317日目 久しぶりの粛清
317日目
今日は漏らしていない。本当に良かった。
なんかいつのまにやらリアが俺の部屋で(正確にはベッドで)寝るようになったけど気にしないことにする。こいつもアネットやアレクシスがたまにしか帰らないから寂しいのだろう。俺は優しい大人なのだ、ワガママお姫様に付き合ってやらなくもない。
朝食をとった後はひたすらぼーっとする。なんだかんだですることが無く、ありていに言ってヒマ。マデラさんに『なんか手伝うことはない?』って俺にしては珍しく自ら勤労意欲を発揮したというのに、『休養期間が過ぎたらそんなことも言えなくなるから、今のうち休みを堪能しときな』と返される。
一瞬チビりそうになった。妙に長く仕事を休ませてくれているけど、もしかしてこれって何か恐ろしいものの前触れなのだろうか?
なお、ちゃっぴぃはすっかりこの宿屋でのヒエラルキーを理解したのか、パタパタ飛んで『きゅーっ♪』って媚を売りながらマデラさんの肩を叩いていた。『気が利くいい子だねぇ……』ってマデラさんも満更でも無さそげ。あいつマジずるい。
午前中はエッグ婦人やヒナたちと戯れる。本来仕事があるならばクッソ忙しいはずなのに、こうもヒマだとかえって不気味。ついつい体が仕事をしそうになるんだけど、もしかして俺ってちょっとおかしいのだろうか?
午後もヒマだったため、学校から持ち帰った俺オリジナルの釣竿の手入れにかかる。けっこうガチで作っておいたからか、そんなに手入れしなくても十分に実用に耐えうるコンディションだった。自分の有能さが恨めしい。
が、それを見ていたリアが『わたし専用のを作って!』というので、しょうがなくつくってやることに。適当な木材と糸を見つければ、あとは俺ワンダフル三号でガチガチに固め、学校で集めた数々の魔法材料、および数々の魔法的処理を用いて仕上げるだけ。
いいか、決して暇つぶしに最適だったわけじゃない。女子供の涙には敵わない……それだけだ。あれ、なんかこのセリフ超かっこいいんじゃね?
さて、午後をそんな感じで過ごしていたら夕方遅くに事件が。今日は珍しくいろんな冒険者の時間が合った宴会で、俺やちゃっぴぃもそれに交じっていろんなものを飲み食いしていたんだけど、突如『おうおう、ずいぶん客対応が悪い店だなぁ!?』ってゴロツキっぽいのが入ってきたんだよね。
食堂の前、【close】と【本日貸切】って立てといたのに。おもっくそ倒されていたよ。
もちろん、一応は証拠がないから、マデラさんは(表面上は)穏やかな笑顔で接客し、そのゴロツキたち(男三人、女二人。みんなバカっぽ……バカの顔をしていた)を席に案内してディナーを提供したんだよ。
俺たちはその間普通に騒いで飲み食いしていたけど。だってマデラさんならこの程度返り討ちに出来るし。
さて、ゴロツキたちも、(見た目は)普通の穏やかなグランマなマデラさんを見てちょっと強気になったのだろう。ある程度ディナーを進めたところで、『おうおう、これはどういうことだぁ!?』って殊更にバカでかいクソみたいなダミ声を上げた。
『どうしましたか?』とマデラさんが駆け寄るよりも前に、『この店、虫が入ったものを食わせるのか!?』と机を蹴倒して騒ぎだす。どうやらスープの中にバッタが入っていたらしい。『こんなデカいの、マジありえないんですけどぉ~?』、『弁償もんだぞコラァ!』ってお供の奴らも騒ぎ始めた。
もうね、笑いだしたかったね。この宿に限ってそんな衛生問題を起こすはずがないのに。この宿には結界が張られていて、利益にならない虫は触れた瞬間存在ごと消されるのに。
だいたい、ゴロツキがこれ見よがしに見せびらかしているバッタ、この地域には……っていうか、そもそも真冬のこの時期に生きているはずがないのに。
たぶん、精巧にできた模型だったんだろう。色合いが鮮やか過ぎる。本物と違って繰り返し使えるからなかなかにエコだ。ゴロツキのくせにヘンにみみっちぃ。
『金返せコラァ!』、『誠意見せろよオラァ!』ってゴロツキどもは騒ぎ出す。マデラさん、『当店で一番の……あなたたちに相応しい最高のお酒を無料にて進呈します』と、それだけ言った。
演技と言えど、こいつらに頭を下げたり謝ったりするのは嫌だったらしい。俺だってそうだ。ましてやこのクソども、宿屋を一番侮辱する異物混入でケチをつけてきたのだから。
【最高のお酒】というフレーズにゴロツキどもがニンマリと笑う。『──くれてやりな、リア』とマデラさんがつぶやいた瞬間、『ひゃっはー!』って子供の笑い声が響きわたる。
リーダー格のゴロツキが飛び上がったリアに後頭部を酒瓶でおもっくそ殴られた。
あいつマジずるい。俺の時はクソ重い漬物石でやらされたのに。酒瓶とか楽勝過ぎるじゃん。
当然のことながら、酒瓶で殴られたリーダーは倒れる。『ほら、あんたらにはそれで十分だ』とマデラさんはゴミをどかすようにリーダーを蹴っとばした。リーダー、おもっくそ吹っ飛んで壁に激突。『もう一発行くー?』とリアは割れてトゲトゲになった酒瓶をぶんぶん振るっている。
もちろん、普通に宴会していた冒険者どもは大盛り上がり。『パパはうれしいぞぉぉぉぉ!』、『こないだより身軽になったな……』、『あたしの真似すんなぁ!』などと、酔っ払いどもの声が響きわたった。
ここはクズども、冒険者の集まる宿だ。客は客らしく扱うけれど、クズにはクズに相応しい扱いしかしない。そしてそれを助けるクズどもも、また存在しない……って言うかむしろ楽しんでいる。
で、『一応アンタも応援してやんな。どうせヒマだろ?』とマデラさんに言われたので、俺もリアの加勢をすることに。さすがに子供一人に任せるのは忍びない。決してストレス発散のためではないことをここに記しておく。
俺は男一人と女二人と相手取ることに。『てめえら誰にケンカ売ったのかわかってんのか? あ゛ぁ!? 無事に帰れると思うんじゃねえぞコラァ!』と、久しぶりに宿屋モード(スタイル:対ゴロツキ)になってみる。ちゃっぴぃにビクって怯えられたのがちょっと悲しい。
で、杖を出そうとしたところ、『魔法使いだ、やっちまえ!』などと男がナイフを取り出して襲い掛かってきたため、そのままぶん殴っておいた。
全く、魔法使いは肉弾戦ができない……なんて思うやつの多いこと多いこと。俺の原点はケツビンタと漬物石ストライクなのだ、この程度できないはずがない。
で、ビビった女の視界を暗黒魔法でふさぐ。錯乱したところで軽めの雷魔法で仕留め、酒樽の中身をぶっかけた。流れるように首にナイフ(食事用。はしたないからホントはやっちゃダメ)をあて、一人オロオロする残りの女ゴロツキと向き合う。
『俺、ウェルダンが大好きなんだ』って言っただけで、すべてを理解してくれた。『ほれ、火種ならあるぞい!』ってミニリカがロウソクを投げてくれる。『ひぃっ!』って女が悲鳴を上げたので、風魔法で俺よりちょい離れた上のほうに結界込みで設置する。
当然、『こ、こんなことしてタダで済むと思ってるの!?』って言われたけど、マデラさんが『おや、よくしゃべる虫がいたもんだ。掃除をきちっとしないといけないねぇ』ってとぼけだした。
基本、うちの宿は客か取引先でなければ人権などないのだ。
もちろん、客でも取引先でもない俺にだって人権はない。でも、人権はないから何したって問題なし。だって従業員は人じゃないし?
さて、俺がロウソクを近づけたり離したりして遊んでいる間にも、『ひゃっはー! ひゃっはー!』ってリアの良い声が聞こえてくる。どうやら執拗にゴロツキ(男)を酒瓶で殴っているらしい。無駄に頑丈なぶん、地獄が続いているようだ。
とはいえ、さすがにそんなに持つはずもなく、やがて『ひゃっはぁ!』ってリアがほとんど持ち手しかない酒瓶でゴロツキにとどめを刺した。流れるように『止めのひゃっはー!』って無傷の女ゴロツキを見事な後頭部への不意の一撃で仕留める。
これで全員倒すことができた。『ゴミは表に捨てておけ。そのうち禽獣どもが食い荒らすさ』ってマデラさんは事もなげに言い捨てる。
なお、俺たちが奮闘している様子を肴に冒険者どもは相当盛り上がっていたらしく、俺とリアがそれぞれ何人倒せるかってので賭けをしていた。『なんでもっとたくさん倒さなかった!? 昔のアンタは喜んで全員ぶちのめしていたでしょうが!』ってナターシャに怒られたのが未だに解せぬ。
で、ゴロツキどもだけど、女のほうは運び出されるときに『尻は素直でいい子なんじゃがのう……』ってルフ老に尻を揉みこまれ、男のほうは叩きだされた直後、『ごめ……無理……!』って真っ青な顔のチットゥに顔面にゲロをぶっかけられた。
チットゥのやつ、弱いくせに酒飲んで、所かまわず吐くんだよね。今回は外でやってくれただけマシだけど。
だいたいこんなもんだろう。ウチの宿のことを知らないなんて、あのゴロツキどもはきっとよその土地から来たやつだ。意味も無く虚勢を張って調子こいていたのか、それともいいことでもあって気が大きくなったのかはわからないけど、いずれ碌なやつじゃあなかった。遅かれ早かれこうなっていたことだろう。
再起不能にしないあたり、うちの宿屋ってやさしいと思う。俺の顔面パンチだって、ギルだったら食事処じゃ見せられない光景になっていたしね。それに、本気だったらナターシャやおっさんほか冒険者たちが対処するし、ガチだったらマデラさん自身が対処する。
……あれっ、そう考えれば今回結構優しかったんじゃね? リアと俺しか相手してないし。マデラさんも丸くなったのだろうか?
そういや、リアもそれなりには鍛えられているみたいだけど、やっぱりまだまだだ。俺の時はこのころにはいくらか魔法を覚えて使っていた気がする。壁飛びはともかく、酒瓶で殴るくらいだったら拾われる前の俺だってやっていた。
そのリアだけど、今日もちゃっぴぃと一緒に手を繋ぎながら俺のベッドでスヤスヤと寝ている。こいつら、仲がいいのはいいんだけどちっとも俺のことを考えていない。というか、そもそも今日はアレットもアレクシスも帰ってきていたよな?
なんだか無性に学校のベッドが恋しい。少なくとも、学校なら寝る場所だけならあったはずだ。腹が立ったので二人纏めて一晩抱き枕の刑に処することとする。おやすみ。