科学ではあなたは主人公になれないから
「目覚めて」しまう瞬間
Twitterで見た衝撃の投稿
いつものように朝6時に起きて、コーヒーを淹れながらTwitter(現X)を開いた瞬間、私のタイムラインに流れてきたGACKTさんのツイートを見て、「ああ、またか」という気持ちになりました。
「がんになる人が増えているのは日本だけ」
「食事があなたのすべてを決める」
「自分で調べよう」
「どうやったら若くいられますか?」
— GACKT (@GACKT) August 5, 2025
という質問に対し、
「食事がすべて」
と答えると、
Xでは否定派が湧き、THREADでは肯定派が溢れる。
否定されようが、肯定されようがボクの考えはこれからも率直に発信していく。
読みたくない人はブロックしてくれ。
「毎日食べている物が、自分自身」…
もちろん日本だけでがんが増えているなんてことありませんので、この投稿は立派なデマ。心臓病や腎臓病で死ににくくなった=寿命が伸びていることによりがんの件数が増加しているのは全世界における共通したトレンドです。医学の進歩によりその死亡率は減少しています[1,2]。
ソース:厚生労働省 がん年齢調整死亡率の国際比較(https://www.mhlw.go.jp/content/10901000/000751182.pdf)
ここで私はふと立ち止まりました。
GACKTさんみたいな有名人や芸能人って、健康意識の向上から、「オーガニック推し」とか「反ワクチン」みたいになってしまうこと多くない?って思ったんです。
こんにちは、耳鼻咽喉科専門医の音良林太郎です。
今回は、有名人や芸能人が、なぜ非科学的な、例えば無農薬オーガニック野菜に傾倒し、反ワクチン思考に陥ってしまうか、科学的思考をどのように身に着けていけばいいのか、書いていこうと思います。
「真実を知った」という快感の正体
実は、GACKTさんだけじゃないんです。
古舘伊知郎さんも最近、健康食品について「これが真実だ!参政党に投票しろ!」みたいなことを熱く語っていたし、有名人が突然農業を始めて「無農薬こそが正義!農薬は悪!」って言い出すパターンも、もう見飽きたくらい(失礼)。
でもね、これ、実は私たち一般人も同じなんですよ。
「医者が教えてくれない真実」 「製薬会社が隠している事実」 「メディアが報じない裏側」
こういうタイトルを見ると、つい気になってクリックしちゃいますよね? だって、なんか特別な情報を知れそうじゃないですか。
「真実に目覚める」って言葉、すごく気持ちいい。
だって、他の人がまだ寝ている間に、自分だけが真実に気づいたって感覚。まるでマトリックスのネオになったみたいで、赤いピルを飲んだ選ばれし者って感じがする。
でも、ちょっと待ってください。
本当の科学的真実って、そんなにドラマチックでカッコいいものじゃないんです。地味で、わかりにくくて、時には「どっちとも言えない」みたいな、なんとも歯切れの悪い結論になることだってある。
それが科学の本当の姿なんです。
1. 科学的思考という壁
論文一つ通すにも査読という試練
科学の世界で「これが真実だ」と言うためには、論文という形で発表する必要があります。
でも、論文を出すのって、想像以上に大変なんですよ。なぜかって?「査読」という、他の専門家による厳しいチェックがあるから。
私も研究者として論文を書いたことがあるんですが、データ集めに3年、執筆に半年かけた力作が、何度も学術誌から門前払い(リジェクト)されました。やっと査読に回ったと思ったら、今度は査読者からこんなコメントが...。
「実験デザインが不適切」 「統計解析が間違っている」 「考察が論理的でない」 「英語が下手」(お金払って校正だしてるんですけどね)
もう、全否定じゃないですか。
でも科学的根拠を担保するためには必要な作業なんです
でも、今思えば、あの厳しい指摘があったからこそ、論文はまともなものになったんです。査読って、世界中の誰が読んでも、同じ実験をすれば同じ結果が出るように、めちゃくちゃ細かくチェックするシステムなんですよ。
論文を投稿する側は雑誌にお金を払って、査読者もボランティア。報酬なしで、他人の研究を厳しくチェックする。なんて面倒なシステム!
面倒くさい? そりゃ、めちゃくちゃ面倒くさい。
でも、この面倒くささが、科学の信頼性を支えている。
昨日の正解が今日の不正解になる世界
ここで、医学史上最も劇的な「手のひら返し」の話をしましょう。
胃潰瘍って知ってますよね? 胃に穴が開く病気です。
昔の教科書にはこう書いてありました。
「胃潰瘍の原因はストレス。仕事のプレッシャーや心配事が胃酸を増やし、胃壁を傷つける」
これ、誰も疑ってなかった。医者も患者も、みんな信じてた。
ところが!
1982年、オーストラリアのバリー・マーシャル博士とロビン・ウォーレン博士が、胃潰瘍の患者の胃から謎の細菌(ヘリコバクター・ピロリ)を発見したんです[3]。
でも、当時の医学界の反応は...
「は? 胃の中に細菌? そんなわけないでしょ。胃酸で死ぬに決まってる」誰も信じなかった。
そこでマーシャル博士、とんでもないことをやらかします。
1984年、自分でピロリ菌の培養液を飲んだんです!
「えーい、飲んじゃえ!」って(実際は"Well, here it goes, down the hatch"と言ったらしい)。
案の定、激しい胃炎になって、吐き気と口臭に苦しんだ。でも、それで証明できた。ピロリ菌が胃潰瘍の原因だって。
2005年、二人はノーベル医学生理学賞を受賞しました[4]。
つまり、何十年も「常識」だったことが、完全にひっくり返ったんです。
他にもありますよ。「卵は1日1個まで」って言われてたのに、今は「コレステロールの摂取制限は必要ない」って変わったし。医学の教科書なんて、5年経てば半分は書き換わる。
これが科学の「可謬性」。つまり、科学では間違うことがあり、それまで事実と思われていたことが新しい発見によって覆されることがあるんです。
「間違いを認められる」ことの強さ
ここで「じゃあ、科学なんて信用できないじゃん!」って思った人。
ちょっと待って。
これこそが、科学の最大の強みなんです。
科学は「永遠の真理」を主張しない。宗教や思想と違って、「これが絶対だ!」なんて言わない。
むしろ、「今のところ、これが一番正しそう」という謙虚な態度を取る。
新しい証拠が出てきたら、素直に「あ、間違ってました」って認めて、サクッと修正する。この柔軟性、この誠実さ。
間違いを認められるって、弱さじゃなくて強さなんです。
その間違いを発見し更新し続けることが科学の優しさであり、人類の進歩そのものなのです
「わからない」と言える勇気。 「間違ってるかもしれない」と疑い続ける姿勢。 永遠の真理より、更新され続ける知識を選ぶ覚悟。
これが科学的思考の本質です。
わからないものを、わかろうとする。 間違いを恐れずに、一歩一歩進んでいく。地味? そう、めちゃくちゃ地味。 かっこ悪い? うん、全然かっこよくない。
でも、この地味でかっこ悪い営みが、私たちの命を救い、生活を豊かにしてきたんです。
2. 科学があなたを主人公にしてくれない理由
VIP待遇が通用しない世界
有名人の日常って、想像以上にVIP待遇なんですよね。
レストランに行けば特別席。 空港ではファーストクラスラウンジ。 「GACKTさんがおっしゃるなら...」って、みんな耳を傾ける。 コンサートでは何万人が熱狂。
でも、科学の世界では?
科学にのっとったプロセスによる評価が優先されます
きちんとしたデータや論文がなければ、誰も相手にしてくれません。どんなに偉い人でも、有名人でも、同じです。
どんなに有名でも、どんなにお金持ちでも、どんなにフォロワーが多くても、ピロリ菌は胃潰瘍を起こすし、遺伝子組み換え作物が人体に害を与えたという証明された事例は一つもない[5]。
これ、めちゃくちゃフラストレーション溜まると思いません?
だって、普段は自分の意見が通る世界に生きているのに、科学だけは聞く耳を持ってくれない。影響力も、説得力も、カリスマ性も、全部無視される。
冷たい。科学って本当に冷たい。
ヒーロー願望と陰謀論の相性
だから、有名人は別の物語を求めるんです。
「隠された真実を私が暴く」 「騙されている大衆を私が救う」 「既得権益と戦う正義のヒーロー」
この物語の中でなら、自分が主人公になれる。
しかも、この構図、めちゃくちゃわかりやすいじゃないですか。
善(自分)vs 悪(製薬会社、政府、メディア)
まるでハリウッド映画。観客(フォロワー)も熱狂する。「さすがGACKTさん!真実を教えてくれてありがとう!」ってコメントが殺到する。
承認欲求、満たされまくり。
でも、現実の科学は、そんな単純な善悪二元論じゃない。
お金と影響力で買えないもの
ノーベル賞を取った科学者の意見だって、きちんとした検証なしには受け入れられません。
逆に、無名の大学院生の発見でも、正しく検証されれば世界を変える。
これって、ある意味すごく民主的で公平じゃないですか?
でも同時に、すごく寂しい。
だって、私たちは物語の中で生きている生き物だから。自分が特別でありたいし、認められたいし、誰かの役に立ちたい。主人公になりたい。
科学は、その願望を叶えてくれない。
むしろ、「あなたは特別じゃありません」「みんな同じです」「データだけが真実です」って、冷たく突き放す。
有名人じゃなくても、これはキツい。
私だって、患者さんから「先生のおかげで治りました!」って言われたい。でも、本当は薬が効いただけかもしれない。自然治癒かもしれない。プラセボ効果かもしれない。
それを認めるのは、正直、寂しい。
でも、それが科学的思考というものなんです。
3. 「自分で調べる」が危険な理由
Web検索の落とし穴
「自分で調べて、自分で考えよう」
最近、この決め台詞をよく聞きますよね。一見、すごくまともなことを言っているように聞こえる。
でも、ちょっと実験してみましょう。
「農薬 危険」でGoogle検索してみてください。
怖い記事がわんさか出てきます。「農薬で子どもが病気に!」「有機野菜じゃないと危険!」みたいな。
次に「農薬 安全」で検索してみてください。
今度は安全だという記事がたくさん。「農薬は厳格に管理されている」「残留基準値は十分安全」とか。
じゃあ、どっちが本当?
ここが「自分で調べる」の落とし穴なんです!
私たちは無意識に、自分が信じたい情報を選んで読んでしまう。心理学では「確証バイアス」って言うんですけど、これがまた厄介。
SNSはさらにヤバくって、例えばTwitter(現X)だと、検索するとその後から自分の興味があるものばっかりタイムラインに並んでくる。
一度「オーガニック 健康」って調べると、アルゴリズムが「オーガニックが健康にいい!」みたいなポストばっかり出してくるので、どんどん引き込まれていっちゃうんです。
自分で調べる場合は、なるべく中立的な質問や、反対意見も調べることが重要です。
YouTube大学とインスタ医療の限界
最近はGoogleじゃなくてYoutubeで情報検索する人も増えてきましたが、動画はさらに情報のカオス。
カリスマYouTuberが、アニメーションつきで「農薬の真実!」とか解説してくれる。インスタでは、きれいな写真とともに「デトックスの方法」が紹介される。
めちゃくちゃ説得力ある気がする。
でも、ちょっと考えてみてください。
その情報源、本当に信頼できます?
動画を作った人、医学や農学の専門教育を受けてます?
論文、読んでます? 査読は受けてます?
多分、受けてない。
だって、査読なんて受けたら、半年かかるし、ボコボコにされるし、動画のネタとしては地味すぎる。
「今日は査読者からの指摘に対する反論を...」なんて動画、誰も見ないでしょ(笑)。
本物の専門家を見分ける3つのポイント
じゃあ、どうやって本物の専門家を見極めたらいいの?
実は、そんなに難しくないんです。ポイントは3つ。
1. その人の専門分野を確認する
医師だからって、全ての科学に詳しいわけじゃない。私は耳鼻咽喉科医だから耳のことには詳しいけど、農薬とか原発のことを聞かれても「えーっと...」ってなります。
整体師さんが癌について語っても、それは専門外。 農家の人が遺伝子について語っても、それは専門外。
さらに言えば、医師でも経歴をよく見る必要があります。ずっと地方で在宅医療だけやってきた人が、病院経営や医療政策全体について語ったり、ワクチンの有効性や食品の健康効果について断言したりするのは、ちょっと専門から外れているかも。
当たり前だけど、意外と見落としがちだから気を付けて。
2. 利益相反をチェックする
「無農薬野菜は素晴らしい!」って言ってる人が、実は無農薬野菜を売ってるとか。 「このサプリで健康に!」って言ってる人が、そのサプリの会社の顧問だとか。
別に悪いことじゃないけど、バイアスがかかっている可能性は考慮すべき。
3. 「絶対」「必ず」「100%」を連発する人は要注意
本物の専門家ほど、断言を避けます。
さっきも言ったけど、科学には常に誤る可能性がある、可謬性があることを知っているから。
その"自称専門家"はあなたから搾取しようとしているだけかもしれない
「現時点での知見では」 「可能性が高い」 「多くの研究が示唆している」
こういう、歯切れの悪い言い方をする人の方が、実は信頼できたりする。
つまらない? そう、めちゃくちゃつまらない。
でも、私はこのつまらなさこそ、誠実さの証だと思う。
4. 感情を無視してはいけない
不安という感情の正当性
ここまで読んで、「じゃあ、非科学的なことを信じてる人はバカなの?」って思った方。
ちょっと待ってください。
実は、非科学的な考えに惹かれる人の多くは、根本に「不安」を抱えているんです。
わからないことへの不安。 病気への不安。 子どもの将来への不安。 食べ物への不安。
その不安は、とても真っ当で、人間らしい感情です。
私だって不安だらけですよ。
初めて患者さんを診たときは、「この診断で合ってるのか」って不安で夜も眠れなかった。今でも、難しい症例に出会うと不安になる。自分の健康だって不安。コーヒー飲みすぎかなとか(でもやめられない)。
だから、誰かが「農薬が怖い」「遺伝子組み換えが心配」と言ったとき、その気持ちはすごくわかる。
エビデンス警察はNG
でも最近、SNSを見ていると、エビデンスを振りかざして相手を論破することが目的になっちゃってる人がいる。
「そんなの非科学的だ!」 「エビデンスを示せ!」 「論文読んでから言え!」
ちょっと、それ違うんじゃない?
エビデンスは、人を傷つけるための武器じゃない。 多くの人を助けるための道具なんです。
相手を論破して、マウント取って、それで何が残る?
その人は二度と科学を信じなくなるかもしれない。もっと深く陰謀論にハマるかもしれない。分断が深まるだけ。
たとえば農薬、日本の農薬規制は、食品安全委員会がリスク評価を行い、厚生労働省と農林水産省が最大残留基準値を設定するという、世界的に見ても相当厳しいシステムなんです[6]。
でも、こういう事実を「ほら見ろ、日本は安全なんだ!心配するな!」って押し付けても、不安な人の心には響かない。
むしろ、「そうなんですね。心配ですよね。一緒に少しずつ勉強していきましょう」という姿勢の方が、長い目で見て科学への信頼を育てることになる。
主人公になれない私たちが、それでも科学と生きていく方法
さて、ここまで長々と書いてきました(すみません、つい熱くなってしまって)。結局、何が言いたかったのか。
有名人が「真実に目覚めた!」と言い出すのは、科学が彼らを主人公にしてくれないから。影響力もカリスマ性も通用しない世界で、フラストレーションが溜まる。だから陰謀論という、自分がヒーローになれる物語に逃げ込む。
科学は査読という面倒なシステムで信頼性を保ち、間違いを認めて更新される。この「可謬性」こそが科学の強みだけど、ドラマチックさはゼロ。
「自分で調べる」も危険。Google検索は確証バイアスの罠だらけだし、YouTubeの「真実」は査読なんて受けてない。本物の専門家を見極めるのも、実は難しい。
つまり、科学って本当に面倒くさくて、地味で、誰も特別扱いしてくれない世界。
でも、だからこそ信頼できる。
じゃあ、どうすればいいのか。
科学と感情、どちらか一方を選ぶ必要はないんです。
科学者は、もっと人の感情に寄り添う必要がある。「わからないから不安」という気持ちを否定せず、一緒に考える。
一般の人も、科学の限界と誠実さを理解する。完璧じゃないけど、だからこそ信頼できるということを。
エビデンスを振りかざすんじゃなくて、対話する。 正しさを押し付けるんじゃなくて、不安に寄り添う。 「わからない」と言える勇気と、「一緒に考えましょう」という優しさ。
それができたとき、私たちは科学とうまく付き合えるようになる。
私も医師として、もっと優しく・わかりやすく、でも正確に科学を伝えていきたい。時には「わからない」と正直に言いながら、一緒に答えを探していく。
だって、それが本当の意味での科学的な態度だと思うから。
最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
私は耳鼻咽喉科医で、X(旧Twitter)でエビデンスに基づいた医学・健康情報を毎日発信しています。良ければフォローをお願いします。
またねっ!
参考文献
[1] Bray F, Laversanne M, Sung H, et al. Global cancer statistics 2022: GLOBOCAN estimates of incidence and mortality worldwide for 36 cancers in 185 countries. CA Cancer J Clin. 2024;74(3):229-263.
[2] Ito Y, Miyashiro I, Ishikawa T, et al. International comparison of trends in cancer mortality: Japan has fallen behind in screening-related cancers. Jpn J Clin Oncol. 2021;51(11):1680-1689.
[3] Marshall BJ, Warren JR. Unidentified curved bacilli in the stomach of patients with gastritis and peptic ulceration. Lancet. 1984;1(8390):1311-1315.
[4] Marshall BJ. Nobel Lecture: Helicobacter connections. Nobel Prize in Physiology or Medicine 2005. Available from: https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2005/marshall/lecture/
[5] Herrero M, García LA, Díaz-Alvarez R. Twenty-eight years of GM Food and feed without harm: why not accept them? GM Crops Food. 2024;15(1):40-50.
[6] Ministry of Health, Labour and Welfare. Basic Principles for Setting MRLs for Pesticides in Food Commodities in Japan. 2024. Available from: https://www.mhlw.go.jp/english/topics/foodsafety/
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コメント
18確かに3章までとテイストや方向性がちょっと違うなと思ったのですが、自分としては必要な内容でした。4章は主に私自身の自戒と、私のメインフォロワー層である医師・科学者層へのメッセージです。また、それを見た一般読者が科学者のメッセージをどう捉えればいいかという根拠になると考えました。
科学者層へのメッセージとしては「んなこた言われなくても何十年と前から皆やってんだよ」と言いたくもなるような周回遅れの内容と言わざるを得ず、その結果がいまの科学軽視な惨状でもあるわけで、あえて繰り返す価値があったとは……いえむしろ有害です。浅薄な"知恵"を助言や提言という体で披露され、"寄り添い"ながらの処理に追われ、議論が巻き戻る時のあの疲弊感は、ご共感いただける立場の方であると存じております。
さらに「一般読者が科学者のメッセージをどう捉えるかの根拠」という点も理解に苦しみます。心構え程度の話では、根拠として機能する強度は持ち得ないのではありませんか。
ああ、単に「僕らは敵じゃないよ~」という顔をして見せたかった、ということでしょうか?もしそうであれば、私が先に指摘した通り「特に意味はないが聞こえだけは良いことを言って非科学的な層に良い顔をしたかった」がこの4章の意図だったと考えて差し支えないように思います。
もし私の解釈が早計であり、それ以上に具体的で実効性のある狙いがあったのだとしたら、ぜひお聞かせください。
私の言葉でどれだけお伝えしても納得いただけることはなさそうなので、どうぞご自身でご自由に解釈ください
いいえ、これは「納得できるか否か」の話ではありません。
私が指摘しているのは、あなたご自身が発した言葉の論理的な含意です。
整理していけば「そう読むしかない」という帰結に至るのであって、私個人の好みや感情の問題ではありません。