見える私と認識阻害型彼女   作:廃棄された提言

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懐かしの遊園地(未完成)

 私の見ている世界は、言うなれば騙し絵だ。

 

 生と死、昼と夜、現実と虚構…。

 

 正常性で満たされた世界においては同時に存在することの出来ない概念が幾重にも重なり(レイヤー)を成している。

 

 未来に過去を見出し、真実に嘘を検出し、生存者に死体を観測する。奥行きは同時に浮き彫りであり、明日は時として昨日だ。

 

 それは自分が何処にいるかすら分からなくなる混沌であると同時に、何処にもいないような虚無。

 

 唯一確かなのは、その全てが一括りに“事実”であるということ。

 

 彼らならば選ぶまでも無いフィルターを、私は慎重に調整してやっと人間と同じ視座を知ることが出来る。

 

 

 

 

 

 


 

「――では、本日も“深夜徘徊廃墟探索しまShow!!”ということで、やって行きたいと思います~。

 今回私が来ているのは、██県███市黄昏町のとある山奥ということで、此処には高度経済成長期に建築が進められていたものの、バブル崩壊によって開園前に放置されてしまった遊園地跡地があるんですよね」

 

 夜の山道、中腹辺りで男が手に持ったカメラに話しかけている。

 

 道といっても、最近ではほとんど人が通っていないのか雑草が生い茂っていたり、倒木が道を塞いでいたりする。

 

 だが、そういう他人からは近寄り難い場所へ踏み込んでいく映像には一定の需要があるのだろう。男は――配信者は時折画面に表示される視聴者のコメントにも答えながら山頂を目指していく。

 

「いや~…疲れたぁー…! 廃墟で幽霊に遭うより夜行性の動物と遭遇しないかヒヤヒヤしましたね~」

 

 数十分後、整備の行き届かない道を踏破して山頂に辿り着いた配信者は呼吸を整えつつ現地のリポートを開始していた。

 

 時間帯と山中であることもあって、一帯はかなり暗い。

 

 男はこれまでずっと点灯していたヘッドライトに加え、リュックの中から新たに手持ちの光度の高い懐中電灯を取り出して電源を入れた。

 

「おぉ……」

 

 暗闇の中で光に照らされ、錆び付いた入園口が浮かび上がる。中々の迫力だ。

 

 近くにあったチケットの購入口らしき構造物、その窓のツタで覆われたガラスの隙間から中を照らしてカメラでのぞき込んだりしつつ、男は一度も使われることなく封鎖された入園口を乗り越えて中に入る。

 

「実は~…こ の 近 く ! !地味~に行方不明者が多発してるんですよ。

 私が帰れなかったらどうか皆さんが通報して助けてくださいね。これは割とマジで」

 

 かつてはキチンと舗装されていたのだろう道も、地面を下から盛り上げる植物の根によって罅割れている。

 

 辛うじて原型を留めているアトラクション類も、多くは錆び付いたり植物に巻き付かれたりしていて動きそうにはない。

 

「おっと、心霊モノで定番のトイレですよ。カメラだけ覗かせて中を見ちゃ駄目ですか?

 やっぱり駄目? そっかぁ…」

 

 途中で見つけたトイレに関しても、結局一度も使われることが無かったので寧ろその辺りの公園の公衆便所より綺麗に見えた。

 

「う~ん……何もありませんねぇ~」

 

 配信者は動かない観覧車の籠を一つ一つ懐中電灯で照らして確認もしてみたが、やっぱり何も現れることは無かった。

 

 安全を考慮するならそれで良いのだが、男が求めているのは危険を冒して夜にここまでやって来た成果――すなわち撮れ高である。

 

 だが、特に事故もなく建設は進んで単なる予算不足で中止となった、それらしい事故どころか開園すらしなかった遊園地というモノには幽霊すらいないらしかった。

 

「そろそろ0時ですし、残念ながら此処で下山……ん?」

 

 …その時、出口へ向かおうとした男の周囲が突然深い霧に包まれる。

 

「何か始まったぁッ!! 皆さん、皆さんコレやらせじゃないですからね!!」

 

 興奮したように叫びながら、霧の中をライトで照らしてみたり、カメラと一緒に周囲を見渡してみたりと男は状況を観察する。

 

 そして変化が起きる。

 

 …突然、霧が引いて、周囲が明るくなって―――

 

「……へ? ████ランド? って言うか、昼!?」

 

 困惑と共に辺りを見回す。男は記憶にある景色そのままの人々の行き交う遊園地の只中にいた。

 

 時刻まで変わっていて、空にはさんさんと輝く太陽が昇っていて天気は雲一つない快晴だった。

 

「実は自分、実家が██の方で……子供の頃はよく来てたんです。懐かしいなぁ」

 

 男は暫く警戒していたが、その後は懐かしさを辿って記憶を埋めていくように歩き出し始めた。

 

 お父さんと乗ったメリーゴーランド。

 

 家族写真を撮った、名前を忘れてしまった遊園地のモチーフキャラクターの大きな像。

 

「僕、ジェットコースターに乗りたい!」

 

 カメラの視線の高さは徐々に低く、まともに構えることも出来なくなったのか今では下を向いている。

 

 さっきまでの男のものではない幼い少年の声が響き、首から下げられたカメラによって映ったと思われる撮影者の足にはかっこいいキャラクターの浮き出たデザインのスニーカーが履かれていた。

 

「あっ、やっと見つけた!!」

 

 遂に外れてしまったのか、カメラが地面に落ちて衝撃で映像が乱れる。

 

 カメラは走り去る少年の後ろ姿を最後に捉え、その後バッテリーが尽きるまでの30分に渡って██県に実在する████ランドに酷似した正午のテーマパークの様子を捉え続けていた。

 

 

 

 

 

 

 


 

「キューッ クッ キュックッ」

 

「……」

 

 ウサギに懐かれた。

 

 何を言ってるか分からないと思うが、私にもよく分からない。白く滑らかな毛並みは、先日私がスイーツレストランで投げ飛ばした物と同じである。

 

 ………投げ飛ばした(・・・・・・)

 

 それで懐かれた。店を出る時に待ち伏せされていて、足にしがみ付いて来た。「見えてますよね?(確信)」と雄弁に語る黒い瞳で見つめられた。持ち帰った。どこかの50█号室も、おっさんではなく愛玩動物を捕食器官として用いれば犠牲者をもっと増やせるのではなかろうか。

 

「キューッ キューッ」

 

 依然として、ウサギの認識阻害は有効だ。私が地面から何かを拾い上げた動作にすら明夏羽は気付かなかったし、一応はペット禁止なマンションにこの子を持ち込む際にも何も言われなかった。

 

 だが現在、この子は私に対して積極的にその存在を誇示している。そんな事をせずとも素で見えているが、視線を外すだけで寂しそうに鳴き出す程だ。警戒心が強くあらゆる認識を跳ね除けるこの種の生態を考えれば、これは結構なイレギュラーである。

 

 ………100万歩譲ってこの子が孤独に喘いでいたとしよう。だが、暴力を振るった相手にすり寄りに行くものか?

 

 ……DVカップルという不名誉な称号が脳裏に浮かぶ。

 

「キュッ キュッ キュッ」

 

 いつものように朝に水を飲む私の前で、白い毛玉が卵とトマトのサンドイッチを齧っている。

 

 朝食…………。

 

 お前、本当にウサギか?

 

 

 

 

 

 

 

「―――と言う訳で、もしもペットに名前を付けるならということで一つ頼めないか?」

 

「どういう訳ですか?」

 

キュッ?

 

 昨今の怪異事情の情報交換という体で澄香に呼び出された私は、モフモフと心地良い白い毛並みを撫でながら昼下がりの近所のカフェで彼女と向き合っていた。世の中撫でるならタヌキよりキツネ、キツネより██、██よりウサギである。

 

 ちなみに澄香の腕からはもうギプスが外れている。

 

認識阻害ということで君と能力のカテゴリーが同じだからね。尤も、その存在も性質も他者に情報として伝達することは出来ない。この子の情報それ自体が、全開時の君と同じく認識阻害を帯びている

 

「………?」

 

 澄香は首を傾げる。

 

 同じ能力を持っていたところで、別に認識阻害に対して耐性を獲得するわけではない。幽霊サメと呼ばれる種と透明イワシの群れがお互いの存在に一切気付かないまま仲良く遊泳している場面を私は見たことがある。

 

 ―――幽霊サメによる人間への被害は、その結果を見れば一般的なサメとほぼ変わらない。

 発見当時、現地の対超常組織によって即座に隠蔽されたが目撃者による「水が人を喰ってる!!」という叫びは中々に印象深い物だった。その後、オーストラリアの特殊海洋環境を監視・保全するその組織は一匹の“サメがいると思しき空間”を隔離し捕獲することに成功した。

 だが、その性質上具体的な個体数の把握と監視は不可能だろう。

 

 ―――透明イワシの発見も同じくオーストラリアだった。砂浜に打ち上げられたソレらが大量に腐敗していたことに気が付かず、海水浴を実施した遊泳客の多くが食中毒に似た症状を起こしたことで、奇しくもサメを捕獲したものと同じチームの注意を引いた。

 結果、その存在が立証されビーチは封鎖、清掃が行われた。最終的に事件は“海洋汚染”として処理された。

 

 オーストラリアには本当に動物が多い。

 

 

 ……さて、話を戻そう。

 

 認識阻害を正面から看破するには認識強化能力が必要だが、彼ら彼女らは日々余計なモノを見てしまうせいで短命だ。認識強化は認識阻害の明確な敵対者であり、多くの認識阻害実体は自らを認識しその秘匿性に害を為そうとする存在への敵意と隔意を隠さない。

 

 逆にその存在を喰い尽くし、“認識強化”という概念そのものを忘却の闇に葬ろうとする。

 

 ………普通ならば。

 

 ウサギなのにゴロゴロと鳴き出しそうな白い毛玉を撫でる。

 

説明しても伝わることはない。伝えたとしてもその記憶はすぐに消える。

 ―――だから、もしも私が白いウサギを飼い始めたらという設定で想像するゲームだと思ってくれればいい」

 

「はぁ……では、安直に“イナバ”はどうですか? 因幡の白兎と言いますし」

 

「それは神獣だろう。退魔関係者にとってそれは、実在の歴史上の偉人の名を付けるようなものだ。少し渋過ぎるかな」

 

 少なくともこの子は神の使いとかそんな感じではない。ただの甘えたがりだ。

 

「むぅ……確かに」

 

キュップ キュップ

 

 彼女は頭を捻る。私はその間、注文したスパゲッティをフォークに絡め、腕に抱いた毛玉の口元に運んでいた。

 

 モゴモゴとよく食べる子だ。

 

 口の周りの毛に付いたソースをふき取る。

 

「………白いウサギなんですよね?」

 

「白いウサギだね。今は若干ケチャップも追加されたが

 

「……白……雪………“コユキ”…とか?」

 

「……思った以上にしっくり来た。それで採用にしよう。今日からお前はコユキだ

 

キューッ

 

「結局これ何の会話なんですか?」

 

 どうやら気に入ったようだ。白い毛玉改めコユキは、私の腕の中で歓迎の声を上げた。

 

 

 

 

 

 


 

「―――今月に入ってから行方不明は5件、内3件については怪異の関連が疑われていますね。ほぼ確定と言って良いです」

 

 出会って早々に不思議な問いを投げられ、それに無事返答した澄香はやっと呼び出した本題を切り出していた。

 

 実は以前から定期的にこういう事をしている。

 

 ―――彼女の担当地区(ナワバリ)であるこの街の変化と、未解決な事項の話し合い。

 特に“出張”―――遠方に協会からの任務で駆り出される場合は、その詳細を事前に伝えておくために緊急で呼び出すこともある。

 

 実はこれが結構重要で、最早彼女の生命線と呼んで差し支えない。

 

 伝承…すなわち一つの文化と能力者本人の存在記録の抹消というデメリットこそあれ、問答無用で大抵の怪異の存在を現実から虚構へと強制的に封じ込めてしまう澄香の能力は協会内でも破格の物の一つだ。

 能力者本人の物理的な破壊力や耐久性が並であることを加味しても、その有用性からかなり彼方此方に呼ばれることが多い。

 

 

 ………これは余談だが、先日の病院での一件では危うく最後の手段として澄香が投入されるところだった。もし彼女が実際に当該怪異の討伐策として起用されていた場合、市立病院を中心に周辺地域丸ごとが誰にも進入できない認識阻害ゾーンとなり永久に失われていたことは想像に難くない。

 病み上がりですらない負傷者を動かすことへの倫理的なブレーキと、認識阻害能力者が精神汚染された場合未曾有の大災害が起きたことにすら気付けない可能性があるとして最終的には棄却された案だ。

 

 

 澄香はその能力の性質上、度々全ての外部連絡手段を喪失し孤立する。彼女が能力を全開にするという事は追い詰められているという事であり、例えそこから問題を解決したとしてもその後に誰も彼女を回収に来ることが出来ない。

 最悪手足が圧し折れていようが、地面を這いずってでも自らが構築した認識阻害のフィールドから脱出しなければ助けも呼べない。実際、そうなった事も多い。

 

 目の前の“友人”のような耐性持ちは本当に稀有だ。―――と言うか、澄香は“友人”以外に耐性所持者を知らない。

 

 過去には実は存在していたかもしれないが、全ての認識強化能力者は目を付けられやすい(・・・・・・・・・)。少なくとも現在、澄香の知識には認識強化の概念すら無かった。

 

 協会本部のデータベースにも、最早残っていないだろう。

 

 ともあれ、彼女にとって瀕死状態から拾い上げてくれる命綱はたった一本である。前回のようにメッセージを送ることすら出来ないほど追い込まれたら、もしそれが目の前の“友人”が知らない場所で起きたなら―――

 

 ……二度と誰も見つけてくれない認識の暗所で、ハエにすら無視され干からびて死んでいくことにはなりたくない。

 

「―――今度の任務地は██県山奥の開園前に建設が中止した遊園地です。廃墟探索を主としている動画投稿者が遺棄された遊園地内部に侵入し、ライブ配信を行いました。配信自体は事前に協会が察知していたことで問題発生後すぐに監視員がアーカイブからも削除しましたが、動画内でカメラを投棄し画面外に出た投稿者の安否は不明のままですね」

 

「ありがちだね。映像には他にも常識では理解し難い何かが映っていたんだろう?」

 

「何か……というより何処か(・・・)ですね」

 

 澄香は協会からの任務内容の説明に際して、既に“問題”とされる映像を確認している。

 

 あぁ、それは確かに異常だった。

 

「普通の遊園地が映ってました。それも別の██県に実在するテーマパークと極めて酷似した物が。計画が立ち消えになって放棄され、電力すら通っていない筈の遊園地の敷地内で」

 

 

 

 

 

 

 

 澄香は“友人”とある約束を取り付けて店を出て別れた。暫く道を行く彼女の前に物陰から人影が躍り出る。

 

「す~み~か~♪」

 

「怜南……奇遇ですね」

 

「やっほ!」

 

 同年代の、活発な印象を与えるその少女は神坂(コウザカ)怜南(れな)。澄香のクラスメイトにして、異例と呼べるスピードで彼女の友人の位置に収まったコミュニケーション強者である。

 

 少々強引かつ遠慮のないスキンシップで澄香の肩に手を回した彼女は、そのまま内緒話をするように顔を近づけて来た。

 

 実を言うと、澄香は勿論“友人”も店の外に隠れている(つもりの)少女が何かコソコソやっていることには気づいていた。何なら協会から派遣された現地員であるカフェの店主も気を利かせてカーテンを閉めてくれた。

 秘密組織のエージェントと、その秘密組織がお手上げな案件に対して白星を上げる外部協力者である。素人丸出しの諜報活動などあしらうまでもなかった。

 

「(さて…何を聞かれるのでしょうね)」

 

 何を考えて怜南が自分たちを観察していたにせよ。澄香は幾らでも誤魔化しを思い付ける。一般人へのカバーストーリー構築など、協会関係者が第一に習得する技能だ。

 

 その時、その場所、その状況―――怪異による予測不能で理解不能なあらゆる“滅茶苦茶”を、妥当でそこそこの“滅茶苦茶”に偽って混乱を収束させる。

 

 最悪、情報統制と忘却剤があればある程度まではどうにかなるが、それでも鎮火する炎は小さいに越したことはない。

 

 それに今回は別に怪異絡みでも何でもない、表向きにはただの茶会だ。ただの高校3年女子かつ気心の知れた友人に偽ることなど、頭の中で今日出された数学の課題(問題暗記済み)を解きながらでも出来る。

 

 そしてその程度の嘘に心を痛めることなど無い程度には澄香の倫理は掠れていた。

 

「澄香ってさ―――」

 

 だが、その程度で澄香が精神的優位を保てるなら、怜南は彼女と出会って15分で友誼を結んだりしていない。

 

 澄香は既に一度、押し切られている。

 

「―――彼氏できたの(・・・・・・)!?」

 

「は……?」

 

 全く想定していなかった方角からの爆撃により、学生退魔師の脳内にあった諸々が吹き飛んだ。数式が寝違えて解が無限に発散し、訳が分からないことになる。

 

「いや何となく男の人かなと思ったけど、綺麗系の美人にも見えたよね! もしかして彼女だったり!? 私も狙われちゃってる!?」

 

「ちょっ…」

 

 怜南は自分の身体を守るように胸の前で腕を組み、半歩だけ澄香から離れたが単なるおふざけだったようですぐに戻る。

 

「こう、体格が細いから浮世離れした儚げ美人って感じだったね! それで穏やかに笑う時のギャップが凄く良かった! 澄香も途中から真剣な顔で話し始めたし、もしかして結婚を視野に―――!? きゃああああああ!!!!

 

「待って、ストップ。お願いだから口閉じてください! ここ往来のど真ん中ですから!!」

 

 澄香はこの状況を何とかしなければいけないと思い、この状況をどうにかすることにした。

 

 具体的には怜南の“誤解”が解けるまで路地裏に連れ込んでみっちりお話(・・)することにした。―――他意はない。他意はないのに、路地裏から戻った時の通行人の視線が痛かった。

 

「へぇ~、バイト先の先輩だったんだ。でもでも~やっぱりワンチャンそういう気があったり~」

 

「無いです!!! 帰りますよ怜南!!!!」

 

 この恋愛脳の家は知っている。澄香は強引に腕を引っ張ってひそひそと会話を始めた小群集を突破すると、そのまま怜南を彼女の自宅の放り込んで脇目も振らずに直帰した。

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

「…私、澄香に家教えたことあったけ……?」

「―――ま、いっか。それにしても本当に綺麗な人だったなぁ。こう、惹き付けられる感じというか、オーラがあったよね~」

「あ~、名前くらい聞けば良かったぁ~!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 某日、黒のオーバーコートの下に退魔師としての正装を着込んだ澄香は、先に駅に到着して待っていた灰色のトレンチコートの黒髪の麗人を見つけて手を振った。

 

「―――すみません。待ちましたか?」

 

「いいや、一本前だ。端から先に現地入りするつもりでいた」

 

 場所は例の廃遊園地のある██県黄昏町(たそがれまち)の最寄り駅。そこで彼女は協力者と落ち合った。―――あの日、喫茶店で相手と約束した通りに。

 

 “友人”は協会と正式な雇用関係にはない。あくまでも協力者であって、本質的には外部の存在だ。それでも、その存在を協会が良しとしているのは、それがともすれば澄香以上に彼らにとって有用な存在だからである。

 

 その評価が的外れで無いことは、先日協会に大損害を齎した病院での一件を武器すら持たず解決したことからも伺えるだろう。

 

 本来だと“友人”を動かそうものなら、協会でも下手には捻出できない額が飛ぶ。具体的には、特異能力を持った最上級の退魔師の一角である澄香の最大月収の実に4ヶ月分がたった一度の依頼で消し飛ぶ。

 

 同年代の高校生よりも遥かに稼ぐ澄香であっても、自分が基準となった半年分近いその金額を払うことは出来ない。

 

 ―――では、これはどういうことなのか。何故、澄香は“友人”を今回起用できたのか。

 

 ……言ってしまえば、協会に依らない個人的な友人関係によるズル過ぎるコネである。贔屓にしていると言い切ってしまってもいい。

 「友人関係に金なんぞを絡ませたくはない」という本人の一言により、今日まで澄香は別の形でお礼を返すならともかく現金としては1円も払わず“友人”を起用している。

 

 何なら廃トンネルでの一件で彼女はメール一つで相手を呼び出している。これも本来なら有り得ないことで、大抵は仲介人である陶島明夏羽を通さなくてはならないのだ。

 

 目の前の相手に対する直通の連絡手段を獲得しているというのは、相当にレアなことである。

 

「―――目的は例の廃遊園地の性質の解明、及び可能なら生存者の回収で良かったかい?」

 

「はい、積極的に無力化する必要はないと聞いています。それと改めて行政に確認したところ、周辺地域では遭難として処理されていた行方不明者数が不自然に多かったです。恐らくは、そういうこと(・・・・・・)でしょう」

 

「なら、住人への聞き込みから始めようか」

 

 怪異はその起源・伝承により性質を予測できることが多い。文化的に閉鎖した環境であれば、外部と現場の認識に大きな情報の差異があることもある。

 

 卓越した身体能力を持っているとか、異能が単純火力に特化しているとかで力押しが最適解となりがちな一部の退魔師はともかく、只野澄香は事前調査もしっかり済ませてから保険もかけて慎重に本丸を叩くタイプである。

 

 一応、力で押せないわけでも無いのだが、その代償は軽く支払って良いものではない。だから、事前に減らせるリスクは排除する。

 

 ………そこまでやっても、怪異と対峙するなら“絶対”は存在しない。

 

 アレらは根本的に道理を外れた存在たちだから。

 

 

 

 

 

 

 


 

 “黄昏ハイランドパーク”は地域町興しの目玉として黄昏町役場と市役所が共同で企画したテーマパークだった。しかしバブルの崩壊により建設が中断し、県の財政も危うくなったことから計画は白紙に戻された。

 

 結局、黄昏町は現在過疎化が進行し、駅から暫く歩いた位置にあるアーケードにもシャッターが目立っている。いずれ此処は、時代と共に忘れられ行くことになるだろう。

 

 ……澄香との共同調査は、以前の記憶にもある。彼女は余程の事が無ければ私を頼らないが、必要だと判断すれば私を利用する事を躊躇わない。

 

「ごめんください」

 

 数少ない営業中と思しき店舗に澄香が声を掛ける。

 

 団子屋。

 

 片栗粉と餡子の匂いの染み付いた老年の女性が店の奥から現れた。

 

 私達の事は、別に歓迎も忌避もされていない。ただ、過疎化が進む中で澄香のような若者は珍しかったのか、少し驚いたように彼女を見つめている。

 

 同年代より少し小柄な澄香は、実年齢よりも2~3歳ほど幼く見られ易い。

 

「すみません。少々お話を―――いえ、先にお団子を頂きましょうか。みたらしを2本お願いします」

 

「おーぅ、分かった分かった」

 

 実際も見た目も若い澄香の方が警戒心は抱かれにくいだろう。にこやかに注文する彼女の前で、店主の老婆はその場で団子を作り始めた。

 

 こういう交渉事では、私は黙って澄香に任せた方が良い。

 

 私の場合、良くも悪くも過程をすっ飛ばして答えに辿り着いてしまうから、道中の色々な物を蔑ろにしてしまう。

 

 それは私を満たす事こそあれ、何かに貢献する事は少ない。結局辿り着くのは私1人で、その過程の道筋を誰かがなぞることも出来ない。

 

「ほうれ。出来たぞ。熱いから気を付けな」

 

「ありがとうございます」

 

 炭火の焦げ目にたっぷりの醤油タレ。それぞれ4個の団子が刺さった串を2本、店主の老婆が差し出す。

 

「久しぶりの若い客だからねぇ。団子1個オマケしておいたよ。代金は1本150円で300円だね」

 

「わぁ、ありがとうございます」

 

 澄香は老婆に自然な笑みを浮かべて感謝を述べ、それを見た相手は頬を緩ませる。

 

 ………どうやら、向こうは私達を姉妹か何かだと思っているらしい。

 

 それほど似ているだろうか?

 

「はい、どうぞ」

 

「嗚呼、ありがとう」

 

 澄香が2本の串のうち1本を私に差し出す。礼を言って受け取った。

 

 串の先端の1個を口に含む。

 

 ……温かな団子は飛び抜けて美味であるという訳ではない。ただ、平凡な甘さと香ばしさには懐かしい物を覚える。

 

 それはきっと、毎日食べても飽きないのだろう。

 

「ん~、美味しいです!」

 

「ははっ、そう言って貰えると嬉しいねぇ」

 

 若い人間が珍しいからか、店主は美味しそうに団子を食べる澄香の事を気に入ったらしい。

 

「それで、何か聞きたいんじゃなかったかい?」

 

「あっ、そうでした! 今、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫も何も、客はお嬢ちゃんたちだけだよ」

 

 確かに、見渡して見てもほとんどの商店は閉じていて、道を行く人も稀だ。車道を走る車のエンジン音すら無い。

 

「―――あの山頂の遊園地みたいなものについて聞きたいんですけど…」

 

「あぁ、あれかい。残念なことだったねぇ」

 

 澄香がアーケードからも見える、深く木の生い茂った山の天辺に見え隠れする人工物を指差して言うと、老婆は少し表情を陰らせた。

 

「元々この店は、私の母さんがやってたのさ。あそこに遊園地が出来れば、駅からそこへ行くまでの客で商店街も賑わうだろうってね。私も楽しみにしてた。

 でも結局、遊園地が完成することは無かったよ。私が学校から帰ったら、『いつ遊園地完成する?』って母さんに聞くのが常だった。そんな母さんも逝っちまって、私の通ってた学校も無くなっちまったよ」

 

「そう……ですか。すみません」

 

「ははっ、別に嬢ちゃんが謝ることじゃないよ。もう終わっちまったことだからねぇ…」

 

 「ただ…」と老婆は付け加える。

 

「最近、夜に山を眺めてるとキラキラしたもんが天辺で見えたり見えなかったりする気がするんだ。寝ぼけてんだ。やっぱり年だね。まだまだ確りしたつもりだったけんど、老いにゃ勝てねぇな」

 

 

 

 

 

 

「……どう思います?」

 

 これも町興しの一環として建設された展望タワーの上で、聞き込みを終えた澄香が私に問い掛ける。

 

 あれから何れも高齢の住人と何人か接触したが、全員がただ残念そうに過去を語るだけで、この手の基準外事象にありがちな工事中の不穏な事故だの怪奇現象に触れたりする者はいなかった。

 実際、町役場で建設記録も調べ、当時それを担当していた建設会社にも問い合わせたが何ら異常とされる現象は起こっていなかったという。

 

 町ぐるみで何かを隠しているという雰囲気でもない。そんなことをしたところで、住人の平均年齢を考えればあと20年とせずこの町は廃墟だけになって自然消滅する。

 

「そうだな…」

 

 展望タワーの窓から見える外。

 

 麓から山頂にかけて目を凝らすが、太陽の昇っている今は私の知覚にも何ら基準から外れた物は見えない。ただの残骸、消えていく町の夢の跡だ。

 

「悪意が無いからと言って一概に無害なわけではないが、積極的に人間を害する物でもないのかもしれない。

 ―――後は夜だね。団子屋の証言と発覚の原因になった配信動画の時間帯から見ても、日が落ちてからが本番だろう」

 

「そうでしょうね……」

 

 彼女もそこには勘付いていたらしい。それもそうか。彼女は真っ先に問題の動画を見ているのだから。

 

「配信者は最初こそ、突然変化した光景に困惑していましたが、徐々に内部のアトラクションを素直に楽しむようになっていきました。恐らく、何らかの精神影響を及ぼす物ではあるのでしょう。

 その効果が敷地内に限定されているとすれば、周辺を封鎖してしまうだけで済みましたが、どうも団子屋のお婆さんは麓からでも夜間にその存在を認識していた」

 

「そして行方不明者は以前から―――具体的には施設が放棄されて5年が経過した頃から発生していたが、団子屋の店主曰く夜間に確認される発光現象の発生は“最近”だった。行方不明者の全てがそれに曝露したわけではないだろうが―――」

 

「成長……してますよね。性質が可変であるものは厄介です。昼間でも遊園地が常時顕現するような事になれば、上は隠蔽にかなり苦労することになるでしょうね」

 

 「最悪私が駆り出されるかもしれませんね」と冗談めかして澄香が言う。正直、あまり冗談ではない。彼女の能力の取返しの付かなさを協会は認識しているが、それはそれとして使うべきなら躊躇わない。そして澄香も、それを拒まない。

 

 死ぬわけではないからと、それを他者が考えているより遥かに冷静に澄香は行えてしまう。

 

 ……決断は早い。実行も迅速だ。

 

「……君はどうせ否定するだろうが、君はかなりの友人思いだよ」

 

「―――まさか。私は必要だと判断すれば、幾らでも友人を切り捨てられる冷たい女です」

 

 だが、引き金を引いて暫くしてから、澄香は1人で隠れて泣くタイプだと知っている。

 

「親からの愛すら、自分で無かったことにしたんですから」

 

 夕日の影になったその表情を、私は敢えて見ようとはしなかった。

 

 

 

 

 


 

 夜。日が落ちて、0時を過ぎた頃に想定通りに事態は動いた。

 

「出た」

 

「どんな感じですか?」

 

 建設跡地の敷地外の山頂付近に待機していた2人のうち、やはり一人が鋭敏に変化を感じ取る。

 

 澄香の視点からは、そこはまだ未完成の錆び付いたアトラクションの居並ぶ残骸でしかなかった。コンクリートやアスファルトといった人工物は放置された内に繁茂した植物に覆われて所々が隠れている。

 

「―――施設の中央から沸き出した発光する灰色の霧が本来の姿を呑み込み、景色を上書きした。幾つかの他のテーマパークの要素が混ざっている。確認出来る人型の生物…キャストと客の人数が明らかに失踪者よりも多いな」

 

「……それは人外ですか?」

 

「表面的には完全に人間だ」

 

 つまり、中身は違う。澄香は相手を人外、人型の怪異と断定し、領域内への侵入に当たって装備の最終点検を始めた。

 

 光源、記録装置、通信機に予備バッテリー、一本の刀、一丁の拳銃と銃弾、手榴弾5つ、三日分の水と行動食、救急キット………全て、問題無し。

 

 オーバーコートを脱いで退魔師としての正装を露わにした澄香は、コートを黒髪の麗人に預けていよいよ敷地の境界線に立つ。

 

「……本当に一人で行くのか?」

 

「いざと言う時は、私を引っ張り上げてください。いつものように」

 

 レベル3の意識強化剤を澄香は自己に注射しつつ答える。これを事前に服用していれば一般的な精神安定効果の他、呪いや洗脳といった精神汚染にある程度抵抗出来る。

 

 レベル3はその中でも目立つ副作用の無い物の中では最も強力な物だ。投与量を間違えれば脳機能に支障を来す程に。

 

 だが、それだけ効果は強力だ。遊園地に不明な精神汚染効果が有ることが見込まれる以上、十分な対策とは取り得る内での“最大限”を指示する。

 

「分かった。だが、それは最後の手段だと思っておいた方がいい。引き返せる内に引き返すのが、恐らく最も穏便に済むことだろうから」

 

「分かっていますよ」

 

 答え、そして澄香は敷地の境界線を超えた。

 

 一瞬でその姿は“現実”から消失するが、鈍色に濁り透き通った瞳には“非現実”を歩み周囲を見渡す彼女の姿が映っている。

 

 敷地内に寄せ集められた遊園地の種類が一つ増える。

 

「………前にも言ったが、私は全てを明かすことは出来ない。それは私の底意地が悪いからではなく、純粋な善意による判断であり譲歩だ」

 

 誰にともなく、現実に残された者は呟く。

 

 非現実空間において、何かを見つけた澄香が硬直し息を呑んだのが見える。

 

「―――幸福な夢と悲惨な現実、どちらを選ぶのも自由だが…忘れるな。全ての最後には当然の如く(終わり)がある」

 

 生きていれば死に、夢ならばいつかは覚めてしまう。結局、人は永遠に幸福ではあれない。同様に永遠に絶望的でも無かったが、最終的に行き着く場所は同じだ。

 

「……約束は守ろう」

 

 願わくば、少女が自力で達成する事を期待しながら、世の不安と無常を誰よりも知る者は既に結末を予見していた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――あ」

 

 夢から覚めたような、夢を見続けているような不思議な気分だった。

 

「あ――れ?」

 

 何を、していたのだろうか。何かと、誰かと逸れてしまったかのような…。

 

 人で溢れた遊園地…どこ…名前は、何だったか。

 

 いつ……違う、今日は、確か…。

 

「澄香! やっと見つけた。一人で歩き回らないでってあれほど言ったじゃないか」

 

「あ……」

 

 幼い少女は、自分のところに走ってきた男を見つめる。ややあって、口にするべき言葉を思い出した。

 

「お母さんも探してるぞ。早く連絡しないとな」

 

「―――うん」

「ごめんね、お父さん(・・・・)

 

 そうだった。自分が逸れていたのは、両親とだった。

 

 

 

「もー、急にいなくなるんだから」

 

ごふぇんなさい(ごめんなさい)…」

 

 ぐりぐりと頬を引っ張りながら澄香を叱る母親の顔には、けれど確かな安堵の表情があった。随分と心配をかけてしまったのだなということが、幼心にも分かる。

 

「もういなくなっちゃ駄目よ?」

 

ふぁい(はい)

 

 ジーンと頬は痛むが、両親のいない心細さに比べればそんなことは些細なものだった。―――今が、温かい。

 

《ピンポンパンポーン♪ 迷子のお知らせをいたします》

 

 その時、園内放送が鳴る。

 

《██県からお越しの只野澄香様、至急遊園地入り口までお越しください。█▜▙▛様がお待ちです》

 

 最後はノイズが強くて、よく聞き取ることが出来なかった。

 

「変だな? ██県なんて行ったこともないぞ。係員に間違えて伝えてたか?」

 

 夫妻と子供の現住所は別の県である。だが、放送で読み上げられた県名は実在するが全く別のものだった。

 

「まぁ、見つかったんだからいいじゃない。向こうも探してくれてたんだし、取り敢えず迷子センターに連絡を入れてから昼食にしましょう。

 澄香は何食べたい?」

 

「うーん……オムライスとアイスクリーム!!」

 

「アイスは歯ブラシが無いから虫歯になっちゃうわ。オムライスだけね」

 

「えー」

 

「我儘言わないの。虫歯になったら痛い痛いよ?」

 

「むぅ…はぁい」

 

 母からの忠告に反論できる要素が無かった澄香はしぶしぶ引き下がる。その間、父親は近くの係員に迷子が見つかったことを伝えていた。

 

 父親が戻って来る。

 

「じゃあご飯にしようか」

 

「澄香がオムライス食べたいって」

 

「オムライスか。よし、混み合いそうだし少し急ごう!」

 

「オムライスー!」

 

「こら! 危ないから走っちゃ駄目よ、二人とも」

 

 駆け出す父子と、呆れたようにそれを追う母親。それは幸せな家族の光景だった。

 

《迷子のお知らせを―――》

 

 間違った園内放送のことなど、もう耳に入らなかった。

 

 

 

 

 観覧車に乗った。天辺で空に手が届くかなと思ったけど、まだ雲には手が届きそうに無かった。

 

 ジェットコースターには年齢制限で乗れなかった。皆楽しそうに叫んでいたから残念だった。

 

 プールで泳いだ。父親と協力して母親に水を掛けた。―――反撃され、壊滅した。

 

 お化け屋敷では一番の年長者である筈の父親が真っ先に叫んで逃げ出した―――何故か、澄香は作り物の怪物たちを全く怖いとは思わなかった。

 

 コーヒーカップで目を回した。父親は母親に叱られた。

 

 観覧車がよく見える位置で、家族全員の写真を撮ってもらった。

 

「楽しかったー♪」

 

「そうだな」

 

「そうね」

 

 心からそう思う。心から幸せを感じている。

 

 こんな日が、ずっと続けばいいな。

 

「まだ明日もあるぞ」

 

「明後日もあるわね」

 

「まだまだ楽しめる」

 

「まだまだ楽しみましょう」

 

「やったぁ!」

 

 園内にはリゾートホテルがあった。大きなベッドの中で、家族3人で川の字になって―――

 

「おやすみ。明日に備えてもう眠りなさい」

 

 毛布に包まって、母親の腕の中で―――

 

 

 

 

 

「いいや、もう夜明けだ」

 

 

 

 

 

 ……焼け付く匂い。

 

「火事だ!!」

 

「逃げて、澄香!!」

 

 部屋が赤く染まっていた。父親が消火を試みて浴室からシャワーヘッドを引っ張ってくる。だが、そこから流れ出したのは真っ赤な鮮血だった。

 

「どうなってるんだ!?」

 

「澄香!! 逃げて!! 走りなさい!!!」

 

「……嘘」

 

 嘘だ。嘘に決まってる。だって、だって―――

 

「―――こんなの知らない(・・・・・・・・)!!」

 

ぎゃあぁああああああああッ!!!!

 

逃げ…て……すみ…か

 

 目の前で父親が炎に巻かれて叫び声を上げた。母親は血塗れになって倒れる。

 

 澄香の冷静な部分が、二人がもう助からないことを告げる。

 

 彼女は振り返らなかった。倒れた両親に駆け寄ることもせず、一心不乱に記憶を頼りに遊園地の出口を目指す。

 

 人々とその笑顔でいっぱいだった遊園地は今や地獄と化していた。客もキャストも建物も、全てが赤く染まっている。

 

 空は巨大な夕日が掲げられたように赤く染まって、太陽と月の代わりに血に染まった瞳のような物が浮かんで全てを睨んでいる。

 家族で泳いだプールも血のように赤くなり、その液体の中では人型の影が境界を失って溶け出していた。

 全ての地面と建物は何処からともなく現れた炎により赤く燃え上がっている。

 

 走る内に、彼女の姿は幼き日のものではなく黒い和洋折衷の装束を身に纏った退魔師としてのものに変わっていた。

 

 ―――熱い、痛い、辛い、苦しい。

 

「あぁああああ―――ッ!!!!」

 

 そして彼女は焼けて崩れ落ちそうな入園口に辿り着いた。幾人かの人型の黒い炭が、炭となっても燃え尽きずに全てを灰にせんと燃え続けている。

 

 飛び出すように入園口から外に出た。背後で何かが崩れ落ちる幻音が鳴り響き、そして―――

 

「おかえり」

 

 ただ夜明け前の静けさ、廃墟の外にあって、聞き慣れたその声はよく響いた。

 

 憎悪。

 

 何かを理解するより早く、衝動が澄香の身体を突き動かす。

 

「―――お前がぁああああああッ!!!!」

 

 殴り掛かる。

 手元に戻っていた武器を使おうとする理性すら残っていなかった。

 

 その全てを見通していた筈の相手は、避ける素振りすら見せなかった。

 

 頬を打ち抜いた拳の先で、バキリと骨に罅の入る異音が鳴り響いた。

 

「…………あ」

 

 理性の光の灯った瞳が孤独と絶望の暗闇に沈んだのを目撃した瞬間、殴打される事を是とした“家主”は失敗を悟った。

 人の心があるなら、素直に殴られるべき事をした。けれど、この場面でその“気遣い”は逆に澄香を突き崩し、突き落とした。

 

「…………」

 

 頬を苛む痛苦は気にならない。“家主”の心は動かされても壊れる事が無いから。

 その場で地面に膝を着いた少女を前にして、それでも心は苦痛を感じる事が無い。相手に共感してやれない。だから、先ほどのように最善を取り違える。

 

 ――全てが終着した背後で、とっくに見果てられた夢の残骸、錆びついた鋼鉄の群れがその密かな呼吸を永遠に停止していた。

 

 

 

 

 


 

「アレは謂わば、誕生することの出来なかった遊園地の無念だ。

 ―――人に願われ、しかしその途中で放棄され、最後には誰からも諦められたのに、肝心の本人が未だにそう在りたいと願い続けていた。いや、この場合は本()か。

 規模は桁違いだが、君たちの基準で分類するなら付喪神の一種になるね」

 

「……」

 

 明け方の始発電車。他に誰も乗客のいない空間で私たちは今回の一件を振り返るミーティングをしていた。だが、喋っているのは私だけで、斜め向かいの席の澄香は視線を合わせようともしない。

 

 私の頬にはガーゼが貼ってある。顎と眼窩を少しやった。澄香は直接戦闘特化ではない退魔師だから、この程度で済んだ。

 

 これが普段から血の気の多い連中だと、上半身も残らなかっただろう。

 

「自らの領域内に入り込んだ人間の記憶の中から“遊園地”に関する思い出を呼び起こし、それを読み取って学習を重ね成長していく。いずれは昼間でも一般人に認知され、そして来園者を通して更なるアップグレードを続ける遊園地になっていただろう」

 

「………」

 

「君が気にすることではない。あれは正常な反応だった。最悪殺されることぐらいは想定して私も実行した」

 

「………やめて、ください。その逃げ道は、今は、苦しい…」

 

 理性と感情は異なる。

 

 発生した瞬間から非人間の摂理と狂った世界で生きる私と違い、澄香にはかつて幸福で平穏な過去があった。

 

 あの遊園地が参照のために呼び起こしたのは、澄香のそんな過去そのものである。

 

 強制的に過去へ戻されれば、現在まで培っていた筈の覚悟と諦めによる含蓄を失ってしまえば、“ああ”もなるだろう。

 

 内側での記憶と経験は消えない。そこで増大した感情が、現実に回帰した理性でも抑えられないほどに膨れ上がったというだけの話だ。

 

「私が原因で、本来なら死ぬ必要も無かったかもしれない君以外の失踪者は全員ロストした。それは性急であったかもしれない。

 どうあれ、人は未来へ進んでしまうから、いつかは脱出出来たのだろう。

 ……だが、私はそれらを例外なく焼き払った。

 明らかに過剰な対応だ。本来の任務目標を片っ端から踏み躙っている。一歩間違えれば、肝心の君ですら崩壊する内側に囚われたままだったかもしれない。だから―――」

 

「やめてください!!!」

 

 やっと澄香は私をはっきりと見た。

 

 その瞳には涙が浮かんでいて、悲しみと苦痛と後悔と怒りなどが綯交ぜになっている。

 

「―――あの園内放送、あなたですよね。あの時点で出ていれば、夢に甘えることが無ければ、私は私の両親の姿をしたナニカや生存者をあなたに殺させる選択を強いることも無かった。これは私のミスです。全ての責任は、私にあります」

 

「……少しは他者のせいにしたらどうだ」

 

「父母の中から私の存在を抹消した時から、私に逃げ道なんて無いんですよ。逃げないって決めたんです、自分が選んだこの道から………その筈…だった……のに」

 

 嗚咽が零れ出す。

 

 ……無敵に見える存在であれ、何者にも弱さは存在する。

 

 認識阻害―――逃げに特化した能力を持ちながら、何かに立ち向かうことを澄香は選択した。彼女は強い。だが、彼女は最()には成れても最強や無敵には成れない。

 

 彼女の生き方は自己実現であると同時に、どうしようもない屈折を抱えている。

 

 ……手を伸ばす。

 

「……あ」

 

 隙だらけなその額を指でトンと突く。ただ触れるだけでいい。その些細な接触はただの架け橋だ。

 何度も繰り返しになるが私の知覚は実在/非実在に関係無く、現実における有無とは無関係にそれを認識してしまう。

 

 ………例えば、今指先でピンと張り詰めた糸のような何かのように。

 

 人間とは雑に表現すると肉体、精神、魂の混合物だ。『魂は肉体により保護され、肉体は精神により統制され、精神は魂により保障される』―――その筋の専門家が聞けば数々の訂正を入れてくるだろう文言だが、大まかに理解するにはこれで十分だ。

 

 私が見ているのは、精神と肉体を繋ぐライン。イメージの中でそれに触れ、なぞり、断ち切る。

 

 制御を失ったあの子の身体が座席に身体を打ちつける前に回収し、いつかのように膝の上に幼さを残す顔を載せた。

 既に肉体と精神のラインは復帰している。けれど、深く沈み落ちる事より浮き上がり上昇する事の方が遥かに難しい。すぐに目覚める事はないだろう。

 

 張り詰め過ぎだ。ゆっくり戻ってくればいい。その間の守護は私の責任だ。

 

「…酷い矛盾を抱えているのは、私も同じことだよ」

 

 膝に載った頭に手を置いて撫でていると、眠る少女の腕が伸びてきてそれを胸元で抱き締めるように抱え込んだ。まるで離さないとでも言うように。

 

 普段であれば決して見せないそんな姿を、私は甘んじて受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――それにしても、やはり私のイメージする“遊園地”はそう(・・)なっていたか」

 

 

 

 

 

 

 


 

 ――後日談。

 

「……」

 

 ヒラタマンション507号室において“家主”は、いつの間にか投函されていた新聞に目を通していた。

 

 発行日は――比較的近い物で20██年7月31日。

 

 程度としては半世紀未満の未来が示されている。……まあ、お察しの通りの代物だ。

 

『あなたの思い出の遊園地、黄昏ハイランドパークへようこそ!!』

 

 ――2███年

 

『人口█0億人を突破した黄昏饗宴自治区の秘密に迫る!』

 

『黄昏ムーンライトパーク、遂に開園!!』

 

『国際連合は黄昏ハイランドパーク運営部との吸収合併に合意』

 

『惑星政府黄昏ハイランドパークはあなたの思い出に寄り添った人生を提供します』

 

 …全ての物事には最悪の可能性というものが存在している。

 

 必ずしもそう(・・)なったとは限らない。

 

「――澄香の感じた()は、コレだろうね」

 

 レベル3意識強化を突破する精神作用に対して、一般人が論理的思考を以て抵抗することは不可能だ。

 

 それが更に成長し、強化され、拡大したとすれば……

 

 ――██統一暦██████████████████年

 

『宇宙の故郷、黄昏ハイランドパークへの無料招待券を平行宇宙へ散布する法案が普遍的な総意による満場一致で可決』

 

『実行方法は使用可能なポータルと時空間航行技術を駆使し―――』

 

 “家主”は新聞に挟まったチラシやクーポンの類を確認することなく、蟲毒化が進行している押し入れの中に放り込んだ。

 

 そしてどこかへと連絡を繋げる。1コール以内に相手は応答した。

 

「――明夏羽、協会焚書部門に警告を流してほしい。後はそれで、上手くいくだろうから」

 

 仮に上手くいかなければ、その時こそ“家主”か澄香が駆り出されることになるだろう。

 

 世界は変わり続けている。だが何が原因で、何が切っ掛けで変わり果てるかは起こってみて初めて分かることが多い。

 

 それはそれとして、“家主”は遊園地を用いた全宇宙の融和への道を握り潰す。それは本当はあまりしてはいけない事だったが、“規則”より優先されるべき事に抵触していたのがその判断の理由だった。

 

 それはただ、無限に今日を繰り返すことでしかなく、膠着した歴史のループであり、未来が無い。

 

 それは一つの終点だ。

 

 ほんの一握りの可能性であってもそれが存在するなら、多元宇宙のどこかではそれが実現し得ることになる。そして、隣り合う宇宙の境界には明確な綻びが幾つか生じている。

 

 この新聞もまた、そんな綻びを潜り抜けて来たのだろう。

 

「それはそれとして、そんな時代に成り果ていても“新聞”という概念は残っているのか…」

 

 あるいは、過去に囚われているからこそ残されたのだろうか?

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