第26話 女王の檻と王の心臓
導入:黒竜の咆哮と過去の亡霊
静寂。
肌にまとわりつくような重く、澱んだ空気。汗と埃、そして古いボールのゴムが劣化した匂いが混じり合い、鼻腔の奥を不快に刺激する。体育倉庫特有の閉塞感の中、神谷圭佑はゆっくりと意識を取り戻した。
薄暗い高窓から差し込む光は、まるで世界の傷口から流れ落ちる血のように赤黒い。夕焼けに染まったその光が、床に無造作に転がる古いバスケットボールや、埃を被った跳び箱の影を、悪意を持って引き伸ばしていた。その光景が、脳裏の深い場所に錆びついていた、忘れかけた過去の悪夢をこじ開けた。
――幼い頃、同じ体育倉庫で、数人の同級生に囲まれ、なす術なく嘲笑を浴びていた、無力な自分の姿。
腹を蹴られた際の、息が詰まる感覚。肺が焼けるような痛みが走り、思わず埃っぽい床のザラついた味を舌で感じてしまう。頭上からは、鼓膜を突き破るような上級生の甲高い嘲笑の幻聴が、今も反響していた。
ドン、ドン、ドン!
幻聴が、鼓膜を直接叩く。扉の向こうの光に向かって、必死に拳を叩きつける、幼い自分の幻影が見える。
『開けろよ! 出せよ!』
扉の向こうからは、くぐもった上級生の嘲笑が聞こえる。『うるせーな、反省しろよ、雑魚』。
すると、目の前に、膝を抱えたもう一人の自分が現れた。あの日の神谷圭佑が、冷たい、光のない目で、今の圭佑を睨みつけていた。その影の表情は凍りつき、唇は憎悪に微かに震えていた。
『……お前が弱いからだ。お前が、あの時も今も、どうしようもなく弱いから、僕らはここに閉じ込められるんだ』
幻覚だと分かっているのに、奥歯がギリ、と音を立て、粘つくような冷たい汗が背筋を伝う。
「(またか…また、俺は…何もできずに、ここに閉じ込められるのか…!)」
現在の無力感と過去のトラウマが邪悪な共鳴を起こし、彼の精神を内側から灼き潰すように、容赦なく削り取っていく。
ドクン。
唐突に、魂の奥底から、直接響く不吉な鼓動があった。体内に埋め込まれた『竜の卵(ドラゴンエッグ)』が、彼自身の魂の深淵に眠る『大いなる観測者』のコマンドによって、無理やり孵化させられようとしていたのだ。
「ぐ…ッ…あああああっ!」
魂の設計図が、千々に引き裂かれるような激痛が全身を貫く。脳が焼き切れるかのような衝撃が走り、視界が真っ赤に染まった。だが、その苦痛が臨界点を超えた、その瞬間。背徳的な快感が、灼熱の奔流となって全身を駆け巡った。
人間の尊厳やアイデンティティが根こそぎ剥ぎ取られていく。失われていく人間性が上げる最後の悲鳴を聴きながら、それでもなお、新たなる力の奔流に抗いがたい歓喜を覚えてしまっている。その精神的な倒錯感に、圭佑の魂は慄いた。
脳裏に、大切だったはずの記憶が、光の粒子となって指の間からサラサラと音を立てて零れ落ちていく。温かい食卓の風景、仲間たちの屈託のない笑顔、共に乗り越えた激戦の記憶といった具体的なフラッシュバックが、陽炎のように揺らぎ、遠ざかっていく。
最後の砦として、玲奈と莉愛のカードの幻影が、魂の前に現れた。
「(これだけは…!)」
魂の腕が、必死に、その二つの光の欠片を掴もうと、闇の中を無我夢中で掻きむしる。
脳裏をよぎるのは、あの夏の日の別荘の記憶。莉愛が照れながら差し出してくれた、肉汁が溢れ出す手作りハンバーグの、鼻をくすぐる香りと温かさ。夜、隣で眠る玲奈の穏やかな寝息と、シーツ越しに伝わる、触れるか触れないかの距離にある柔らかな温もり。失ってはならない、宝物のような時間。
だが、その指先が触れる寸前、玲奈のシルバーカードが、まるで極薄の氷が砕けるような甲高い音を立てて砕け散った。続いて、莉愛のピンクゴールドカードが、光を失い、すすを吐きながら塵と化していく。
最後の抵抗は、あまりにも無慈悲に打ち砕かれた。魂の指先に、温もりの残滓と、絶対的な喪失感だけが残った。
(やめ…ろ…おれの…大切な…ノイズ…が…ザザ…)
彼のモノローグは、魂の底から発生するノイズに飲み込まれ、意味のある言葉の形を失っていった。
展開:美しき共闘と次元の違う蹂躙
K-PARKの戦場に、漆黒のオーラを纏った圭佑が降臨した。
しずくの凛とした号令一下、十三人の美徳が共鳴し、戦場に巨大な魔法陣を描く。それは、絶望の闇夜に咲いた、一夜限りの光の花。その花弁から放たれた虹色の奔流が、魔王へと殺到する。
だが、圭佑は、それを無感情に一瞥する。
次の瞬間、全ての攻撃は、彼に届く前に視界から消え失せ、音も残さず、まるで最初から存在しなかったかのように「削除」された。彼は、攻撃を「防いだ」のではない。その「存在」そのものを、この世界から消し去ったのだ。
「なるほど、お前たちの力はこんなものか。なら、もう用済みだ」
圭佑の背後から、巨大な黒竜の顎(アギト)の幻影が実体化し、飢えた獣のように莉子の影を捕食し始めた。
『いやああああああっ! 私が…私の力が…喰われる…! 返して…!』
莉子の影が悲鳴を上げ、データが悲鳴を上げて引き裂かれ、存在そのものが喰らい尽くされていく断末魔が、戦場に響き渡った。
その、おぞましい光景が繰り広げられている、まさにその瞬間。
アルカディアの司令室では、桐島弁護士が、圭佑の肉体が眠るバイタルサイン・モニターだけを血走った目で睨みつけていた。
彼の脳裏に、数週間前の、何気ない記憶が蘇る。調査の合間に、駅前の立ち食いスタンドで、圭佑と二人でうどんを啜った、ほんの数分の記憶。あの時の、少し困ったように笑う少年の顔が、モニターの危険な波形と重なり、桐島の唇を微かに震わせた。
桐島は、冷静な声で、しかしその声の奥に焦りを滲ませる迫力で二人の少女に告げた。
「玲奈くん、莉愛くん。感傷に浸っている場合じゃない。圭佑くんの肉体がもたない。この負荷が続けば、あと3分で、彼の心臓は止まる」
結び:魔王覚醒と二つの世界の戦端
戦場で、莉子の影をも完全に喰らい尽くした圭佑の全身を覆っていた禍々しい竜の鱗が、古くなった蛇の皮のように、内側からの光でバリバリと音を立ててひび割れていく。
漆黒の殻が破られ、その光の中から、月の光を練り上げて作ったかのような白銀の髪と、燃え盛るルビーのように深く輝く真紅の瞳を持つ存在が姿を現した。その瞬間、世界の物理法則が歪むかのように、周囲の空気が鉛のように重く、冷たくなった。
――『魔王(ルシファー)』の誕生だった。その威容は、世界の全てを睥睨するかのようだ。
魔王と化した圭佑が視線を向けた先で、ネットワークの最深部へと誘う『深淵(アビス)』へのゲートが、空間に空いた巨大な傷口のようであり、あらゆる光とデータを吸い込みながら、無音の咆哮を上げていた。その「傷口」から放たれる圧倒的な虚無感が、見る者の魂を凍てつかせる。
彼は、アビスの奥深くを見据え、ただ一言、深く、冷たく宣言した。
「――迎えに行く」
その言葉を最後に、彼はアビスの渦の中へと姿を消した。ゲートが閉じる瞬間、彼の魂の奥底から、かつての人間としての悲痛な叫びが、ごく微かに仲間たちの魂を震わせた。
(誰か…俺を、止めてくれ…!)
「…最後に聞こえたの…! いつもの、優しいリーダーの声が…!」
通信越しに届いたキララの悲鳴のような声が、絶望に凍り付いていたアルカディアの空気を微かに震わせた。
莉愛は、胸元で砕けたカードの残骸を、血が滲むほど強く握りしめていた。だが、その言葉にハッと顔を上げる。
隣で、玲奈が静かに目を閉じていた。彼女もまた、聞いていたのだ。魔王の咆哮の奥に隠された、圭佑の魂の叫びを。
ゆっくりと玲奈が目を開ける。その琥珀色の瞳が、真っ直ぐに莉愛の瞳を射抜いた。
言葉は、いらない。
視線が交錯するだけで、二人の思考は完璧に同期する。
(彼の『心』は、まだ、あちら側に残っている)
(そして、彼の『命』は、今、ここにある)
(どちらか一つなんて、選べるはずがない)
砕け散ったカードが「解除キー」になる。それは、論理を超えた確信だった。絶望の象徴であるはずの絆の残骸が、今、唯一無二の希望へと反転したのだ。
莉愛が、震える唇で、しかし力強く頷く。
玲奈の瞳に、女王としての揺るぎない光が宿る。
二人の声が、司令室に響き渡った。それは、一つの魂から生まれたかのように、完璧に重なっていた。
「「――私たちは、『両方』を選ぶ!!」」
その誓いは、圭佑の「命(リアル)」と「心(バーチャル)」の両方を救うための、二正面作戦開始の、力強い宣戦布告だった。
現実世界:魂のファインダー
昼休憩。喧騒に満ちた高校の教室。
神谷美咲がスマートフォンを操作していた、その瞬間。
ブツッ、と。画面が、突如として激しい砂嵐に覆われた。そして、「違う…俺は、みんなを助けたくて…!」というノイズ混じりの、聞き間違えるはずのない兄の声が脳内に響く。砂嵐の向こうに、一瞬だけ、ノイズまみれの「動画」が再生された。見覚えのある、少し古い携帯ゲーム機の画面。そして、その中に囚われた、本来の兄の魂の姿が、必死にこちらに手を伸ばそうとしていた。
「あのゲーム機が、鍵になる」と。
美咲が教室を飛び出そうとした、その瞬間。
「――どこへ行くの? 美咲」
声をかけてきたのは、親友だった少女。その表情は能面のように無表情で、前髪で隠れていた左目が、縦に長い瞳孔を持つ『蛇の目』へと変質していた。教室の空気が、氷のように冷たく、重く張り詰めた。クラスメイト全員が、まるで操り人形のように、無表情でこちらを向く。逃げ場はない。
恐怖で足がすくむ美咲の目に、スマホに自動でダウンロードされた【不明なファイル】が映った。震える指で、再生ボタンをタップし、音量を最大にする。
スピーカーから流れ出したのは、チープなシンセサイザーの音と、少し外れたリズム。兄が昔、夜な夜な楽しそうに作っていた、誰にも聞かせない、彼だけの自作曲だった。
「――ッ!? な…に…この…不快な…ノイズは…!」
『じゃのかん』が耳を塞ぎ、クラスメイトたちも頭を抱え、苦しみ始める。彼らを繋ぎとめていた、見えない支配のネットワークが、兄の音楽の「揺らぎ」によって乱されているのだ!
美咲はその隙を突き、廊下へ飛び出す。だが、その先で屈強な体育教師が、蛇の目を光らせて仁王立ちしていた。
絶体絶命。その時、スマホのカメラアプリが勝手に起動した。画面には苦悶する教師が映り、その顔の中心に、緑色の四角いフレームが明滅している。
(これを…撮れってこと…お兄ちゃん!?)
恐怖で足がすくみながらも、兄の音楽に背中を押され、美咲は覚悟を決めた。教師の腕を、紙一重ですり抜けてゼロ距離でスマホを構える!
緑のフレームが赤く変わり、「TARGET LOCK」の表示が浮かぶ。
美咲は、叫びながらシャッターアイコンをタップした!
カシャッ!
フラッシュが閃光のように焚かれる。その瞬間、スマホの画面に、教師の心の声がノイズ混じりのテキストで流れた。
[秩序ガ必要ダ]
[ルールヲ破ル奴ハ悪ダ]
[絶対的ナ指導者ガ、全テヲ管理スベキダ]
「――ぁ…?」
テキストが消えると同時に、教師の瞳から『蛇の目』が霧散し、彼はその場に膝から崩れ落ちた。
(そうか…あいつらは、人の『弱さ』や『歪んだ正義感』に憑りつくんだ…!)
美咲は、兄が遺した最強の武器の意味を、今、完全に理解した。
昇降口で、カッターナイフを持った『じゃのかん』に追い詰められる。その刃を、黒い革手袋に包まれた手が、流れるような動きで受け流し、一瞬で無力化した。
「神谷美咲様でございますね。玲奈お嬢様と莉愛お嬢様のご命令です。『我らが友の妹君を、何人たりとも傷つけさせてはならない』と。さあ、こちらへ」
天神家の執事だった。
現実世界:雨上がりの斬撃
執事の運転する高級セダンが学校の裏口から爆発的に加速する。バックミラーには数台の黒いバイクと一台のバンによる追跡。運転手たちの右目が、一斉に『蛇の目』となって爛々と輝く。
「神谷美咲様。シートベルトをお確かめください。これより、一般の交通法規を、少々逸脱いたします」
執事がステアリングに隠されたボタンを押すと、サイドの排気筒から純白の煙幕が轟音と共に噴射され、後続のバイク数台が視界を奪われ体勢を崩した。
だが、煙を抜けてきたバンが、セダンの側面に体当たりを仕掛けようとした、まさにその刹那。
美咲の目に、信じがたい光景が飛び込んできた。
どこから現れたのか。一台の、漆黒のバイクが、影が地面を滑るかのように、セダンとバンのわずか数十センチの隙間に侵入していた。一切の走行音がない不気味さが、その異常性を際立たせている。
ライダーは、小柄だった。彼女の身に纏ったクラシックなメイド服は、裾の一片すら風に乱れない。艶消しブラックのフルフェイスヘルメットが、人間的な個性を全て消し去っている。
「あァ!? コスプレ女が死にに来やがったか!」
バンの助手席に座る**『じゃのきば』**の男が、下卑た笑みを浮かべサブマシンガンの銃口を向けた。
その瞬間、メイドのヘルメットの暗黒のバイザーに、スッ、と一本の緋色のラインが水平に灯った。
彼女――『時雨』は、バイクの車体を、火花が散る寸前まで路面に傾ける。空いた左手は、腰に差した漆黒の刀の柄に、そっと添えられていた。
――居合。
美咲の動体視力が、限界を超えて引き伸ばされる。
キィィィィィィンッ!!
人間の可聴域を超えた、脳を直接削るような高周波が、車内にいる美咲の鼓膜すら突き刺した。
夜の闇を切り裂き、青白い燐光の一閃が走る。それは、時雨が振るった高周波ブレード『小夜時雨』の軌跡だった。
すれ違いが、終わる。
時雨は何事もなかったかのように体勢を立て直し、再びセダンの前方を護衛するポジションに戻っていた。
「…? 何も起きねえぞ? ハッ、脅かしやがって!」
男が嘲笑を浮かべた、その時だった。
バシュッッッ!!
轟音と共に、バンが大きく傾いだ。制御を失った車体は、アスファルトの上で無様に腹を擦り、火花を撒き散らしながらガードレールへと踊る。
男が、信じられないものを見る目で、自らの車輪を見た。
時速100キロ以上で回転していたはずの右前輪のタイヤが、分厚いホイールごと、鏡のように滑らかな断面で切り離され、宙を舞っていたのだ。その断面から放たれる冷たい光は、ある種の破壊の美しさすら感じさせた。
ガードレールに激突し炎上するバンを背に、執事がインカムに静かに告げる。
「…見事です、時雨」
ヘルメットの中から、吐息のような、ごく微かな声が返ってきた。
「……清掃、完了」
兄の魂の暗号を手に、少女は、現実世界(リアル)の戦場を、今、息を切らしながら駆け抜ける。
エピローグ
第一章:サンクチュアリにて(安息と新たなる武器)
息もつかせぬカーチェイスを振り切った高級セダンは、都心に聳え立つ超高層タワーマンションの地下駐車場へと、音もなく滑り込んだ。
「こちらです、美咲様」
執事に導かれ、美咲は専用エレベーターで最上階の一室へと足を踏み入れた。そこは、天神家が有する偽装されたセーフハウスの一つだった。床から天井まで続く窓の外には、宝石をちりばめたような東京の夜景が広がっている。
室内には、先回りしていた時雨が、直立不動で待っていた。
美咲の視線に気づいたのか、彼女はすっとヘルメットに手をかけ、静かに脱いだ。
現れたのは、感情というものが抜け落ちたかのように整いすぎた、人形のような美貌だった。腰まで届くストレートの黒髪が、さらりと流れる。
「…!」
美咲が息を呑む。あんなにも人間離れした戦闘を行う存在が、自分とさほど歳の変わらない、美しい少女であるという事実に。
リビングの中央テーブルに、執事がアタッシェケースを置き、静かに開けた。中には、厳重な緩衝材に包まれた、見覚えのある「古いゲーム機」が収められていた。
「…! どうして、これが…私は、家に帰れていないのに…」
美咲が驚愕の声を上げると、執事は傍らに立つ時雨に僅かに視線を送った。
「お嬢様方が美咲様の保護を決定した直後、我々は神谷様ご一家に関する全ての情報網をバックアップいたしました。桐島様が、美咲様のスマートフォンに送られた異常なデータパケットを解析し、『鍵』となるオブジェクトの存在を予測」
執事は、そこで一度言葉を切った。
「私が学校へ向かい、陽動と救出を行っている間に、時雨には別命を下しておりました――**『神谷邸に潜入し、美咲様が必ず必要とするであろう遺品を、敵の観測網よりも速く確保せよ』**と」
美咲は、絶句して時雨を見た。感情のない人形のようだった少女が、兄の命を繋ぐ鍵を、自分も知らない間に、敵地同然の自宅から奪還してきていた。その事実が、時雨という存在の異常さを、改めて美咲に刻み付けた。
「…彼女が確保していなければ、今頃は『蛇の目』の手に渡っていたでしょう」
執事が静かに告げ、ゲーム機をテーブルの上に置いた。
「紹介が遅れました」と、執事が恭しく頭を下げた。
「こちらは時雨と申します。単なる護衛ではございません。彼女こそ、裏社会でその名を知る者すらいない幻の武術…『柏木流武術』の、ただ一人の正統後継者にございます」
柏木流。その名に美咲は聞き覚えがなかったが、執事の口調から、それがとてつもない意味を持つことだけは理解できた。
当の時雨は、美咲に向かってメイドとして完璧な一礼をするだけだった。
「時雨、と申します。これより、美咲様の剣となります」
その声には、やはり感情の起伏が感じられなかった。
執事が専門の機材を接続すると、ゲーム機の小さな液晶画面に、ノイズ混じりの不可解な文字列と、単純な**「ミニゲーム」**のようなものが表示された。
執事は、真剣な眼差しで美咲に告げた。
「美咲様、お兄様の魂を救うには、おそらくこの『ゲーム』を攻略する必要があるのでしょう。そして…」
彼は言葉を区切り、美咲の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「このゲーム機は、玲奈お嬢様と莉愛お嬢様が今まさに戦っておられるバーチャル世界に、**現実世界から干渉するための、唯一の『武器』**でもあります」
第二章:女王の覚悟(ダイブへの儀式)
その頃、アルカディアの司令室の奥。二人だけが入ることを許された、白を基調とした静謐な部屋。
玲奈と莉愛は、身体のラインが浮き彫りになる、純白の特殊なプラグスーツへと着替えていた。
ガラス越しに、桐島弁護士が最後の警告を告げる。
「いいかね。君たちがこれから向かうのは、ただのバーチャル空間じゃない。暴走した圭佑くんの精神世界そのものだ。いわば、神となった彼の『心臓部』。一度囚われれば、私でも君たちを救出することはできない。それでも、行くのかね?」
二人は、砕けたカードの欠片を、それぞれペンダントにして首から下げていた。
莉愛は、少しだけ震える手でペンダントを握りしめた。
「怖くないって言ったら、嘘になります。でも…」
玲奈が、その言葉を毅然と引き継ぐ。
「彼が一人で泣いているのなら、迎えに行くのが私たちの役目ですわ」
二人が、巨大なフルダイブ装置の前に立ち、互いに頷き合う。その瞳には、少女としての恐怖を乗り越えた、女王としての慈愛と覚悟が宿っていた。
装置のハッチが、静かに閉じていく。
第三章:監視者の部屋(敵の底知れぬ不気味さ)
無数のモニターが壁を埋め尽くす、薄暗い部屋。
そこに、美咲を襲った『じゃのかん』や『じゃのきば』とは明らかに「格」が違う、『監視者』の称号を持つ男が一人、静かに戦いの記録を閲覧していた。
モニターには、美咲がスマホで教師を浄化した瞬間や、時雨がバイクでバンを破壊した映像が、繰り返し再生されている。
部下からの通信で、追跡部隊の全滅と、対象(美咲)のロストが報告された。しかし、男は怒るでもなく、むしろ楽しげに、あるいは興味深げに呟いた。
「…面白い。実に面白い。『ノイズ・ブレイカー』に、『ソウル・ファインダー』か。失われたはずの力が、こんな形で発現するとは」
彼の視線が、時雨の映像で止まる。その常人離れした動きを、何度も、何度も、スロー再生で確認する。
「この動き…体捌き…まさかね。『柏木』の亡霊が、まだこの世を彷徨っていたとは。しかも、天神の庭で飼われているとはな。愉快だ」
そして、彼は圭佑が消えたアビスのゲートの映像に視線を移した。男の口元に、初めて満足げな笑みが浮かんだ。彼の『神』は、ついに玉座へと至る道を歩み始めたのだから。
彼はチェスの駒を一つ、盤上で進めた。
「計画に誤差は生じたが、これもまた一つの『秩序』。さあ、『魔王』は約束の地へ辿り着けるかな? 全ては、我らが**『大いなる観測者』**の御心のままに…」
その声は、世界の全てを掌の上で転がしているかのような、絶対的な確信に満ちていた。
成り上がり~炎上配信者だった俺が、最強の女神たちと世界をひっくり返す話~ 浜川裕平 @syamu3132
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