10年後、ガンダムやエヴァは生き残っているか──鶴巻和哉監督が見つめるロボットアニメの未来 #アジア文化最前線
1970年代はロボットアニメの勃興期で、人間が乗り込んで敵と戦うタイプのロボットが登場したのもこの頃。派手なメカ・アクションに少年時代の鶴巻も心を躍らせた。 僕が子どもの頃には、バイクや自動車が憧れとしてありました。その延長線上に、一足飛びに大人に至り、さらに大人に勝る道具として「操縦できるロボット」という存在があったと思うんです。でも、今の若い世代にはそれが必要ないんだろうなと思う。現在のマンガやアニメを見ても、主人公達は、魔法や超能力でもっと直感的に大人に勝るスーパーパワーを行使している。ゲームでコントローラーを駆使すれば、画面上のキャラクターを自在に操作できる。もう、それで十分なのかもしれない。彼らにはロボットに乗る意味がわからないのではないかと思うんです。今はまだ、バイクや車に憧れた世代がギリギリ現役ですが、あと10年も経ったら『ガンダム』シリーズも生き残れないかもしれない。『エヴァンゲリオン』シリーズを作りながら感じていた、ロボットの意味をアップデートする必要性を改めて感じています。
子どもは大人のようには一貫していない 「母と娘」というテーマ
『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)』は全12話のテレビアニメ。主人公のアマテ・ユズリハ(愛称マチュ)はスペース・コロニーに暮らす高校生で、ひょんなことからジークアクスに乗りこみ、クランバトルと呼ばれる非合法な賞金稼ぎ大会に出ることになる。クランバトルでマチュとコンビを組む謎めいた少年シュウジと、マチュがジークアクスに乗るきっかけを作る謎の少女ニャアン。3人の若者が物語の中心だ。4月からのテレビ放送に先駆けて、1月に劇場用に編集されたバージョンが公開された。 ——素晴らしい興行成績を収めた劇場先行版に続き、テレビ放送も毎回SNSのトレンドに入るなど大きな話題になりました。 テレビ放送時にはすでに最終回まで脚本絵コンテも完成していたので、それで助かったと思いました。マンガの週刊連載みたいに、SNSの反応を見ながらラストの展開を考えるような状態だったら、いろんな反応が気になって、頭がどうかなっちゃっただろうなと(笑)。 各話の前半にフリがあり、後半のバトルで回収されるベタなフォーマット展開の連続ドラマではあるけれど、「1話ごとにギュッとドラマや情報が詰まっている」というOVA(オリジナル・ビデオ・アニメ)っぽさを意識しました。テレビシリーズを監督するのは初めてで、もうちょっとゆるい日常のシーンを入れたいと思っていたのですが、全然入れられませんでしたね(苦笑)。 ——マチュは、途中で悩んだり立ち止まったりせず、最終話まで駆け抜けた印象です。 マチュは、失敗することや嫌われることを恐れていない。自分がやるべきと思ったことには、躊躇なく動けてしまう人なんです。マチュ役の黒沢(ともよ)さんが当初マチュの感情がうまくのみ込めないと、演技に迷われていたことがあって。大人の感覚で言えば目的のために合理的に動こうとするのが当然だと思ってしまうけど、子どももそうするとは言い切れないだろうと思っています。目的と行動が一貫していない、そう見えてしまうこともある。いつも目的から逆算して動いているわけではなく、今この瞬間に正しいと思うことをやってしまう、そんなお利口さんではない、まだ大人になりきれていない女の子なんだ。とお話ししました。大人っぽい“芯”を持っていない感じでマチュを描けたらなぁと思っていました。
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