球審に激しく抗議するルーツ(手前右から2人目)と見守る選手

 試合を重ねるたびに、ルーツは審判ともめるシーンが目立ってきた。通訳を入れず、執拗(しつよう)に英語でまくし立てる抗議に首をかしげる選手もいた。大下剛史が言う。「ルーツは信念を変えなかった。そこはすごい。ただ、チーム内に思ったほど勝てんじゃないかという空気も確かにあった」

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 4月27日、阪神とのダブルヘッダー1試合目の八回。佐伯和司が投じた1球をボールと判定した球審にルーツは食ってかかった。退場を命じられた後も本塁付近に仁王立ち。中断時間は10分を超え、放棄試合も辞さない構えを見せた。審判団に事態収拾を依頼された球団代表の重松良典がグラウンドに出て説得すると素直に応じてベンチ裏へ。球界初の外国人監督だったルーツの最後のユニホーム姿となった。

 この時、ルーツは重松に「次の監督を探すように」と告げ、