2025-08-19

自分が予想以上に子育てに向いていなかった

別に生む前も向いてるとは思っていなかった。

でもここまで致命的に向いていないと思わなかった。

子どもと遊ぶのが退屈なんだ。

とにかく退屈なんだ。

赤ちゃんの時は特に時間が余って余って仕方が無かった。

その間、どうやって触れ合えばいいのか解らなかった。正直今も解っていない。

絵本を読んでも精々数分。

ふれあい遊びだって精々1~2分。

動くようになったらハイハイで追いかけっことかもする。これは多少マシだがとにかく疲れる。

子どもは楽しそうだから頑張るが、あまり疲れるとその後の育児で気が短くなる。

コップ重ねや積み木。親が重ねたものを崩すのが好きなので延々と積む。崩される。また積む。崩される。とにかく積む。崩される。飽きる。

20回くらいやると嫌になるが子どもはまだまだやりたそうだ。時間全然進んでいない。

年齢が上がったら電車にハマったのでプラレールにかじりつくようになった。

一人でも遊んでくれるのでとても助かる。タカラトミーには感謝しかない。

でも踏切の真似を延々とさせられる。喉が痛くなる。何よりつまらない。

踏切玩具ではだめらしい。親がやらないとだめらしい。

小さい人形を持たされて「何が来るのかな~?うわぁ~!山手線だ~!」という小芝居も無限にやらされる。

これも喉が痛くなるし人形を小刻みに揺らすので手首も疲れる。何より飽きる。

トランプを並べるのも好きだ。子ども競争という設定で子どもにうっすら負けるペースでカードを並べる。

子どもが集中しているうちはいい。あちこちに気が散ると虚無の時間が長い。

ままごと、お店屋さんごっこ、同じことの繰り返しでうんざりする。たまには違う設定にしようよと言ってもしたがらない。

とにかく単調で同じ作業の繰り返しが多いか、虚無に感じるような時間が長い。

外出はいい。自分にもタスクがあるから公園は正直飽きるがそれでも家で遊ぶよりいい。

でも家で遊ぶのがとにかく苦痛だ。本当に苦痛だ。

夫はそういうのが苦ではないらしい。休日も延々とカードを並べたり踏切役をやったりしている。

心底尊敬する。

夫が居る時には家事を口実に子どもとの遊びから逃げてしまう。

問題家事が終わってしまった時だ。ついついスマホに逃げてしまう。今でなくてもいいような事を延々と調べてしまう。

この時間がとにかく後ろめたい。時間があるなら遊ぶべきだ。解ってる。でも嫌だ。

子どもと遊ばないなら読書するなり趣味の事をして気分転換すればいい。それも出来ない。後ろめたくて集中できない。

とんでもなく無益時間だ。わかっててスマホをいじる。今日の夕飯のレシピとかを意味もなく検索したりしてしまう。

時折Xで低年齢で保育園に預ける事の是非について語られるけれども、「子ども母親と一緒に居るのが一番」と胸を張って言える人を心から尊敬する。

私は心底「私と居たら子どもはまともな成長が出来ない気がする」と思って満1歳から仕事に復帰した。

それは正解だったと今でも思う。子どもはとても楽しそうに保育園に通っている。家が退屈だったのかもしれない。

子ども最近ママがいい」を連発するようになった。愛情不足なんだろうかと不安になる。

健康的な食事提供や快適な居住環境の整備、躾や何かを達成した時の賞賛苦痛じゃない。

子ども可愛いと思ってる。大事にしたい。

でもやっぱり家の遊びに付き合うのは苦痛だ。どうしようもなく苦痛だ。

私みたいなのに育てられる子ども不憫でならない。

  • ママがいいって言われるならしんどいなりにちゃんと関われてるんじゃない?

  • 似たような人は世の中に多いと思うよ。   24時間ずっと子供と接しているなんて無理。保育園や仕事のおかげで、触れ合う時間が制限されるのでなんとか子育てをやってられるって声は...

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