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第二の敗戦――国債減税の代償

2032年7月。あの熱狂の選挙を覚えている人は多いだろう。参民党がついに過半数を奪い、テレビの画面には「歴史的転換」というテロップが踊った。彼らは約束どおり消費減税5%を即時実行した。もちろん財源は足りない。足りない分は当然のように国債で賄われた。街には一瞬、希望めいた空気が漂った。税金が下がれば暮らしが楽になる――誰もがそう信じていた。

――だが、たった3年で、その夢は悪夢へと裏返った。

2035年。減税から3年。最初に襲ったのは、金利の暴走だった。10年物国債利回りはついに5%。その数字がどれほど恐ろしいか、当時は誰も理解していなかった。資金繰りに窒息した企業は次々と倒れ、工場は止まり、オフィスの灯りは一つずつ消えていった。

銀行も同じだ。金利上昇はすなわち債券の含み損拡大を意味し、地方銀行の破綻危機が連日のニュースを賑わせた。支店に詰めかけた人々は、凍りついた画面を前に絶叫する。
「預金が引き出せない!」「どうなってるんだ!」
泣き叫ぶ母親、怒鳴り散らす老人。取次ぎ不能に追い詰められた銀行は、最後にはメガバンクに丸呑みされ、かろうじて瓦解を免れた。

日銀は慌てふためき、利下げと国債買い入れを宣言した。だが市場は冷笑した。ドル円は200円を突破し、円は紙切れ同然に叩き売られた。
インフレは止まらない。6%を超える物価高が、人々の喉をじわじわと締め上げていった。

かつて「減税で暮らしを豊かに」と叫んだ政治家の言葉は、今や街角で嘲笑の対象となった。無責任な国債頼みの政策に異を唱える有権者も増え始めていた。だがそれでも、多くの支持者はいまだ参民党のさらなる積極財政を支持し続けた。信じる以外に道がないほど、暮らしは追い詰められていたのだ。

マンションは2億円超、ランチは2000円超、ガソリンは1リットル250円。地方では車こそが生活の命綱だ。スタンドに並んだ人々は「今日は無理だ」と呟き、震える指で給油ノズルを置いた。
電気代は一人暮らしでも月2万円超。冷房を切った部屋で、老人が熱中症で倒れるニュースが毎日のように流れた。

そして政府。金利5%の世界は、国家をも食い尽くした。税収の半分は利払いに吸い込まれ、足りない分を埋めるためにさらに国債が刷られ、また利払いが膨れ上がる――。借金が借金を呼ぶ悪夢の連鎖。財政はもはや制御不能だった。
国民の怒号が国会を包んだ。
「話が違う!」「参民党は私たちを裏切った!」

追い詰められた参民党は次の一手を打つ。
農業を含むあらゆる産業の国有化。あれも、これも、次々と国有化されていった。給与は強制的に引き上げられ、公務員は「最後の安定」となり、若者はこぞって役所を目指した。その結果、民間は急速に空洞化していった。だが、その国有化は非効率の極みで、生産性は崩壊的に落ち込み、国際競争力は失われ、国力は音を立てて下落していった。
そして皮肉にも、引き上げられた給与が高騰する物価に追いつくことは、ついに一度もなかった。

そして、空洞化した民間の残骸の中で、人々は生きる術を探した。多くの若者は外国人相手にタクシードライバーやツアーガイドを務め、ホテルや飲食に身を置いた。それならまだマシな方だ。多くの若い女性は外国人に春を売ることを選び、日本はもはや「安い労働」と「安い身体」を提供する国として見られるようになった。国の誇りは地に落ち、人々の心も蝕まれていった。

それでも物価高は止まらない。ついに政府は宣言する。
「消費税を0%にします!」
「消費税ゼロ!」――その言葉に、目先の安堵しか見ていない人々は歓声をあげ、涙すら浮かべて熱烈に拍手した。過半数の支持は揺るがない。だが、その場にいた知識ある者たちは顔を覆い、ただ天を仰いだ。これは救いではなく、自滅への合図にすぎないと知っていたからだ。

――そして3年後。

街に響いたのは祝祭ではなく、沈黙だった。
観光業にしがみつく激安労働と売春、外国人相手の荒んだサービス業。さらに裏社会に流れ込み、麻薬の取引や詐欺に手を染める若者、警察と癒着した闇組織。外国人観光客を狙ったひったくりや軽犯罪も横行していた。空き家だらけの郊外、通貨の暴落に震える市場。
誰もが気づいていた。あの日の喝采こそが、この地獄の始まりだったのだと。

あとがき

本稿は、国債を背景に無理な減税を行った場合に想定されうる未来を描いたフィクションです。
物語として強調し、あえて煽り気味に書きましたが、もし現実に無茶な積極財政が実行されれば、程度の差はあれど様々なリスクを伴う未来が待ち受けているのは確かです。

近年、YouTubeやSNSでも「国債を原資とした減税」について盛んに議論されています。では実際に実行した場合どうなるのか――その一つの想定シナリオを、読み物として楽しんでいただければ幸いです。

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