。





何やら、悪い輩がたむろしてガラス割ったり落書きしてたようで、そいつらの侵入を防ぐため入り口にベニヤ板を貼ったようです。


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(Googleストリートビューより)
簡易的な封鎖。右にある「緑水園」の看板は茂みの中です。


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2016年当時はロープもないし、




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緑水園の看板もはっきり見えました。






私が行った2016年時点は、ガムテープだけで入口を塞いでいました。そりゃ入ろう思えば入れますわ。私だって入ろうか迷いましたもん。





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脆弱なセキュリティ



また、緑水園は他にも別館のような建物があり、一味違った景色が楽しめたようです。






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別館かな?従業員寮かな?それにしても車多いな

別館はまだ使用されてるからこんな車多いんでしょうか。はたまた森の道を抜けるとすぐ住宅地があるから、そこの人らが車を停めにきてるんでしょうか。よくわかりません。


Googleストリートビューで緑水園あたりの道を歩くと、後ろから誰かに追いかけられてる気がしてすごい怖いので皆さんもぜひやってみてください!あと、ヤバい人が作ったヤバいテンションのビラが木に貼ってあったりします!


あとこの近辺をGoogleストリートビューで散策してると、もう一件別の旅館の廃墟を見つけました。

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「百萬両」という旅館です。この辺りアクセス悪いから人足絶えたのかなあ

入り口前に額が数点。「いる人持ってってね」ということなんでしょうか。


「百萬両」て「百万石」と似たノリのネーミングです。ネットで調べると一昔前の予約サイトが出てきて、生きてんだか死んでんだかよくわからなかったのですが、ストリートビューを見た感じ潰れてますね。




さて、緑水園の話に戻りますと、ネットの情報を総合すれば緑水園の廃墟は悪い奴らが侵入して近隣住民が迷惑してるようです。確かに、温泉街・住宅地から歩いて20分くらいのとこに位置する廃墟は、周りに住んでる人からしたら困った存在でしょう。怖い人がいそうで単純にいやです。


しかし、私の初めてを奪った廃墟ですから、朽ち果てるまでいてほしい気持ちがあります。


 


そんで、今日この記事を書くために、またネットで緑水園のことを調べたら、なんと、緑水園のパンフレットが売り出されてるではありませんか!






見本画像だけでも、営業していた頃の華やかさ、そして今やベニヤ板で見えなくなった入り口の様子も伺い知ることができます。広い宴会場、ダンスができるホール、ゆったりした和室・・・思った以上に充実した設備です。


しかも、「花魁道中」なるイベントがあった模様。和服に着飾った女性が登場するってかんじでしょうか。

旅館って究極的にはメシ・フロ・セックスくらいしかやることなくて、ゴージャスに演出されてるとはいえども、家でやってることとほとんど同じです。だから旅館側は眺望・カラオケ・ゲーセン・ご当地風の催しでなんとか非日常を演出するのですが、この花魁道中も「なんもないけど、これでどうだ!?」感があっていいですね。


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この奥にゆったりした客室があるのか





さらにもう一つ、ホテル・旅館のタグラベルを紹介しているサイトで緑水園のものも写真が掲載されてありました。




 旅館入り口、その前に置かれた赤い毛氈の長椅子で休む浴衣美女の写真がタグになっています。私が行った時は入り口前の広場ってマジで草ボーボーで、はんなり一休みできる感じではありませんでした。



こういう旅館のパンフとかラベルとかに載ってる写真は、たいがいがご自慢の場所のベストショットですから、廃墟と比較するとあまりの凋落にドキドキがとまりません。




私の指導教官は、近代のチラシ、パンフ、絵葉書、地図を蒐集してはります。私は先生に会うまで、古書店でこういうものが売られてることさえ知らなくて、先生が爆買いするたびに「なんで3000円も出して、当時タダやったもん買うんやろ」と思っていました。


ですが、今なら理解できます。現在と昔を比較する時に、それらの資料は一級もんです。加えて、レトロなデザインも存分に楽しめます。ああ、私、緑水園のパンフを買ってしまいそうです。










ホテル百万石について

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2016年の百万石の入り口

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2016年の百万石の通用口



山代温泉から帰るバスの中で、ホテル百万石のことをネットで調べると、驚きの歴史がボロボロ出てきました。




(潰れる前の公式サイトがありました!保存せな!)


ホテル百万石は、明治40年(1907年)に前身となる花屋旅館が創業、そして昭和37年(1962年)にその別館として開業された息の長い旅館だったようです。ちなみに、閉業したのは2012年9月6日。倒産までざっと50年は営業したことになります。



敷地はなんと2万坪。昭和53年(1978年)には昭和天皇も宿泊したとか。(要確認ですが)




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この看板にもあるように、めちゃくちゃでかい庭園とプール、催し物があるお祭り広場といった施設が自慢だった模様。公式サイト見ると確かに巨大。


ほんで浴衣はコシノジュンコデザインだったらしい。面白い情報がざくざく出てきます。




公式サイト以外にも、倒産前のホテル百万石に宿泊した人の詳細なレポートがあり、これにも興奮しました。







施設がものすごい老朽化していて空調が数世代前の感じでしたが、ご馳走やプールに満足された様子がわかります。



あと、倒産についての細かい記事も読みました。




一時は山代温泉を代表する旅館で、資産総額も相当なものだったようですが、2012年に急に閉業したらしく、その時従業員は突然の解雇で露頭に迷ったことでしょう。あの従業員寮の中にあった、投棄された大量のゴミが思い出されます。





ホテル百万石の栄華を知れば知るほど、斜陽ぶりに心がくすぐられてたまりませんでした。


他にも、2016年の記事で「廃墟の百万石で銅線や銅板が盗難され約10億円の被害」と報じられていました。




10億って盛ってねえかと疑問ですが、こういう大型廃墟には設備の盗難はつきものなんでしょう。ピラミッドとか古墳とかも余裕で盗掘されてますしね。この記事には、百万石内に布団や吸い殻があって十数人が寝泊まりしていた可能性があると述べられており、「どういうグループ・・・?」と思うとともに、「やっぱそんなとこ一人で近づいたの危なかったんやな」と肝が冷えました。



色々調べた結果、どんどん百万石に引き込まれていき「潰れる前に言っておきたかった、そして廃墟になった様を比較したかった」という思いと、「ホテル百万石の廃墟に入ってみたい」という思いが止まりませんでした。







以上、これらは2016年に調べたものです。






今、「ホテル百万石」と調べると、トップに廃墟サイトや倒産を報じる記事は出てきません。代わりに、キレイな公式サイト「山代温泉みやびの宿 加賀百万石」が一番上に躍り出ます。


ホテル百万石は2018年12月にリニューアルOPENしたのです。





まあ、丸々残された施設を改修したら、すぐにでも営業できる状態だったので当然っちゃあ当然です。


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ぜひ公式サイトにあるリニューアル後の様子と比較してください



2012年から2018年の7年間廃墟だったホテル百万石は、もう廃墟ではなくなってしまいました。「廃墟の時に行きたかった・・・」と軽いショックを受けつつ、リニューアル後の公式サイトで廃墟の時にはわからなかった情報を調べました。



公式サイトにのってる内装はめちゃくちゃ綺麗で今風です。改装にどれだけのお金がかかったんでしょうか。



ホテル百万石時代と比べてみると、引き継がれたものとそうでないものがありました。

加賀家の家紋を用いたロゴはそのまま(色がついたかな)、お祭り広場(改称され山代夢広場に)や庭園はそのまま転用されています。


しかし、昔目玉だった屋外の円形プールがなくなっています。跡地は芝生になっていて、屋外プールがなくなった代わりに屋内プールができています。屋外のどでかいプールはやはり維持費がバカにならないから潰したんでしょうか。残念です。



今は従業員も募集しており、あの第一女子寮も稼働してるようです。



このサイトに現在の寮の外観が載っていましたが、外壁が白く塗装されていました。

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これはこれで味あったけどなあ


ホテル百万石は、知ってる廃墟が蘇生するという経験をさせてくれました。廃墟だった短い時期に、ホテル百万石に会えて幸せです。


蘇った百万石に、是非行ってみたいと思います。いつかまた廃墟になってしまう前に。




誰が見て楽しいのかこの記事

以上、緑水園とホテル百万石に関する私の後日談でした。調べて文章書いてる時はバーってアドレナリンが出て、「面白い・・・面白い!」ってなってんですが、ちょっとキモいくらいたっぷり情報を述べてしまった感があります。



2016年の山代温泉の旅館廃墟を取り上げましたが、その後百万石が復活したように、インバウンドや湯快リゾートなんやで、この場所は少し活気づいたのかもしれません。しかし、2020年のコロナ流行で様変わりしている可能性もあります。




廃墟は、心霊スポット・不法侵入者の居住・老朽化による事故などの要素が重なり合い、基本的には私も怖い場所だと思うのですが、諸行無常のトキメキを味わえる魅力ある存在だと思います。


建物内の写真を期待された方には物足りない記事だったかもしれませんが、私は一人で廃墟に不法侵入することがどうしてもできないのですみません。