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326日目 通常業務(特記事項なし)

326日目


 いくらかの眠気が残っているものの、概ね問題なし。まだ寒いのでちゃっぴぃには毛布をしっかりとかけておいた。


 起床後はいつも通りマデラさんの元へ赴き指示を仰ぐ。今回も特別な報告事項等はないようで、『いつも通りで』と言われた。


 マデラさんが朝の準備や掃除などを済ませている間に風呂掃除を行う。床と壁を磨き、浴槽も一度水を抜いて丁寧に処理しておいた。男湯のほうは相変わらず風呂桶等の備品の扱いが雑で嫌になる。使ったら元の場所に戻しておいてほしいものだ。


 女湯のほうも特に問題なし。昨日の入浴剤は簡単に洗い落とせる奴だったらしく、掃除の時間もそこまでかからなかった。ただ、ミニリカかナターシャかわからないけど、一部魔法雰囲気に当てられて入浴剤が固形化し底に残ってしまっていたので、濃度を気を付けたほうが良いかもしれない。


 風呂の掃除が終わったところで両方に湯を張る。今日はなんとなく薬湯にしてみた。色は透明感あふれる紫にして、ちょっとの香りも付けておく。リラックス効果が高いらしい……と思ったらナエカの香りだった。ちょっと懐かしい。


 その後はマデラさんと共に朝食の支度をする。主に皮むきを中心として作業をしたけど、やはりどうにもいつもの野菜に比べて質が悪いように思える。気のせいかどうか迷うくらいとはいえ、生命力に欠けるというか、輝きがない。


 マデラさんもそのことは感じていたらしく、『ちょうどアンタが帰ってきたくらいからこんなかんじだ』と教えてくれた。何か理由でもあるのだろうか。


 今日はナターシャたちが早めに起床していた。冒険に出かけるらしい。せっかくなので朝食を席までもっていく。『いつものやつもちょうだいね』と言われたので、いつものグラスに毒薬入り特製オレンジジュースを入れて持って行った。


 なお、『今日はオレンジじゃなくてリンゴの気分だった』とはナターシャの談。薬剤耐性を上げるために飲んでいるとはいえ、その辺はこだわりたいらしい。


 しかし、ナターシャほどの薬剤耐性を持つ人間をさらに鍛えるための毒となると、香りも味も強いオレンジじゃないと飲んでいておいしくない。用意する側の思惑を感じ取ってほしいものだ。


 冒険者たちの朝食が終わった後は洗濯ものを済ませることに。修繕が必要なものだけとりわけ、他はまとめて手洗いした。この辺はいつも通りなので割愛する。


 まかない朝食を済ませた後は受付に座りながら帳簿のチェックと今月の収支の確認をする。誤差のレベルではあるものの、微妙に食材費の支出が増えていることを発見。おそらく野菜の量と質を保てなくなり、値段が上がり始めているのだろう。


 そのほか雑務をこなしていたらベッドメイキングを終えたらしきリアがやってきた。『ちゃっぴぃちゃんとおでかけしてくる』とのことだったので『夕飯までには帰れ』と伝えておく。さすがにマデラさんの庇護下にあるリアを襲うバカはいないだろうし。


 適当に昼飯を済ませ、午後も同様に店番。マデラさんは仕入れをしに出かけて行った。掃除をしてなお微妙に時間が空いたので、感知結界を構築したうえでクッキーを焼くことにした。比較的手軽かつ少ない材料でも作れるからクッキーは好きだ。


 で、そのいい香りにつられて新規の客が四人ほどやってきた。中級上位に昇級したばかりっぽい、どことなく初々しさと夢にあふれる瞳をした若者たち。『すいません、ここって一晩いくらですか?』と聞かれたので料金を答えると、思っていたよりだいぶ高かったのか、リーダーらしき青年は表情を固まらせた。


 きっと依頼でこの辺に来ただけなんだろう。月に何回かこういうのは見かける。しかし、『泊まってくれる間、サービスでお菓子をつけますよ』という俺の一言と、『ちょっと高いけど、せっかくなんだし自分へのごほうびに泊まっちゃおうよ!』と女二人に押されて了承することになった。


 残念ながら『四人部屋で! そこは通させてもらうぞ!』ってもう一人の理知的な男が強く主張したため、一人一部屋取らせる俺の野望は崩れ去る。きっとあいつがパーティの財布を管理しているんだろう。金をきちんと管理するところはかなり死ににくいいいパーティだ。


 早速出来立てクッキーを渡して部屋に案内した。なんか感動していた。まあ、そこらの宿に比べてグレードは段違いだから当然と言えば当然。


 夕方ごろ、マデラさんとリアとちゃっぴぃが一緒に帰ってきた。出先でたまたま合流したそうな。空き時間を利用して夕餉の下準備は済ませていたため、帰りが遅くとも特に問題はなし。


 ただ、珍しくマデラさんが『今日は特別だ』って魔法で調理をしたのが気にかかる。でも、杖の一振りで料理がポンポン出来上がる姿は圧巻だ。いつか俺もできるようになるのだろうか。


 魔系として勉強をしてきた今だからこそ思うけど、いったいどうして杖の一振りで料理が出来上がるのか。特に魔法陣とかは出現せず、きらめきが材料を覆ったかと思うと出来立て料理が表れているわけだけど、明らかにいろいろおかしくないだろうか?


 夜の宴会では、酔っ払いどもに絡まれながら酒を運びまくる。例のパーティはとても嬉しそうにマデラさんのディナーを楽しんでいた。『うっめ! めっちゃうっめ!』、『バカ、こういうところでそんな風に食べるな……!』、『でも、あっちは普通の酒場みたいに食ってるぜ?』と、そんな会話が聞こえてしまう。


 マデラさん、それを見て『人に迷惑さえかけなければ、お好きなようにくつろいでもらって構いませんよ。家にいるときかのようにリラックスして楽しんでもらえれば、宿屋としてこれほどうれしいことはありませんから』って暖かな笑顔を浮かべてスープのお代わりを持って行ってた。


 マデラさん、新規客相手には普通の優しいグランマで通すからずるい。『ご飯もおいしいし、気にいちゃったわぁ……! ねえ、ここを拠点に活動するのはどう!?』、『バカ、値段を考えろ……! 俺たちじゃ無理だ……! 拠点にするにはもっと昇級して稼ぎをよくしないと……!』、『うふふ、その時を楽しみにしていますね』って、内容だけならすごく暖かい会話をしていた。


 もし彼らがここの馴染みになったとしたら、きっと気づかぬうちにあっちのクズどもの仲間入りをすることになるだろう。というか、それくらい図太くしたたかなやつじゃないとそこまで上に上り詰めることなどできはしない。いや、ごくまれにまともなのにすごい人もいるけど。


 途中、酩酊したアレクシスが『おこづかいやろうか~? 久しぶりに歌ってみろよ~!』と絡んできたため、歌声を披露することになった。


 宴会の席で真剣に歌ったのはいつぶりだっただろうか。昔泣きながら練習したかいもあり、新規客はかなり驚き、そして楽しんでくれたようだった。『タダの店番じゃなかったのか……?』って呟いていたのが聞こえたけど、残念ながらただの店番だとこの宿じゃやっていけない。


 おひねりももちろん頂く。率先してコインを投げ入れ、そういう空気を作ってくれるテッドの存在がありがたい。そのおかげで『いい歌だったぜ!』って例のパーティからもそこそこの額をもらえた。


 あいつはこの手のことを知り尽くしているから、こういうところは本当に頼りになる。『俺のおかげで臨時収入になったんだろ?』って儲けの一割を持っていくから腹が立つけど。マデラさんからも『マデラさん銀行の徴収をする』って言われるし。


 なお、酩酊したアレクシスは『てめえの声よりもうちのリアの声のほうが百億万倍かわいいからな!』リアにおひねりを渡していた。酩酊したアレットは『勝手におこづかいあげちゃダメでしょ!』って言いながらリアの手にコインを押し付ける。


 『とりあえず半分あげるね』って俺にきちんと渡してくれる辺り、リアはいいやつだと思う。なお、渡された金額はマデラさん銀行による天引きが終わった後のものだった。


 もちろん、これはおひねりとしての収入であるため、その後に俺に対してのマデラさん銀行の徴収(おひねり総額に対するもの)が入る。二重取りと思わなくもないけど、マデラさんは絶対だから何も言えない。


 ざっとこんなもんだろうか。夕餉の後は皿洗いだけすませ、冒険者が寝静まったころに風呂に入り、最後の見回りをして今に至る。マデラさんは今日も遅くまで作業しているらしく、下の明かりは未だについている。


 まあ、夜遅くにやってくる冒険者もいるから、理に叶ってはいるんだけど、少しはちゃんと休んでほしいものだ。


 俺もさっさと寝よう。微妙に疲れがたまっている。日記じゃだいぶ省略したうえ、一文で済ませていることでも、実際の作業はかなりキツい。単純に仕事量が多いんだよね。グッナイ。

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