308日目 最後の日記
308日目
服がヨダレまみれ。ブチ切れなかった俺を誰かほめてほしい。
やっぱり今日もがたごとと馬車は進む。朝のうちに服を水魔法で洗濯し、馬車につるして干しておく。ひらひらするのが面白いのか、ヒナたちはそれに合わせてケツをふりふりしていた。
もちろん、紳士な俺はルマルマローブを着たので半裸じゃない。ギルだったらこれ幸いとポージングして筋肉を見せつけていたことだろう。
午前中に一度魔物の襲撃があったけど、やっぱり影も髪もうすい御者のおっさんが皆殺しにしたため、フラストレーションがたまる。『何匹か残してくれてもよかったのに』って言ったら、『御者たるもの、お客様に手間を取らせるわけにはいきませんからねぇ』って言われた。
仕事に対するその姿勢だけは評価しなくもない。サービス業なのだ、根底に通じるものは同じなのだろう。
午後も馬車はゆったり進んでいく。このくらいになると見知った道になりはじめ、ちらほらと卸とかで来ていた店とかが見え始めた。ギリギリ一年たっていないとはいえ、懐かしい光景に思わずテンションが上がる。
なんだろうね、あの気持ち。柄にもなく外に顔出して風を感じてしまったよ。あれが故郷に帰った時の……郷愁ってやつなのだろうか?
終わりが近づいたのを感じたのか、ちゃっぴぃも『きゅーっ♪』って嬉しそう。せっかくなのでちゃっぴぃを膝に乗せ、『こいつがいるなら隣に座ってもいいだろ?』と強引に御者の隣に座り景色を楽しむ。『しょうがないですねぇ……』っておっさんも認めてくれた。
なんだかんだで夕方ごろに停留所に到着。影も髪も薄いおっさんに金を払い、荷物を降ろした。『今後もぜひごひいきに』と言われたので、『ケツが痛くならない工夫をするなら考えなくもない』と返しておいた。
で、ぼちぼち歩いて懐かしの我が家、マデラさんの宿に到着。
忙しい時間だというのに、マデラさんが『──おかえり』って入口のところで出迎えてくれた。しかも、問答無用でぎゅっと抱きしめられる。
マデラさんみたいにロッキングチェアーで編み物してたりシチューの大鍋をかき混ぜているのが似合うようなグランマに抱き付かれて喜ぶ趣味はないけど、なぜかめちゃくちゃうれしかった。マデラさんの匂いがすごく懐かしい。
とりあえず流れで抱き締め返したけど、『──こら、最後まで腕は回りきるだろうが?』っておもっくそ腕を引っ張られたのが未だに解せぬ。マデラさんの恰幅的に考えて、どうがんばっても俺の腕じゃ後ろまで手は回らないってのに。
んで、旧交を温めていたら『よく帰ってきたのう!』、『よーっす、久しぶり!』、『ちゃんと勉強はできたか?』、『早く来い。飯が冷める』ってミニリカ、テッド、ヴァルヴァレッドのおっさん、ナターシャにも出迎えられた。
ミニリカのやつ、ぴょんぴょん飛んで抱き付いてきやがった。まったく年を考えてほしいものだ。
テッドの奴は頭をぐしゃぐしゃにしてくるし。子供扱いはやめてほしい。でも、トランクを受け取ってくれたところは感謝する。
おっさんは『……ガキ、か』ってちゃっぴぃを見て悲しそうにつぶやいたからガチハゲの呪をかけた。
ナターシャは『先生たちに迷惑かけてなかっただろうなぁ?』って肩を組んできた。どの口がそんなことをほざくのか。あと脂肪の塊が邪魔。ついでに吹き付けられてきた息が酒臭い。
もうすでに飲んでいるのか……と思ったら、マデラさんに『今日の夕飯は豪勢にしたから、さっさと旅装を解いて食堂に来な。みんな待ってるよ』と言われる。
食堂に行ってびっくりしたね。アレットやアレクシス、チットゥにルフ老といった常連のメンツが揃っているんだもん。あんなに小さかったリアもちゃっかり座っている。みんな『おかえり!』って声をかけてくれた。
どうやら、俺の帰宅にかこつけて宴会を開いたらしい。幸いだったのは、『今日は一応アンタが主役だから大人しく座ってな!』ってマデラさんに言われたことだろう。
エビフライもプリンも、俺の好きなものがいっぱいあってマジでよかった。おばちゃんの料理もおいしいけど、やっぱりマデラさんの料理が一番だ。一生かかってもこの高みに近づける自信がない。
学校での様子をいろいろ聞かれたり(特に友達出来たのか? ってのが多かった)、おっさんがちゃっぴぃにセクハラしようとしてナターシャにぶっ飛ばされたり、ミニリカがロザリィちゃんの存在をバラしたりしてめちゃくちゃからかわれたけど、俺に関しては楽しいひと時を過ごすことに成功する。
準備も片付けも何も心配しなくていい宴会ほど楽しいものは存在しない。そのことを改めて実感した。
願わくば、あの場にロザリィちゃんとステラ先生がいればよかったけど、あの後の地獄に巻き込まれなくてよかったとも思う。
久しぶりの我が家の風呂に入って今に至る。『ここ数日はゆっくりしていてよろしい』とマデラさんのお許しも出たため、明日も早起きしなくていいし、掃除も洗濯もしなくていい。最高だ。
ちゃっぴぃは俺の部屋でスヤスヤ寝ている。夢魔のぬいぐるみに最初は『ふーッ!』って威嚇してたけど、今では自分の妹のようにぎゅって抱き締めている。
とりあえず、俺も久しぶりの自分のベッドでゆっくり休もうと思う。ちゃっぴぃがいるからのびのびと体を伸ばせないのがちょっとだけ不満だけど、一晩抱き枕の刑に処すから何の問題もない。イビキもなく障害も何もない睡眠は本当に久しぶりだ。
さて、本当はこの日記、今日のうちにマデラさんに提出しようと思ってたんだけど、タイミングが見つからなかったので明日提出することにする。今日のぶんの日記も書く予定はなかったけど、中途半端は嫌なので書き切っておいた。
気付けば、実に三百日以上も続いた日記となっている。一日だけステラ先生が書いたけど、あのときは風邪ひいてたししょうがない。
なんかちょっと感慨深い気分。達成感的なのが凄まじい。日記を真面目に書き上げた人間ってほかにいるのだろうか?
最初は少々面倒くさかったこの日記だけど、もう書かなくていいとなるとちょっぴり寂しくもある。あと、けっこう分厚い日記とはいえ、俺の一年間がこの程度の本にまとめられるってのもちょっと意外。
やべえ。なんかいろいろ思い出して感傷的な気分になってきた。最初のほうちょっと読み返してみたけど、入学式でギルに杖を貸したのがすごく懐かしい。昨日のことのように思い出せるのは日記をつけておいたおかげだろうか?
ギルと相部屋になって、ロザリィちゃんとステラ先生と出会って、みんなで釣りに行って、ハゲプリン騒動があって、打ち上げして、セイレンエイルの逆襲があって、リボン作って、俺が拗ねて、ロザリィちゃんとデートして、エッグ婦人が来て、ロフト作って、手術して、ステラ先生に日記がバレて……前期だけでもざっとこれだけのイベントがあった。
なんだかんだで、半ば強制的に付けさせられた日記だけど、今や俺の思い出の結晶……いわば宝物だ。夜だからテンションがおかしく酷くポエミーだけど、これすらいい思い出となるのだろう。
それに、マデラさんならきっと暖かくこれを読んでくれるはずだ。そうに違いない。ナターシャやテッドじゃあるまいし、宴会の席で朗読させられたりとか……しないよね?
いけない、つい長くなってしまった。ここらでそろそろ筆をおこう。
最後をどうやって締めようか非常に悩む。日記のタイトルはあれでいい……と思うけど、締めの言葉となるとちょっと思いつかない。ロザリィちゃんとステラ先生への愛を語ってもいいけど、ここにはちょっとふさわしくない気持ちもする。
そうだ。あれでいこう。ちょっと恥ずかしいけど、嘘偽りのない俺の本当の気持ちだ。
この日記を、魔系学生の日記を、最高の宝物──思い出の日記にしてくれたすべてのみんなへ。
本当に、ありがとう。
【魔系学生の日記:了】