ソープランドが居場所だった
パパ活、ガールズバー、キャバクラ、セクキャバ、デリヘル、ソープランド、中国人向けの違法な売春斡旋バー
体験入店で辞めたものもあるが、経験したことのある夜職は記憶の限りだとこんな感じ。
私は15歳の頃から沢山売春をしてきた。
夜職に手を出した理由は色々あれど、最低限の出勤時間と日数で昼職と同じくらいかそれ以上稼ぎたかったからだ。惰性である。
当時はそれが賢いと思っていたが、今となっては夜職はコスパが良く見せかけて悪いと感じる。
これは綺麗事ではなく経験として、当時沢山居た夜職の友達の中で幸せそうな子は誰1人として居なかったから。自分も含めて。
この仕事は正直幸せを買う手段として機能していないと感じる。幸せなりメリットを求めて働き始めたはずなのに、むしろ不幸の道へ崩れていってしまっている人の多さ。
けれど、現役で働いていた当時の私のように、この仕事に救われている人がいるのも確かだろう。
だから否定は絶対に出来ない。私は長らく風俗で働いていたが、風俗のように人権のないような仕事を本当は許したくない。
だけれど、あって仕方ない場所なのだろう。
本当の社会的弱者にとっては必要な場所なのだ。
私は幼少期に性被害の経験があり、風俗経験者にはそういった経験を持つ人が多い。
「トラウマの再演」という言葉があり、あの時のあの出来事は大したことじゃなかったと思いたくて当時の行為を再現してしまう、そういった人が多数いる。
他にも、家庭環境に原因があった人や貧困、発達障害やグレーゾーンなど、根本的原因を抱えている人が多い。本来福祉に繋がるべきなのに繋がれない、そもそも救われたいと思っていなかったり、そこにあるのは生々しい現実だ。
私の体感、風俗嬢の6割くらいはホストにハマる所謂ホス狂いの人で溢れている。世間ではホス狂いなんて、男に貢ぐなんて、何故?と言われがちだが、彼女らはほぼほぼ愛着障害だろう。
だから例えば、彼氏を作ればいいとかそういったことは論点のズレを感じる。勿論全員がそうではないが、無償の愛なんて生まれてから触れたことがないから、本物なんて信じていないのだろう。偽物だとしてもお金を払えば手に入れられる絶対的な愛が欲しいのだ。
お金を払い続けている限り、相手は離れないし、縛れるから。
少し話が脱線してしまったので話を戻すと、私が一番長く続けていた夜職がソープランドで、18歳から4年目に入るまで働いていた。
ソープランドには昼も夜も今日も明日もない。
窓がなく閉鎖感のある部屋はまるで牢獄のよう。
創作でセックスしないと出られない部屋みたいなものがあるが、あれは本当にあるのである。
けれど、その浮世離れした部屋は不思議と落ち着きがあり、大嫌いだけど好きだった。現実なんて感じたくなかったから。現実から遠い場所に連れていってくれるあの空間はどこか救いだった。
好きでもなければ、好みでもない人とするセックスは当たり前に最悪で苦しい。けれど、そんなことが日常で当たり前だった時代は、ちゃんと今私は苦しいと思えることすらも、もはや救いだったのかなと今となっては思う。
病むことの免罪符になれたからね。
認知の歪みであり、悲劇のヒロインは時に気持ちの良いもの。
私は未だに、ソープランド特有の湿気の多いじめっとした匂いは忘れられない。


コメント
1色々考えさせられる記事でした。
大学入学ぜひ目指して社会を住みやすくしてください。