10年後、ガンダムやエヴァは生き残っているか──鶴巻和哉監督が見つめるロボットアニメの未来 #アジア文化最前線
作品として何をテーマとするかは、女性主人公を選んだことの影響が大きかったです。シュウジとの関係はマチュがガンダムに乗る直接的な動機にはなっても、作品全体のテーマにはなりそうもない。そこで “母親”という存在が出てきました。実の母親のタマキ、ジャンク屋のアンキー、第4話で出会う連邦軍の元ユニカム(エース)のシイコ、第9話登場のララァ・スンと、マチュが成長し、いずれ大人の女性になるにあたり、自身のロールモデルとしての“母親”的な大人の女性に会っていく構造になっていったんです。ニャアンが、ジオン公国の権力者であるキシリアと親しくなるのも“母親的なものとの出会い”です。これが、この作品世界そのものが実は“向こう側の世界”のララァが愛するシャアを守りたい、そんな母性のような動機で作り出した世界だったという設定につながるわけです。
「ガンダム」であることとどう向き合うか
ガンダムには「ニュータイプ」という概念がある。宇宙世紀に適応し、非言語コミュニケーション力や認知能力において覚醒した人類とされるが、明確な定義はない。ジークアクスのマチュは、初代ガンダムのアムロ・レイやシャア・アズナブルと同じく、ニュータイプだ。 ——マチュは「私たちは毎日進化するんだ。明日の私は…もっと強くなってやる! 誰かに守ってもらう必要なんてない 強い! ニュータイプに!」と叫びます。これは、鶴巻監督がマチュに託した“ニュータイプ像”だとも感じたのですが。 ニュータイプという概念が厄介なのは、「人はわかりあえるようになる」という宗教的な理想論と、「直感に優れている」という実利的な能力が入り交じってひとつの概念になっているところではないでしょうか。 さらに登場するニュータイプがみな若いんです。精神的に未熟なまま、理想と扱いきれない能力に振り回されてしまうから不幸になることも多い。『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のシャアにしても、『機動戦士Ζガンダム』のハマーンにしても、理由はあるにせよ、今すぐに人類を救わなければというような、性急で過大な責任を果たそうとするから大ごとになってしまう。自分としては、ニュータイプとオールドタイプの2種類の人類がいるわけではなくて、50%ニュータイプの人もいれば、10%ニュータイプの人も、1%だけニュータイプの人もいるだろうと。アムロやララァだって、まだ60%ニュータイプくらいなんじゃないかなと。人類は未来に向けて、年齢を重ねたり、何世代も経たりすることで、より100%に近いニュータイプになっていけばいいのではと考えています。今回のシャリア・ブル(初代にも登場するパイロット)は30歳を超えたニュータイプなんです。そういった精神的に成熟したニュータイプを登場させたことで、対比としておもしろくなったと思います。
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