338日目 筋肉とリボン(寄生と変化)
338日目
今日も安眠できることを強く願う。日記の最後に奴が登場するか否か、今から(悪い意味で)ドキドキを隠せない。
身支度を整えてから厨房へ。今日もいつもどおりかな……なんて思っていたら、なんと、ロザリィちゃんがマデラさんの隣で『おはよっ!』って手を振っていた。朝から素敵過ぎる笑顔を見ることができてちょうハッピー。
どうしたのかと思ったら、『この子はわざわざ手伝いを申し出てきたんだ。昔のアンタとはえらい違いだね』ってマデラさんに言われた。『その、考えてみれば菓子折りの一つもなくお世話になるのはちょっとどうかなって思って……』ってロザリィちゃんは言っていた。
どうやら、ただ厚意に預かり世話になるのはちょっと気が引けたらしい。昨日クーラスたちがそれなりの誠意を見せたものだから、ちょっと焦ったようだ。
あと、ちょいちょいと俺を手招きし、耳元で『……あと、その、将来の役にもたつから……ね♪』って囁かれたとき、天にも昇る気持ちになった。
えっと、これってつまり、そういうことでいいんだよね? ロザリィちゃん、俺と一緒に宿屋をやってもいいってことだよね?
もうね、なんかめっちゃうれしかったのを覚えている。マデラさんの言葉とか、正直耳に入ってこなかった。『イチャつくのは仕事を終えてからにしな!』ってケツビンタされるまで、意識が飛んでいたと思う。
なお、この時ロザリィちゃんもケツビンタされていた。もちろん、軽いスキンシップのそれに近いやつだったけど。『ほら、さっさと始めないと終わらないからね!』とにっこり笑うマデラさんを見るに、どうやらロザリィちゃんの前ではグランマの皮を被るのをやめることにしたらしい。
ロザリィちゃん、『がんばります!』って笑顔で答えていたけど、果たして持つのだろうか。もしマデラさんがロザリィちゃんをいびり出したら、その時はたとえ相手がマデラさんであろうと俺は戦おうと思う。
んで、ロザリィちゃんが皮むきを担当している間、風呂掃除に行こう……と思ったら風呂場にアルテアちゃんが。
『どうした、早く来い』って言われてちょっとビビる。アルテアちゃん、おそうじルックで準備万端だったんだよね。
どうやらアルテアちゃんは風呂掃除を申し出てきたらしい。『こっちのほうがなんとなく気が楽だ』とのこと。フィルラドが見たら泣いて悔しがるほど、アルテアちゃんは太ももをさらけ出してちょっとせくしぃな感じになっていた。
もちろん、俺はロザリィちゃん一筋だから見向きもしない。上述は純然たる事実を述べただけに過ぎないことを念のためここに記しておく。
で、アルテアちゃんに風呂掃除の仕方を教える。備品のチェックとおそうじポイント、その他もろもろを確認し、湯を張りなおして気分のままに入浴剤をぶち込むだけ。あ、脱衣所もしっかりチェックしなきゃいけないけど。
『入浴剤はなんでもいいのか?』と聞かれたので、『一通りはそろっている。なければ買うか作るかするだけだよ』と答えた。『じゃ、ホビットレモンのかおりで』との注文が来たので、言われた通りホビットレモンの入浴剤をぶち込んだ。
もちろん、その後は男湯も掃除する。当然のことながら男湯に入るのはアルテアちゃんは初めてだったらしく、『なんか意外と普通……だけど、脱衣所がなんか男臭い』って言っていた。
さて、二人かかりだけあって掃除も早々に終わり、今日は変則的に洗濯物を先に済ませようか……と思ったらすでにパレッタちゃんが取り組んでいた。
よもやパレッタちゃんが洗濯をするなんて、驚きを隠せない。まぁ、みんなの洗濯ものをまとめたところにヴィヴィディナ(粘塊形態)をぶち込んでいただけではあったんだけど。
『さすがはトップクラスの冒険者。こびりつくそれが通常とは段違い。これほどヴィヴィディナの糧になる洗濯物があろうか。いや、ない』ってパレッタちゃんはルンルンしていた。
マジできれいに洗濯できているから困る。しぶとい血のシミも、魔物の脂も、その痕跡すら感じない。あと、微妙にほつれていたところまで直っているっていうね。
洗濯物は完璧に任せてもよさそうだったので(ナターシャのヨダレまみれ枕カバーだけは俺が回収して手洗いした)、ロザリィちゃんと共に朝餉の支度をする。さすがに一人前の宿屋ほど処理スピードは速くなかったので、二人で仲良く楽しくイチャつきながら作業することができた。
手もかじかんで痛いだろうに、『んふふ♪』って笑いながら俺の隣でナイフを動かすロザリィちゃんがマジプリティ。『──くんと一緒なら、いつまでもこうしていたいな!』って微笑みかけられた時、俺、マジで気絶しそうになったよ。
ただ、『……もしかして、似た者同士だったか?』ってマデラさんが不安そうに呟いていたのは気にかかる。ロザリィちゃん、こんなにプリティなのに。
みんなで協力して物事に取り組んだため、なんだかんだで結構早い時間に朝の作業を終わらせることができた。
『ま、毎朝これをやっているのか……』、『ヴィヴィディナがいなければ持っていかれるところだった』ってアルテアちゃんもパレッタちゃんもお疲れ気味。まぁ、初めてやったんだからしょうがないかもしれない。三か月も頑張ればゴブリンのケツを蹴り飛ばすがごとく楽にこなせるはずだ。
……よく考えると、昔の俺ってアルテアちゃんたちがやってたことを全部一人でやってたんだよね。見方を変えれば虐待じゃね?
なお、女子たちはこうして手伝ってくれたのに、男たちは朝食の時間までぐっすりスヤスヤとしていた。ジオルドとクーラスはともかく、ポポルとフィルラドは手伝ってもよくない?
朝食後はいつも通りの作業に戻る。ちゃっぴぃは暇なのか、針仕事をするマデラさんの背中にぎゅーっ! って抱き着いていた。『す、すみません……!』ってロザリィちゃんが引き離そうとしたけど、マデラさんは『大丈夫、これくらいは慣れているから』って平然としていた。さすがはマデラさん。
午前中は大して書くことが無かったように思える。せいぜい、ジオルドとクーラスが『すっげえよく眠れた!』って嬉しそうにしていたことくらいか。あそこ、たしかリアがベッドメイキングしていたと思うけど、リアもそれなりに腕を上げたってことでいいのだろうか?
ちなみに、ロザリィちゃんたち女子は外にお出かけに、フィルラドたちは庭先で日向ぼっこしていたと思う。あいつらどんだけぐうたらすれば気が済むのだろう。あ、ジオルドとクーラスはチットゥとかルフ老とか、お休みの冒険者(一応は一流)と楽しそうに話していたよ。
で、午後の業務をこなしているときにやっぱり事件が。
そう、アレは確かちょうどミニリカにせがまれてクッキーを焼いた時だったと思う。リアが妙に照れながらクーラスにクッキーを配膳し、アレクシスが弓に手を伸ばそうとしたまさにその瞬間、濃密な魔力がふわっと香って、直感的にヤツが来たってわかったんだよね。
ぱーん、と開け放たれる扉。きらりと輝く筋肉。『久しぶりだな、親友!』と明るい声。
ギルがいた。誰もがビビるギルがいた。『みんな、久しぶりなの!』ってミーシャちゃんがその肩に乗っていた。
そのあまりの圧倒的存在感に、チットゥ、ルフ老、アレクシスは腰を抜かしていた。いつも通りの筋肉のはずなのに、俺でさえ久しぶりだったからか開いた口が塞がらなかった。
なんかあいつの筋肉、またちょっと成長していない?
とりあえず、ギルを招き入れる。『ちわっす、お世話になります!』と、ギルはジャガイモズタ袋に入っていた大量のジャガイモをマデラさんに明け渡した。これはギルの中での最高の手土産だ。『う、うそ……じゃろ……?』ってルフ老は机の上いっぱいのジャガイモをガン見していたよ。
が、マデラさんは『まぁ、こんなにたくさん、ありがとう!』ってまるで動じていなかった。お世辞抜きに尊敬するよホント。
ともあれ、これでいつものメンツが揃う。日記の中で名前が出てきたクラスメイトはこれですべてのはずだ。『みんな、元気そうだな!』ってギルは再会の喜びのポージングをしまくっていた。それを見たリアは震えてマデラさんに抱き付いていた。
その後は食堂の片隅で互いに近況を語り合う。ギルは実家に戻って山籠もりしたらしく、『けっこういい筋トレになったぜ!』って笑顔だった。帰郷した意味を問いたい。
ミーシャちゃんは普通に家でのんびりと過ごしていたようで、『そろそろママとパパが働くか手伝えってうるさくなってきたからこっちに来たの!』って言ってた。
ちょっと気になった事と言えば、ミーシャちゃんとギルがお揃いの首飾りをしていたことだろう。そのことについてギルを問いただしてみたら、『た、たまにはおしゃれしないとな! ほら、すっごくかっこいい筋肉へのワンポイントだろ?』ってしどろもどろになっていた。
たぶん、例の親友銀行の金で買ったものだろう。学生の懐で十分買えるものとはいえ、ミーシャちゃんもかなり嬉しそうだったし、あの時あのアドヴァイスをした俺に拍手喝さいを送りたくなった。
夕餉の宴会は結構盛り上がる。今日はたまたまほぼ全員の冒険者が揃っていて、夏季特別講座に来ていた連中にわがクラスメイトは改めて挨拶をしていた。
あと、ギルは『うめえうめえうめえぇぇぇぇっ! やっぱ親友のところのジャガイモは最高だぜ!』って大量のふかし芋を食べまくっていた。なんか無性に懐かしい。
まだまだ書きたいことはあるし、文章もちょっとおかしい気がするし、正直日記としてこの内容の薄さでいいのかと思わなくもないけど、今日はこの辺にしておこう。すごく、すごく疲れているのだ。
というのも、俺の部屋になぜかもう一つベッドが増えて、ギルがそこでクソうるさいイビキをかいて寝ているのである。
うん、本当はギルもクーラスたちがいる高級五人部屋に行く予定だったんだけど、クーラスの奴が『いや、遠慮せずに──の部屋で寝ろよ。親友なんだろ?』って言いだしたんだよね。
もちろん、俺以外の全員がそれに賛成する。ギルも『実は親友の部屋ってちょっと興味あったんだよな!』って言いだす始末。
あいつら、自分たちがイビキの被害にあいたくなかったからって俺を売りやがった。マジ何なの?
当然、俺も『客なんだから素直に客室に行け』って反論したさ。でも、クーラスは『いや、ベッドの一つくらいは入るはずだ』とか、勝手なことを……まぁ、事実その通りなんだけど、ともかくむちゃくちゃなことを言ってくる。
しかも、『前期の魔法演算学の試験の願い、ここで使わせてもらおうか』って言ってきやがった。
すっかり忘れていた。確かあの時、点数で負けたほうは勝った方のお願いを一つだけなんでも聞くって約束した気がする。クーラスのやつ、昔のことを引っ張り出してきやがって。これだから女にもてないのだ。
そんなわけで、潔く運命を受け入れて今に至るってわけだ。あ、もちろん夜の仕事は全部やったよ? さすがにそこまでみんなに任せるわけにはいかないし。
ギルは今日もやっぱり大きなイビキをかいてスヤスヤしている。思えば、このフレーズを書くのもずいぶん久しぶりだ。何を詰めるのか結構迷う。どれにしようか、今からワクワクが隠せない。
とりあえず、夜の見回りの際に廊下でカサカサ動いていたヴィヴィディナの目玉(なぜか単体で壁を這いずっていた)を詰めてみた。グッナイ。
20160308 誤字修正