瀬戸内市の国立ハンセン病療養所の入所者が、旧優生保護法のもと受けた不妊手術の記録を確認しようと、情報開示を行った当時のカルテに、受けたはずの手術の記録が残されていないことが分かりました。国は2025年から旧優生保護法の被害者や遺族に対して補償を進めていますが、専門家は、こうしたカルテで手術の確認ができない場合、遺族が補償の対象からもれる可能性があると懸念しています。
(長島愛生園 山本典良園長)
「写真があります」
(長島愛生園入所者自治会 中尾伸治会長)
「シャツ着ている」
(長島愛生園 山本典良園長)
「中尾伸治と」
瀬戸内市のハンセン病療養所、長島愛生園の入所者中尾伸治さん(91)。約80年前に強制収容されてから紙で残されている自身の診療記録、カルテの情報開示を園に求めました。
(長島愛生園 山本典良園長)
「実は、外科の古いカルテが見当たらない」
(長島愛生園入所者自治会 中尾伸治会長)
「はあ?」
(長島愛生園 山本典良園長)
「外科の医師たちがあまりカルテを書いていない」
園が開示したカルテには14歳の時の中尾さんの写真が貼られていて、2000年ごろまでの病状の記録が記載されていました。しかし、1950年代にハンセン病の特効薬が使われるまでの記録はほとんど残されていませんでした。
(長島愛生園入所者自治会 中尾伸治会長)
「無治療か?」
(長島愛生園 山本典良園長)
「カルテ上は(治療)したという証拠はない。それは問題」
(長島愛生園入所者自治会 中尾伸治会長)
「70年いてこれだけ」「哀れなもんです」
中尾さんが知りたかったのは21歳の時に園内の女性と結婚するため、旧優生保護法のもと受けた不妊手術の記録です。中尾さんは当時、園のルールに従い口頭で手術を承諾しましたが、カルテには手術の記録はなく、残されていたのは手術の手続きに関する4枚の書類だけでした。
(長島愛生園 山本典良園長)
「これは手術願い。当然中尾さんが書かないといけない文書。こちらが園側が勝手に作った書類」
「昭和31年(1956年)5月24日に手術をしたということ、外科のカルテがないので、この昭和31年5月の記載がないです」
手術記録がなかったことについて園は、当時の医師不足が理由の一つと説明しました。しかし、医師は診療記録を残すことが法律で義務付けられて、こうした重大な手術の記録が残されていないことは入所者の人権を軽んじているとの指摘もあります。
(長島愛生園入所者自治会 中尾伸治会長)
「僕は一大事件だからよく覚えているが、(話すの辛い?)男ではなくなるのだから、あんまりごちゃごちゃ言いたくない」
障害などを理由に、強制的な不妊手術を認めていた旧優生保護法。2024年、違憲とする最高裁判決が下され、国は2025年1月から、被害者への補償を進めています。補償は遺族も対象となりますが、専門家はカルテで手術の確認ができない場合、遺族が補償の対象からもれないかと懸念します。
(ハンセン病に詳しい 近藤剛弁護士)
「医療記録、カルテに記載があるかどうかが基本になる。今回の事件は大変な人権侵害。国も真実らしいという証明ができればいいとしている」
中尾さんは、カルテに加えて開示された4枚の書類や本人の証言などで確認がとれ、補償を受けることができました。
被害者の高齢化に伴い証言が少なくなる中、被害者への丁寧な救済のために国にはさらなる柔軟な対応が求められます。