調停申立てまでの経緯
ハンドブック追補版の企画
2015年に日本司法書士会連合会(以下「日司連」)が発行した「司法書士のための法教育・消費者市民教育ハンドブック」という刊行物があります。
司法書士法教育ネットワーク(以下「法教育ネット」)に委託されて発行されたこの刊行物は、法教育についての様々な情報が網羅的に掲載されたもので、刊行当時の各司法書士会会員とその後の新入会員に対して配布されてきました。現在は「日司連ネット(日司連の会員専用ホームページ)」に掲載され、司法書士であれば誰でも見ることができるようになっています。
とても充実した内容でしたが、刊行から相当期間が経過し、日司連内で「最新の情報を追加する必要があるのではないか」ということになり、再び法教育ネットに編集を委託して「追補版」が作られることになりました。
「追補版」は「日司連ネット」に掲載される予定で 2022 年の夏頃から編集作業が開始し、2022年末には日司連に校正済みの第一次原稿(全12件)が提出されました。
突然の削除改変指示
ところが、日司連から当該原稿全体に対し、削除、加筆、移動などの改変指示を直接加えたデータが一方的に送られてきました。
法教育ネットは、編集権限が法教育ネットにあること、執筆者の著作者人格権の侵害であること、指示内容に受け入れることができないものが含まれていたことなどを理由に、削除改変指示の撤回と編集に関する協議の要望を書面にて申し入れました。
この削除改変指示の中でも、私たちが最も問題としているものが、外国につながる子どもたちへの法教育の実践報告の原稿のうち、朝鮮学校での法律教室の報告の記述を1節丸ごと削除したものであり、そのコメントに、
「朝鮮学校については様々な考え方のあるデリケートなトピックであるところ、他団体での事業とはいえ、日司連の刊行物に記載すること自体が相応しくない」
とのきわめて差別的な理由が付されていたことです。
当事者である法教育ネットも、この点について「外国人差別に協力、荷担できない」ということを理由に、削除改変指示には応じられない旨、上記要望書に記載しています。
その後、日司連より「削除改変指示は撤回するためそのまま納品するように」という連絡があったため原稿は最終編集後に完成納品され、委託料である 85 万円が法教育ネットに支払われました。
不掲載の決定発覚
しかし、法教育ネットや執筆者が待てど暮らせど「日司連ネット」への掲載はされず、一体どうなっているのかと不審に思っていたところ、2023 年 8 月に日司連の法教育担当委員会の構成員でもある法教育ネットの役員より、「掲載はしないことになった」という日司連の決定が間接的に知らされました。
削除改変指示撤回後、日司連は法教育ネットや執筆者に対して、説明や協議はおろか「日司連ネット」不掲載の通知も一切しておらず、水面下でひっそりとお蔵入りにされた、ということになります。
その後、「なんとか活用できる形にしたい」と考えた法教育ネットの尽力により、日司連の承諾を得たうえで、編著者を法教育ネットとして、法教育ネットの公式サイトに「追補版」が掲載されました。
そのため、85万円の委託費が支払われた「追補版」は、いま現在に至っても「日司連ネット」には掲載されておらず、他方で編集者である法教育ネットの公式サイト上で公開されているという状態となっています。
本来、「日司連ネット」に掲載される資料は、司法書士会と司法書士会員に対する日司連からの指導・連絡文書や研修資料であり、この「追補版」も司法書士会と司法書士会員の法教育推進のための事業執行の参考資料として活用されるはずのものでした。それが、民間団体である法教育ネットの公開資料となっているため、司法書士会で公式に活用されることが難しくなっています。
日司連は2024年度の定時総会での代議員の「『追補版』の改訂作業が終わっているのであれば今後どのように活用するのか。『日司連ネット』に掲載はしないのか」という質問に対して「活用方法は考えるが、『日司連ネット』に掲載する予定はない」旨の答弁をしています。
(なお、このやりとりは本来であれば定時総会議事録に掲載され、「日司連ネット」で公開されるはずですが、「日司連ネット」には2021年を最後に定時総会議事録は掲載されておりません。情報公開の観点から非常に問題であると思います。)
(補足:定時総会議事録は「日司連ネット」で公開されておりました。しかし、とてもわかりづらいところにあり、情報公開の問題点はあまりクリアされていないと考えます)
要望書発出とその回答
これを受け、執筆者有志は2024年12月に、
①「追補版」不掲載の経緯
②朝鮮学校についての編集指示の意図
についての説明を求め、司法書士77名の賛同を得たうえで要望書を日司連に送付しました。
2025年1月に日司連からは「説明の場を設ける予定はありません」という回答がされました。
理由は、
「当連合会は、発出するすべての文書等につき、その内容及び発出の可否の判断を行っています。また、発出物のウェブページ等への掲載等の可否についても、発出・掲載の目的に応じ適切か否か等様々な観点から検討を行ったうえで判断しています。」
とし、法教育ネットからの納品も完了している、というものでした。
しかし本来は、日司連が掲載するに不適当なのだと判断したのであれば、編集段階で法教育ネットや執筆者との協議の場を持ち、編集箇所についての丁寧なすり合わせがされるべきでした。
それでもなお、不適当だという判断をしたのならば、完成納品として受け取るべきではなく、委託料も支払うべきではなかったはずです。
会費が原資である日司連予算から85万円が支払われたのですから、司法書士会員の立場からすれば、それはあまりにも問題のある事業執行であると言えます。
また、日司連は朝鮮学校への差別だという指摘について、
「様々な設立母体がある中で特に朝鮮学校のみの法教育活動を取り上げるのであれば、朝鮮学校以外の学校との比較につき、歴史的背景や著者の個人的認識等に基づいたものだとしても、正確かつ過不足のないものが求められます。そのためには広範かつ専門的知見が要求されることとなり、当初のハンドブック作成の趣旨からは乖離が生じます。」
と述べています。
しかし、このような理由は、当初の削除改変指示では一切述べられておらず、仮にそうであったとするならば、どのような記載であれば掲載できるのか、ということが協議されるべきであり、この点のみをもって不掲載という重大な決定をするには、あまりにも検討が不足していたと言わざるをえません。
調停申立ての決断
こういった一連の日司連の不誠実な対応について、もはや打つべき手段がありませんでした。
日司連は代議員制であり、一般の司法書士が直接事業執行に対してものを言える体制がありませんし、仮に代議員になったとしても2024年の定時総会質疑のように十分な回答を得ることができません。
また、やり取りの中で見えてきたのは、日司連執行部のガバナンス体制の欠落です。
正常な組織であれば、組織の刊行物に対して差別的な削除改変指示がされ、おそらくそれを拒否したことを理由として、一旦は委託費を支払った原稿をお蔵入りにする、などという問題がある事業執行は、組織員の中から異議が出てしかるべきです。
にもかかわらず、それが平然とまかり通る組織はガバナンス上も問題があるとしか思えません。
そういったことから「追補版」について業界内での解決は難しいと判断しました。
以上が、調停申立てまでの経緯です。


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