耳かき店員ら殺害、死刑を回避
東京地裁判決の要旨
判決要旨は次の通り。
何の落ち度もない2人を身勝手な動機から連続して惨殺した被告の刑事責任は極めて重大。有期刑選択の余地はなく、死刑か無期懲役かの選択が問われている。
1983年の最高裁判決が示した「永山基準」に基づき検討した上で、罪刑の均衡や犯罪予防の見地から、極刑がやむを得ない場合に当たるかどうかを議論した。
犯行態様の残虐性、結果の重大性は、言うまでもない。いまだ21歳と若く、充実した人生を送る権利を突如奪われた江尻美保さんの悔しさはどれほどだっただろうか、全く無関係の被告にむごたらしい殺され方をした鈴木芳江さんの驚きや無念さはどれほどだっただろうかと、2人の気持ちについて思いを巡らせた。遺族らがこぞって被告に極刑を望む思いには深く動かされた。
その上で死刑を選択する余地がないのか徹底的に議論したが、結局、極刑がやむを得ない場合に当たるとの結論には至らなかった。
【犯行の経緯と動機】
身勝手で短絡的な動機に基づく犯行だが、被告は江尻さんに恋愛に近い強い好意を抱いていたからこそ、来店を拒絶されたことに困惑し、抑うつ状態に陥るほど真剣に思い悩み、もう会えないと絶望感を抱き、抑うつ状態を悪化させた。結局、江尻さんに対する強い愛情が怒りや憎しみに変化したことから殺害を決意するに至った(相手が自分の意に沿わなくなったから殺害したとする検察官の要約は不適当だ)。
こうした心理状態の形成には、約1年間店に通い詰めていた被告と江尻さんとの表面上良好な関係が、少なからず影響していることも否定できない。犯行の経緯や江尻さん殺害の動機は、極刑に値するほど悪質なものとまではいえない。
【鈴木さん殺害】
被告がナイフのほかハンマーを持参したことは、江尻さん殺害の意図が強固で、障害が生じれば排除するつもりだったことをうかがわせるが、具体的な障害として家族を考えた証拠はない。
被告が何の恨みもない鈴木さんに執拗かつ残虐な攻撃を加えたのは、被告が江尻さんへの殺意にとらわれた心理状態で、鈴木さんに遭遇する想定外の出来事によって激しく動揺した結果だ。鈴木さん殺害後、思いとどまることなく江尻さんを殺害しているのも、それほど江尻さん殺害にとらわれていたからと考えられる。江尻さんの母親や兄に攻撃を加えていないことはこれを裏付ける。
鈴木さん殺害には計画性がなく、被告にも想定外。計画に伴う必然的な結果だとする検察官の主張は採用できない。
【被告の反省】
犯行に至った最も大きな原因は、相手の立場に立って物事を見ようとしない被告の人格・考え方にある。そのことに気付かない、気付こうとしない被告の言動は許し難い。遺族が強い怒りを覚えるのも当然だ。
しかし、被告の言動や態度は、人格の未熟さ、プライドの高さなどに起因するもので、ことさら江尻さんの名誉や遺族を傷付けようという意図までは認められない。
被告が反省していることや、前科がなく20年以上勤続していた会社でまじめに働いていたことは酌むべき要素だ。
【結論】
死刑は人の生命を奪う究極の刑罰だ。事件は被告の反社会的、残虐な人格によるものではない。未熟な人格の被告が江尻さんの気持ちを理解できず、一方的に思いを募らせた結果、抑うつ状態に陥り、思い悩んだ末に起こした。鈴木さん殺害は計画性のない偶発的な犯行。被告は前科もなく社会人としてまじめに生活してきた。事件直後から2人殺害を深く後悔し、被告なりに反省しており、法廷で遺族の声を聞き、言動や態度にやや変化が見られる。これらを考慮すれば、被告には、裁判を契機に2人の無念さや遺族の思いを真剣に受け止め、人生の最後の瞬間まで、なぜ事件を起こしてしまったのか、自分の考え方や行動のどこに問題があったのかについて常に強く意識し続け、苦しみながら考え抜いて、内省を深めていくことを期待すべきだとの結論に至った。〔共同〕