心理学詐欺!MBTI・HSP詐欺!noteに巣くう詐欺師!教祖ビジネスのメカニズム!
どうも百田尚樹のチンカスどす。
さてノートでMBTI関連の記事を観ていたら明らかにアウトな詐欺記事を見つけた。
幸福は脳内物質のセロトニンやらドーパミンやらで決まるとか、脳科学やユング心理学を学んでいるアピールとか。
こういうのっけから科学的には証明されてない説を事実かのように嘘をつく奴はヤバい。
そもそも幸福の定義は人によって違う。
しばしばうつ病のセロトニン説を断定する人がいるがこれも厳密には証明はされてない、あくまで仮説。
まず泣くから悲しいのか悲しいから泣くのかすら明確な答えはでておらず、脳内物質の側を絶対的に心に先行させる科学的根拠は乏しい。
そもそもクオリアすら脳科学は説明できてない。というより心はじじつ客体ではないから物理学的な脳物質の運動方程式に還元しつくすことは原理的にできない。
これは学問的な常識。この程度すら知らない、およそまともな専門論文も読めないアホが知ったかぶって嘘を垂れ流しまくり金を儲ける。
その嘘を真に受けたバカが滅茶苦茶な話を拡散してさらに被害者を増やす。
こういうスキームだ。
1万円ちかい値段でホラッチョなゴミ記事を販売していてマジでヤバい奴がノートにいる。
さてユング心理学とMBTIは関係がない。ユングは現在消費されてるようなMBTIのありかたを認めない。MBTIは勝手にユングを参照してバカが劣化版タイプ論としてつくったエセ心理学でしかないだろう。
ユング派の論文はかなり読んでるが河合俊雄ら日本のユング派の重鎮が所属するユング派組織の人の論文でMBTIについて論じているものを僕は観たことがない。アメリカのユンギャンの大御所、ヒルマンもMBTIなど相手にしてない。
ネットで確認できるところのMBTIとユングの類型学の理念とはまったくあいいれない。
さて心理学といえば心を当てると思ってるアホがいるが違う!心は当てるものじゃない。
ただどうしても当てたいアホにはユングの言語連想検査を推奨する。
この検査、かつて犯罪の容疑者が犯人かどうかを特定するのにも使われていて、ユング派の訓練を受けた人による、相手の嘘を見抜き真実を言い当てる精度は極めてたかい。
あの河合隼雄も京都大学で教鞭をとっていたときに授業であつかったほど。
その授業では、学生に対して、模擬演習で教授の部屋から財布を盗ませ、誰が盗んだかは分からないようにする。容疑者が複数人いて実行犯は全力でばれないようにする。
このとき容疑者全員にそれぞれ言語連想検査をやってみて誰が犯人かを当てるというのをやっていた。
これが見事にあたる。
やり方はコンプレックス指標に照らして100の刺激語に対する反応とその再現を計測するだけ。まずこの検査をやり過ごせる人はほぼいない。それくらい強力で、真犯人どころか容疑者全員のコンプレックスまで明らかになってしまうので、さすがに不味いと思った河合隼雄はしぶしぶこれを一回しか授業ではやらなかったほど。
これはユングの初期の仕事、コンプレックス研究でとても有名。
発汗量などの生体データをとりながら1万を超える人物たいして言語連想実験を行い極めて科学的、統計的に完成させていったのが言語連想検査。これはロールシャッハ含めあらゆる投影法のベースとなっている。
ユングらしからぬ実験心理学的スタイルに驚く人も多いかもしれないが最初期のユングは科学的手法にも馴染んでいたのである。
相手の心を占い師や手品師、メンタルマジシャンのように当てたいならこういうお遊びはあるよって話。
この程度は流石に知ってて欲しいがポパーがフロイトとマルキシズムについて反証可能性がないと指摘したのはあまりに有名だろう。
彼はフロイトを批判するとそれは無意識の抑圧によって真理を知ろうとしないからだ!と言われてしまいこれでは反証のしようがない。こんなものはオカルトだ!と批判したわけである。
性格を当てるとかいうのはこれに近い。本人が当たってると思ったら、その本人にとって当たってるように感じる、ないしは、そのような事態をして当たってると見なされるとはいえるだろう。しかしなにか客体として心それ自体が観測者の主観とは独立してあって、それを当てるということはできない。
心は主観的にしか観測されえず相対的だからだ。つまり客体ではないので本当の性格とかを当てるみたいなことは原理的にできない。というか本当の性格など存在してない。
だから心を当てることは心理学の目的ではない。そんなことで調子にのるのは知能の低い猿だけ。
相手の心を読んだり当てたりというのはマウンティングにしかならないし意味がないしそもそも性格を当てることは原理的にできない。
性格は解釈で変わるからだ。
だいたい20世紀末あたりから増えた乖離性障害の多重人格だってフロイトの時代ならヒステリーという診断になる。
主体の構造そのものが時代で変わるので性格といったって、本質的に全く違うわけだ。
症状は同じでも症状の意味合いは変化し、症状産出の心理的メカニズムも時代と共に変わっている。そして症状そのものだって変化している。
たとえば統合失調症は20世紀に入ってから生じたものでそれ以前には存在しない。もっとも定義によるので一概にはいえないが。
そして現代、統合失調症は激減している、あるいは発病しなくなっている。20年たらずで激変しており、これは遺伝子では説明できない。
じじつ日本猿の大好きなアメリカ様の科学的精神医学では疫学的な事実としての統合失調症の消失を全く説明できず、これを20世紀に流行した未知のウィルス感染によって説明する荒唐無稽な誇大妄想に陥る始末。
都合の悪いことは全部、無かったことにして科学で心が分かる!と叫ぶのがアメリカンスタイル。人文領域の論理実証研究、統計研究ほど滅茶苦茶な嘘が罷り通る世界はない。
さて統合失調症やもろもろの心の変遷は社会や言語の変化に起因して主体の構造が変質したことによる。
いかなる動物も神経症や精神病にはならないといえばバカでも分かるだろう。動物は三人称水準の言語を持たないため、神経症や精神病に患う心理学的条件を満たさないからだ。
人間の心や性格がいかに複雑であり社会、言語、とりわけ経済の形式に依存するか、イエモンな読者にも少しは想像できるだろうか?
脳神経をいくら解剖学的に論じても心を解明しつくすことはできないわけだ。そもそもフロイトからしてもとは物理と解剖学専門だったわけで。
そんなわけで心の類型学だといったってパースペクティブによって同じ状態が真逆に定義されるのは有名な話。
たとえばHSPこれはある認知行動療法派の物差し(パースペクティブ)においては発達障害の外延(下位カテゴリー)として定義されている。つまり発達障害=HSPとされている。
しかし発達障害は一般にニブチンで相手の心への察しがきかない人だと定義される。これをウィングは想像力の障害だとかいったわけだが、HSPの定義は敏感で相手の心が読めるという。
なんで同じものをみて真逆に定義されるのか、抽象的思考力が極端に弱いことに定評のある日本人には分からないだろう。
これについて理由をきっちり原理的に知りたいなら最低限、ラカンか現存在分析を理解する知性がいる。
主体の構造的カテゴリーなどからこれを説明できるのだが、猿に分かる説明は存在しないので割愛する。
一ついえるのは、誰も公平な認識など興味がないということ。とりわけ頭の弱い日本人はオナニー猿のためシコシコと百田的ヘンズリズムに勤しむ。けっか、てめぇに都合のいい妄想にふける。
具体的に確認しよう。
HSPは自己の不適応が実は選民特性だと告げたり、それが病気(異常)ではなく社会的な正常であるというお墨付きを与えることでバカから金を搾り取ることを目的として高度にデザインされたエセ心理学概念に過ぎない。
まずなにが異常(病気)かということは厳密には誰にも定義できない。少なくとも一義的に定義することはできない。あるいはそれはたんに主観的にそのつど時代の構造的力学の作用をうけつつ、偶発性をともないながら共同主観的に決定されているに過ぎない。
なにか異常という実体があって、それと明瞭に区別されているわけでなく、人間がつど勝手に線を引いてるだけ。
そもそも神経症という診断カテゴリは今も深層心理学派の精神科医やカウンセラーにとっては決定的に重視され使用されているが、神経症は病気とは限らない。
少なくともユング派およびラカン派においては神経症=ノーマルと定義されている。
つまり神経症にない人はアブノーマルということ。
これを嫌ったのがフレンチセオリーのフーコー、デリダ、ドゥルーズらで後期ラカンは精神病の方を基礎化してゆくことになった。
人はみな精神病(パラノイア)という言葉があるほど。ここでは精神病がノーマルと呼ばれることになる。
もっとも後期ラカンにおいても厳密には診断レベルでの精神病の鑑別も並走しているではあるが。
なおユングについては初期から鑑別診断を好まない。
だからHSPが病気とか病気じゃないとかいう話は荒唐無稽で何を言ってるのかさえ意味が分からない。ロジックがなさすぎて困る。頭が悪い人を騙そうという気概だけは伝わる。
性格や心というのは、一義的に一律に病気でないと規定できるようなものではない。
HSP概念は完全な心理学的無知の産物であり心の病気を身体の病気と混同している。
たとえば身体の病気ならば脳腫瘍があったりして物理的に異常とされる異常物質を客観的に計測して病気かいなかを客観的に確定できる。
しかし心は物質ではないのでそんなことはできない。
したがってなにが病気というのはどのようなパースペクティブから見るかでいくらでも変わる。
HSPはその記述のあり方からして類型を実体化しており、まるで中世の猿のパラダイムで人間を型におしこめる有毒概念である。
すくなくともHSP概念は日本では、そのように消費されている。優生学的な主張も散見され、非常に不快な概念といえる。
また発達障害においては性格や概念がこのように実体化させられてしまうことが知られる。したがってHSPという概念そのものが発達障害的だともいえる。
たとえばどうみても発達障害であろう、ひろゆき、は位置エネルギーは存在しないとバカなことをいう。位置エネルギーはそもそも概念だということが理解できないわけだ。これと同じで心が物でなく概念だと分からない発達障害傾向の人がHSPを語る傾向にある。
ちなみに発達障害は悪ではない。ただ構造的にはプリミティブではあるというだけ。
頭の弱い人ほどすぐにレイシズム的な発想や選民的発想をすることが知られている。
おかしな差別はやめよう。
本当にフェアに心を認識したいなら、ちゃんとした人の本を毎日1~2時間、2年間読もう。
そしたら僕の言ってることがほぼ全部分かるようになる。
そんなに手間じゃないだろ。
あと脳科学と深層心理学もほぼ関係がない。脳科学は身体医学のパラダイムであり客体としての脳(原因)→心(結果)というパースペクティブをもつ。
たいするユングなどの深層心理学は現象学に近く、心(原因)→客体(結果)、のパラダイムにあり両者は基本的には関係がない。
ユングは唯心論に近い。
ちなみにフッサール現象学のエポケーは前者から後者への視点(パラダイム)変更のことをいう。
ただし厳密には現象学では客体は客体ではないなくノエマとされる。
厳密にいうと認識対象としての客体など存在しないということ。ノエマは意識内で構成される客体のこと。ここでは意識内における分節態として客観が規定され、このような理解、規定にたつ客観ならざる客観をノエマと呼ぶ。
あと強いていえば認知行動療法は脳科学のパラダイムにちかいがこれも厳密には違う。
というわけでまともな論文を読め!
はっきりいう。心理学はガチでエゴマニアックな人にはムズい。自分の頭で考えないバカが理解できるものではない。
たとえばHSPの人がHSPに関する本しか読まなかったり、発達障害の人が発達障害に関する本しか読まなかったりは凄く多い。
これだと何も理解できない。
分かるという日本語が分けるを語源とするのは有名だ。
分かる=分けるとは、ある概念を分割すること。
つまりHSPや発達障害の特徴というのも他のカテゴリーとの分割によってのみ規定されており、他との比較による差違の記述といえる。
したがって、たとえば神経症だとか精神病だとか乖離だとか境界例(ラカン派は認めない)などの理論を知ることなしにはとうのHSPや発達障害がなんなのかさっぱり分からない。
HSPにしか興味ない人は、世の中を俺か俺以外かでしか観れていない誇大妄想をこじらせた自己愛オナニストと変わらない。とても自閉的である。
よくMENSAのオナニストが知能指数だけが人間の特徴のすべてを決定すると思い込んでるけど、それと同じ。
日本人として自分だけに夢中なのは分かる。でもそれだと近代国家とか自由な市民社会って成り立たないんだ。
だからやめてくれると助かる。
ところでHSPだろうがなんだろうが心の類型学を含む心理学は、エセ科学理論が跋扈するもっとも混乱した学問領域の一つで、まともに論文も読めない奴が、この領域に手を出すのは無理がある。
なにせアメリカでは論理実証主義の身体医学還元主義的な心理学が主流になっているくらいで、国によってもぜんぜん違う。
そのくらい地域性があり混乱した学問で、政治的背景もあって複雑を極める。フランスとアメリカでは心理学の考え方もまったく違う。
そもそも派閥も無限にあり現象学的な論理の理解や社会思想、哲学などの歴史的変遷の理解なしにはさっぱり全体の見取り図さえ分からない。
そのくらい込み入った領域になる。
基本的に自然科学系の心理学理論は小学生でも分かるくらい簡単。深層心理学や現象学になるとそれよりは遥かに難解となる。
といっても数年の読書で誰もがある程度は理解できる程度ではあるから、本当にフェアに自他の心を理解したいなら、ちゃんとした人の本を読もう。へんなセミナーとか、講演とか意味ない。
ノートで1万円近い詐欺師のゴミは絶対に買ったらダメ!
このノートにも詐欺師がいっぱいいる。
あと講演は学ぶ場じゃなくて、ファンがライブ感を楽しんだり仲間と交遊する場。インフルエンザの講演を聞いて何かを学ぶなんてことはありえない。それは調子にのりすぎ。
必ず本を読もう。
なにか程度の低い尊師を崇めて、学びがある~とか言って、まともに本を読まない思考停止のアホは無理だからそういうアホは諦めたほうがいい。
HSPだとかMBTIをまともに理解したいなら、とりあえず最低限度の現象学くらい理解しよう。なにも本格的に理解する必要はない最低限の理論的な要点は簡単におさえておこうって話。最低限の高校生でも読める入門書くらい読めっていってる。
あと構造主義もある程度、その感じを分かってないとどうしても苦しい。
まともに学ぶ気があるなら難しくない。けどオナニー目的の人には難しすぎて10年やっても進歩しないし無理って話。
とりあえずマジで心理学は金儲けの出汁につかわれてる。
精神科医だろうとメンタリングだろうとなんだが胡散臭いのが山ほどいる。
というわけで分厚くて難しい古典じゃなくていい、最近の心理学者の入門書から読むといい。
現代の人の書く本は本当に読みやすいから下手な古典を読むよりためになる。
たとえばユングを学ぶなら河合隼雄、河合俊雄から読もう。いきなり原著のユングは絶対に無 理。
ユングは初心者に分かる本はほぼ書いてない。
ユングのイギリスの講義録の本があって唯一、この本はユングのものだが初心者にも読める。
というわけで本には読む順番がある。
つまるところ心理学は詐欺ビジネスの狩場。
混沌としている。詐欺師だらけ。そんな詐欺師にユングの名前が利用されてる。
スピとかオカルト系の人は詐欺師にロックオンされている。だからそういう奴を取り込むためにユングの名前が利用されやすい。
分かりやすく嘘を書きまくる資源ゴミじゃなくて、ちゃんとした分かりやすい入門書を読もう。



コメント