才禍の怪物を救いたい


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作:あんころもっち
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第三話 誓い


 

 

オラリオの朝は、迷宮都市の鼓動そのものだ。通りには商人たちの呼び声が響き、冒険者たちは武器を手にバベルの塔へと急ぐ。初秋の空は高く澄み、涼やかな風が街の喧騒を優しく包む。白亜の塔が朝陽を浴びて輝き、都市の中心で静かに佇んでいた。

 

アルトリウスは、アフロディーテ・ファミリアの小さな宿の前で、剣の鞘を腰に固定しながら深呼吸した。あの雨の夜にこの世界へ迷い込んでから、3ヶ月が過ぎた。女神アフロディーテの眷属となり、ダンジョンに潜り、モンスターと剣を交える日々は、彼の体に戦士の感覚を刻み込んでいた。あの夢が何を意味するのか、答えは遠い。だが、その未知が、彼をダンジョンの奥へと突き動かしていた。

 

「アル! いつまでそこでのんびりしているの?やっと私に魅了されたかしら」

 

宿の二階から、アフロディーテの声が弾けるように響く。彼女は窓枠に肘をつき、金色の髪を朝陽にきらめかせながら、どこか芝居がかった仕草でアルトリアを見下ろしていた。アルトリウスは苦笑し、軽く手を振る。

 

「ただ考え事をしていただけですよ、アフロディーテ様。今日は深く潜るので夜は遅くなります。大人しく待っていてくださいね。」

 

アフロディーテは頬を膨らませ、不服そうに答える。

 

「ふんっ!ならちゃんと成果を見せてよね!私の伴侶(アドニス)がみすぼらしかったらじゃ困るんだから。ほら、さっさと行ってきなさい!」

 

彼女の声は弾むように明るいが、その瞳にはアルトリウスへの心配が垣間見える。3ヶ月の付き合いで、彼女の派手な物言いが本心からの応援だとアルトリウスはよく分かっていた。だからこそ、彼は彼女の期待に応えるため、ダンジョンでの一戦一戦に全力を尽くすつもりだ。

 

宿から離れて、街の中心へ向かう。通りには、鎧を鳴らす冒険者や、露店でポーションを吟味する者たちの姿が溢れている。アルトリウスは腰の剣にそっと触れた。未だ発動しない宝具。第八階層まで潜り、数多のモンスターと戦ってきたが手がかりすら掴めていない。それでも、剣を振るうたびに動きが洗練され、体が戦いのリズムを覚えていくのは確かだった。

 

広場に差し掛かると、待ち合わせの相手がすでにいた。灰色の髪を肩に流し、漆黒のロングドレスを纏った少女――アルフィアだ。彼女は広場の噴水の縁に腰かけ、瞼を閉じ静かに佇んでいる。

そこには不思議と年齢にそぐわぬ落ち着きがあった。アルトリウスの足音に気づくと、彼女は立ち上がり、鋭い視線を向けた。

 

「準備に抜かりはないな?」

 

アルフィアの声はそっけないが、どこか温かみを帯びている。あの日、第六階層で彼女に命を救われて以来、二人はパーティを組み、数々の窮地を共にしてきた。最初は互いに距離があったが、戦いを重ねるうちに、絆が深まっていた。

 

「剣も防具も、昨夜点検済み。ポーションも予備を多めに持った。問題ないよ、アルフィア。」

 

アルトリウスは笑顔で答え、背中の鞘を軽く叩く。アルフィアは小さく鼻を鳴らし、口元に微かな笑みを浮かべた。

 

「ならいい。今日は第十階層を目指す。油断するなよ。」

 

彼女の言葉に、アルトリウスは力強く頷く。アルフィアは彼より半年早く冒険者になっており、ダンジョンの知識も戦闘の勘も鋭い。それでも、彼女が自分を対等に扱ってくれるのは、アルトリウスの努力と才能を認めてくれているからだろう。彼にとって、アルフィアは戦友を超えた、かけがえのない存在になりつつあった。

 

二人は並んでダンジョンへと向かう。広場の喧騒を背に、バベルの塔の下へと続く大階段が見えてくる。アルトリウスはふと、胸に浮かんだ思いを口にした。

 

「なあ、アルフィア。今日、ちょっと話したいことがあるんだ。第十階層の安全な場所に着いたら、いいかな?」

 

アルフィアの歩みが一瞬止まり、彼女は横目でアルトリウスを見た。無言の「なんだ?」という視線に、彼は軽く笑って続ける。

 

「俺たち、いろんな戦いを一緒に乗り越えてきただろ。だから、もっとお互いのことを知りたいと思ったんだ。なんで冒険者になったかとかさ。」

 

アルフィアは無言で歩き続けるが、その瞳にはわずかな揺れがある。彼女は考えるように視線を落とし、やがて小さく吐息をついた。

 

「……お前ならまぁ、いいだろう。階層の入り口なら比較的安全かもしれん」

 

「了解。じゃあ、そこで。」

 

アルトリウスは笑顔で頷き、アルフィアもまた、ほんの少し口元を緩めた。二人の間に流れる空気は、以前とは比べ物にならないほど温かく、信頼に満ちていた。

 

 

 

 

 

第七階層まで、二人は難なく到達した。湿った岩壁から滴る水音が響き、薄暗い通路は不気味な静寂に包まれている。アルトリウスは剣の柄に手を置き、アルフィアの背中を追う。彼女の灰色の髪が、微かな風に揺れる。普段は目を閉じていることが多い彼女だが、今この瞬間は瞼を開き、鋭いオッドアイで周囲を捉えている。

 

「足を止めるな、敵は待たない。」

 

アルフィアの声は低く、迷いがない。

 

突如、通路の奥から硬い甲殻が擦れる音が響く。キラーアントだ。ウォーシャドウと並び新米殺しと称されるモンスターである。硬い昆虫の甲殻に覆われた巨体が、上半身を起こし、4本の鉤爪を振りかざして襲い来る。アルトリウスは素早く剣を抜き、一閃で爪を弾くが、甲殻の硬さに刃が鈍る。

 

「硬い…!」

 

彼が呟く間、アルフィアが動く。

 

福音(ゴスペル)

 

超短文の詠唱から放たれた音の塊は、不可視のままキラーアントに直撃。甲殻に亀裂が走り、衝撃で後退する。だが、キラーアントが甲高い鳴き声を上げると、遠くから仲間が駆けつける気配を感じ取った。

 

「厄介な習性だ。」

 

アルフィアが剣を抜き、接近するもう一匹に斬りかかる。彼女の剣技は、ヘラ・ファミリアの精鋭たちから学び取ったものであり、アルトリウスの動きを観察し、日々吸収するように洗練されている。剣技は彼のものには及ばないが、その才能は並の冒険者を遥かに凌駕する。

 

アルトリウスも連携し、甲殻の隙間を狙って剣を突き刺す。仲間を呼ぶ前に仕留めねばならない。二人の動きは息を合わせ、キラーアントの群れを一掃。ドロップアイテムは落ちなかったが、アルフィアは意に介さず前を見据える。

 

続いて現れたのはニードルラビット。小型だが素早いモンスターで、鋭い突進攻撃を仕掛けてくる。アルトリウスが剣でいなし、その隙にアルフィアが横から剣で薙ぎ払う。彼女の動きは無駄がなく、まるで戦場を舞うように優雅だ。

 

「雑魚が群れる程度で足止めされる気はない。」

 

彼女の言葉に、アルトリウスは小さく頷き、次の敵に備える。

 

通路を進むと、上層の希少種、ブルー・パピリオが現れる。透き通った青い翅が淡く輝き、鱗粉を撒きながら舞う姿は息を呑むほど美しい。だが、モンスターであることに変わりはない。アルトリウスが一瞬手を止めた隙に、アルフィアが剣を振るう。

 

「見惚れる暇はないぞ。」

 

一閃でパピリオを仕留め、落ちたモンスターの翅を拾う彼女。その瞳に、微かな満足の色が浮かぶ。

 

「悪くない素材だな。」

 

アルトリウスは彼女の横顔を見つめ、僅かに微笑む。彼女の神経質な性格は戦場でも変わらないが、その一瞬の柔らかさに、彼は信頼を感じた。

 

第八階層、第九階層はさらに敵の数が増え、キラーアントの群れやパープル・モスの毒が襲い来る。だが、アルフィアとアルトリウスの連携は盤石だ。アルフィアの魔法が通路を一掃し、アルトリアの剣技が敵を的確に仕留める。

 

「この程度で躓くわけがない。」

 

アルフィアの言葉通り、二人は順調に進み、第十階層への階段に到達する。

 

第十階層に足を踏み入れると、濃い霧が視界を覆った。ダンジョンギミックが初めて現れるこの階層は、方向感覚を狂わせ、敵の気配を察知するのを難しくする。アルトリウスは剣を握り直し、アルフィアもまた鋭い視線を霧の奥に投げる。

 

「この霧は厄介だな。」

 

彼女の声には苛立ちが滲むが、動きに乱れはない。入り口付近だけ霧が薄く、そこを休息ポイントとして確保し、二人は腰を下ろした。

 

休息中、アルトリウスは水筒を手にアルフィアに差し出した。彼女は無言で受け取り、一口飲んでから小さく息をつく。霧の静けさの中、彼はふと切り出した。

 

「アルフィア、この3ヶ月、君と一緒に戦ってきて、改めて思ったんだ。俺たち、結構いいパーティーだよな。」

 

アルフィアは視線を霧の奥に投げたまま、軽く鼻を鳴らす。

 

「ふん。まあ、貴様が足を引っ張らなかっただけマシだ。」

 

その辛辣な言葉に、アルトリウスは苦笑する。だが、彼女の声に隠れた信頼を感じ取り、彼は言葉を続ける。

 

「君の魔法がなかったら、俺、何度もやられてた。だから、もっとお互いのことを知りたいと思ったんだ。」

 

アルフィアの瞳が一瞬動く。彼女は剣を膝に置き、霧の奥を見つめたまま、しばし沈黙した。やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「……私には、メーテリアという双子の妹がいる。アイツは私以上に病弱で、脆弱であり、一人では一歩も部屋から出られないほどだ。私と同じステータスに刻まれた、不治の病。どんな医療系ファミリアも、妹を治せない。」

 

アルトリウスは静かに耳を傾ける。アルフィアの声には、普段の鋭さとは異なる、深い愛情が滲んでいた。

 

「私が強さを求めているのは、そんなところだ。

私にはダンジョンの未知に縋るしかない。」

 

彼女の手が、ドレスの裾をそっと握りしめる。その仕草に、アルフィアの決意と妹への愛が見えた。アルトリウスは、彼女の言葉に胸を締め付けられるような思いを抱く。彼女は大切なもののために戦っている。その事実に、彼の心に温かなものが広がった。

 

「アルフィア……。メーテリアさんを救う何かを見つけるまでダンジョンの奥に進もう。二人で、彼女を救うんだ。そしてそれは君も同じだ、アルフィア」

 

アルトリウスの真っ直ぐな言葉に、アルフィアは一瞬目を丸くする。だが、すぐに小さく笑い、視線を逸らした。

 

「……そうだな……悪くない話だ。」

 

彼女の声には、照れ隠しの響きがあった。アルトリウスもまた、軽く笑って頷く。

 

「じゃあ、決まりだ。ダンジョンの奥を目指そう、二人で。」

 

 

短い沈黙が流れ、次はお前の番だと言わんばかりにアルフィアが口を開く。

 

「……貴様は、ダンジョンに何を求めてる?」

 

その問いに、アルトリウスは一瞬言葉を失う。彼は剣の柄に手を置き、霧の奥を見つめた。

 

「俺、記憶がほとんどないんだ。目を開けたら、オラリオの路地裏にいた。あの夜、黒装束の連中に襲われて、アフロディーテ様に助けられた。それが、俺の始まりだ。」

 

アルフィアは無言で耳を傾け、彼の言葉を丁寧に受け止めているようだった。

 

「でも、変なんだ。記憶はないのに、剣を握ると体が勝手に動く。まるで、ずっと戦ってきたみたいに。自分に似た少女の夢を見るんだ。その彼女の物語が、俺に何かを伝えようとしてる気がする。だから、俺はダンジョンに潜る。……全部、ダンジョンの奥に答えがあるんじゃないかって、そう思ってる。」

 

アルトリウスの声は静かだが、強い意志に満ちていた。彼は剣を見つめ、そっと柄に触れる。その仕草に、アルフィアの視線が一瞬だけ柔らかくなる。

 

「……ふん。変わった奴だな、貴様は。」

 

彼女は小さく笑い、視線を霧に戻した。だが、その声には、確かに信頼の響きがあった。

 

「頼りにしてるよ、アルフィア。」

 

アルフィアは小さく鼻を鳴らし、視線を霧の奥に戻した。

 

「頼るなら、これからも足手まといになるなよ。」

 

彼女はそう言いながら、剣を手に立ち上がった。霧の向こうから微かな風が吹き、彼女の髪を揺らす。アルトリウスも剣を握り直し、立ち上がった。

 

「あぁ、約束する。」

 

 

 

休息を終え、霧の中へ進むと、重い足音が響く。豚頭人身のオークだ。巨体を揺らし、棍棒を振り回して襲い来る。アルトリウスが素早く動き、攻撃をかわしながら反撃。オークの皮膚は厚いが、彼の剣は正確に急所を捉える。アルフィアは一歩下がり、詠唱する。

 

福音(ゴスペル)

 

音の塊が霧を切り裂き、オークを吹き飛ばす。彼女の口元に、僅かな笑みが浮かんだ。

 

続いて現れたのはインプの集団。小柄だが狡猾で、霧を利用して不意打ちを仕掛けてくる。アルフィアの剣技がそれを許さず、正確にインプを捉えて一閃で仕留める。

 

「こざかしいだけの存在だ。」

 

アルトリウスも負けじと動き、インプの群れを蹴散らす。二人の連携は、霧の影響を最小限に抑える。

 

さらに進むと、甲高い鳴き声と共に複数のバッドバットが襲ってきた。回音波が集中力を乱すが、アルフィアは動じない。

 

雑音(ノイズ)に過ぎん。」

 

彼女の魔法がバッドバットを一掃。音の魔法は、回音波を上回る力で敵を沈黙させる。

 

第十階層の奥へ進むにつれ、モンスターの数が異常なまでに増える。まるで怪物の宴の前触れのようだ。

 

「アルフィア、行くぞ。」

 

彼の声は、確かな決意に満ち、

 

「ふん、置いていかれるなよ。」

 

彼女の声には、確かに信頼の色が滲んでいた。

 

 

 

 

 

 







コメントお待ちしております!
次はもしかしたら来週になるかもしれません
今週中に出せるように頑張ります

皆様の好きなアルトリア顔キャラ

  • アルトリア
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