【橋本琴絵 戦後80年談話】
あの日、空に散り、海に浸かり、川に流され、沼に沈み、山で草生し、野に倒れた230万6000余人の英霊は果たして何のためにその尊い命を捧げられたのでしょうか。
今を生きる私たち日本国民には改めて理解する義務があります。
物理的な銃と爆弾を使う戦争は80年前に終わりましたが、その日から今日に至るまで、
紙とペンを使う戦争が始まり、今日では電子の世界の戦争へと発展しています。
そう、私たちの精神の領土を侵略する戦いの最中なのです。
その目的は何か。
精神の侵略こそ、国土の侵略の第一歩だからです。
どこが日本の領土なのか、誰が日本国民なのか、何が日本の財産なのかを定義するのは、精神であるからです。
もし、私たちの精神が侵略された場合、
どこが領土なのかわからなくなり、誰が国民なのかあいまいになり、何が財産なのか知ることができなくなります。
これは現実に起きました。
我が国の領土は、北は北方領土、西は竹島、南は尖閣諸島と、占領にある国土からまさにいま占領されようとしている国土があり、
国籍法の改正によって日本国籍の安売りが起き、また忠誠義務のない帰化手続きは、日本人の定義を異なるものに変えつつあります。
日本の技術や知的財産は外国に流出し、取り返しのつかない事態となりました。
そんな中、石破総理は今日、民主党政権以来、戦没者慰霊式典で初めて「反省」という言葉を使いました。
歴史では、1952年に締結されたサンフランシスコ講和条約によって日本の戦争責任は解決し、
この条約に参加しなかった国々とも個別的に講和条約を締結し、戦争の責任を終了させました。
にもかかわらず、「反省」を口にした目的は、
平和条約の精神を潜脱し、戦争状態に戻そうとする強い悪意に基づくものであると考えられます。
実際、中国の東風型核ミサイルは現在も私たちに向けられ、中国軍は「沖縄の占領」を公的に口にしつつも、2030年までに核弾頭を1000発以上に増産する計画を世界に向けて発表しています。
それに対し、我が国は非核を国是としています。
軍拡する隣国の悪意に対して、自国の防衛を否定する国家指導者たち。
これもすべて、精神の領土を占領されたゆえにおきたことである考えます。
私の愛読書のひとつに、「きけ、わだつみの聲」という本があります。
東京大学、慶應義塾、早稲田大学、北海道大学、東北大学、京都大学、名古屋大学、大阪大学、そして私の母校である九州大学から、大君のために若き命を奉り、散華された英霊の声です。
恋愛をしたかった、勉強をしたかった、スポーツをしたかった、父母にもっと孝行をしたかった。
そのすべてを捨て、今日を生きる私たちのためにその命を捧げてくださいました。
これが、その命を捧げた守った日本でしょうか!!!!!
今の日本が、清らかな血を捧げるに値した国家でしょうか。
私は今、六人の子供たちを産み育てています。
海の向こうでは、この子供たちを殺すために、現在も核兵器が配備され、向けられています。
その前哨戦として、移民増加、犯罪をしても不起訴処分、アイデンティティーを日本に持たない帰化日本国籍者があふれています。
今すべきは、国民精神の革新です。
もう、刻々と時はせまっています。
日本国憲法が施行された当時の国際状況とは全く変わりました。
諸国民の正義を前提にした憲法施行当時、中華人民共和国も北朝鮮も存在しなかったのです。
専守防衛を決めたとき、マッハ20で飛び発射から着弾まで数分しかなく、しかも一度に数百万人を殺害できる戦略核は地球上にまだなかったのです。
国を守ることとは、国土と精神の二つの領域を守り、初めて成立します。
今の日本には、国民の精神を防衛する公的組織がない。
だからこそ、私たちが率先して国民の精神を守らなければならないのです。
これらを実行する政治は今、小規模な党派が分立した状態にあります。
様々な確執がありますが、「日本を守る」との挙国一致にて、これからの政治をしていかなければなりません。
党派ではなく、国を守る意思が、いま重要なのです。
艱難辛苦あるも、八紘を宇とす広く平和を守るため、
この戦後80年の節目こそ、高度国防国家の建設を皆でしていきましょう。
夫婦別氏、同性婚、移民、原発、日米安保強化、様々な意見の相違を乗り換えて、共に歩みましょう。
皇紀2680年(令和7年)8月15日 橋本琴絵
拙著「新大東亜戦争肯定論」は真実の歴史認識をもって国民精神を守ります。
amzn.to/45k81rp
写真は先日、テレビ朝日アベマプライムには「核武装論」について意見を述べたときのもの。YouTubeにて「橋本琴絵」と検索すると一番上あたりにでます。